メイド長不在のお屋敷で……
屋敷内を悲鳴が響き渡りました。
「きゃああああ! ミクリさん! あなた、一体何をやっているのです!」
キーキー声を上げながら鋭い眼差しを向ける女性。
彼女はカグラザカの副メイド長、リノです。
「え? 何って……乗馬ですけど……?」
美しい毛並みの真っ白な馬にまたがって。
ミクリは無垢な瞳で只今激昂中のメイドを見下ろします。
「乗馬ですけど……じゃあ、ありません! どうして廊下で乗馬なんてしているのかを聞いているのです!!」
「だって外は雨が降ってるし……。お嬢様が乗馬したいっていうから、ねー?」
「ねー」
ミクリに抱えられながら一緒に乗馬中のカレン。
相づちを打ちます。
「ねーじゃありません!」
「もー! リノのケチ! なんで廊下で乗馬しちゃいけないの!?」
カレンは不機嫌そうに頬を膨らませます。
「なんでって……。それは……」
言葉が詰まるリノ。
こんな時、サーヤであればすぐに切り返して黙らせる場面なのですが……。
「と、とにかくダメなものはダメなんです! 早くそこから降りなさーい!」
すぐに感情的になってしまう所は管理職としてまだまだ未熟なようです。
「ええー! そんなの納得できない!」
「そうだそうだ! ブーブー!」
「うるさーい!! お言葉ですがお嬢様、まだ5才の子供と思って見守ってきましたが、今日という今日は言わせて頂きますよ! 最近ミクリさんと行動を共にするようになってからあなたの言動も目に余るものがあります! そもそも近頃の貴方達は――」
長いお説教が始まって、つまらなそうな表情をするミクリとカレン。
それは二人を乗せる白馬にも伝わったようで。
「…………」
リノに向けて顔を近づける白い馬。
「な、なんですか? 私に文句でもあるというのですか?」
狼狽えるリノ。
すると……。
ベロベロベロベロベロベロベロベロ!!
白馬はリノの顔面を舐め始めました。
ベロベロベロベロベロベロベロベロ!!
もう顔面に唾液がべっちょり。
ようやくベロベロタイムが終わった頃。
リノは既に白目を向いており……。
そのまま後ろへ倒れてしまいました。
◇ ◇ ◇
ベッドの上で魘されるリノ。
そんな彼女の額に濡れタオルを乗っけて、アズサは溜息を一つ。
「まったく……。これはどう考えても二人が悪い」
ミクリとカレンは二人揃って、しゅん……と肩を落とします。
「しばらくメイド長が不在だから自分がしっかりしなきゃって……リノさん、物凄く気負ってたんだから」
普段から多くの使用人達を統率し各部隊を管理しているリノ。
今回、メイド長直轄隊であるミクリとアズサを臨時的に預かっていた訳ですが。
改めてサーヤの気苦労を肌で感じたのでした。
そんな副メイド長の傍によるミクリとカレン。
ミクリは頭を下げます。
「ごめんなさいリノさん」
「ごめんなさい」
追うようにカレンも頭を下げました。
「もう、廊下で乗馬はしません」
「しません」
するとリノは両目を開いて。
「分かれば良いのです……。私も少々言い過ぎました。申し訳ありません」
これで仲直りですね。
次の日――。
「こらー! 貴方たちー! 今すぐそれから降りなさーい!」
廊下からリノの叫び声が響きます。
何事かとアズサが駆けつけると……。
「ひゃっほーい!」
「いえーい!」
廊下をキックボードで爆走するミクリとカレン。
それを早歩きで追いかけるリノ。
アズサはそんな様子を眺めながら。
「二人とも全然、反省してないな」
溜息を吐くのでした。
床にタイヤ痕がこびり付いて、この後アズサからもめちゃくちゃ叱られました。




