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第一話「異次元から来た少年」

 (かす)かに残る冬の肌寒さを振り払うように、ギラギラと太陽が照り付ける。

 古めかしい住宅街に一人ぽつんと歩く少年は空を見上げ、その青さに辟易(へきえき)した。

 いつ見ても、同じ日差しだ。

 春になれば何かが変わるという淡い期待はいつだって打ち砕かれる。

 東京とは名ばかりの離島暮らしは代わり映えがしない毎日で、好奇心旺盛な年頃になれば飽き飽きする。

 だから少年はなんとなく気が乗らないと高校を早退してみたものの、それで何か劇的な変化をもたらすかと思えば、普段の帰り道より人気が少ないというだけだった。


「ったくつまんねぇ、何か面白いこと起きねぇかな……」


 少年は呆れた眼差しを太陽に向ける。すると眩い光は応えた。目が潰れそうだと少年は右手で遮る。彼は自分が馬鹿なことをしていると思った。

 それでも何かが変わって欲しいという願いを捨てきれなかったのか。少年は手を下ろしてもう一度空を見上げようとした時――

 そこに光はなかった。ただ漠然と、一面に闇が広がっていた。


「あ?」


 少年はあまりの突拍子のなさに腰を抜かし、後ろに倒れようとする。だが程々に柔らかな何かに受け止められた。何かの乗り物の座席のようだ。よくよく見渡せば闇が覆うのは空だけで、何やら計器のような機械類に周りを囲まれていた。

 そのせいで妙に狭く、息苦しさを彼を覚える。実際それは乗り物の操縦席のような密室に思えた。仰々しいレバーとペダルがあったからだ。少年はなんとなしにレバーを握って倒してみるが、何も起こらない。飾りか? それとも――彼は周囲をさらに観察する。

 暗闇の方に手を伸ばせば、見えない壁に掌が吸い付く。やはりここは密閉されている。わけがわからず混乱するなりに、少年はある想像をした。

 俺ってば、突然誘拐でもされて閉じ込められたんじゃないか?

 何か起きないかなと願ったが、これは流石に冗談ではない。


「おーい、出してくれよ! 誰かいないのか!」


 少年は座席を立って天井をどんどんと叩く。すると衝撃が跳ね返ってきて、押し飛ばされた彼は再び席へと収まった。


「な、なんだよ」

「Here Meiling collects XENO-12z's cockpit block」

「英語?」


 突然音声が聞こえてきて、少年は耳を傾ける。これからは英語教育が大事だと幼い頃から母親に仕込まれたこともあって、少年には同級生より英語ができる自信はあった。しかし不安でもあった。誘拐相手は日本人じゃないのか?


