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第九話「重力に魂を引かれて」

 トリスメギストスはコロニー本国にブリガンダインのテスト結果及びゼノベイドの情報を持ち帰った。それからアームを使用可能にするなどの改良を加えた新ブリガンダインの量産、地球攻撃の準備に約三か月を要した。

 その間第301技術試験隊はコロニー周辺で諸任務に当たっていたが、ついに人類決死の反攻作戦、ボストーク作戦の決行のために地球圏に向けて出発した。

 それから間もなくのことである。マキアが倒れたという話を時矢が聞いたのは。

 恐れていたことが起きたと少年は不安を胸にし医務室に駆け込む。すると暗い顔をした軍医とベッドに横たわるマキアを目にした。


「マキア! 大丈夫かよ……先生」


 少女は熱にうなされているようでとても返事できる状態になかった。時矢は眼鏡をした中年の医者の方を向く。


「見ての通り、良くはない。長年のXENOとの神経接続と戦場でのストレスが彼女を蝕んでいる。絶対安静だよ」

「そっすか……」

「ちょうどいい、私は隊長に報告、いや陳情してくる。とてもティタノマキアには乗せられん……その間彼女を見ててくれないか」

「ああ、了解っす」


 医者の先生はカルテをまとめ医務室を後にした。時矢はベッドに近寄り苦しむ少女の手を取る。すごい熱があるのがすぐにわかった。彼は動揺して手を離し、汗を拭った。


「お前、こんなんになるまで戦って……頑張りすぎだ……」

「うぅ……」


 マキアは力なく(うめ)く。(おぼろ)げな眼で彼女は寄り添う少年を見た。


「トキヤ、か……何しに、来た……」

「おう、そんなの見舞いに決まってんじゃねぇか! しんどいのかマキア」

「私は……大丈夫だ。ぐぅっ」


 心配かけまいとしたか、マキアは無理やり体を起こそうとする。だが誰が見ても無茶で時矢は慌てて彼女を押さえつけた。


「先生にも言われてんだろ、絶対安静って」

「しかし……いや、すまなかった」

「寝とけよ、いいな」


 マキアの汗だくの額をさっと拭ってやる時矢。しかし彼女の顔にまた水滴がついた。ぽつぽつと落ちる、涙。


「どうして、泣く……」

「なんでお前だけこんな目に遭わなきゃいけないんだろうと思うと、キツイっつーか……いや、嬉し泣きだぜ、まだ生きてるもんな」


 時矢は相反する感情を吐露する。彼自身涙が止めどめない理由をハッキリできない。マキアはゆっくり手を伸ばし、少年の涙を拭う。


「ありがとう、トキヤ」

「おう」


 時矢も自分で目を擦り、笑顔を作ってみせる。彼はふと気が付いたことを口にした。


「そういやお前、俺のこと初めて名前で呼んでくれたな」


 普段はハヤミと人に呼ばれていたのでマキアの呼び方が彼には意外だった。それから少しバツ悪そうに続ける。


「でも実を言うと、とっさに名乗っちまったが早見時矢ってインターネットのハンドルネームでよぉ、本名は太郎っつーんだよ。だっせぇけどな」

「タロウ……良い名だ」

「いや全然、恥ずかしいよ。俺だけ教えるのは割に合わないからお前も本名を教えてくんねーか。ティタノマキアじゃなくて」

「私は……」


 少女は遥か前の記憶を手繰り寄せる。それだけでなく躊躇(ためら)う時間も含んで、しかしようやく言った。


「最初のママにはターニャと呼ばれていた」

「ターニャ……ふーん、かわいいんじゃん」

「でもマキアがいい。お前がそう呼んでくれたからな」

「わーったよ。その代わり俺も時矢で頼む」

「ああ、トキヤ」


 マキアは微笑む。時矢にはやっと彼女との距離が縮まったように思えた。

 少女は一度眠りに落ちる。普段背負っている重荷を今だけは離すように。その重荷を少しは肩代わりできないだろうか、と少年は思わずにはいられなかった。




「どうしたのジャック、食事の時間でもないのに」

「その、なんだ……」

「何?」


 人気のない時間の食堂に呼び出され、アレックスは怪訝(けげん)な顔をした。ジャックは誘っておきながらさっきから言い(よど)んでいる。


「コーヒー飲む?」

「結構よ」

「ああ、そうじゃなくて……アレックス、今度の作戦が終わったら渡したいものがあるんだよ。それを伝えに来たんだ」


 勇気を出してジャックは言う。アレックスは即座に聞き返す。


「今度? 今渡してはくれないの?」

「いや、そのアレだろ、いつどうなるかわかんねえからな」

「だったら今すぐ欲しいわ」

「そ、そうか……」


 ジャックは躊躇いがちにポケットから小さな箱を取り出した。こうなることを予想していなかったわけではない。アレックスはそれを受け取るとすぐさま開けて中身を確認した。


