二律背反の少女 5
ミクリはすぐに銃を背中に隠します。
「なーんてね。冗談よ冗談。あははは……」
とりあえず笑って誤魔化してみます。
彼女が拳銃を所持している事は至極当然な違法行為。
上司からも緊急性が無い時は使うなと指導も受けていて、
ましてや無抵抗な一般人にそれを向けるなどもってのほか。
もうとにかく誤魔化すしかないのです。
「まさかさっきの銃って本物なんじゃ――!?」
すぐに得物を水鉄砲へすり替える。
「ま、まさか~! ほら、よく見て! これどこからどう見ても玩具じゃん! ダ●ソーの100YEN(税抜)のやつじゃん!」
レイカはじーっとそれを見つめます。
ミクリは冷や汗がだらだら止まりません。
すると。
「まあいいや。私の事はレイカで構わない。その代わり私もキミの事はミクリって呼ぶからね」
どう見ても年下なんだよなあ……。
馴れ馴れしいっていうか……
なんかいけ好かねえなあ……。
そう思ったミクリ。
歳を訊ねます。
「えーっと……。貴方って何歳?」
「え? 15だけど……」
やっぱり年下でした。
「…………」
ミクリの表情がこわばります。
どうやらそれを感づかれたようで。
「ああ。年下の癖に馴れ馴れしいって思っているのか? すまなかった。では改めよう……」
レイカはそう言って咳払いすると声色を変えて。
「無礼をお詫び致しますわ叔母様。今後ともよろしくお願いします」
ごきげんようと挨拶するかのような仕草。
「んな!? お、おお、おばさん!?」
急に態度を翻す年下にミクリは窮してしまいます。
いいえ。
むしろおばさまと言われた事にかなり動揺しているという方が正しいようです。
「ええそうですわ。貴方は私の叔母ですもの。叔母様と呼んで当然ですわ」
「お、おばさんじゃないもん! 私まだ17歳だもん! 何よ! 2コ下だからってカマトトぶっちゃって! 言っとくけどね、私の肌年齢は実年齢マイナス5歳なのよ! 竹下通りを歩いたらスカウトだって私を逃さないんだからあ~!!」
ムキになって叫ぶミクリ。
俯瞰で様子を伺っていたアリアがため息交じりに宥めます。
"彼女は貴方を婦人扱いした訳ではないと思いますよ。親戚の叔母という意味なのでは? だって彼女は貴方の姪でしょう? サーヤの隠し子なのだから……。"
!?
驚愕。
からの気まずい雰囲気へと突入します。
「…………」
「…………」
ミクリは無理やり笑みを作ると。
「や、やっぱり気安くミクリって呼んで欲しいなあ……」
「そうか助かるよ。どうも堅苦しい敬語は使い慣れなくてね。改めてよろしく」
「よろしく~」
…………。
ミクリはふと思います。
待てよ……。
レイカが15歳。
メイド長は27歳だから…………。
「うわ! 十二の時の子じゃねーか!?」
思わず声に出てしまいました。
◇ ◇ ◇
やはりレイカも狙撃事件について調べているようです。
「近いうちにクロサワって人は必ず狙撃される」
何故かそう断言します。
こちらにない情報を何か掴んでいるのでしょうか。
ミクリが疑問を口にします。
「どうしてそう言い切れるの? もしかして犯人がもう分かっているとか?」
「あ、いや。犯人は分からない。でもここへ来る前に母さんが教えてくれたんだ」
そういえばメイド長はカンザキさんに捜査協力をしてるんだったな……。
カンザキとは現職の女性刑事でサーヤの元先輩です。
彼女もこの事件の捜査に関わっているらしく……
先日、カグラザカ家へ捜査協力を求めてきたのでサーヤが対応しているのです。
「メイド長は娘までも顎で使うのか……」
呟くミクリ。
独り言のつもりでしたがレイカが反応を示したので。
「あ、いや、こっちの話。それで? 貴方のお母さんは何て言ってたの?」
「もうすぐあそこに警察の強制捜査が入る。犯人は今日、あの中にいる可能性が高いからだ」
レイカはそう言って建設中の工事現場へ指を差すと。
「因みに狙撃銃らしき物を所持している人はまだ見ていない」
「ええ!? まさかあそこから狙撃をするって事!?」
「ああそうだ。むしろ今までの狙撃ポイントも全てそこだと母さんは言っていた」
「うーん…………」
ミクリは携帯端末で地図を確認します。
第一の被弾ポイントである渋谷スクランブル交差点……
それから第二の被弾ポイントである大学病院……
そして現在地……。
「確かに辻褄はあってる」
そう……
まさにそこの最上階は狙撃ポイントとして最適な場所なのです。
「ああ。だから私はこうして犯人らしき人物が出てくるのを見張っているんだ」
「だったらさ、むしろこっちから行っちゃおうよ」
「はあ!? 何を言ってるんだ。私達は部外者だぞ。工事現場に入れる訳がないだろう」
「だって犯人が出てくるのを待つと後手に回ってしまうでしょう? だから先手を打つの」
ミクリは現在の時刻を確認します。
腕時計の針は間も無く10時04分を指しています。
「あ! 丁度良い時間。そろそろかな……」
すると工事現場から作業着のおじさん達がぞろぞろと出てきました。
「お! 出てきた」
明らかに何か良からぬ事を企んでいるミクリ。
「どういう事だ?」
レイカが尋ねると。
「大体どこの工事現場でも10時と15時の2度、30分間の一服休憩が入るの。これだけ大規模な現場だと外で休憩をとる人がそれなりにいる。あんな風にね。じゃあ行くよ」
ミクリはおじさん達の中から適当に目を付けた少数グループの尾行を始めます。
それにレイカもついて行きます。
しばらくすると、おじさん達はコンビニエンスストアで飲み物を買って出てきました。
その時です。
人混みに紛れながらミクリはおじさん達に急接近。
そのままごく自然な振舞いでレイカの元へ戻って来ました。
「へへ! どうよ?」
「んな!?」
なんとミクリはまったく気付かれること無く、おじさん達から財布をかすめ取ったのです。




