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第五話「悪魔の実験機」

「補給を行うつもりがこちらが助けられるとは。すまない」

「なぁに、困った時はお互い様だ。それより例の物は」

「ああ、無事だ」


 デメテルの艦長とギアがトリスメギストスのハンガー内で話し合っている横で、マキアに向かって時矢は会話を試みていた。


「マジであんたスゲーな。英雄っつーのは伊達じゃないんだな」


 しかしマキアは相変わらず冷ややかに無視している。


「なぁアレ教えてくれよ。バサってベイダーを斬る奴」

「断る。下手に真似されて死なれたら困る」

「困るのかよ? 俺を気遣ってくれてんのか」


 思わぬ反応に時矢は顔を(ほころ)ばせる。だがそれっきり少女は口を閉ざしてハンガーの外に出て行ってしまった。


「なんだよ、かわいげがあるんだかないんだか……」

「おい、ぼさっとしてんなよ!」


 時矢は無重力なのをいいことにフワフワ浮いていると、整備士の一人に怒られてしまった。彼は手すりにワイヤーをひっかけ移動する。その途中でデメテルが運んできた積み荷に目が留まった。


「新型の戦闘機ってアレが……?」


 それは今まで時矢が見てきたXENO戦闘機の中でも異様な姿をしていた。コックピットの前に球体のようなものがくっ付いており、それに八本の棒のようなものが刺されていて本体に繋がっていた。


「おっ、今度のはコントロールロッドが八本に増えてるな」


 たまたま近くにいたマッケインがそう言ったので時矢は彼に質問する。


「ありゃ何すか」

「XENO-13f、愛称はジャンヌダルクって言うらしい」

「いやそうじゃなくて、そのコントロールなんとかっつーの。あと前に付いてる玉が意味わかんねーけど」

「ありゃ中にベイダーが入ってて、コントロールロッドで封じ込めてるんだよ」

「は? ベイダー? なんで!」


 思わず大声を出す時矢。いい質問だなとマッケインは言う。


「XENO-11以降のナンバーはベイダーを利用した機体なんだよ。毒を以て毒を制すって発想だな」

「いやいやいや、なんでそんなことする必要あんだよ」

「それがあるんだよ。あの13fはベイダーを使って敵のベイダーのVBFを中和することが目的の実験機だ。今まで似たようなのがいくつも作られてる。今度こそ上手くいくんじゃないかってね」

「つまり、今までは上手くいかなかったってことっすか」

「ああ。暴走して部隊を壊滅させた例もあるな」

「なっ!」


 時矢は想像以上に恐ろしいものを目の前にしているのだと気付く。


「完全にやべー奴じゃん……」

「そうだな、悪魔の機体だよ」

「まさかそんなに乗れって言わねーよな?」

「いや、XENO-13fの専属パイロットはレイブンの予定だ」

「おわっ、隊長」


 答えたのはマッケインではなくいつの間にか背後にいたギアだった。彼は顎髭を手で撫でながら白い歯を見せる。


「経験のない者に悪魔の機体は預けられないから」

「すみませんでした!」


 マッケインはかしこまって敬礼する。だがギアは気にしていないようでニコニコしながら立ち去った。

 危険な実験機に乗せられるのが自分でなくて良かったと時矢は胸を撫で下ろす。と同時に自分以外の誰かが乗る事実を不安に思った。

 ちょうどハンガーにレイブンが入ってきたのが遠くに見えた。けれど声を掛ける気にはなれない時矢だった。どんな言葉も気休めにならない気がして。


「坊主は出撃したんだから休息を取れよ」


 マッケインに押し出され、後ろ髪引かれながらも少年はハンガーを後にした。




 補給を終えたトリスメギストスはベイダーの(たむろ)している月方面へ進路を取った。悪魔の実験機XENO-13fジャンヌダルクのアンチVBFをテストするにはベイダーと接触しなければ話にならない。

 ヴァーチャー級1、アークエンジェル級8、エンジェル級15の群れを観測したトリスメギストスはジャンヌダルクの性能テスト後デュランダルのハイメガ波動砲で一掃する作戦を開始した。

 レイブンのジャンヌダルク、ジャックのデュランダル、そして時矢のゲイボルグ三号機の三機が発進し艦を離れて航行する。


「ティタノマキアは温存、俺達が全滅した時の保険かよ」


 ジャックはぼやく。彼にとって危険な任務は初めてではないが、捨て駒にされているのではないかということには敏感だった。だがもっと危ない橋を渡っているのはレイブンだとも考える。


