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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おしおり様

作者: 白井炉心

おしおり様って知っているだろうか。


バスが一日に数本しか通らないようなど田舎、もとい、私の生まれ故郷に信仰のある神様だ。

責任の責という漢字を用いて、「おしおり」と書く。

つまり、悪いことをしたらその人におしかりをする、ナマハゲにも近いようなイメージの神様だ。


毎年8月のお盆の頃には、おしおり様を祀ったお祭りが2日間開かれる。


1日目に、村の人々は和紙で作られた人型の紙を用意して、自分が1年でしてしまった一番悪いと思っている行いをひとつ書く。

「兄弟のプリンを食べてしまった」「先生のカツラを取ってしまった」など何でも良い。


そして、その人型の紙を家のどこかに隠す。

隠すには2つ決まりを守らなければならない。


1つ、前の年とは別の場所に隠すこと。


1つ、日が暮れるまでに隠すこと。


言わば神様と村の人との大掛かりなかくれんぼ。

上の2つを守らなければ、悪行がおしおり様に見つかって大目玉をくらうそうだ。


2日目になったら、人型の紙を持って行って、山のふもとにある神社でき上げをしてもらう。

焚き上げをしてもらえれば、依代よりしろが自分の懺悔ざんげをすべてお空へと連れて神様も許してくれる。

それが、おしおり様の言い伝え。


きっと人が悪行を反省するために、昔の人が作った話なのではないだろうか。



そう言いつつも私は村の祭り自体は好きで、いつもお盆になると会社から夏季休暇を取って故郷に帰る。

高校になるまでは両親と暮らしていた家もあったが、東京に父の仕事の都合で引っ越ししてしまった。

今はまだ村中にある、祖母の家に行くようにしている。


「よう帰ってきたね」


祖母は温かい太陽のように優しい人だ。

子どもの頃、私がスイカが大好きだった事を覚えていて、両手で抱えるような大玉のスイカを川の水で冷やして今年も待っていてくれた。


「おばあちゃん、こんにちは。体の調子はどう?」

「元気にしてるよ」


インターネットのイの字も未だ知ろうとしない祖母の顔を見るのは、この時期くらいしかないので、正直会うとホッとする。

スイカを食べやすいように切ってお皿に持ってきてくれたのを、居間の机で無我夢中に被りついた。

お砂糖のジュースのように甘くて、みずみずしい。こんなの東京でなかなか食べれるものじゃない。


「はい、今年のだよ」

「ありがとう」


3つ目のスイカに手を伸ばしていると、おばあちゃんが人型の和紙を持ってきてくれた。

さて、今年は何を書こうか。


「私はこれから祭りの手伝いに行かなきゃならんからね。家を少し空けるけれど、すぐに書いて隠しておくんだよ」

「うん。行ってらっしゃい」


祖母は部屋の隅に置いてあった籠と風呂敷を手にして、さっさと家を出て行った。

よわい90とは思えないほど、背筋はピンとしているし、足腰も強い。

将来祖母のようになってみたいものだ。


「さて…」


鉛筆を片手にうーんと唸る。

麦茶に入っている氷が溶けてカランと心地よい音を鳴らした。


こういう時は一番に思い出した内容を書くといい。

そうだ、恋人に嘘をついてしまった事にしよう。


冷めたというわけではないのだが、仕事休みの度に会いたがるものだから、出かけるのにストレスを感じていた。

平日は毎日仕事。だから休日は美味しいご飯でも食べながらベッドでダラダラしていたい。


それでここ最近、半ば申し訳ないと思いながら「他に予定がある」と嘘をついて断っている。


「よし、書けた。あとはどこに隠そうかな」


去年は台所の引き出しに隠した。

今年はトイレの棚の中にでも入れておこうか。


トイレに行こうと立ち上がり、居間から廊下に向かう。

廊下と部屋を隔てていた障子を開けると、縁側から汗がへばりつくような暑い空気が流れ込む。


ふと、視線を感じた。

顔を外へと向けると、庭に小さな畑があり、その奥は小道を隔てるブロック塀がある。

石には穴が空いているので、道から人が覗こうと思えば覗き見ることができるのだ。


畑からやや左側のブロックの隙間から、覗いている()()がいた。


小柄な大人といった大きさで、穴が全て墨で塗りつぶしたかのように黒く埋まっていた。


逆光になっているからだろうか。

