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1.逆ハーレムには程遠い

「お主の恋の兆しは…」

紺色のローブを纏った老婆が水晶に手を翳す。向かいに座る私はごくりと唾を飲むとゆっくり頷いて先の言葉を待った。

「むむむ…」

老婆は翳している手を水晶の周りを撫でる様に動かしたかと思うとピタリと止め、深い皺に埋もれる瞳をかっと見開いた。

「出たっ!…………………逆ハーレムじゃ!」


「は?」

思いもよらぬ答えに呆れるしかなかった。

「恋占いの結果が逆ハーレム? ですか?」


「選びたい放題じゃな」

老婆は満足そうにうんうんと頷く。

「思い当たる事があるのかい?」


「いいえ、全く」


「ほぅ…ところで、これは本当に本名かい?」


見せる様に出された紙には、見慣れた字で『リブラ』と書いてある。この占いの館に来て最初に書かされた名前だ。訝しげな顔をする老婆に私は口元に笑みを貼り付けて「本名ですよ」と言った。



程なくして私は占い小屋と呼ばれる古びた木造の小屋から出た。夜の闇に紛れてしまいそうな黒いローブを羽織るとフードを目深に被り、少しでも寒さを凌ぐ為に背中を丸めて歩き始めた。しんしんと降る雪の音すら聞こえそうな静かな夜に雪を踏む自分の足音だけが耳に届く。


(よく当たるって聞いたから急いで来たのに…恋占いの結果が逆ハーレムって何。占いの答えになってなくない?本名を書かなかったから…?)


私の本名はクローディア。

『リブラ』はギルドで使っているコードネームだ。ギルドに所属している人は皆コードネームを使っている。今までに本名を名乗った事も無ければ、誰かの本名を聞いた事も無い。そうしなければならない理由を以前ウルフに教えられていた。


『ギルドで本名を名乗るのは馬鹿。本名を聞いてくる奴は敵』だと。


ギルドに所属していなくても私がクローディアを名乗る事はもうないだろう。


(あのお婆さんが敵…?………まさか魔女のわけがないよね…見た目はそれっぽいけど…魔女よりも背が低い)


私はコードネーム『魔女』と名乗る人間を探している。その魔女が此処アーラダイストに居ると情報を得て一ヶ月前にこの国にやって来た。

だが未だ消息を掴めずにいた。


(遅くなっちゃったな…)


足早に目的の場所へと向かう。遠く見えてきたのはここアーラダイストのギルドの拠点。賑やかな街から離れた場所にあるギルドは、辺りに街灯以外何も無い。ぽつんと一軒建っている石造りの古くて小汚い建物は、いつもは外まで響く程騒がしい声が聞こえるのだが、夜も遅いせいか建物は静まりかえっていた。

扉の前に立つと目深に被っていたフードを脱いだ。ショートカットの髪が静電気で広がるのを手で押さえ、ローブに付いた雪を払うと扉を開けて中入った。

正面にはバーカウンターがあり、グラスを片付けている大男が私を見て微笑んだ。軽く会釈をして視線を一番奥のテーブルに移すと、そこに座っていた男が視線だけをこちらに向けた。


