5 殺人衝動
「ふざっ……けるなっ!」
「悪いが、これ以上の譲歩は無理だ。俺は端っから妖刀で、そうあれかしと打たれた呪いの刃だ。お前に宿った殺人衝動を完全に制御することなんて無理なんだよ、俺自身にもな」
「くそッ!」
殺人衝動。人を殺したいとする欲求。
それを妖魔狩りで発散してきたが、とうとう誤魔化しきれなくなった。
人を斬らなければこの衝動は収まらない。
「ところで、提案があるんだが」
「なん、だよ……まともな、提案なん、だろうな」
「俺としてもお前という逸材を手放したくない。だが、殺人衝動に身を任せて無闇矢鱈と人を斬っちゃ、お前の消費期限がすり減っちまう。だから、刑務所に行こうぜ」
「なにを……刑務所?」
「無辜の民を斬るのは気が引けるだろう? だから、罪人にしようって言ってるんだ」
「お前ッ!」
「おおっと、怒るなよ。別にいいだろ? 世の中の大半の人間は刑務所に入らずに人生を終えるんだぜ? 塀の向こうにいる人間なんざ、どうせまともな人間じゃないんだ。何人か殺したって別に誰も悲しみゃしねぇよ」
「服役している人たちは罪を償っている最中だ。そうじゃなくても勝手に手を下していい人間なんかいない!」
「そうかい。人を殺さない言い訳が上手いねぇ。じゃあ、どうするんだ? その殺人衝動を。出来れば自決だけはしてほしくないんだが」
「……その口ぶりだと、何人かいたみたいだな」
「あぁ、数え切れないくらいな」
たしかに人を斬らずにこの殺人衝動を押さえるには、もうそれしか方法はないのかも知れない。
殺意に飲まれ、見境がなくなり、家族が誰かもわからなくなって、大量に人を殺すようになるくらいならいっそ。
そう思わなくもない。
「……最終手段だな、それは」
柄を強く握り締め、鞘に押さえつけながら歩く。
「やるだけやって、それでもダメなら……」
辿り着く先は公園。公園の花壇は石垣で造られていて、一部は昔から外れるようになっている。子供には大きすぎるそれも、高校生にもなれば片手で持ち上げるのも容易い。
石垣の石を振り上げ、鞘から引き抜いた刀身を花壇に立て掛ける。
「おいおい、そんなことしたって無駄だぜ。俺は」
「何度でも戻ってくる、だろ。でも、時間稼ぎくらいにはなるかも知れないだろ。やるだけ、やらないと」
石を振り下ろし、輪廻の刀身を折る。
「ひでぇことしやがる」
傍聴し続けていた殺人衝動が、ほんの微かに弱まった気がした。
「その場しのぎだぜ、すぐにくっつく」
折れた輪廻をその場に残し、ついでに石を重しとして乗せ、公園を後に。
その足で長い長い石段を登り、鳥居の端を潜って境内へ。
神聖な場所に立ち入っても、この殺人衝動は消えない。
当然だ、境内にいても胸はざわついていた。
「寝ててくれ」
ゆっくりと玄関扉を開き、雑に靴を脱いで自室へ。
幸い誰にも見付かることなく廊下を渡り切る。
自室扉を開くと、すでにそこには輪廻が元の状態で浮かんでいた。
「だから言っただろ、その場しのぎだって」
また殺人衝動が膨れ上がる。
眠っている家族のことが脳裏に過ぎり始め、今なら楽に殺してやれるとさえ考え始めてしまう。
「素直に罪人をぶっ殺しておけばよかったものを。家族を殺すか自分を殺すかの二択になっちまったぞ。どうすんだ」
「どうするも、なにも」
崩れ落ちるように倒れ、この手に掴むのは――
「遊戯板……ゲーム機?」
スリープを解除して選択、起動するのは藤堂に貸してもらったゲーム。
英傑乱舞。一人の武将となって敵兵を薙ぎ倒す爽快アクションが売りの人気ゲームだ。
「人が殺せればなんでも良いんだろ」
輪廻が具体的にどれほどの期間、封印されていたかは定かじゃない。
だが、写真を写し絵と呼んだり、ゲーム機を遊戯板と呼んだり、古めかしい言葉を使うことがある。なら、輪廻は見たことがないはずだ。経験したことがないはずだ。
ゲームの中だけで許された殺戮を。
「お、おぉおお……」
プレイを進めるたび、敵兵を薙ぎ倒すたび、膨張し切っていた殺意が消えて行く。
「良いぞ! なんて爽快なんだ! もっとだ、もっと!」
序盤のステージが終わり、百人斬りの達成し敵の英傑を討ち取ったところで、殺人衝動は完全に消えてなくなった。
「満足したか?」
「あぁ、とても。これほどの充足感は久しぶりだ」
次のステージに進む必要はないみたいだ。
一時は最悪の未来を想像したけれど、誰も殺すことにならなくて、ほっと安堵の息をついた。またしばらくはこのゲームでしのぐことができるだろう。
藤堂には感謝しないと。
「今日は疲れた」
肉体面はそうでもなくても、精神面は大打撃だ。
手早く着替えを済ませてベッドへと潜り込む。
「おい、菖蒲。このゲーム、もっとやってもいいか?」
「いまベッドに入ったの見てなかったのか?」
「お前は寝てていい。俺がやる」
「いいけど。出来るのか? そんなこと」
腕どころか指もないけど。
「都合の良い術がある」
輪廻の言葉通り、それは都合のいい術だった。
煙が立ったと思えば、その中から白髪の少年が現れる。
古風な服装をしていて、その子は輪廻を掴むと腰に差した。
「分身だ。こいつを通してプレイする」
「便利な術だな。というか、そんなことが出来るなら取り憑かなくたっていいだろ」
「この細腕で剣が振れればな」
そう言う事情か。
「ゲームをするのはいいけど、音は消すかイヤホンにしてくれ。あと、朝になったら止めること。当然だけど家族には」
「見付かるな、だろ」
少年のほうから声がする。
輪廻を装備したことで繋がったようだ。
「なら、よし」
「よーし、殺すぞ、殺すぞー!」
少年が決して発してはならないような言葉を耳にしながら眠りにつく。
なんかずっと昔に母さんに言われたことを、輪廻に言ったような気がする。
まぁ、流石に朝までゲームは許してくれなかったけど。
お疲れ様でした。