第六話「ヴェルヌ作戦」
「だーから、ついてこなくていいんだよ」
トリスメギストス艦内の通路で時矢は手を振り払ってみせた。しかしレイブンは彼から離れない。隊長のギアから時矢を医務室に案内するよう命じられたからだ。
「一人で行けるっつの、子供じゃねぇんだから」
「医務室へは一度しか行ったことないだろう? それに子供だ」
「うっ……」
正論で返され言葉が詰まる時矢。医務室への道など覚えていない。
「こんなの怪我した内に入らねぇよ。それよりもう間もないんだろう? だったら俺に構わず自分の時間を大事にしろよ。最後……かもしれないだろ」
かもしれないではなく最後だ。そうわかっているが時矢は言い澱む。しかしレイブンは切り返す。
「だから時間を使って少し話がしたい」
「ああ? 俺で良ければいいけどよぅ……」
時矢は立ち止まり、相手の言葉を待った。しかしレイブンはそう言いながらも口を開かない。30秒ほど沈黙が流れ、耐えきれず時矢の方から話しかける。
「なぁ、本当に良いのかよ? 俺、小学生ん時平和学習っつって原爆のビデオとか見せられたけどよぉ、えっぐい死に方するんだぜ。想像しただけで嫌な気分になっちまう……本当に死んじまうんだぜ!」
「死ぬのが軍人の仕事だ。まさかハヤミ、自分は死なないと考えているのか? それは甘い。遅かれ早かれ俺達は死ぬ。ようやくその時が回ってきただけだ」
「ああ? ……何言ってんだ、仲間を死なせたくないとか言ってたじゃねぇか」
「それは……いや」
押し黙ろうとするレイブンを時矢は睨み、胸ぐらを掴んで言葉を浴びせる。
「おいおい、俺は無口キャラですっつって逃げるのはよせよ。正直どう思ってんだよ!」
「俺は、お前のような若い奴には生き残ってほしい。だから乗る。誰かが希望の光を見せなければならない」
レイブンは時矢の掴む手を力づくで解く。
「医務室へはそこを右に曲がって二つ目の角で左に曲がって奥に進め」
「そうかいありがとよ」
少年は走っていく。これ以上は何も言えなかったのだから。見送ってレイブンは逆方向に進む。最後の戦いに臨む決意を新たにして。
月へ進路を向けたファルメル艦隊は月軌道上のベイダーとついに遭遇した。
「ドミニオン級5、ヴァーチャー級12、パワー級25、プリンシパティ級以下は100以上確認されているわ」
「大群じゃねぇ―か、待ち伏せされてんじゃん」
「月面にはもっとベイダーが潜んでいるのよ。本艦は後方より支援、ハヤミ君、くれぐれも陣形を乱さぬように。単独行動は厳禁」
オペレーターのアレックスに釘を刺され、ゲイボルグのコックピット内で時矢は渋い顔をした。
「ったくどいつもガキ扱いかよ……レイブンは?」
「ジャンヌダルクはすでに発進して本体に合流、気持ちはわかるけど追いかけようとしないで」
「へっ、わーってるよ。俺は俺のやることをやる。ゲイボルグ三号機行きます!」
トリスメギストスのカタパルトに撃ち出され、時矢は色づく宇宙に身を委ねる。ゲイボルグを駆るのにも慣れてきて、先に発進したジャックのデュランダルと隊列を組む。その後で純白のティタノマキアが追い付いた。今回は彼女も追いこすことはしなかった。
時矢は通信機を弄って少女の歌声を傍聴した。
「今度はポーリュシカ・ポーレだ……ロシアの歌好きなのかよ」
マキアが歌うのは戦場で狂気に呑まれないために精神を整える儀式であった。歌が止むと戦闘開始の合図だ。ベイダーの熱光線とXENO戦闘機の波動砲の光が交錯する。その最中時矢は大きく満ち足りた月を見た。無茶苦茶な世界であっても全くの異世界ではない――薄々彼は感付いていた。
VBFによって色がぐちゃぐちゃの戦場にゲイボルグもまた飛び込んでいく。早速宇宙を泳ぎ回る小型のベイダーを補足して波動砲の照準を合わせる。だが撃とうとした時、別の波動砲によって狙う敵が撃ち抜かれた。こういうことをするのはティタノマキアに違いないと時矢は決めつける。
「けど俺だって活躍させてもらう!」
再び照準を飛び込んできた敵に合わせ、ゲイボルグの波動砲で撃ち落とす時矢。生憎標的は腐るほどいた。数ではXENO戦闘機は圧倒される。それを補うべくしてXENO-08aのメガ波動砲やXENO-08dのハイメガ波動砲の太い光の束が複数敵を巻き込んで放たれる。
「クソ、波動砲のチャージがもどかしいったら」
「ハヤミ、前に出過ぎだぞ! 陣形を意識しろ」
「つったってジャック、ベイダーがうろちょろしてんだぜ」
「中尉をつけて射線から出ろ。そうらハイメガ!」
時矢のゲイボルグがバルカンを撒き散らして敵を集めているところを狙い、ジャックはデュランダルのハイメガ波動砲を撃って消し飛ばす。
