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第三話「リベンジマッチ」

 再び時矢は独房の住人と化していた。今度は命令無視の謹慎処分ということで。

 彼は軍服を脱いで着慣れた学生服に着替えていた。トリスメギストスの一クルーという自覚をどうしても持てなかったのだ。

 日本の離島に住んでいた時は同級生のメンツが小学生の頃から変わらないし、近所の人間とはほとんど顔見知りだった。だがここでは誰も自分のことを知らない。そんな疎外感を時矢は感じていた。

 唯一、メイリンとだけは接点があった。その彼女が死んだという実感も湧かずに一人悶々(もんもん)としていた。

 不意に独房の扉が開く。メイリンが食事を持ってきたのではないかと思って顔を上げる時矢。しかし現れたのは色黒の大男であった。


「なんだ、レイブンか……」


 レイブンは何か言い返すことなく食事を乗せたトレイを押し付ける。そして黙ったまま時矢に注目していた。時矢も(いぶか)しげにレイブンを見たが、やがて目を逸らしてはトレイを床に置いた。


「食う気しねぇんだよなぁ……」

「食え。食わないと力が出ない」


 レイブンの言葉はいつも淡々としているが有無を言わさぬ圧があった。食べないとこの男は帰ってくれないだろうと観念して、時矢はトレイを膝に乗せてスプーンを手に取り口に運ぶ。

 時矢が食べている間、レイブンは一言も発しなかった。彼の寡黙な性格が今の時矢にはちょうど良く感じられた。

 トレイを空にすると、レイブンはそれを持って独房から出て行った。また一人になって、時矢は壁に自分の頭を打ち付けた。

 メイリンはもう本当にいないのだ。それが自分のせいだと理解してきて自身に腹立つ時矢だった。




 トリスメギストス内の食堂で一人食事をフォークでつつくアレックスの横に、ドリンクを持ったジャックが座り込んだ。


「よう、交代の時間か? なんか元気少ないな。いつもならバリバリ食ってるじゃないか」

「ジャック中尉。まぁ、ねぇ……」

「そういやメイリンと同じ部屋だったか」

「そういうあなたもマックスのルームメイトだったでしょ」

「まぁそうだが……前線にいた頃は日常茶飯事だったからな。慣れちまったよ」

「私、あの子の遺品を整理してる時、涙が止まらなかったわ。まだ若いのに……一人残されたお母さんが可哀そうで」


 (うつむ)くアレックスを慰めようとジャックは肩に手を置く。


「ああ、嫌な時代だよな全く……」

「二人の犠牲に見合うものなのかしら、あの少年は」

「ハヤミ・トキヤのことか」

「マックスの事故で焦って取り返そうとしたんでしょうけど、ハッキリ言ってギア隊長の失策よ。私の中で信用が失墜したわ」

「まぁ、異世界人なんてレア物を引いたら賭けてみたくなるのもわかるぜ。つってもあいつも所詮雇われ隊長だからもっと上の判断かもしれないな。なんにせよ、夢見すぎとも思うがな。それはそうと……」


 ジャックは周囲を見渡してから少し声を小さくして言う。


「今度本国に戻れたらパーッと遊ばないか? アレックスの行きたいところに連れて行ってやるよ」

「そんな、仮定の話を今しても仕方ないわ」

「帰れないなんて言うなよ……異世界人のおかげで予定が変わるかもしれないじゃないか」

「はぁ、あなたも夢見がちなんだから中尉」


 ジャックの誘いをやんわりと断って、アレックスはようやく食事に手を付けた。周りの男達が聞き耳を立てていたのか、嘲笑する。


「これで中尉の空振り三振だな、賭けは俺の勝ちってことで」

「おいおい、負けた奴いるのかソレ」

「貴様ら、聞こえているぞ!」


 頭に血が上りやすいジャックは席を立って男達に向かっていく。こういうことは日常茶飯事であった。




 アレックスがトリスメギストスのブリッジに戻った時、辺りが騒然としているのにすぐ気づいた。


「何があったの?」

「救難信号をキャッチした! ゲイボルグ一号機のものです」

「一号機、嘘、メイリン!?」


 アレックスは急いで持ち場に着き、休憩中任せていた同僚と交代する。それから救難信号の発信源を彼女も確認した。しかし一号機の健在に誰も喜んでいる様子はなかった。


「映像を出せ」


 ブリッジのちょうど中央に座るトリスメギストス艦長ダニエル・ダックは渋い表情を崩さない。彼はもう三十年も軍人をやっているから予想は大体ついていた。モニターに大きくそれが表示されると、確信に変わった。


