ワイヤーシード プロローグ
~ここまでのあらすじ~
何者かによる襲撃を受けたカグラザカ邸。
その混乱に乗じて令嬢のカレンが誘拐されてしまいました。
誘拐犯からの要求もなければ手掛かりも掴めず……。
側近メイドであるミクリは負い目を感じ失意のどん底へ落ちてしまいます。
そんな時、白衣を纏った男ザイゼンと出会います。
彼はミクリの生い立ちを知っていて、ある因縁と決着をつける為に行動していると言います。
それは親友を殺害したサクマという男に復讐を果たす事。
その親友はミクリの父親だったのです。
さらに、令嬢誘拐はサクマが関係していると聞かされたミクリ。
彼女はザイゼンと共にサクマが座する場所……。
富士樹海、宗教団体エデン総本殿を目指すのでした――。
ミクリ達を乗せた車は八王子エリアを抜けるトンネルに入りました。
無口の運転手はザイゼンの仲間……。
非合法薬物ウィザードの効力で命を繋ぎ止められている状態です。
心は失っていますが、所持している運転免許証に値する能力はあるようです。
後部座席にはザイゼン。
先の戦いで負った傷が深かったようで、シートの背もたれを倒し横たわっています。
「パパ、早く元気になってね」
隣の席からそう声を掛ける5才くらいの女の子はザイゼンの娘であるユイ。
普通の人間の子供に見えますが、実は精巧に作られた魔動人形なのです。
人口知能が組み込まれたコアとウィザードを動力にした人工心臓によって動いています。
元は双子の姉として生み出されたユイ……。
その妹は現在、行方知れず。
今は自身の生みの親であるザイゼンの事を最優先にしていますが、心の底では妹の行方を捜したいと願っているのです。
さて、そんな車内の助手席から……。
「むしゃむしゃむしゃ――。がぶがぶがぶ――。ごくごくごくごく――」
と、豪快な飲食音が響きます。
「ちょっとミクリ! もうちょっと静かにできないの!?」
思わずユイが声を荒げました。
「へ? ううははっは? はっへうっほほふひひは……」
そう言いながら後部座席へ顔を向けたミクリ。
その頬は詰め込んだサンドイッチやおにぎりで大きく膨らんでいます。
さらに口元もマヨネーズやソースでべちゃべちゃ。
「あー、もういい。わたしはパパの看病で忙しいの。お子ちゃまの相手なんてしてられないわ」
と、呆れ顔のユイ。
するとミクリは勢いよくペットボトルのサイダーを飲み干して。
「お子ちゃまにお子ちゃまって言われても全然響かないし、やーいお子ちゃまー!」
「何ですって!? わたしはお子ちゃまじゃない! お子ちゃまって言う方が十倍お子ちゃまなんです~! ミクリのお子ちゃま~!」
「あ、今お子ちゃまって言った! やーい、ユイは百倍お子ちゃま~!」
「ミクリも今お子ちゃまって言った! はい、千倍お子ちゃま~!」
二人の言い合いは続きます。
「「…………」」
ザイゼンと運転手は無言を貫くのでした。
そんな中、ユイの懐の中では何か得体の知れない物が蠢いています。
それは敵によって仕掛けられた罠。
車内の誰もがその事にまだ気づいてはいないのです。




