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第八話「地球へ」

「無茶ですよ、地球圏はベイダーの巣窟なんですよ! 奴らがうじゃうじゃいるところに突っ込んで、ブリガンダイン装備のゲイボルグを単機地球に送り込むだなんて!」


 トリスメギストスのブリーフィングルームで作戦の概要をギアが話すと、すかさずジャックが反論した。


「敵を避けデブリを隠れ蓑にするサイレントランで地球に向かう。戦闘艦のアキレウスも随伴してくれる。そうだなグレイ大尉」

「勿論であります。我々をアテにしてくれて良いかと」


 グレイと呼ばれた銀髪の軍人は敬礼しつつ答える。その場には彼の他にも数人のパイロットが戦艦アキレウスから来ていた。


「しかしハヤミを一人で地球へ行かせるのは……」

「ジャック、俺を庇わなくていいぜ。何も死にに行くわけじゃないしな」

「中尉をつけろバカ、能天気」


 ジャックは時矢の頭を押さえ、小声で「死にに行くようなもんなんだよ」と呟いた。それが聞こえたか定かではないが、マキアが口を開いた。


「お前を死なせはしない。私が守る」

「マキア……」


 時矢はむしろ肉体の限界が来ていると言っていた少女こそ不安だという気持ちになる。しかしこと戦闘に関しては彼女以上に頼れるものはいないのも確かだった。


「ハヤミ、行って帰ってくるまでが君の仕事だ。それ以外のことは気にするな」


 ギアはそう言ってミーティングを締めた。

 解散して廊下に出たところで、時矢は肩を叩かれた。振り返って見るとアキレウスから来たグレイであった。


「ハヤミ少尉、少し話をしてもいいかな」

「あんたはえーっと……」

「グレイ・エンダー、階級は大尉だ。よろしく」


 握手を求められ時矢は応じる。


「大尉、それでなんか用っすか」

「君は異世界人らしいね。君の故郷について教えてくれないか? いや、単純に好奇心からで他意はないよ」

「そんな異世界でもねぇっすよ。俺は地球から来たんで」

「ほう?」

「まっ、俺がいた地球には人が住んでて、日本じゃ戦争とかもなかったけど……」

「面白いことを言う。戦争がないって」

「いや、たまたま平和だったんすよ。でもその代わりうちの島には何にもなくて」

「島とは?」


 意外な質問だと時矢は思ったが、この世界の人間はコロニーで生まれコロニーで育つというのを思い出して説明する。


「ああ、島なんてコロニーにねぇもんな。海に囲まれてる狭い土地のことっす。ああ海ってのは水が大量にあって、魚とかが住んでる……」

「コロニーアトランティスに巨大な貯水槽があるがそれと似たものかな?」

「そんな感じじゃねぇかな。よく知らねぇっすけど」

「実に興味深い……地球に行けば見れるかい?」

「さぁ……太平洋に降りるっつってたけど顎髭は。家に帰れるわけじゃねぇしよ」

「そうか。興味深い話をありがとう。正直なところ私は今回の地球行きにワクワクしているよ。教科書でしか見たことがなかったのでね。ではアキレウスに戻るとしよう」


 グレイは手を振りながら立ち去る。彼の言葉が引っかかって時矢は呟く。


「教科書でしか見たことない、ねぇ……」




 それから何日も経ち幾度かの戦闘を経て、ようやくトリスメギストスとアキレウスの二隻は地球圏へと辿り着いた。

 ラウンジの窓から見える「死の星」を目にして時矢は息を呑む。


「マジで……赤いんすね……」


 地球は赤く澱んだ色をしていた。報告で聞いていたとはいえ、あまりにも自分の知っている姿と違う様をその目で確かめれば地球生まれの少年は動揺する。