「ジャック、俺を死神にしてくれるな」

「わかってる。何かあったら俺が背後からハイメガを撃つ」


 珍しくレイブンの方から声を掛けてきたのでジャックは応答する。


「ならいい」

「おい、死神ってなんだよ。聞いていいか?」


 通信を傍受した時矢が割り込んでくる。ジャックは黙ってろと言うがレイブンは話し始めた。


「俺は人生に二度、部隊を全滅させたことがある」

「どういうことだ?」

「変に勘繰るなよ、前線に出てレイブンだけ生き残ったことが二回って話だ」


 口数少ないレイブンをフォローするようにジャックが付け加える。


「それでついたあだ名が死神……コイツは何も悪いことしてないのにな」

「俺は……もう仲間を死なせたくない」

「そっか、そーゆーことか」


 寡黙だがいい奴じゃないかと時矢は思う。だけに納得がいかなくなる。そんなレイブンを危険極まりない実験機に乗せてモルモットにするなど。

 時矢は今一度カメラに映るジャンヌダルクを凝視して、あることに気付く。


「なぁその機体よぅ、前が邪魔でどうやって脱出するんだ?」

「脱出機構はない」


 レイブンは簡潔に恐ろしい事実を述べた。


「おいおい、ふざけてんのかよ……あの顎髭……」

「上は死神の生存能力を買っているんだよ。レイブンは死なねぇよ」


 皮肉交じりに、されどレイブンの能力を評価する物言いをジャックはした。そこには彼自身の希望も含まれていた。レイブンも時矢に気にするなと言う。


「目標地点に到達する。始めるぞ」


 レイブンはペダルを踏みこんでいち早く色のついた宇宙、VBF空間に突入する。デュランダルとゲイボルグも後に続いた。時矢はレーダーが使えなくなったのを確認する。


「XENO-13fの性能試験を開始します。アンチVBF展開してください」

「了解」


 オペレーターの指示通りレイブンはジャンヌダルクのアンチVBFを起動した。すれば宇宙は徐々に色を失っていく。異常に気付いたのか、ベイダーの群れは一斉に熱光線を放った。


「あぶねぇ、レイブン!」


 時矢は思わず叫ぶ。明らかにジャンヌダルクが集中砲火を浴びている。だがレイブンはレバーを巧みに動かして第一波を避けきった。流石はベテラン、面目躍如である。

 アンチVBFが機能しているのか、視界がクリアになったのを時矢も感じる。そしてレーダーが回復したのに気づいた。


「アンチVBF、正常に機能しています!」

「おお!」


 オペレーターの報告にトリスメギストスのブリッジも湧きたつ。ダニエル艦長は命じる。


「実験は成功、そのままベイダー殲滅(せんめつ)に当たれ。本艦も主砲で援護する」

「そういうことなら!」


 レーダーが敵を捉えるなら楽勝だとゲイボルグのバルカンを発射する時矢。レイブンのジャンヌダルクも同じようにバルカンで敵を引き付ける。


「食らえハイメガ!」


 ジャックは複数のベイダーをターゲットしてデュランダルのハイメガ波動砲を放った。雑魚は無論、群れの長であるヴァーチャー級も光に飲み込まれ消し飛んだ。撃ち漏らしの一体に時矢は波動砲の照準を合わせる。


「もらい!」


 これで彼の撃破スコアは2となった。

 敵ベイダーを殲滅したXENO戦闘機隊はトリスメギストスに帰投する。実験の成功を、同僚の無事を時矢も喜んだ。しかしこれは更なる狂気的な作戦の幕開けに過ぎないことを彼は知らなかった。




 ハンガーに入った時矢はティタノマキアを整備する少女の姿を見つけると、懲りずににじり寄って話しかけた。


「ようマキア、いやマキアさんっつーべきか。大尉なんだろ」


 やはりマキアは無視する。構わず時矢は続ける。


「この前俺、ベイダーを一体撃墜したぜ。いやぁ……おっと、調子には乗らねぇ。お前の方が全然すげぇもんな。だから教えてくんねーか。どうやったらお前のようになれる? どうやったらもっとベイダーを倒せる?」