「こちらゲイボルグ一号機、マックス少尉、大丈夫?」


 女の柔らかな声だった。しかし言っている意味が少年にはわからない。身構えていると、彼の前に女の姿が現れた。正確には顔だけが暗闇の中に四角い画面で映し出されていた。

 年は少年と同じか少し上くらいの、若い赤毛の女だった。


「ねぇマックス、あなたに言っているのよ。応答して」


 少年は壁がモニターになっているのにようやく気付き、目に映る機械のボタンを全て押して意思疎通を図ろうとする。


「俺は早見、早見時矢だよ。聞こえてるんならふざけてないでここから出してくれよ!」

「マックスじゃ、ない……誰なの!?」

「姉ちゃんこそ誰なんだよ、初対面なら名乗ってくんねぇ?」

「こちらメイリン、回収したニーベルングのコックピットにマックス少尉がいない! 代わりに正体不明の男がいます!」

「こちらでも聞こえている。今内部の映像が発信された。そちらにも映す」

「これ……本当に少尉じゃない……人間なの? いやまさかベイダー……破棄しますか?」

「あー、一号機はこのままXENO-12zのコックピットブロックを回収し帰投せよ。対応はこちらで協議する」

「了解」

「おい、待った待った」


 嫌な予感がして時矢はメイリンという女と知らない男の声とに割り込む。


「よくわかんないけどさ、こっから出してくれよ。こんなとこに閉じ込めたまま、っつーことはないよなぁ?」

「ノーマルスーツもなしに真空の外に出たら死ぬわ。それともあなた、人間じゃないの?」

「おいおい、俺が人間以外に見えるのか? 出してくんないとさ、その、アレだ。ウンコ漏らすぞ!」


 しかし精一杯の脅しもあえなく通信は切られ、モニターにも何も映らなくなってしまった。


「おいおいおいおい……」


 時矢は突然わけのわからない状況に放り込まれたことだけはわかったが、自分ではどうすることもできず腕を組んで天井を見上げた。すると決して一面闇だけでなく、小さな光が点々としていることに気付いた。これは夜か。否。メイリンは真空だと言った。即ち宇宙の真っ只中である。

 さらに気づいたことには、ロボットの腕のような物にこのコックピットブロックが押さえられていることだった。腕は前後に二本見えた。それがXENO(ゼノ)戦闘機のアームであることにまでは時矢には察しがつかなかった。

そして何やら一際大きな光が輝いているのが彼には気になった。その光は他の星々と違いだんだん近づいているようだった。やがて露わになる。光を発していたのは緑の大きな巨大な物体であることに。

 それはまるでSF映画に出てくる宇宙戦艦のようだと、時矢は感じていた。まさしく彼の想像通りだった。正確には人類解放軍の巡洋艦ヘルメス級の一隻、トリスメギストスといった。


「うお、すげーな……なんだこれ……」


 広がる見知らぬ世界に、時矢少年は胸を躍らせた。それは彼が状況を飲み込めていないことの証左でもあった。

 トリスメギストスの下部にあるハッチが開き、彼は中に吸い込まれていく。


「ゲイボルグ一号機、着艦しました。ブリッジ、指示を願います」

「メイリン少尉はニーベルングの中身を押さえてください。ギア隊長もそちらに向かっています」

「了解」


 メイリンはXENO-07cゲイボルグのコックピットハッチを開き、さっと飛び降りる。重力のないハンガー内の移動に彼女は慣れていた。床に難なく降り立つと、自分の愛機のアームが運んできたXENO-12zニーベルングの試験管のような形をしたコックピットブロックに取り付く。すでにもう一人、整備士の男が張り付いていた。


「開けますよ……本当に良いんですね?」


 彼は躊躇(ためら)いがちにコクピットブロック外部のボタンを押す。するとハッチが開いて早見時矢の姿が露になった。


「おお、やっと出られるー」


 少年は場違いに大きく伸びをするが、周りは一斉に困惑の視線を向けた。ただメイリンだけは鋭い目つきで時矢を見据えた。


「ハヤミ、と言ったわね……手を下ろして。私の指示に従って」

「そういうあんたはメイリンっつったな。よく見れば結構かわいいじゃん」


 時矢は目の前のメイリンを覗き込もうと身を乗り出す。だがすぐにやめた方がよかったと後悔した。彼女の手に握られた銃を向けられたために。


「おい、それ、本物? 銃刀法違反ってやつじゃないっすか……?」

「動くと撃つ」

「いや待って! タンマ!」


 無重力に慣れていない時矢はそのまま前のめりになってメイリンの銃口にぶつかりそうになる。


「体が、浮いちまってんだよぅ」

「少尉!」


 メイリンの隣にいた整備士がさっと手を出して時矢の腕を掴み、前進する動きを止めた。しかし時矢の脚だけが上がって逆立ち状態になった。メイリンは銃を突き出したまま、彼を降ろすように言う。

 整備士に支えられ、というより捕まってようやく時矢はハンガーに降り立った。彼は自分を運んできたXENO戦闘機を物珍しそうに見上げる。戦闘機と言っても翼のようなものは見当たらない。赤く塗られた中央のメインブースターユニットに青色の試験管型コックピットが刺さっているかのようで、左右のこれまたブースターユニットの下部にアームが生えている。見渡せば同じような機体が他にも並んでいた。まるでスターウォーズの世界に迷い込んだみたいだ、と少年は思った。