「これは、指輪……私に?」

「ああ。安物だが……アレックス。俺と結婚してくれ」

「そんな、気が早すぎるわ。私達まだ付き合ってもいないのに」

「だよな……」


 アレックスに(たしな)められ、ジャックは肩を落とす。しかしその後すぐ彼女は指輪をはめてみせた。


「いいわ。結婚を前提としたお付き合いをしましょう。でも別れてもこれは返さないわ。売るから」

「アレックスのそういうところ、好きだぜ」


 ジャックは彼女の肩を抱き寄せる。そのまま二人は唇を重ね合う。しばらく絡み合い、やがて同時に離した。


「慣れてるわね、私で何人目?」

「さあな、昔の男を忘れさせてやるよ」




 通常のXENO戦闘機より一回りも二回りも大きな漆黒の機体がトリスメギストスに着艦する。コックピットのハッチが開き、少年はハンガー内が無重力なのをいいことにさっと飛び降りる。彼を整備士のマッケインが待ち受けていた。


「どうだ、試運転した感想は」

「ゲイボルグと全然違う! ずっと動けるけど、ピーキーすぎねぇか」

「そりゃそうだろう。このXENO-09aはブリガンダインの機能が最初から全部入ってる次世代機だからな、その分大型化してるが取り回しは悪くないはずだ」

「けどよぉ、このウルトラ波動砲っての、ハイメガの三倍の出力らしいけど得体が知れねぇぜ」

「まぁな。最強の波動砲特化タイプだが代わりに一発しか撃てない。機体が耐えられないからな。本番に取っておけよ」

「こいつも自爆用かよ。俺に死ねっつーことじゃん……」


 時矢は舌を出して不満を露わにした。マッケインが彼の肩を叩く。


「コックピットブロックは脱出できる。希望を捨てるなよ、坊主」

「でもよ大気圏内を飛べないぜ」

「私が拾う」


 少女の声が背後からした。時矢は振り向いて驚く。


「マキア! お前……いいのかよ」

「必ず回収する。だから安心して挑め、トキヤ」


 それだけ言ってマキアは自分の乗機の方へ向かった。時矢は彼女の体調が心配になる。


「なんでだよ、もう乗せないって先生が」

「彼女が乗るって言って聞かないらしい。俺達整備士に出来るのは機体を万全にしてやることくらいだ。それより……」


 マッケインは急に腕を回して少年の体に巻き付く。


「お前も隅に置けない奴だな、いつの間にか名前で呼び合う仲になって!」

「ばっ、そんなんじゃねぇよ!」


 時矢は鬱陶しいとマッケインを押しのける。これ以上追及されなくて違う話題を振ろうとする。


「それより、コイツの名前はなんつーんだよ。形式番号で呼ぶのはだりぃぜ」

「ああ、まだ決まってなかったな。急造品なんでな。坊主が好きに呼んでいいぞ」

「いいのか?」


 時矢は少し考えてから口にした。


「じゃあ、アメノハバキリ。化物を退治しに行くからな」

「いい響きなんじゃないか。登録しておくわ」

「それとレーザーブレードを装備させてくんねぇか?」

「なんで?」

「波動砲は一発しか撃てねぇんだろ? じゃあ雑魚ベイダーをどうやって倒すっつんだよ」

「その必要はない」


 通りがかった顎髭の中年士官が代わりに答えた。マッケインは敬礼するが時矢は口を尖らせる。


「んだよ隊長、丸腰で行けってか?」

「いや、ティタノマキアにデュランダル、それに最新鋭機XENO-08eロンギヌスの部隊が随伴する。無茶な格闘戦はしなくて済む」

「そうかよ。でも最後に頼れるのは自分だろ。お守りが欲しいぜ」

「そうか、なら持っていくといい」


 珍しく話がわかると時矢は思った。ギアは自分の髭を触りながら言う。


「生きて帰れよ、ハヤミ少尉」

「こんなヤバイ機体に乗せておいてよく言うぜ……」

「これもうちの仕事なんでね。問題あれば迎えを寄こす。目標を狙い撃つことだけを考えろ」

「そうすっよ」


 時矢は軽く敬礼してみせる。様になっているなという感想をギアは抱いた。




 死の星と化した母星を目前に人類解放軍の艦隊は集結した。今、ボストーク作戦の口火が切られる。ファルメル艦隊から多数のXENO戦闘機が発進し赤い地球を目指した。これに呼応して地球圏のベイダーも壁になるように集まってきた。本能的に人類を迎え撃たんと。VBFで澱んだ宇宙に波動砲と熱光線の光が入り乱れる。

 だがこの大部隊は囮である。東京に降下するのが目的ではなく、まさにこうしてベイダーを呼び寄せるために出陣した。艦隊から離れた別動隊からXENO-13fジャンヌダルクを有する核攻撃隊が発進し、戦場を迂回して東京上空を目指した。ヴェルヌ作戦の時と同じく東京に潜むベイダーを一掃するための特攻隊であった。

