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2 殺しの才能


「誰が……」


 玄関の傘立てにあったものが目の前にある。

 ここに至るまでの道中、誰とも擦れ違わなかったし、追い越されもしなかった。

 自販機の明かり、月光、街灯が照らし出す範囲に人影もなし。

 今そこに刀があるという状況が極めて可笑しい事実。

 近づいて見ても、やはり今朝蔵で見付けた刀で間違いないと確信できる。

 恐る恐る立て掛けられた刀に手を伸ばし、鞘を掴む。


「ようやく手に取ったな」

「――ッ!?」


 突然、脳内に響き渡る何者かの声に、俺は思わず刀を放り投げていた。


「おいおい、いきなり放り投げるなんて酷い奴だなぁ」

「だ、誰だ!? どこにいる!」

「どこもなにもお前の目の前だろうが」


 目の前には刀がある。

 アスファルトの地面に叩き付けられるでもなく、空中に浮いたままの刀が。


「ずっとお前の先回りしてたのに、えらく時間が掛かったな。学校の体育館にも行ったんだぜ?」

「俺は……頭が可笑しくなったのか?」

「はっ! 俺と話した奴はだいたいそう言う反応になるもんだ」


 自販機の明かりに照らされて夜に浮かぶ日本刀。

 夢かと疑うような状況だけど、それにしては現実味がありすぎる。

 夜空の星も、頬を撫でる風も、自販機の音も、すべてが夢ではないと告げていた。


「俺の銘は輪廻りんね。転生刀、輪廻。わかりやすく言やぁ妖刀だ」

「妖刀……なら、あの御札は」

「あぁ、お前が封印を破ったんだぜ。まぁ、解けるのも時間の問題だったがな」


 御札は刀の足下に大量に落ちていた。

 俺が不用意に持ち上げて剥がれたのが最後の一枚。

 あれらは妖刀を封じるためのもので決して触れてはいけないものだった。


「……なにが目的なんだ。俺を乗っ取って人を殺したいのか」

「生憎、俺にそんな力はないんでな、人格はお前のままだよ。ただ人を殺したいってのは当たってる。だから」

「な、なんだ。俺になにをした」

「胸がざわつくだろ? 夜、眠れないくらい。大きくなってないか? わざつきが」


 どくんと大きく心臓が跳ねる感覚がして、体の奥深くから衝動が沸き上がってくる。

 どす黒くて醜悪で忌避すべき感情。

 これは殺意だ。


「人を殺したくなって来ただろ? 今はまだ抗えちゃいるが、そのうち耐えられなくなる。誰でもいい、何でもいいから殺したくなる」

「止せ、やめろ……」

「無理だ。俺はそうあれかしと打たれた妖刀だからな」


 先ほどからずっと家族の顔が頭に浮かんでいる。

 それが終われば神社に勤めている人たちやクラスメイトに続く。

 あぁ、殺したい。殺したい殺したい殺したい。

 誰でもいいから斬らせてほしい。

 そう願う自分がいて、この殺人衝動には抗えないことを理解する。

 だが、それでも人を殺すなんて。


「抵抗するだけ無駄だ。受け入れちまえよ。楽になるぜ」

「だま……れ」

「まぁ、好きにすればいい。ただそろそろ俺を鞘から抜いたほうがいいぜ。お前にも見えるころだ」


 地響きが鳴る。

 次第に大きくなるそれは道路の中央を渡り、俺の隣りまで届く。

 何かが側で足を下ろした。

 感覚的にそう理解した刹那、その何かが現れる。

 民家の屋根を優に越える巨躯、蒼白い不気味な肌、握り締められた棍棒。

 顔面の大半を占める一つ目と目が合い、その何かは棍棒を振り上げた。


「ほら、速くしないと――」


 いつの間にか、俺は柄を握り締めていた。

 鞘から引き抜き噴き出す鮮血、宙を舞う蒼白い腕。

 利き腕を切り落とされた何かは悲鳴を上げて大きく怯む。

 殺人衝動の赴くままアスファルトを蹴った体は何をすべきかすべて理解していた。

 どう動き、どう振るい、どう意思を込めれば、目の前の何かを殺せるのか。

 思考を介さずとも本能が最適解を弾き出す。

 気がつけば俺は何かの首を刎ねていた。

 ごとりと落ちる一つ目に精気はなく、大量の血で死体が沈む。


「こいつは驚いた。お前、本当に素人か?」


 頭の中で刀の声が響く。


「お前がやらせたんだろ」

「いいや。俺がお前に与える影響なんて殺人衝動くらいのもんだ。腕を落としたのも首を刎ねたのもお前自身の技術によって行われたことだ」

「なにを言って」

「褒めてやるよ。お前はこれまで俺の担い手だった誰よりも、俺が斬ってきた誰よりも、殺しの才能に恵まれてる」


 俺にそんなものが?

 いや、信じられるか、そんなこと。

 この刀が俺にそうさせているだけだ、そうに決まってる。


「そら、次が来たぞ。久しぶりの殺しだ、楽しもうぜ」


 道の先に、屋根の上に、無数の何かの姿を見る。

 それぞれがバケモノと呼ぶに相応しい造形をした異形の群れ。

 そのすべてが俺の命を狙っているのは火を見るより明らかだった。


「くそ……やってやる」


 この窮地から脱するために、今一度胸で燻り続ける殺人衝動に身を任せる。

 込み上げる殺意に突き動かされて刀を振るい、この道路に屍山血河を築き上げた。

 血だまりと肉片の只中で、ようやく殺人衝動が掻き消える。


「これだけの数を相手して無傷な上に返り血一つ浴びてないとはな。やっぱり俺の見立てに間違いはなかったわけだ」


 血だまりの中から鞘が飛来し、それを掴み取る。


「天性の殺人技術を持って生まれたんだよ、お前は」

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