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第七話「コロニーの休日」

 ヴェルヌ作戦以後月方面に留まり散発的な戦闘に参加していた第301技術試験隊であったが、コロニー本国に戻れとの通達によりファルメル艦隊から離脱した。

 長旅を経たトリスメギストスのラウンジからは宇宙に出た人類が()むコロニー群が見えるようになっていた。


「もう大分近いな。いやーやっと帰れる」

「すげーな、マジであの筒に人が住んでるのかよ」

「おいおい、コロニー見るのが初めてだからってはしゃぐなよ、異世界人」

「あ? はしゃいでねぇよ。それに異世界人ってのはやめろ、ハヤミ少尉だろ」

「うるせえ、俺は中尉だぞ」


 ジャックと時矢は小突きあいながら宇宙に浮かぶ円筒を眺める。


「なぁ、エリュシオンってコロニーはあん中のどれだ?」

「エリュシオン? ああ端っこの方じゃないのか、俺も行ったことないからわからん……ってかお前エリュシオンは知ってんのかよ」

「メイリンの故郷だって聞いてっから……」

「メイリン……メイリン・バーツか。お前、まだ気にしてんのか?」


 ジャックは少年の肩に手を置く。


「ハヤミ、死人に引っ張られるなよ。終わったことを考えても仕方ねえ。メイリンだって二度と帰れない覚悟はしてたさ。俺だって実家に顔出せねえだろうし」

「そうなのか?」

「休暇と言っても次の仕事まで空き時間でしかないのさ。今回もヴァルハラにしか降りれないだろうしな」


 そう言ってジャックはコロニー群の中央辺りを指差した。


「ヴァルハラぁ?」

「コロニー連合国家の首都だ。確か1000万人は住んでる。人類再建の要だよ」


 縁起でもない名前だなと時矢は思ったが、口にはしなかった。代わりに休暇が楽しみだなと言う。


「そういやマキアは?」

「いつも通りティタノマキアのところじゃないのか」

「あいつも休みゃいいのにな。よっと」


 時矢はジャックの傍を離れ、ラウンジを出て行こうとする。


「もういいのかよ」

「ゲイボルグを見てくる。しばらくお別れだろうしな」

「気が早えよ。すぐ降りられるとは限らんからな」


 だからもう少しここでゆっくりしておけ、とジャックが言うより早く時矢は出て行ってしまった。


「ほー、板に付いてきてるじゃん、少尉」

「あら、先客? ハヤミ君とすれ違ったけど、あなたがいたのね中尉」


 入れ替わるようにしてアレックスが入ってきた。するとジャックはどぎまぎしつつ気の利いた台詞を考えるのだった。




 トリスメギストスがコロニーヴァルハラに入港して二日、ようやく隊員の外出許可が出た。

 とはいえ右も左もわからない時矢は独りでコロニーに降り立つことなど出来なかった。そこで同室のジャックに相談したところ、彼は先輩風を吹かせて案内してやると約束した。

 そういうわけでジャックはちゃっかりアレックスとも約束して、三人でコロニーに繰り出す――かと思いきや、何故かマキアもメンバーに加わって四人になった。

 港の長いエレベーターから居住ブロックに降りた途端、時矢は目を輝かせた。


「すげえ、空に街が浮いてる! いや、反対側っつーことか。重力もあるしマジで人が住んでる! 都会じゃん」

「おい、はしゃぐなよみっともない。ここじゃこれが当たり前なんだよ。つか向こう側見えてるって本当に目のいい奴だな」

「ば、別に浮かれてねぇよ」


 などと言いながらも少年の反応はまさに田舎の離島から都心に出てきたお上りさんであった。彼の瞳に映るものは全て新鮮だった。

 しかしそれも数十分程度のことで、時矢はすぐ慣れた上にジャックの案内先に不平まで持つに至った。


「それで折角の外出が戦争博物館って……社会科見学じゃねぇか」

「あのなぁ、大人のデートってのはこういう場所で穏やかに過ごすもんなんだよ」

「ハヤミ君達に宇宙に出た人類の歴史を学んでもらいたいというギア隊長の計らいなのよ」

「あっ、ばらすなばらすな」

「顎髭の命令かよ……じゃなきゃマキアが付いてくるわけないよな」


 展示物にまるで興味がなさそうに突っ立っている白いワンピースの少女を時矢は横目に見る。それから自分のカジュアルな服に目を落とした。やけに用意よく貰ったものには裏がある。彼は身に沁みる。