「最大望遠で捉えたものをCGで補正した映像です」


 オペレーターの一人がトーンを落として言う。ブリッジのクルーにどよめきが広がる。アレックスは驚愕していた。


「まさか、そんな……」

「……ギア隊長、私だ」


 ただちにダニエル艦長は受話器を取ってギアに連絡した。するとオペレーターが叫んだ。


「高エネルギー体を検知、波動砲です!」

「面舵一杯、かわせ!」


 ダニエル艦長が掌を突き出す。船体が急加速して突然の攻撃から回避行動をとるが、強烈な光を(かす)めた途端大きく揺れた。


「左舷に被弾、損害確認します!」

「第一種戦闘態勢を発令! ……ええ、わかりました、三号機はハヤミですね」


 受話器を置いて、ダニエル艦長は一層表情を険しくして命じる。


「主砲発射用意、落とせなくていい、近づけさせるな!」




「第一種戦闘態勢発令! レイブン・ハヤミ両パイロットはただちにハンガーに向かってください」


 艦内アナウンスがひっきりなしに流れる。独房の扉は開いていた。しかし時矢はその場から動かずうずくまっていた。


「おい、まだこんなとこにいて、何してやがる!」


 ジャックが空きっぱなしの独房の中に時矢がいるのを見かけて声を掛けた。中に入ってきて時矢の胸ぐらを掴んだ。


「艦内放送が聞こえてねぇのか? 耳腐ったかよええ?」


 時矢は目を合わせない。か細い声で反論する。


「俺が出て行ったらまた駄目にしちまう……」

「あぁ? あのなぁ、デュランダルがハイメガの調整で出られないけど普通は俺がゲイボルグに乗るとこなんだよ! けど敵はこの前取り逃した奴だ。わかるか、俺の言ってる意味が。てめぇの落とし前はてめぇでつけろっつーんだよ!」


 乱暴にジャックは少年の体を放る。尻餅をつく時矢。確かめるように口にする。


「この前の……メイリンをやった奴ってことか」


 時矢はゆっくりと立ち上がると肩を払い、決意を胸にして独房を飛び出した。だが辺りをキョロキョロ見渡してから、独房に急いで戻ってきてジャックに聞く。


「なぁジャック中尉、ハンガーってどっちだ?」

「クソ世話の焼けるガキがよ、ついてこい」


 悪態をつきながらもジャックは時矢を案内し始める。それが隊長から命じられた彼の任務でもあった。

 時矢はノーマルスーツに着替える間もなく、学生服のままハンガーに送り出された。無重力なのをいいことに手すりから飛び降り、そのままXENO-07cゲイボルグ三号機のコックピットブロックに取り付いて乗り込む。コックピットのハッチを閉じればモニターにオペレーターのアレックスが映った。そしてもう一人、意外な人物が映し出される。


「ハヤミ君、これが本艦を攻撃している目標よ」

「えっ目標? つったってよぉ……メイリン、じゃないの……」


 アレックスの隣に映っていたのはまさしくノーマルスーツを着たメイリンの姿だった。時矢は一瞬戸惑うもすぐ喜びがこみ上げてきた。


「生きてたのか……良かった」

「よく見てハヤミ君。彼女は全長20メートルのプリンシパティ級ベイダーです。メイリンの遺伝情報を読み取って変形、偽装しているに過ぎないわ」

「ああ、どういうことだよ?」

「ベイダーがメイリンの姿を模しているだけなの。相手はゲイボルグの波動砲も再現しているわ。躊躇(ちゅうちょ)しないで、コアを波動砲で破壊して」

「んなこと、あるかよ……」


 時矢は肩を落とす。信じ難い。モニターに映し出されているのは限りなくメイリン・バーツなのに、20メートルもある巨人だなどと。

 だがぼんやりと考えている間にもカタパルトの信号は青に変わる。時矢は少しタイミングが遅れたが発進しながら言った。


「早見時矢、三号機行きます!」


 ゲイボルグ三号機が宙に投げ出されると、躊躇(ためら)いなく時矢はペダルを最大限踏み急加速した。恐れることなく光が飛び交う戦場に飛び込んでいく。すでに出ていたゲイボルグ二号機のレイブンから通信が入る。


「敵は機敏だ。三号機、挟撃をする」

「わーったよ」


 了解という意味で時矢も短く返した。二号機とは反対方向に三号機を走らせ、メイリンの姿をしたベイダーをカメラで目視した。


「メイリン……嘘だろ……」


 あまりにも見知った顔で、波動砲の照準を合わせるのを時矢は躊躇する。その間にメイリンベイダーは両手を三号機に向けて、十本の指先から熱光線を発射した。


「おわっ!」


 慌てて時矢は幾つもの熱光線を回避する。それは彼の持つ抜群のセンスがなせる大道芸だった。被弾しなかったのが奇跡と言える。そして彼は認識を改める。あのメイリンは人間じゃない、ベイダーなのだと。

 波動砲の照準を合わせようとする時矢。だがメイリンベイダーは非常に動きが早く中々照準が合わないどころか見失わないだけでも必死という有様だった。その機動性に加えて指から発する熱光線が時矢を遠ざける。

 レイブンの二号機は接近を試みバルカン砲で注意を引きつける。ベイダーが背中を見せた隙を狙って時矢は波動砲のスイッチを押した。敵の心臓部を撃ち抜く。しかし動きが止まらない。人間なら死に至るところだがあいにくベイダーのコアではなかった。