「VBFに汚染された姿だ。昔は青かったってのは信じられないよな」


 ジャックにしてみれば人の住んでいた地球などお伽噺(とぎばなし)のようだった。ベイダーの蔓延(はびこ)る敵の本拠地として睨む。


「ジャンヌダルクのアンチVBFを使えば元に戻るんすかね」

「どうだろうな。ちと、的が大きすぎるぜ」

「だよなぁ……地球には70憶人だか80憶人だか人が住んでたんだぜ。何も信じたくねぇ」

「ハヤミ、やっぱお前……」


 その時艦内アラートが鳴った。敵の襲撃を知らせる合図だ。


「第一種戦闘態勢発令! パイロットは至急ハンガーに向かってください! なおハヤミ少尉はそのまま地球降下を開始してください」

「おいおい、敵を突っ切って降りろっつーのかよ」

「降ろしてやるさ!」


 時矢とジャックは走ってハンガーに向かい、それぞれの機体に乗り込む。ゲイボルグはすでにブリガンダイン装備に換装していた。時矢には全長が二倍以上に大型化した愛機を重苦しく感じられる。そもそもコックピットブロックもブリガンダイン用に換えられていて乗り心地の違いに戸惑う。


「マジで一発勝負かよ……こんな装備で大丈夫なのか? アレックス、敵の数は」

「プリンシパティ級4、アークエンジェル級12、エンジェル級20……それから未確認の超巨大ベイダーが接近中。でもあなたは地球に降りることだけを考えて、ハヤミ少尉」

「りょーかい、早見時矢、行きます!」


 トリスメギストスから発進してゲイボルグのペダルを踏む時矢。すると思わぬ加速のGに苦しむ。ブリガンダインの大型ロケットブースターによって機動性が段違いだった。慌てて減速し調整する。


「クソッとんだじゃじゃ馬じゃねぇか……地球に降りろっつっても、まず!」


 時矢はゲイボルグのカメラが捉えたエンジェル級ベイダー一体を波動砲で撃ち抜いた。さらにブリガンダインで覆われて使えないアームの代わりに備え付けのバルカン砲で他のベイダーを威嚇する。


「無理をするな、ハヤミ少尉。私達が引き受ける」


 アキレウスから発進したXENO-08aドレッドノートのグレイ大尉が通信を送ってくる。彼が率いるドレッドノート隊は一斉にメガ波動砲を放ち、時矢の目の前を焼いた。道が開ける。


「行け、そして未来を切り開け!」

「わーった!」


 時矢は迷わず地球に向かって直進する。それを阻まんと多数の熱光線が宇宙を裂いた。

 その発射源は全て一体のベイダーからだった。VBFを瘴気のように纏う超巨大ベイダーをトリスメギストスの高性能カメラはようやく全貌を捉える。


「敵はソロネ級! 高速でゲイボルグに接近中!」

「阻止せよ! 艦砲射撃で引き付けい!」


 ダニエル艦長は右手を突き出す。トリスメギストスに加え戦闘に特化したアキレウスも弾幕を張る。だが敵は動じることなく長大な二本の触手の先から熱光線を裏返した傘のように拡散させた。ベイダーと交戦中のXENO戦闘機隊に降り注ぎ、味方ベイダーごとドレッドノートを何機も撃ち落とした。あまりにも獰猛(どうもう)


「ドミニオン級より上なんて初めて見た……けど沈める!」


 ジャックはデュランダルのハイメガ波動砲の照準を合わせソロネ級に向かって撃つ。しかしあまりにも巨体故ハイメガ波動砲ですらかすり傷だった。コアを正確に撃ち抜かねば倒せない。

 敵ソロネ級は頭部の角周りから火を噴く。するとこの角が弾丸のように発射された。それはあまりにも高速かつ正確な射撃で、アキレウスの船体を貫いた。戦艦が大爆発を起こし大気圏に到達しようとする時矢からでも光が見えた。