 傍から見てもダブルデートというより子供の引率であった。渋々時矢は展示物を見て回ることにした。

 ベイダーの跋扈(ばっこ)によって人類が宇宙に逃げ始めた宇宙歴0年から今に至るまでの苦難の歴史が年表付きで記されていたが、少年の関心は細かい文字列にはなく、コロニーや宇宙戦艦の模型に目移りしていた。するとジャックの「もっとすごいものを見せてやるよ」という案内に期待して渡り廊下を進み別館に入る。そこは博物館というよりトリスメギストスの見慣れたハンガーに近く、歴代XENO戦闘機が展示されていた。

 その中でも一際大きく武骨な機体に目を見張る時矢。少年は胸を躍らせて質問する。


「なんかゴツイのがあるけどコイツはなんてやつ? 決戦用って感じするけど」

「下に書いてるだろ。XENO-01aプロメテウス。最初のXENO、波動砲搭載試験機だ。当時は波動砲ユニットを小型化できなくてこの大きさなんだよ」

「コックピットブロックが試験管の形してねぇのな」

「脱出機構付きの試験管型は04番代からだ。昔のは動く棺桶なんて言われてたんだぜ」

「確かに棺桶っぽいな」

「見た目の話じゃねぇよ。性能とかはゲイボルグより全然劣ってアークエンジェル級一体を倒すのにも苦労してたっつー話だ。絶え間ない技術革新と301のように試験をやってきたおかげで今があるんだよ」

「ふーん」


 見た目はいかつくて強そうなのに、と時矢は思う。ふとプロメテウスの奥にあるXENO戦闘機を食い入るように見つめるマキアの姿が彼の目に留まった。少年はさりげなく少女の隣に移動する。


「マキア、そいつは」

「XENO-05xファフニール。私が初めて乗った機体。神経接続で機体の制御を補助する試験機だった」

「へえ……」


 時矢は意外そうな顔をして少女を見つめる。彼女にはティタノマキアではなかった時期があったんだということに気付いて。それについて詳しく聞こうとも考えたが、あまりにも彼女の横顔が無垢で無防備だったので躊躇(ためら)われた。


「ジャック、そろそろ出ない? 時間も惜しいし」


 四人の中で一番XENO戦闘機に興味のないアレックスが急かした。ジャックも腕時計を見て長居しすぎたなと呟き、時矢達を呼ぶ。マキアもそそくさと退出しようとしたので時矢も後を追った。

 最終的に好奇心旺盛な少年は満足した。XENO戦闘機を見て喜ぶなど、すっかり第301技術試験隊の一員として教育されてしまったとも言えるのだが。大人達の都合に振り回されていることに彼は無自覚だった。




「ったく、いつまで待たせんだよ……ジャックの野郎……」


 時矢は広い公園のベンチに座り込んで、悪態をつく。博物館の後に連れてこられたはいいものの、ジャックとアレックスの二人は池のボートに乗り込んでしまって置いてけぼりを食らったのである。自分のことはほったらかしでイチャつく大人達に腹立たしく思った。

 ベンチに座りさえしないで無表情で突っ立っているマキアも状況のつまらなさを物語っていた。会話を試みようにも無駄話をしてくれないのはトリスメギストス内で散々思い知らされている時矢である。しかしこの機に親密になりたいという気持ちはなくもなかった。