 ならばとレイブンはベイダーの頭部目掛けて波動砲を発射した。メイリンの顔面が崩壊し一瞬ベイダーの動きが止まる。やったかと思われたが、首の断面から触手が生えてきて頭を再生し始め、ひとまず口が出来上がると大きく開けて中から圧縮したエネルギーを撃ち出した。ゲイボルグ一号機から手に入れた波動砲である。その光はレイブンの二号機を掠め取った。


「レイブン!」

「問題ない、脱出する」


 機体が爆発を起こす前にレイブンは二号機からコックピットブロックを切り離した。


「クソ、エネルギー再充填……!」


 連射の効かない波動砲にやきもきさせられながらも時矢は三号機を操り、敵ベイダーが放つ熱光線を掻い潜る。頭も心臓も違う、ならばコアは何処に? 少年は考えを巡らせる。


「後はそこしかねぇけど……」


 波動砲のエネルギーを溜めながら照準を合わせる時矢。ついに三号機の波動砲が再発射可能になると、スイッチを押そうとした。その時だった。彼女の声を聞いたのは。


「……ケテ……タス、ケテ……」

「メイリン!?」


 時矢は驚き動きを止めてしまう。ゲイボルグ一号機からの通信に違いなかった。


「カエリ、タイ……トリスメギストス……」


 これを傍受したトリスメギストスブリッジも一躍騒然とする。だがちょうどブリッジにギアが入ってきて鶴の一声を発した。


「ベイダーの命乞いだ。メイリン・バーツだと思うな。トドメを刺してやれ」

「ハヤミ君、メイリンじゃないのよ。今度こそ撃墜して」


 アレックスが時矢に伝える。その間にもベイダーは両手を差し出してみせる。それは攻撃の予備動作か、それとも救いを求める行為か。

 時矢は頭が真っ白になった。だが徐々に思い出していく。誰かの言葉を。

 てめぇの落とし前はてめぇでつけろ。

 よくよく考えて、選択した方がいいわ。自分の意志で。


「くそったれがぁぁぁぁぁぁぁ!」


 時矢は叫びながら波動砲のスイッチを押した。溢れんばかりのエネルギー弾はベイダーの股間にあったコアを正確に撃ち抜いた。瞬間、メイリンの体は崩れ落ち、胞状分解を起こした。


「目標、プリンシパティ級撃破しました。ギア隊長」

「状況終了。アレックス、三号機にレイブンを回収させろ」

「了解。ハヤミ君、お疲れ様。だけどもう少し働いてもらいます。こちらの指示に従って二号機のコックピットブロックを回収して。いいわね……聞こえてる?」


 時矢は息を乱して俯いていた。答える余裕もなければ初のベイダー撃破で嬉しいという気持ちも微塵(みじん)も湧いてこなかった。ただ心に寂寞(せきばく)を残すのみ。

 VBFも消え去った色のない宇宙を見つめ、本当にメイリンが死んでしまったという事実を受け止め――彼はようやく自然に涙を流した。

 それが早見時矢が戦士となる第一歩であった。




 ゲイボルグ三号機はトリスメギストスに凱旋した。その右アームに二号機のコックピットブロックを掴んで。

 三号機から降りた時矢は整備士のマッケインに「やるじゃないか坊主」と背中を叩かれたが、そんなことは気にせず二号機のコックピットブロックに向かった。中のレイブンの無事を確かめるために。

 ハッチが開き色黒のレイブンの顔が露になる。彼はいつも通り不愛想な表情をしていたが、時矢と目が合うと僅かに頬が緩んだ。


「レイブン、大丈夫かよ」

「俺を死神にしないでくれてありがとう」

「ああ? まぁ、大丈夫そうだな」


 イマイチレイブンの言っている意味がわからない時矢だったが、素直に礼を受け取った。それと同時に彼は思い出す。最初は逆だったと。自分が救助された側で、相手はメイリンだった。メイリンとはほんの短い間の付き合いだったのに喪失感が溢れてきて、時矢は叫び出したい気分にもなる。


「ハヤミ・トキヤ君」


 後ろからよく通る声を掛けられて時矢は振り向く。すると隊長のギアが見上げていた。


「よくやってくれた。しかし、次はノーマルスーツを着て出撃しなさい。いいね」

「へい」


 生返事と共に敬礼してみせる学生服の少年。それを見て満足したのか、ギアは白い歯を見せてニッコリとした。彼の癖である。

 時矢はガラっとしたハンガーを見渡すと彼なりに相手の立場を考えて、言葉を続ける。


「戦力が足りねぇっつーなら、これからは俺がじゃんじゃんベイダーを倒してやるよ!」

「いや、君はエースパイロットにならなくていい」


 すぐに意気込みを否定され、梯子(はしご)を外された時矢はガッカリとする。


「なんでだよ」

「うちは本来新兵器のテストが任務だからね。バンバン戦闘をやるのは他の部隊に任せる。今回は、例外だ」


 そう言ってギアは背中を向けた。その場を去りながら言い残す。


「それと今日から君はジャックと相部屋だ。わからないことは彼に聞くように」


 時矢が第301技術試験隊の一員として認められた合図であった。独房生活がひとまず終わりを告げたことに時矢は素直に喜んだ。

 何も知らないまま利用されているとは考えない程度に少年は純粋だった。

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