「ハイメガはしばらく撃てねえ……ティタノマキア、援護頼む」
「承知」
ハイメガ波動砲のチャージ中無防備なデュランダルを狙いベイダーは集中砲火を浴びせてきたが、これをことごとくティタノマキアがラピッド波動砲で撃退した。しかしちょうど戦闘開始から300秒が経ち、ティタノマキアはラピッド波動砲を封じられる。時矢は庇う必要を感じ機体を近づけようとするが、必要ないとばかりに縦横無尽に機動するティタノマキア。接近するエンジェル級をレーザーブレードで斬り捨てるのは手馴れていた。
「流石にレベルが違うか……ならサーチアンドデストロイで!」
時矢は視界に入ったパワー級のコアの位置を一瞬で推測し波動砲を撃つ。見事コアに命中し敵ベイダーは胞状分解した。
「よし、デカブツをやった!」
「ハヤミ君、ドミニオン級一体が接近中、注意して!」
「んだよ、こっちがボスキャラかよ」
ゆうに50メートルは超える巨大ベイダーが黄色い友軍機を蹴散らしながら時矢のゲイボルグも飲みこもうとしていた。遠目には西洋のドラゴンのようにも見えるが全身に触手を生やしており生理的嫌悪感をもたらす姿をしていた。げぇと時矢は吐く真似をしつつレバーをせわしなく動かす。次の瞬間には無数の触手から熱光線が発射される。
時矢は回避しつつゲイボルグのバルカン砲を浴びせるが相手は見向きもしない。やがてバルカンを撃ち尽くし、少年は舌打ちする。
「弾切れ、なら」
「07番代じゃ歯が立たねえよ、ハヤミ退け! コイツはハイメガでやる」
ジャックのデュランダルがハイメガ波動砲をドミニオン級に浴びせる。だが敵は巨体ながら素早く命中したものの上半身の損壊で済んでしまった。コアが無事な限りベイダーは無限に再生をする。
目の前で友軍のXENO-07kが熱光線に溶かされたのと波動砲のエネルギーチャージ率を合わせ見て、ジャックは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「クソッ、なんでハイメガはすぐ撃てない!」
「じゃあ俺がやる、今のでコアが露出してるぜ」
「おい、早まるな、迂闊だぞ!」
ジャックが止めるのも聞かず時矢はドミニオン級に向かって機体を走らせる。彼の目の良さがコアを見つけたものの、中々波動砲の照準が合わない。もっと接近しなければと飛び込むが、迎撃の熱光線を浴びる。
ああ駄目だ、とジャックは顔を背けるが、時矢はこれをかわしてみせた。天性の勘がなせる業だ。巨大ベイダーはコアを守ろうと急速に上半身を再生させるが遅かった。ゲイボルグの波動砲がコアを撃ち抜く。
「ドミニオン級、沈黙」
「やったな!」
この所業にトリスメギストスのブリッジも湧きたつ。
「ハヤミ君、よくやったわ。と言いたいところだけど」
「わーってるよ、まだ敵はいるだろ。やってやるさ」
「いえ、ゲイボルグは一旦帰投して補給を受けて。丸腰でしょ」
「でもよぉ、皆まだ戦ってるんだぜ! 波動砲だけでなんとか」
「戻れ。後は私が引き受ける」
アレックスとのやりとりにマキアが割って入った。ティタノマキアが前方を駆けるのも時矢は目視する。ラピッド波動砲は復活し早速敵ベイダーを一体落としていた。
「……しゃあねぇ。レイブン、今どこにいんだ……」
時矢は後ろ髪引かれる思いで色を失わない戦場から離脱する。
月面攻撃の最前線では核爆弾を積んだXENO-13fジャンヌダルクを守るように他のXENO戦闘機が囲んで進んでいた。
当然ベイダーの抵抗も激しく、VBFによる宇宙の澱みも著しかった。XENO-13fがアンチVBFを展開せずにいたのは撃墜された時に味方を巻き込んで核が暴発するのを防ぐためである。
レイブンの目の前で熱光線が降り注ぐところを随伴のXENO-07sのバリア波動砲――波動砲のエネルギーで防御フィールドを形成する――が防いだ。しかしバリアが切れた途端、この友軍機は撃墜された。このような光景を見るのは今度の作戦で三度目のレイブンだった。
核攻撃を成功させるために、次々と仲間が倒れていく。レイブンの心が痛む。彼は寡黙だが情のない人間ではなかった。
「必ず、お前達の分も」
レイブンは通常の波動砲で敵を一体仕留める。だがキリがない。彼は回避も最小限に弾丸のように前進する。
巨大なドミニオン級が立ちはだかる。ベイダー達も本能的に人類の反攻作戦を察していた。ジャンヌダルクの核の危険性を感じ取っていたのだ。