 そこで彼は遠くに露店を出しているアイス屋に目をつけた。ひとっ走りしてソフトクリームを二つ買い、戻ってきてベンチに腰を下ろさず白いワンピースの少女の前に立って、ほらと差し出した。


「アイス、マキアの分もあるから食えよ」


 マキアは目を丸くする。時矢が何度も差し出す素振りをしてようやく受け取ったが、彼女は口をつけなかった。


「どうした、食わないとすぐ溶けるぞ」

「どうやって食べる?」

「おま、まさかアイスも食ったことないのかよ! こうすんだよ」


 大袈裟(おおげさ)に舌を出してアイスを舐めてみせる時矢。するとマキアも真似して口にする。心なしか、少女の頬が(ほころ)ぶ。


「うまいか?」

「……初めての味だ」

「そっか、アイス食ったことないとか貧しい青春してんなぁ」


 時矢はベンチに座って足を組みながらアイスを舐め回した。やはりマキアは隣に座らない。これが少年少女達の距離感を表していた。

 ちびちびアイスを舐めるマキアを横目に時矢はガツガツ食べてあっという間に飲み干す。口が留守になると言った。


「つっても俺の青春も大概か。島暮らしは本当につまんなくてよぉ、観光客の奴らは海が綺麗だの自然豊かだの言うけど普段都会に住んでるからお気楽なんだよな。何もなくって不便ったらありゃしねぇ」


 故郷のことを思い出して少年は語る。相手が聞いていようがいまいがお構いなしに。


「親父もそういう連中の相手をする仕事で忙しそうにして、帰ってきても横になって本読んでて遊びに連れてけっつったら邪魔するなって怒るし、お袋は馬鹿になるから勉強してろってうるせーし……」

「楽しそうだな」

「あ? どこがだよ」

「思い出を語る人間はそういう顔をする」

「いいことばっかじゃねぇぜ?」

「私にはないからな」


 少女は目を閉じる。生まれた時から兵士となる運命を定められた彼女は子供の頃から訓練の日々、物心ついた頃には戦場に身を置いていた。時矢のように日常を回顧することができなかった。

 寂しい人生なんだな、と時矢も想像はする。だが理解はしきれない。だから安直に言ってしまう。


「だったら今から作ろうぜ。思い出ってやつを。生きてりゃ楽しいことだってあるさ」

「作る……?」

「バカップルが戻ったら俺らもボートに乗せてもらわね? 別につまんなそうなら他のことにすっけど。買い物行ったり、一緒にゲーセンで遊んだり。あっかなゲーセン……俺も行ったことはねぇからな……」

「よくわからないが、あるかどうかもわからないところに誘うのか?」

「わりいかよ!」


 時矢は気恥ずかしそうにしつつも笑う。どことなくぎこちなく、笑い方を忘れていたように。彼自身久しく笑ってなかったなと思う。それを見てマキアもはにかんだ。

 しかしそれは、一瞬にして崩れる。

 マキアは苦痛に顔を歪め、ソフトクリームを床に落として両手で頭を押さえた。屈みこんで(うな)る。


「うぅぅぅぅ、割れる……ッ!」

「おい、大丈夫かよ!」


 慌てて時矢はベンチを離れ、苦しむ少女を前にするがどうすればいいかわからなくておろおろしてしまう。


「医者……救急車を呼んだ方がいいか!? クソ、携帯とか持ってねぇ、人を呼ぶか」

「いや……いい。大丈夫だ。治まった」


 そう言いながらゆっくりと手を頭から話すマキアだが、依然苦悶の表情を浮かべていた。


「とりあえず休めよ……ほら、掴まれ」


 時矢の差し出す手をマキアは掴む。汗でびっしょりとした手で。それがわかって少年は動揺しつつも彼女を引っ張ってベンチに座らせる。

 それからしばらくは肩で息をするマキアだったが、ようやく落ち着いたのか、ゆっくりと言葉を口にした。


「……今までティタノマキアは色々な部品を換えてきた。だが私は一度も……だからもう限界なんだ」


 それはティタノマキアの一部品として肉体改造の末に神経接続を繰り返し、脳に負荷を与え過ぎたということだった。そんな非人道的な扱いが明るみになるのは軍の上層部としても避けたい事柄で、過酷な戦場ばかりに彼女を駆り出していた――いっそ戦死してしまえばいいと願って。

