僕の小さな青い鳥

作者： k_i

　ぼくはかつて、だれにも知られずに、青い鳥を飼っていた。

　そのかわいらしい小鳥は、いつしかぼくの心のなかに住みついて、きれいな鈴の音のような声で鳴いた。胸にしみこむ歌声はここちよく、ぼくはそれがうれしかったし、小鳥もずっとぼくといっしょにいたいと話したのだった。

　すてきな年月は、みるまにすぎた。

　いつからかぼくは、小鳥に語りかけることもなくなって、えさをあたえることさえ忘れていたんだ。この世界に歩きつかれたぼくは、ある晩そのことをふと思い出し、ぼくの心の小鳥の部屋をのぞいた。

　もう小鳥のすがたはなく、ただ心にはぽっかりと、あながあいていたのだった。

　ぼくは、鳥かごをもって旅に出た。

　ぼくの生まれた海べの町から、小さな船に乗り、永遠にマグロをとりつづける漁船や宝を捨てにいく海賊船と出会い、小人の住む洞くつや星の凪ぐ森に迷い、仙人の塔や鬼の住みかをたずね、ぼくの時間はながれた。だれもぼくの青い鳥を知るものはなかった。鳥かごのなかでチクタクゆれているしかくい時計が、この旅で手に入れた、たったひとつのものだった。

　ぼくは、ぼくの小さな青い鳥を探しつづけた。

　やがて、つもる時間の砂漠をこえた果てに、ぼくは青の国へとたどりついた。

　家のかべも、人の言葉も、月の光も、しずかにふる雨の音も、そのすべてが青かった。けれども、あの小鳥はどこにもいない。

　こんなところにいるはずはないさと、ぼくは気づいていた。つめたい公園で、青い砂場の青いすべり台にもたれて、青いため息をついた。

　そうだあの頃は、色とりどりの季節のなかで、小鳥の青がとびきりかがやいて見えた。ここでは、何もかもが、ただ青いだけだ。

　ふいにとても寒くなった。

　気づくとぼくは、ずっとぼくがかかえてきた鳥かごのなかにいた。出られそうもなかった。重たい鉄ごうしが、まわりにはりめぐらされ、扉もかたくとざされている。ぼくはただ、今までの旅と、青い鳥との日々を思った。

　……どれだけ、ぼくはうつむいたまますわっていただろう。ぼくはどれだけ、ゆめかまぼろしかもわからない場所をさまよっていただろう。

　そこはいくつもの記憶のあかりがてらす、長い廊下だった。遊ぶ子どもたちの影を追いかけていたとき、ふと落としてしまった時計がこわれて、文字盤の裏に、目をとじたおさな子の顔が浮かんだ。その子が目をあけたのは、そのとき、きれいな鈴の音が聞こえたからだった。

　そしてぼくは、目ざめた。

　牢獄のむこうから、ぼくによびかける青い小鳥のすがたがあった。

「今、この鍵をあけます。だけどひとつ約束してください。鍵をあけたら、わたしは飛びたちます。けっして、わたしを探そうとしないで。お願いです」

「そんな、どうしてだい？　青い鳥……どうして君は去ってしまうの……？」

　だいじなものはいつも

　しらないうちに　あなたの手にある

　そして　だいじなものはいつも

　しらないうちに　忘れものにされる

　忘れものは化石　見つけても　もう

　ひとたびうしなったものは

　見つけても　化石……

　青い鳥は歌いおわると、そっと羽の下から銀色の鍵をとりだし、錠をはずした。

　ぼくが外へ出ると、小鳥はほほえんで、もう今にも飛びたってしまいそうだった。

　さよなら……

「待って……！」

　ぼくは思わず、飛びさろうとする青い鳥をつかまえ、にぎりしめていた。

　とりだした自分の心臓をにぎっているみたいに、手のなかがドキドキした。手のなかはあたたかく、だんだんあつくなってくる。そしてとつぜん、びっくりするくらいの光をはなったかと思うと、その光はみるみる小さくなり、温度をうしなった。

　手を広げたとき、小鳥のひとみはもう、まるでビー玉のようにくもってしまって、動かなかった。きれいなまっ青な羽も、だんだん色をなくしていった。くちばしも足も、ひびわれた石ころみたいだった。小鳥のからだは、ひからびた果物のように、からからで、かるかった。

　ぼくの青い鳥は、いなくなった。

　ぼくはそれから、色のきえた六つの町を旅した。人の言葉も、きこえなかった。ただポケットのなかで、小鳥のほねがコトコト、小さな音をたてるのがきこえるだけだった。

　七つめの町についたとき、南風がぼくにささやいた。ぼくの生まれた海べの町は、海のかなたへながれさってしまったのだと。

　小鳥のなきがらを、名まえも知らない木の下にうずめて立ちあがったとき、ぼくのこしにぶら下がったままの鳥かごのなかで、何かが転がった。それは……

　卵。

　それは、小さな、小さな卵だった。

「だいじなものはいつも、しらないうちに　あなたの手にある……」

　ぼくは、歩きだしていた。

　この卵がかえるとき、ぼくはもう年おいているかもしれない。ぼくが生きているあいだに、この卵がかえるのかどうかも、わからない。

　だけど、この卵を、今はただわれないようにあたためていくことが、ぼくにできるたったひとつの、たいせつなことの気がするんだ。

　さびついた鳥かごをなげすてて、ほのかに青く光る卵を、ぼくは心のおくにそっとしまった。

　すると、小さな、だけどあたたかなあかりが、ぼくの胸にともされたようだった。