これをXENO-08aのメガ波動砲一斉掃射で撃沈せしめるが、連射出来ない波動砲を撃ち尽くした機体は次々他のベイダーに襲われてはその身を散らした。ファルメル艦隊から発進したXENO戦闘機はその数を5分の1まで減らした。
幾つもの光芒を抜け――
レイブンのジャンヌダルクはついに月の上空に到達した。
眼下に広がる旧月面都市はベイダーに破壊の限りを尽くされていたがまだ面影を残していた。ただし人類の影一つもなく、XENO戦闘機は完全に孤立していた。
ジャンヌダルクはアンチVBFを展開し、月面の澱んだ色彩を一掃する。
機能回復したレーダーに味方機は一つも映らない。辿り着けたXENO-13fは自分だけだとレイブンは悟る。彼の脳裏によぎるのはかつて部隊が壊滅して自分だけ生き残った時に見た虚空であった。死んでいった同僚や上官の顔が浮かんでは消えていく――自分もあの時死んでいるのが自然だったのだ。けれど生き残ってしまった責務を果たそうと、彼は決意する。
レーダーに映るは、数え切れぬほどのベイダー。
「俺は、お前達の死神だ」
レイブンは躊躇うことなく、ジャンヌダルクが持つ核爆弾の起爆スイッチに手を掛ける。
そして刹那、彼は宇宙を仰ぎ見た。その中に母艦トリスメギストスの姿をつい探してしまう。全てが終わってしまった後に感情が押し寄せる。
「帰りたい……」
救世主は墜ち、核の炎は月を焼いた。
人間がいた痕跡も、ベイダーも、瞬く間に消し去っていく。全てを飲み込んでいく光は人工の太陽となりて月に影を落とす。
急ぎトリスメギストスから再出撃したばかりの、戦場から一番遠い時矢にすら光は見えた。彼は呆然とする。歴史が変わる瞬間に、少年は立ち尽くすしかなかった。
「素晴らしい。あれこそ希望の光、人類の英知だよ」
ファルメル艦隊旗艦ジュリアスシーザーのブリッジにて、ファルメル司令はうっとりとして呟いた。ヴェルヌ作戦の成功にブリッジのクルー達も喜ぶ。
一方でトリスメギストスのギア隊長は痛ましげな面持ちで光に向かって敬礼していた。彼は部下の覚悟とその死に報いなければならないと決意する。
「みんな、私の前からいなくなっていく……」
核の光も消えていくのを見て、ティタノマキアを駆るマキアは独りごちる。いまだ戦場に残る敵ベイダーを撃破しながら。
ジュリアスシーザーが全軍撤退の信号弾を打ち上げる。
「これで、終わりなのかよ……」
時矢はどうしても納得できず、月を睨んで手を突き合わせた。
多大な犠牲を払いつつも人類の一大反攻作戦は成功に終わった。
月の残存勢力をファルメル艦隊が掃討した後、ギアと時矢の二人は旗艦ジュリアスシーザーに呼びつけられた。
「くれぐれも失礼のないように」
「わーってるよ」
ギアに耳打ちされて時矢は顔をしかめる。だがもしファルメル司令に一度会うことがあれば突っかからない自信は彼にはなかった。
彼らはジュリアスシーザーの広いブリーフィングルームに招かれ、人類解放軍高官と思しき人物の応対を受けた。そいつはグライフ将軍と名乗った。
「よく来てくれた。司令は忙しい身のため代わってこの私が執り行う。ハヤミ・トキヤ」
「へい」
「君はイレギュラーな存在だったが今回の働きを鑑み、正式に人類解放軍の一員として少尉に任ずる」
「おう?」
グライフ将軍に証書を渡され、時矢はざっと斜め読みするとそれを粗雑にひらひらとさせた。無礼さに将軍は一瞬しかめっ面をしたが、続けてギアに向かって言った。
「ギア・オスカー少佐。君は中佐に昇進だ。ゴールドムーン勲章も授ける。これからも励みたまえ」
「ハッ、ありがたく存じます」
ギアは恭しく勲章を受け取り自分の軍服に付けた。
「それからレイブン・ハイウインド少尉は二階級特進で大尉とする。以上だ。トリスメギストスに戻るとよい」
「あ?」
将軍の発言は時矢に火をつけた。少年は頭に血が上って叫ぶ。
「ちょっと待てよ、それだけか! それだけなのか! レイブンはお前らのために働いて、死んだんだぞ!」
ギアは時矢を押さえつけようとするが、時矢も震える手をぎゅっと握りしめて将軍に飛び掛かるのを我慢していた。年少の彼にもわかっていた――自分が怒ったところでレイブンは帰っては来ないことを。
「なんて口の利き方だ」
「すみません、何しろ若くて異世界人ですから……帰るぞ、ハヤミ少尉」
「ちっ、了解であります」
渋々ギアに従い、時矢は当てつけに敬礼してからその場を去った。廊下に出た途端顎髭を蓄えた上司は少年にだけ聞こえるよう小声で言った。
「気持ちはわかるが今は取っておけ。今は……ね」
「ああ、そーする」
時矢は貰った紙をクシャクシャに丸め、一瞬立ち止まって振り返り睨むが、すぐに前を向いてギアの背中を追った。