「随分と遅かったな」


スキンヘッドの褐色の肌に口髭を生やしたこの男の名前はゼロ。ここのギルドのトップだ。

依頼主とギルドのメンバーである私達を繋ぐ橋渡し役で、依頼も報酬もゼロから受け取る。

本来であれば依頼が終わって直帰せねばならぬ所、占いの小屋に寄っていた後ろめたさがあった為、無言で依頼の品である鉱石をゼロの目の前に置いた。


「ふん…これは随分と良質な物が取れたな」

ゼロは鉱石を角度を変えて何度も注意深く見ると満足気にニヤリと笑った。

「いい仕事をしてくれた。3%上乗せしよう」


ゼロは鉱石をしまうとテーブルに報酬を出した。

私はそれを受け取り踵を返す。バーカウンター越しに店主が「お疲れさん」と手を上げた。会釈を返し扉に手を伸ばした時、行く手を阻むように立ちはだかる人影が…


「よう!リブラ!たまには一杯どうよ?」


丁度顔ひとつ分の身長差があるこの男の名前はアル。ここに住んでるんじゃないかと思う程朝早くから夜遅くまでいつもこの拠点に居る。

短く切り揃えた明るい茶髪にはっきりとした目鼻立ち、おおきな口でにこっと笑うと空気が和む気がする。お調子者だから本人には言わないが。


「いや、遠慮しておくよ」

そう言ってアルの横をすり抜けようとしたのだが…


「なんだよ、も〜ノリ悪いなぁこんにゃろ〜!」


鍛えられた逞しい腕が私の肩に回され、もう片方の手で頭頂部をぐりぐりと拳で押されている。


「ちょっ…やめっ…」


アルとは共に依頼をこなした事もあるし、ピンチを助けられた事もある。アルは面倒見の良い兄貴分と言ったところか。

あの時もアルに助けられた。




───それは初めてこのギルドに来た時の事



私はここに来るまでも他のギルドを転々としていた。だが、名が上がる程の大した実力は無い。

ゼロに挨拶をすると「力量を見たいからそこから好きな依頼を選べ」と言われた。

そこ、と親指で指された壁には大きな木の板が取り付けられていて、その上に幾つかの依頼が貼られている。子守りから荷物の運搬、猛獣退治等。中には伝説の魔導書の捜索依頼もある。その紙の古さから長くここにある事が伺える。

実力が知られればゼロから直接仕事を頼まれる事もあるし、こうして自分の都合に合う依頼を選んで受ける事もある。これはどこのギルドでも同じだ。

私はその中から自分の実力に見合う依頼を取ろうとした。その時横からすっと手が伸びて来て私と同じ依頼書を取ろうとした人が居た。


「………」

「………」


その偶然に驚き、互いに出方を待つこと数秒。

同じ目線にくりくりっとした丸く茶色い瞳。栗色の艶々した髪は眉下で綺麗に揃えられ、色白の透き通った肌に臙脂色のローブを着ている。恐らく私と同じ魔導師だろう。可愛らしい瞳は長い睫毛と共に歪められた。


「僕が先に取ったんだけど」


声を発するまで女の子かと思っていた。それ程に可愛らしい顔立ちのその人は、掴んでいた紙をふんだくるようにして私から奪い取った。


「坊や、それは無いんじゃない?」


後ろから掛けられた声に振り向くと、黒い短髪に程よく焼けた肌、今度は声を聞かなければ男かと思う程見事な筋肉を携えた女性が腰に手を当ててこちらをニヤニヤと見ている。

「依頼の取り合いはここで勝敗を決めなきゃ」

ここ、と逞しい自身の腕をパンパンと叩いて言った。


「いや、譲るよ」

面倒な争い事に巻き込まれるのはごめんだ。私はすぐに視線を逸らした。


「そうはいかない。ギルドの掟だよ」


女性が言うといつの間にか集まっていたギャラリーが歓声を上げ、はしたなく食器をテーブルに叩きつけたり、煽る様に手を鳴らしどちらが勝つか賭け始めた。


「そんな掟聞いた事ない」


私が言うと歓声はブーイングに変わった。

それを聞いて心底呆れてしまう。今まで所属していたギルドにそんな掟はなかったが、どのギルドも野蛮な輩が多く、事ある毎に罵り合い殴り合っていた。ギルドに所属する殆どの人間は馬鹿みたいに喧嘩早い。


「此処には此処のやり方があるんだよ、ねぇ?みんな!」


諦めろと言わんばかりに女性はギャラリーを煽り出した。

事の発端になった女の子みたいな男の子に視線を向けると、可愛らしい顔で私を睨みつけていた。後から知る事だがこの子の名前はルゥ。ルゥがやる気満々だと分かるとげんなりした。ルゥも私も魔導師だ。見るからに喧嘩慣れしていない者同士の殴り合いなんて見ても何も楽しくないだろう。でも盛り上がり方からして、この場を収めるにはもうやるしかなさそうだ。


ウルフが居たら…と思いながら、溜息をついてローブを脱ごうと手をかけた時…


「ちょい待ち!ちょい待ち〜!」

人集りをかき分けて現れたのがアルだった。

「俺が代わりにやるよ!そのかわり一杯奢って!」


そう言って私に向けてニコッと笑った。集まっている男達はヤジだったり歓声だったり…とにかく誰でもいいから喧嘩を見て賭け事をしたいのだろう。


「じゃあ、お願いします」


私はそれだけ告げるとバーカウンターに向かった。背中からはルゥが不満を口にしているのが聞こえる。


「アルが相手なんてズルい!逃げるなんて卑怯だ!」


それはまぁ…確かにそうだ。

アルが相手ではルゥは確実に負けるだろう。振り向いたその時…


「じゃあ、坊やの代わりに私がやるよ」


と、この諍いをけしかけて来た女性が助け舟を出すとギャラリーは一層盛り上がりを見せた。何とか上手く収まったようだ。

私はバーカウンターに銀貨二枚パチリと乗せるとカウンターの向こうに居る大男の前に滑らせるようにして差し出した。


「事なかれ主義は最後まで生き延びるとはよく言ったもんだ」

一連の流れを見ていたであろう大男は酒焼けしたような声でがははと笑った。かなり立派な体格をしていて、後から聞いた話しだが足を怪我をして引退する迄はギルドで剣士をしていたのだとか。道理でエプロン姿が似合わないはずだ。正面から見ると両耳の上だけ残る黒い髪は後頭部を一周しているが額と頭頂部は浅黒い肌がはっきりと見えている。その露わになった頭に汗を滲ませ、男は銀貨を一枚こちらに返してきた。