 しかし彼女は数々の死線を潜り抜け、されどそのせいで余計消耗してしまった。第301技術試験隊に左遷されたのも、どんな事故が起こるかわからないモルモット部隊なら彼女が死んでも不都合ないという判断だった。

 何も知らず利用されるのではなく、マキアは薄々自分の扱われ方に感付いていた――が故に深い絶望が色濃く顔に現れていた。


「私は怖い……無用なものとして捨てられるのが怖い……」

「マキア……」


 少女が吐露する思いが重すぎて、少年には受け止めきれない。彼はどんな言葉を掛けても陳腐に思えた。だから行動で答えた。

 さっと隣に座ったかと思えば、少女の肩を抱き寄せた。


「何を」

「俺馬鹿だから何言えばいいかわかんねぇんだよ……」


 マキアは戸惑い、(ほの)かに顔を赤らめる。人に抱きしめられるなんて初めてだったのだから。


「邪魔だ、離れてくれ」


 だから、つい拒絶してしまう。悪いと時矢は謝ってそっと手を離す。するとちょうど背後から声を掛けられた。


「ハヤミ、お前も隅に置けないな」

「ジャック! 見てたのかよ!」

「さんか中尉をつけろ」

「ごめんなさい、待たせたわね。でもお楽しみだった、かしら?」


 ジャックとアレックスは戻ってくるなり茶化すものだから時矢は顔を赤くする。


「そんなんじゃねっすよ……マキア、体調悪いみたいなんで帰らしてやってくんねーか」

「ああ、いいけど……」


 ジャックはベンチに座る少女を一瞥(いちべつ)する。しかしその頃にはマキアは平静を取り戻していた。ただアイスが落ちて潰れていた。




 第301技術試験隊の休暇は一週間も経たず終わりを告げた。時矢はトリスメギストスのハンガーで見慣れぬ積み荷を目にする。それは新型のXENO戦闘機というわけではなく、だからこそ少年の興味を引いた。

 その積み荷の前に顎髭を生やした上官がいたものだから、彼は質問した。


「隊長、なんなんすかこれ」

「ブリガンダイン。XENO戦闘機を単独で大気圏突入、飛行、及び大気圏外へ離脱を可能にする追加装備だよ。急造品なので組み立てからこっちでやることになるけど」

「あのデカイブースターがそうっすか。でもなんでそんなもん……大気圏突入?」


 時矢はギア隊長の言葉に引っかかってその意味を考える。


「まさか、地球へ?」

「ああ、お偉いさんは気が早いようだ。月の次は」

「でも月のベイダーを片付けたらコロニーは安全なんじゃないんすか」

「そうも言えない。地球からベイダーが打ち上げられるのをなんとかしなきゃってことだ」

「遊びに行くわけじゃないってか」

「ブリガンダインのテストをやらなければならない。単独で地球に行って戻ってくる、極めて無茶無謀難題だが、やってくれるな?」

「命令か?」

「お願いだよ」


 ギアは白い歯を見せてニッコリとする。どこまで本気かわからないと時矢は(いぶか)しむが、首を横に振ることはしなかった。


「君は地球人なんだろ、ハヤミ・トキヤ少尉」

「俺の知ってる地球じゃねぇらしいがな。まぁ、見てみたくないと言っちゃあ嘘になる」


 地球に帰るなどすっかり諦めていた時矢だったが、地球と聞けば否応なく気分が高揚するのを感じていた。たとえもう故国が存在しないとしても。

 巡洋艦トリスメギストスはコロニーヴァルハラから出航し、遥かなる地球へと進路を取る。それが来るべき一大作戦の前触れであり、人類が新たに踏み出す一歩であった。

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