 これは彼なりに考えたマキアが興味を持ちそうな話題だった。彼女はぴくっと頭を動かし、やっと時矢に目を合わせた。髪の色と同じ澄んだ碧の瞳だった。


「私のようにはなるな」


 時矢には意外な一言だった。拒絶だが、前ほど冷たい印象は受けなかった。


「なれっこない。人間には無理だ」

「おいおい、じゃあマキアは人間じゃねぇってか?」

「私はティタノマキアだ」


 寂しい言い草だと時矢は思う。年上なのに年下の姿のままにされて、自分を機械の一部だと思って戦い続ける――経験少ない少年には一層哀れに見えた。


「なぁそれ、辛くないか」

「よく言われる。けどわからない感情だ……ッ」


 少女は片手で頭を押さえ、眉を歪めた。


「どうした?」

「ちょっとした頭痛だ。気にするな。それより乗機の整備に行け。少しでも強くなりたいならXENOを理解しろ」


 医務室に連れて行こうとしても拒否されるのが目に見えていたので、時矢も話を打ち切って言われた通りゲイボルグに向かった。


「おっ、振られたな」


 機体を整備していたマッケインが茶化す。そんなんじゃないと時矢は言いつつ、話題選びを間違えたかと内省していた。

 次は戦闘前に歌っていた歌の話でも聞こうか。若さ故に少年はめげなかった。




 しばらくのトリスメギストスでは戦闘も試験もない日々が続いていた。しかしある日パイロットは全員召集されてブリーフィングルームに集まった。隊長のギアだけでなくダニエル艦長とブリッジのクルーの姿も認めて、時矢は大事なんだなと捉えた。


「人類解放軍は三度目の月面攻撃作戦を決定した」


 普段飄々(ひょうひょう)としている顎髭の中年軍人はいつになく重々しい口調だった。


「諸君らも知っての通りかつて月面都市は人類の宇宙進出の要だった。それがベイダーに制圧され、四半世紀が経つ。本作戦はベイダーの前線基地となった月面を叩き、反攻に転じんとするものである」

「でも三度目っつーことは二回失敗してんのか」

「おい余計なこと言うな」


 ジャックに頭を押さえられる時矢。だがギアは構わず作戦を説明する。


「今回は本艦に配備されたものを含め四機完成したXENO-13fを要とする。まずファルメル艦隊の総力で突破口を開き、XENO-13fを守りつつ月面に届ける。そしてアンチVBFを発動させた状態で搭載した核爆弾を起爆させる。核によって月面に根付くベイダーを一掃するのが本作戦の概要である」

「核を使うんですか!?」


 今度はジャックから発言した。そうだ、とギアは頷く。


「XENO-13fはそのための機体、というわけだ」

「おいちょっと待った。なんかおかしくないか?」


 直感で会話に割り込んで、後から考えに至って時矢はハッとした。


「核を使った13fはどうなんだよ……そのまま木っ端みじんにならねぇか」

「その通りだ」


 冷たすぎる答えだった。時矢は机を叩いて反論する。


「自爆テロじゃねぇか! ふざけてんのか!」

「作戦だよ、ハヤミ。憤る気持ちはわかるがこれは決定事項だ」


 時矢はレイブンを見る。大男は平静を乱さず押し黙っている。


「本艦の含め、つったよなぁ……レイブンもその、やるのかよ」

「それが任務だ」

「ああ? てめぇ、他人事だと思って」


 時矢は思わずギアに飛び掛かろうとするがジャックに羽交い絞めにされて止められた。しかしジャックも思いを吐く。


「そんなの、作戦と呼べるんですか隊長! 酷すぎますよ!」

「作戦なんだよ」


 ギアも頭を掻いた。彼とて狂人ではない。乗り気ではなかった。しかし軍に所属している以上やりたくないなどと口が裂けても言えないことを理解していた。


「私ならやれる」


 そう挙手したのはマキアだ。


「ティタノマキアにアンチVBFを積めないか。私ならこの作戦を完遂できる」

「いやそれは無理です。ティタノマキアは汎用機だけどXENO-13fの機構は特殊過ぎて、後付けは不可能かと……」


 整備士代表で居合わせたマッケインが難色を示した。そうかと頷くマキアは少し悔しげに見えた。彼女もこの作戦には思うところがあるのだろう――時矢はますます非道に思えてならなかった。