 もっともこれも露払いで本命のゼノベイドを討つために核攻撃後の東京地下ジオフロントに乗り込むための精鋭部隊が密かに出撃しようとしていた。わずか20機の編成で、第301技術試験隊のアメノハバキリ、デュランダル、ティタノマキアもこれに含まれた。


「必ず生きて帰る。ジャック・ロウ、出るぞ」


 ジャックのデュランダルはブリガンダインを装備して発進する。続いてカタパルトにアメノハバキリが載せられた。


「ハヤミ、切り札は最後まで取っておくように」


 ブリッジにいるギア隊長から通信が入る。コックピットの中で時矢はサムズアップした。


「任せとけよ。早見時矢、アメノハバキリ行きます!」


 大型のXENO戦闘機が弾丸のように発射され、そのままブースターを吹かせて流星のように機動する。周囲のVBFは薄く、闇色の宇宙が広がっていた。時矢は母なる地球を視界に入れる。地球への降下は二回目故あまり緊張はしていなかった。それに今回は単独ではない。

 アメノハバキリは加速してジャックのデュランダルに並ぶ。するとティタノマキアもそれ以上のスピードで後から追いついた。いつものマキアの歌を聞けば心強いと思う時矢だった。

 不意に歌が止む。敵と接触したからではない。マキアは時矢に話しかける。


「地球が懐かしいか?」

「いや、別に。この前も降りたしなぁ……それに俺の家なんてもうないんだよ」

「そうか」

「けどまぁ、ガキん頃の夢を今でも見ちまう。空が青くて、海も青くて。それ以外に何もない島だったけど」

「行ってみたいな。トキヤの故郷に」

「じゃ、行くか。全て終わったらよぅ。なら取り戻さなきゃな。空の青さを」


 赤黒く澱んだ地球はもう眼前だった。時矢はレバーを倒し大気圏突入コースに入る。ティタノマキアや他のXENO戦闘機も同様に。

 降下する20機は熱圏を抜け、重力を体験する。アメノハバキリ以外が一斉にブリガンダインのウイングを展開し、重力を振り切って飛翔する。


「おいハヤミ、お前落ちてるぞ!」

「わーってるよ、クソ試作機が、ろくにテストもしてないから!」


 時矢はもたついたが慌ててアメノハバキリの翼を広げ、飛び上がった。


「301のさだめだな。俺達ぁ永遠にモルモットなんだよ」


 慰めるつもりでジャックは言うが慰めにはならなかった。時矢は舌打ちしながら編隊に復帰する。

 彼らは太平洋を北上して東京を目指す。大気圏突入までは幸い敵と接触しなかったが地球は最早ベイダーの星である。熱源を探知したアメノハバキリのモニターに警告画面が映る。


「各機散開、アメノハバキリは波動砲を使うな。我々が突破口を開く」


 紫色に塗られたXENO-08eロンギヌスのパイロットの隊長格、ロック大尉が命を下した。ロンギヌスの編隊は分散し、四方八方から来る羽の生えたベイダーを波動砲の射程に収める。

 ロンギヌスのハイメガ波動砲改が敵を一掃する。その威力に時矢は思わず喉を鳴らす。


「やるじゃん」

「前を見ろ、ハヤミ。ハイメガで!」


 前方から来るヴァーチャー級の巨体をデュランダルのハイメガ波動砲が消し飛ばす。


「第一波を撃滅、警戒怠るな!」


 ロックの掛け声で再び17機のロンギヌスは陣形を組む。それに第301技術試験隊の3機も加わる。


「じきにトーキョーだな。お前の故郷があるんだろ」

「東京つっても離れた島なんだよ。寄ってる余裕ねぇし」

「そうか、悪いな」


 ジャックに言われ、時矢は自分の生まれ育った島の風景を思い出す。しかし今の地上はあの空の色ではない。赤黒く濁った空は重々しくのしかかっていた。

 やがて水平線の彼方に日本列島の姿が見える。東京へ向かう20機は目にした。目的地に噴き上がる巨大なキノコ雲を。


「核攻撃隊、成功したか……」


 ロンギヌスのロックは少しばかり安堵して呟く。しかし時矢は不快感を顔に出して吠えた。


「クソッ! 三発目を日本に落としやがって! 他人事だと思って!」


 少年はヴェルヌ作戦でのレイブンの特攻を思い出して、まだこんなことを続けるのかと憤る。


「終わらせてやろうぜ、こんな戦いは」


 彼の気持ちを汲み取ってジャックが言う。


「ああ、やってやる」


 時矢はただ前を見据える。東京に潜むゼノベイドを倒す。雑念を振り払ってただそれだけに集中した。

 雲が晴れて彼らは東京に突入する。人類の意地にかけて。

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