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4 妖人鳥


「さぁ、楽しい楽しい狩りの時間だな。菖蒲」

「俺は毎回憂鬱だけどな」


 ため息を付きつつ、動きやすい服装に袖を通す。


「……仮面とか被ったほうがいいか?」

「あん? なんでだ?」

「写真に撮られてたんだよ、いつの間にか。ブレブレで助かったけど、もっと解像度の高いのを撮られたら不味い」

「写真。あぁ、写し絵か。なら、その心配はないな。俺を腰に差している以上、お前は写真に写りづらくなってる。心霊写真って奴はどいつもこいつも映りが悪いだろ?」

「……たしかにそうだけど。試してみるか」


 輪廻を腰に差し、携帯端末で自撮りしてみる。

 普段しないことだから多少手間取ってしまったけれど、なんとか成功。

 確認してみると、たしかにブレブレになった自分が映っていた。

 これなら写真から顔を特定することなんて不可能だ。


「なるほどな」


 携帯を仕舞い、輪廻を腰から抜いてベッドに立て掛ける。


「懸念材料が一つ消えたのはいいけど、この殺人衝動の頻度はどうにかならないのか?」

「ならないね。これでも譲歩してるところだ。本当なら四六時中、昼となく夜となく人を殺して回ってるところをこうして日に一度の衝動に押さえてやってるんだ。ありがたく思え」