「今の……戻るべきか?」


 少年には仲間の危機に焦る気持ちがあった。ゲイボルグのブースターを逆噴射しようとした時、モニターにマキアが映る。


「そのまま行け、帰る場所は守る」

「くっ……頼む」


 時矢はそのまま大気圏突入を開始する。プリンシパティ級以下を一掃したティタノマキアはソロネ級ベイダーに向かっていく。

 ティタノマキアのラピッド波動砲が炸裂し超巨大ベイダーの頭部や腹部を撃ち抜いた。しかしいずれもコアを撃破する前には至らなかった。なにしろこの巨体なのに機動力が高く正確な狙いが付けられないのだ。だから危険を承知でマキアは接近を試みる。


「いかん!」


 二本の触手がティタノマキアに絡みついて熱光線を浴びせようとしたのでグレイのドレッドノートもまた接近しながらバルカンとメガ波動砲で注意を引きつけようとする。触手は彼の方に方向転換し、近距離で拡散熱光線を放った。ひとたまりもない。


「大尉! クソ、やっと溜まった、食らえハイメガァ!」


 ジャックはハイメガ波動砲でソロネ級の上半身を破壊する。しかしまだ超巨大ベイダーは倒れない。がコアが露出したのをティタノマキアは見逃さなかった。ついにコアを撃ち抜く。タッチの差でティタノマキアを襲う触手は分解され、完全に沈黙した。




「フィールドは展開した、次は……」


 時矢は電子マニュアルを見ながら大気圏突入の手順を確認していた。モニターに映る暗黒に塗り潰された宇宙が真っ赤に染まっていく。ゲイボルグはバリア波動砲の技術を転用したブリガンダインの耐熱フィールドによって燃え尽きることなく地球に降下していた。

 体感では長く感じられたが終わってみれば一瞬であった。時矢の視界いっぱいに赤黒く重苦しい空と濁った色の海が広がる。変わり果てた地球に彼は帰ってきた。だが感慨に耽る間もなく彼は大気圏内飛行の操作に移る。


「これをこうして、浮けよ!」


 ブリガンダインの両脇に折りたたまれていたウイングを広げる。そして下部ブースターを吹かし機体を制御した。宇宙用戦闘機であったゲイボルグが今空を裂く。


「よし、飛べてんな……」


 時矢は落ち着いて汗を拭う。地球育ちなのに重力の重さが新鮮に感じられた。もっとも島で暮らしている時は戦闘機に乗るなんて未来を想像したことは一度もなかった。だから彼には今の自分が不思議に思えた。


「なんで俺、こんなことしてんだ……」


 北に進路を向ける時矢。北へ行けば日本列島があり、自分の生まれ故郷もあるのではないかと思えば手足が勝手に動く。しかし少年は首を横に振る。


「敵に見つかる前に合流ポイントに向かわねぇと」


 大気圏離脱のために機体を上昇させる時矢。その時だ。声を聞いたのは。


「聞こえるか……聞こえるかハヤミ・トキヤ……」

「誰だ? 通信……じゃねぇ!」


 モニターに何も映らず通信機能が働いていないことに時矢は驚愕する。声は頭に直接響いていた。聞いたことのない、男の声だった。


「私はマックス・シルヴァスタイン……君と入れ替わりで過去の地球へ来た者だ。XENO-12zニーベルングと共に。落ち着いて聞いてくれ。私が私でいられる時間は少ない。今座標を送る」


 ゲイボルグのモニターに突然表示されたのは、時矢も見慣れた地図であった。日本の東京。そこに大きな点がついていて、名前が表示されていた。


「XENO-VADE……ゼノベイド。どういう意味だ?」

「君のいた時代の人間は誤ってXENO-12zに封じられていたベイダーを解き放ってしまった。それが成長しベイダーを生むベイダーの母、ゼノベイドになってしまった。お願いだ。どうか私を、ゼノベイドを破壊してくれ。データを301に持ち帰るんだ!」

「ああ?」


 少年にはまるで意味がわからなかった。しかしVBF下では映らないはずのレーダーに無数の敵が映ればただごとではないとは理解する。彼はベイダーの群れと接触を避けるためにも機体を打ち上げる。大気圏外へ向かって急速離脱。