「レイブンは、どう思うんだよ……」


 一同レイブンに注目する。彼はいつものように手短に言った。


「任務だというのなら受けよう」

「マジかよ……死ぬんだぜ!」

「それが仕事だ」


 ギアはレイブンに近づいて、手を伸ばし広い肩を叩く。


「ありがとう」


 一言だが、重い言葉だった。そしてギアは皆に向かって言った。


「本作戦はヴェルヌ作戦と呼称する。皆の命を貸してくれ」




 月を核攻撃するヴェルヌ作戦を控え、トリスメギストスはファルメル艦隊に合流した。ファルメル艦隊は戦艦60隻に近い人類解放軍一の大艦隊である。XENO戦闘機で最も数が多いのはXENO-07cの流れを汲む汎用型XENO-07kで、次いでハイメガ波動砲の前身メガ波動砲を積んだ次期主力機のXENO-08aであった。


「おい! 坊主!」


 ハンガーに入ってくるなり時矢はマッケインに呼び止められた。


「来るんじゃない」

「あ? なんだよ機体を見に来てやったのに」

「いーんだよ今は。ラウンジにでも行って艦隊を見て来いよ。壮観だぞ」

「お子様じゃねーんだよ。なんかあんのか?」


 身を乗り出す時矢の首根っこをマッケインは捕まえる。


「今ファルメル艦隊のお偉いさんが来てんだよ。邪魔なんだよ坊主は」

「ん、アレか?」


 時矢は見慣れぬ小型艇がハンガー内に置かれているのに気づいた。彼の視力は両目とも2.0なのでギアとその近くに見知らぬ軍服の男達が3人いるのがわかった。途端に少年の好奇心が沸き上がる。


「やめとけって!」


 マッケインを振り切って時矢は手すりを飛び降り、ギア達に近づこうとする。


「人を集めて盛大に歓迎式をやりたいところですが、何分うちの隊員は真面目に仕事に打ち込むものですから」

「よい。励め」

「勿体なきお言葉です。ファルメル司令閣下」


 ギアは(うやうや)しく頭を下げた。その相手の白髪交じりの軍人こそ、ヴェルヌ作戦を指揮するファルメル艦隊総司令であった。派手で幾つも勲章を付けた軍服がその証である。脇の二人はボディガードでファルメルにピッタリくっついている。


「あれがXENO-13fだな。この100年の戦争に勝利をもたらす女神」

「左様であります」


 ファルメルは悪魔の機体ジャンヌダルクに注目する。ギアはこの禍々しい戦闘機の下へ彼ら客人を案内する。時矢はゲイボルグの陰に隠れていたが、4人の移動を見てこっそり後をつけた。

 ジャンヌダルクの真下にはレイブンが立っていた。予め来客のことを聞かされ待ち構えていた。


「搭乗するレイブン・ハイウインド少尉です。レイブン、こちらはファルメル司令閣下だ」

「お初にお目にかかります」

「ふむ、死神レイブンか」


 その言い方に見下すような意図を感じて、聞き耳を立てていた時矢は憤った。仲間を死地に送り出す司令官がよりにもよって蔑称で呼ぶのが許せなかった。若さが勢い余って飛び出す。


「死神はてめぇだろ、ジジイ! のわっ!」


 すぐさま時矢はボディーガードに取り押さえられ、床に叩きつけられた。


「ギア君、彼は?」

「ハヤミ・トキヤです」

「報告書に会った例の異世界人か」

「そうです。異世界人故、(しつけ)がなっていないのです。ご無礼を」

「躾けるのは貴様の仕事だろう」

「言わせておけばクソが……ぐぇっ」


 もう一人のボディーガードに顔を蹴られ時矢は呻く。レイブンもギアも助け舟を出そうとはしなかった。ファルメルは腕時計をちらりと見て、淡々と言った。


「作戦の決行は近い。私はジュリアスシーザーに戻る。諸君らの健闘を祈る」

「ハッ」


 ボディーガードは十分少年を痛めつけるとギアに引き渡した。レイブンや他の整備士達は(きびす)を返すファルメルに敬礼を捧げていた。


「何しに来たんだよ野郎……」

「現場の士気を上げるのが指揮官の仕事だよ」

「そうかいそうかい、全然上がってこないぜクソ……」

「一つ勉強になったなハヤミ」


 そう言うギアも少しも笑ってはいなかった。彼は本物の「死神」を見上げる。ジャンヌダルク、その末路は火(あぶ)りである。

 ファルメル司令は置き土産に原子力マークが刻まれたコンテナを残していった。

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