 それだけならワクワクするところだが、あいにく付かず離れずの距離で銃を向けられては居たたまれない時矢。周囲のつなぎを着た整備班はこの未知なる来訪者を怪訝(けげん)な顔で見つめている。メイリンは警戒心を表情に出していた。


「あなた、どこから来たの? 答えて」

「そういうあんたらは何人で、ここはどこなんだよ」

「質問で質問を返さないで。あなた、何者?」

「日本の高校生だよ。早見時矢。知らないで誘拐したのかよ」

「ニホン? どこだそれ」

「こいつ本当に人間か?」


 周囲がどよめく。その反応に時矢の方も不安を感じた。これではまるで――


「あー、今流行りの異世界転生って奴?」

「ようこそトリスメギストスへ、異次元からやってきた少年」


 よく通る声の方を時矢は向く。すると灰色の軍服を着て顎髭を蓄えた中年の男が乗り込んでくるのが見えた。この男が時矢にぐっと近づこうとしたのでメイリンが危険ですと言って制止しようとしたが、その彼女の手を押しのけて彼は握手を求めた。


「私はこの人類解放軍第301技術試験隊の隊長をやっているギア・オスカーね。よろしく」


 得体の知らない中年の男を前にして一瞬警戒する時矢だったが、あまりのわけのわからなさにこれは夢だと脳が判断し、態度が緩んだ。


「まぁいいか。オッサンよろしくなァ」

「ギア隊長、どういうことです? 異次元からやってきたって」


 隊長と正体不明の少年とが握手を交わすのにたまらずメイリンは質問する。


「どうもこうも、そう考える他ない。XENO-12zの異次元波動砲がベイダーを次元の彼方に吹き飛ばすだなんて懐疑的だったが、それが暴発して機体が消失し、残されたコックピットブロックからマックスも消えた。代わりにこの少年がいたということは、本当に異次元と繋がった結果だろう」

「ですが、そんなこと」

「結果だけが全てだよ。301は実験結果のみを記し、本部にフィードバックする」

「それはそうですが……どのような措置を」

「そうだな……ハヤミトキヤ君」


 ギアは時矢の両肩に手をそっと置くと、ぐっと掴んでいった。


「君には存分に働いてもらいたい。うちは万年人手不足なのでね」

「はぁ」


 中年の髭面に微笑まれても不穏な気分にしかならない時矢だった。ふとメイリンの方を見れば、彼女も困惑した様子だった。


「メイリン、彼を医務室へ。まずは人間かどうか先生に検査してもらおう。そうでないとみんな不安なんだろう?」

「それはそうでしょうが……その後は?」


 ギアはメイリンに白い歯を見せた。いつものことながら不気味で何を考えているかわからないな、と彼女は感想を抱いた。




「ったく、ひでぇ悪夢じゃねーの」


 独房の扉を叩きながら、時矢は呻いた。わけもわからず白衣の医者に体を触られた挙句、人間には見えるが精密検査をしてみないとわからないと言われトリスメギストス内の独房に閉じ込められたのである。これを不幸と言わずになんと言うか。時矢はすっかり閉所恐怖症の気分だった。