そう思いつつも、見た瞬間不気味に思い、喉の奥がひりつく。


「島子おばちゃん?」


一番に思いついたのはお隣に住む島子おばちゃんだった。

声をかけるが、返事も来なければ、動かない。


「誰…?」


近くに寄れば見えるのかもしれない。

だが、まるで金縛りに撃たれたかのように、君が悪くて動けなかった。


「にゃあ」


影とは反対方向から鳴き声がした。

塀を乗り越えてきた毛の塊に、ビクッと思わず肩を揺らす。


それは、祖母の家によく遊びに来る三毛猫だった。


「なんだ、おトワか」


自分の足元に寄ってきたおトワを撫でる。

そして、再び壁に目を移した。


「あれ?」


先ほどの黒い人影は消えていた。

一体何だったのだろうか。


「にゃあ」


もう一声おトワが声を発する。

この鳴き方は、お腹が空いたの合図だ。


「あー待って待って!ちょっと待って!」


机に飛び乗ってまだ皿に残るスイカに、今にもかじりつこうとしている。

私は慌ててスイカの皿を片付けると、先におトワに猫缶を開けてあげることにした。


・・・


「それはおしおり様だね」


日が暮れる前に帰ってきた祖母に先ほどの話をすると、祖母はふぅと息を吐き出して言った。


「墨のように黒かったんじゃない、おしおり様は全身が炭なんだよ」

「え?」


その言葉に私は思わず息をのんだ。


「えっと、おしおり様って日が暮れてから来るんじゃないの?」

「それは、人前に姿を表すかどうかの話さ」


祖母は厳しい目を私に向けた。


「今年の依代は去年と違うところに隠したね?」

「うん、隠したよ」


心臓が高鳴り始める。

恐怖で、耳が痛い。


「おしおり様は、山火事がよく起きた時に人身御供ひとみごくうにされた娘が神様になったと言われているの」

「人身御供って…生贄いけにえってこと?」

「そうだよ。生まれつき目が不自由な娘が選ばれて、手足を縛られて山の祠に残された。すると山火事はもう二度と起こらなかった」


祖母は続きを言い淀んだ。

私がせがむと「少し怖い話になるけれど聞くかい?」と言って、話を続けてくれた。


「村の人がしばらくしてから祠に行くとね、娘はまるで火事にでもあったかのように全身真っ黒の炭になっていたんだとか。きっと災厄を一心に受けてくれたんだろうね。村の人は娘に感謝して、彼女をおしおり様として祀るようになった」


祖母は優しく微笑んだ。


「そんな怯えなくて大丈夫。おしおり様を見たという話は何度も聞くけれど、全身が炭なものだから、闇夜に紛れる時間までは人前に出てこないんだよ。それに、おしおり様は昔も今も、人の都合の悪い事を引き受けてくれているのだから感謝しないとね」

「うん」


不安を流し込むように私は目の前の煎茶をすすった。


つまり、昼間にブロック塀の隙間から見えた黒は全て、おしおり様の焼けた体だったという事だ。

祖母が優しい声音で背中をさすってくれなければ、まだ1人肩を震わせていたかもしれない。


「ねぇ、おばあちゃんはおしおり様を見た事がある?」

「私は無いけれど、おじいちゃんが昔見たことがあるって言っていたねぇ」


5年ほど前に亡くなった祖父は、片目が無い人だった。

若い頃に怪我をして失ったと聞いている。きっと戦時中に失ったのだろうなんて思っていたのと、子どもながらにそのまぶたの裏を想像すると怖くて聞かなかった。

でも、祖母と同じくとても優しい人だった。


「もう遅い時間だからそろそろ寝なさい」

「うん」


並べた布団に潜り込む。

カチコチと時計の音が暫く耳に入って気になったが、すぐに寝落ちた。


祭りをいつも通り終えて、帰宅してから数日。

あるニュースを目にした。


それはまさしく私の故郷で、しかも参加した祭りの2日目に起きた事件だった。

村に遊びに行った若い男性2人組が、重症で病院に送られたのだそうだ。


朝、宿屋の主人がいつまでもご飯の席に現れない彼らの部屋を訪れると、倒れていたらしい。

命は別状はないものの男性2人は失明し、酷く不安定な精神状態で現在も入院中。

男達は「隠さなかったから」と、半狂乱に叫んでいるのだとか。


私は朝のうちに焚き上げを済まして帰ってしまったので、話を聞く機会がなかったのかもしれない。


ただ思う。


きっと男達の悪行をおしおり様が見つけたのだろう。

そして、文字通り大目玉を食らったのだ。

読んでいただきありがとうございました。

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