「アルはいつも同じ物を飲む。これで足りるよ」

その行動に驚きを隠せなかった。

ギルドの拠点にはどこでもこうしたバーがあり、そこには切り盛りする店主が必ず居た。常駐する店主は沢山の情報を持っている。だから仲良くしておいて損は無い。だが情報は常に金で買う物、そしてギルドに居る人間はもれなくがめつい。多く払ってもくすねられるのが常識だ。だからこんな良心的な行動をする店主を見たのは初めてだった。


返された銀貨を受け取ると背中側から熱気高まる声がして反射的に振り向いた。

すると先程の二人が腕相撲をしていた。


「え…」


拍子抜けして呆然と見入っていると横から声を掛けられた。


「殴り合いだと思いました?」


カウンターに座っていた細見の綺麗な男性は、白いローブを纏い、胸まで伸びる金髪をサラサラ揺らしながら藍色の切れ長の目を細めて微笑んだ。


「私はエルヴェシウス。どうぞお見知り置きを」


「私は─────」


口から出た筈の名前は腕相撲を観戦している男達の声に掻き消された。勝負はアルの優勢で、今にも女性の手がテーブルにつきそうだ。

その時


「────っうわっ!! 汚っ!」


アルが体を僅かに仰け反らせ、空いている手で顔を覆う様にして拭った。

一瞬何があったのか分からなかったが、どうやら向かい合って勝負していた女性がアルの顔に唾を吐いたようだ。その一瞬の出来事にアルは動揺し、女性は一気に巻き返して勝利した。ギャラリーは大歓声で湧いている。


「うわ〜くっそー!」


アルは悔しそうに顔を歪め、女性はギャラリーの歓声に応えている。


「僕の勝ちだからね」


いつの間にか私の隣に来ていたルゥが、取り合う事になった依頼書をこちらに見せたかと思うとすぐに去って行った。


(なんなのあの子…)


「いや〜ごめんね〜負けちゃったよー」

あははと笑いながらアルがこちらへ来た。


「いいえ。ありがとう」


バーの店主のボルドウィンが出してくれた酒をアルに渡そうとしたが、アルは大きな手を顔の前で大きく横に振った。


「負けたのに貰えないよー」


「成功報酬とは言ってないから。お疲れ様」


半ば強引に酒を渡すとアルは満面の笑みでお礼を言って一気に飲み干した。


「ごめんね、新入りちゃん」


次に来たのは勝利した女性だ。私を見ると意地悪そうにニヤリと笑った。


「いいえ。次からは貴女に委託します」


微笑みを添えて言うと、女性は一瞬目を見開き、声を出して笑った。今度は可愛らしい笑顔で。


「あははは!あんた面白いね!私はキアラ。よろしくね」


握手を求めるように手を差し出してきたのでリブラの名を名乗って握手をした。



───────────────────────



「アル!痛いよ!」


アルは気が済んだのか、あははと笑いながらようやく私から離れた。解放されてすぐに怒りを込めてアルを思いっきり睨みつけた。


(もぉ…手加減ってものを知らないのかな。前はこれほどがさつじゃなかった気がするけど)


痛みのあまり薄っすら涙が浮かんでいる気がする。見上げたアルと目が合うとアルは笑顔のまま止まった。かと思うと驚いた表情で後退りした。アルは体が大きい上にリアクションも大きい。何事かと見ていると、天を仰ぎ何故か赤面しながらぶつくさ言い始めた。


「お、俺は違う…そっちの趣味は無い…っ!」


「ねぇアルどうしたの?」

「ねぇ、その上目遣い可愛いと思ってるの?」


「………」


アルに声を掛けたのと同時に、いつの間にかそこに居たルゥに話し掛けられた。話し掛けられたというか、この喧嘩口調は出会った時から今日まで変わらない。私が何をしたっていうんだ。

反論しようとした矢先、いつもの調子に戻ったアルが大きく両腕を開いて右手で私を、左手でルゥの肩を抱いた。


「喧嘩するな!可愛い弟達よ」


(弟達…?)

「ねぇ、アルまさか────」


─────ギイィィィ


その時外へ続くドアが開いて一人の男が入って来た。


(ウルフ…!!)









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