 再び闇色の宇宙が時矢を迎え入れる。彼は母艦の姿を探しながら通信機を弄る。


「こちら早見、応答してくれよ、トリスメギストス……」

「ハヤミ君、ハヤミ少尉ね」


 モニターにオペレーターのアレックスが映る。時矢はトリスメギストスの健在に喜ぶ。


「おう、帰ってきたぜ!」


 そう言って自分の居場所はもう地球にはないことを悟り、悲しみが胸にせり上がってくる。しかしそれでも構わない、帰る場所はあるのだからと少年は自らを叱咤した。

 次第に近づく機影を時矢は認める。その白く目立つ機体はティタノマキアに違いなかった。


「よく戻った」


 普段感情が表情に現れにくいマキアだが、この時ばかりは嬉しそうにした。ああと時矢は応答する。

 かくしてブリガンダインの試験を終えたゲイボルグは帰還する。人類の未来を左右する重要な情報と共に。




 時矢は帰投後すぐ、ゲイボルグが受け取ったデータを解析したマッケインと共にギアの部屋に呼び出されていた。


「それで、マックス・シルヴァスタインと言ったんだな」

「ああ、そんな名前だった」

「マックス少尉はうちの、第301技術試験隊の隊員だった。あの日はXENO-12zの異次元波動砲のテストを行うために搭乗していた。それが事故で消えてしまって、代わりに君が見つかった。覚えていないか?」

「メイリンが言ってような……つことは世迷いごとでもないってことか?」

「まさかとは思うが、それがベイダーの始まりとは……たまげたね」

「隊長の責任ってことになるんすか?」

「それは上が決めることだ。もっともマッケイン、そのゼノベイドというのはどうなのか」

「全長100メートルを超える、おそらく過去に観測された最大の奴と同一個体だと思われます。それがトーキョーの地下に広大な空間、ジオフロントを作り出しその最奥に位置しています。さらにわかることは定期的に新たなベイダーを吐き出し、地上から更に宇宙へと送っていることで……これではまるで」

「ベイダー帝国の女王様ってことね」


 ギアは珍しく溜息をついてみせた。いつも不敵な隊長が手に負えないという顔をするので時矢にも事の重大さがわかってきた。


「そいつをぶっ倒さなきゃ人類はやべぇままっつ―ことか」

「そう簡単に言ってくれちゃうなぁ。まぁ、これでボストーク作戦の攻撃目標がトーキョーに絞られてくれるわけだが」

「ボストーク作戦?」

「実はお上は地球のベイダーの拠点を同時に叩こうと無茶なことを言い出してね。ブリガンダインもそのためのものだ」

「地球は青かった、ねぇ。皮肉かよ」

「それだけ本気だってこと」


 今度は時矢が溜息をついた。また作戦に駆り出されるのは自分なのだから。


「しばらく休め。そうそうすぐ実行とはいかない。下がれ」

「ハッ」

「はぁ」


 マッケインのしっかりとした敬礼に対し相変わらず時矢は不真面目だった。二人が出ていった後でギアは椅子に腰かけ、呟く。


「あとどれだけ、部下を死に追いやれば気が済む。ギア・オスカー」




「アキレウスの戦没者に黙祷!」


 艦内放送が流れ、トリスメギストスのクルー達は黙祷を捧げる。それが終わるなり時矢は傍のジャックに言った。グレイの顔を思い浮かべながら。


「知り合った人間が死ぬってのは、しんどいっすね」

「じきに慣れるさ。人間なんてさ」

「そんなもんかよ……」


 メイリンやレイブンの顔も浮かんでは消え、時矢は胸を締め付けられる。そして同じ場所にいたマキアの方を見る。そう遠くないうちに彼女もいなくなるなんて思いたくない少年だった。

 しかし彼は知っていた。最近はよくマキアが医務室に出入りしているということに。


「マキア……大丈夫か」

「平気」


 時矢の心配はよく伝わらず、少女は短く言い切る。


「私はティタノマキアだから」


 そう付け加え、廊下に消えていく。そんな彼女の在りようが痛々しく思えて仕方ない時矢だった。

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