「……寿命短そうだよな、お前に取り憑かれた奴って」

「あぁ、だいたい一年持てばいいほうだな」

「歴代の犠牲者何人いるんだよ」

「さぁ、多すぎて憶えてねぇな」


 何人、何十人、下手したら何百人もの人が犠牲になっている。

 不幸にもその末端に名を連ねてしまったわけだ。

 本当になんとかしないと身が持たない。

 けど、解決方法なんて思い浮かばないし。

 とにかく今はこの胸のざわつきを押さえないとか。


「行ってくる。喚ぶまで大人しくしてろよ」

「わかってるよ。なるべく早く喚べよ」


 自室に輪廻を残して自室を後にする。

 時刻は午前零時二十分。家族に深夜徘徊を悟られないようなるべく音を立てずに廊下を歩く。けれど、この家も年季の入った木造建築で足を下ろすたびに床が軋む。

 それでもなんとか玄関に辿り着き、靴紐を結ぶ。


「こんな時間にどこ行くの?」


 びくりと跳ねて振り返ると、母さんが真後ろに立っていた。


「どこって……あー、散歩だよ散歩」

「散歩? なんで?」

「なんでって眠れないからだよ。なんか最近、寝付きが悪くて」

「ふーん。まぁ、止めはしないけど。気を付けなさいよ、例の連続殺人犯、まだこの街にいるって言うし」

「十分気を付けるから大丈夫。じゃ、行ってきます」

「早く帰ってきなさいよ」


 連続殺人事件は二週間が経った今もまだ続いている。

 続いていると思われる、が正しい。

 最後の犯行は三日前、殺人鬼の犯行周記は一週間から二週間置きとされているので、実は殺人鬼に出くわす可能性は低かったりする。

 まぁ、仮に出会ったとしたら要注意だ。輪廻と利害が一致しかねない。

 俺はそれで解放されるかも知れないが、殺人鬼に最悪の得物を与えることになる。

 そして最初の犠牲者はきっと俺だ。


「危ない危ない」


 やはり輪廻を置いて行って正解だったと安堵しつつ玄関扉を閉める。

 もはや見慣れた夜の境内を横断し、鳥居の端を潜って長い石段を下っていく。

 道路に出てしばらく進むと寂れた公園があり、そこに立ち寄って一息をついた。


「輪廻」


 銘を喚べば、目の前に現れる。

 転生刀輪廻。必ず担い手の元に戻ってくる妖刀。

 その性質を利用すれば、どこでも呼び出し可能ということらしい。

 歴代の犠牲者たちが編み出したことの一つだ。


「妖魔の気配は……あっちか」

「手慣れてきたな」

「慣れたくはなかったけどな」


 輪廻を身につけると妖魔が見えるようになり、気配が感じ取れるようになる。

 そのうち輪廻がなくても見えたり感じ取れたりするようになると言っていた。

 そうなる前に輪廻を手放したいものだけど。


「胸のざわつきが大きくなってきた。急がないと」

「急げ、急げ」


 殺人衝動が大きくなればなるほど見境がなくなってしまう。

 込み上げる殺意に指向性を持たせられるのは初期段階だけ。

 この二週間の間、一度だけ人に殺意を向けたことがある。

 幸い、すぐに別の妖魔が介入してきて事なきを得たけれど。

 もしあのまま邪魔が入らなかったら、人を殺そうとしていたかも知れない。

 またそうなる前に発散させないと。


「よし」


 フードを目深に被り、公園を出て妖魔の気配を追う。

 月明かりと街灯に照らされて、ぼんやりと先が見えない夜の街。

 まるで別世界に迷い込んだかのような感覚は二週間経ってもまだ消えない。

 良い雰囲気だ。


「妖魔が近いぜ! 殺し合いだ!」


 輪廻と妖魔さえいなければ。


「見付けた」


 人気のない十字路の中心で食事をとっている妖魔がいる。

 一瞬人かと思うような輪郭をしていたが、道ばたに転がった死体を貪り食う姿に人間性は欠片も見られなかった。

 自分で仕留めた妖魔を喰っている最中に出くわすのは初めてじゃない。


「人間の匂い」


 こちらが視認するとほぼ時を同じくして妖魔は死体に口を付けるのを止めた。

 交差する視線。

 輪廻を抜いて走る速度を上げると、妖魔は翼を広げて空へと飛翔する。

 羽根が舞い散る最中に見上げた夜空には、月を背景にした妖魔が映り込む。

 両腕と同化した翼。三本指の鳥足。人間に近い造形。


「ありゃ妖人鳥ようじんちょうだな。空飛ぶ相手にどう戦う?」


 問いに答える暇もなく、妖人鳥が仕掛けてくる。

 両翼を羽ばたいて風を起こし、風切り音が鳴り響く。

 突風で吹き飛ばすつもりかと思考しながらも、本能は全く別の行動を体に命じていた。

 虚空を斬るように、風を断つように振るった一太刀に、あるはずのない感触を得る。

 今、確かに何かを斬った。

 見えない何かだ。

 その直後、足下のアスファルトに無数の傷が付く。

 太刀傷のようなものが幾重にも。


「ほう、鎌鼬がよく見えたな。いや、見るまでもないのか」


 鎌鼬、風の刃。

 アスファルトに刻まれた痕は深い。

 思考に任せてぼーっとしていたら今頃真っ二つになっていた。


「面倒な人間。だけど」


 今一度両翼が羽ばたかれ、瞬間的に視界からいなくなる。

 気配を頼りに振り返ると、捉えられたのは舞い散る羽根だけ。

 俺の周囲を目にも止まらぬ速さで飛び回っている。


「鈍くさい人間に私を捉えられるかしら?」


 多方向から放たれる鎌鼬。

 雨あられの如く降り注ぐ風の刃を感覚で捉えて斬る。

 ただの一滴の流血もなく、ただアスファルトがズタズタに斬り裂かれる中、輪廻が囁く。


「あれと同じ術を教えてやる」


 吹き込まれた術、理解は思考ではなく感覚で行った。

 左手で風を掴み、薙ぎ払うことで鎌鼬の構成に干渉し、すべてを霧散させる。


「なッ!?」


 驚愕する妖人鳥へ、輪廻を投げた。

 虚空を貫いて馳せた鋒は、しかし咄嗟の回避行動によって頬を掠めるに終わる。


「ははッ!? お前の負けだ! 人間!」


 功を焦ったと見て、妖人鳥は勝利の宣言を高らかに行いながら鋭い鉤爪をこちらに向けた。

 鷲掴みにすれば人の体など簡単に貫かれて粉砕されてしまうような鳥足。

 それが流星の如く身に迫る。


「輪廻」


 銘を喚び、手元に輪廻が帰還を果たす。


「な――」


 転生刀、輪廻。必ず担い手の元に戻ってくる妖刀。

 功を焦ったのは妖人鳥のほうだ。

 剣閃は鉤爪と交差し、鳥足を、腕羽根を、人型を斬り裂いて過ぎる。

 自らが傷つけたアスファルトの上を肉塊となって転がり、妖人鳥は言葉なく死にいたった。

 刀身についた鮮血を払い、鮮烈な赤の鞘に押し込める。


「これで幾らか発散――」


 より強い殺人衝動が身のうち側から湧いてくる。

 妖魔を殺したのに悪化した? なぜ?


「あーあ、やっぱりこうなっちまったか」

「どういう……ことだ」

「やっぱり人を斬らねぇと満足できねぇや」


 それはこの場で最も聞きたくない言葉だった。

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