 先程から必死に人に呼び掛けたりしたものの応える者もなく、少年は諦めて頭を掻いた。ふと彼は部屋にある便器に目が付いた。ジタバタしても仕方ないと、ズボンを下ろす。

 だがその時ちょうど、扉が開いた。


「ハヤミ・トキヤ……っ!」

「あ?」


 軍服に着替えていたが赤毛が特徴的な女性隊員はまさしくメイリンであった。時矢は赤面して慌ただしくズボンを履く。


「急に入ってくるなよ、言っとくけどおかしなことしようとしてないからな!」

「ハヤミ君、あなたを連行します。私に付いてきて」

「断る、と言ったら?」

「ここから出たいでしょ?」


 メイリンは微笑む。だが目が笑っていないと時矢には思えた。また銃を向けられるのが容易に想像つく。彼は素直に従い、独房を出た。

 遅れずついてくるように言われ、時矢は彼女のすぐ後ろを歩く。この辺りは疑似重力が働いていたので彼は無様さを晒すことなく安心する。不意にメイリンは言った。


「今のうちに聞きたいことがあれば、なんでも答えます。どうぞ」

「えっ、なんでも?」

「ええ」


 時矢は少し考えてから質問を繰り出した。


「じゃああんた、彼氏いる?」

「はぁ?」


 これは予想外だったか、メイリンは振り向いて時矢を見た。呆れた風に。


「あのね……状況を飲み込めていないだろうから説明してあげようと思ったのに、まるで建設的な質問をしないの」

「彼氏いるの?」

「……他の質問にしなさい」

「じゃあ何人? 中国人みたいな名前だけど英語ペラペラだしよぉ」

「私はメイリン・バーツ、コロニーエリュシオン生まれのコロニー育ちよ」

「コロニーって宇宙コロニー? ガンダムに出てくる?」

「本当に異世界人なの? 意味不明なことばかり……」


 メイリンは頭を押さえる。小馬鹿にされたと思って時矢は少しムッとしたが、会話を続ける。


「じゃあ俺と違って宇宙人なんだな。地球はどうしたんだよ。俺を地球に帰してくんねぇかな」

「冗談言わないで。地球なんて死の星に帰る? もう人間は一人も住んでいないのに」

「ああ? それどういう意味?」


 今度は時矢が困惑した。その様子を見てメイリンは溜息をつく。


「ベイダー」

「何?」

「本当に何も知らないのね……いい、今から100年以上も前、地球人類はベイダーと呼称される敵性生物によって滅ぼされたの」

「ベイダー?」

「通常の火器を通さない厚い外殻を持ち、熱光線を放射する器官を備え、人間を見たら誰だろうと殺戮(さつりく)する超攻撃的な生物。しかも増殖機能もあり無限に数を増やすの。最大で全長100メートルの個体が確認されているわ。そして最も恐ろしいことに他の生物に侵食して同化を」

「待て待て待て、何それ。怪獣かエイリアンか? どっから湧いたんだよ」

「どのようにしてベイダーが出現したか。それは誰にも解明できてないミステリーなの。けれど瞬く間に全世界を覆い、人類を絶滅の危機に追いやった」

「いやいやいや、その、あるだろ……核兵器とか……」

「それなのよ、問題は。ベイダーはVBF、ベイダーバトルフィールドと呼ばれる特殊空間を形成し、そこでは核分裂が抑制されてしまうの。つまりは核爆発が起きない。さらに電波障害も発生しレーダーやミサイルの誘導も効かなくなる」

「なんだそりゃ、都合良すぎないか」

「だから、人類の天敵なのよ。瞬く間に地球は制圧され人口は10分の1まで減った。生き残った人類は一旦月面に逃れ、宇宙コロニーを建設して移住したそうよ。でも月面都市も宇宙に進出したベイダーに滅ぼされ、私達人類はこの100年間ずっと劣勢を強いられた。ベイダーは宇宙空間にも適応したのよ。私達はこの艦がないと立って歩くこともままならないというのに」

「ふーん、ふーん、そっかぁ……」


 時矢はまじまじとメイリンの服装を見る。その灰色の軍服から彼は察した。


「だからあんたら、あの腕付きに乗って戦ってるんだな。そのベイダーっつー奴と」

「XENO戦闘機のこと? まぁ……でも第301技術試験隊の主な任務は試作機実験機の性能テスト。前線に出ることはほとんどないわ。それよりこの先どんどん重力が薄くなるから通路脇のレバーに手を掛けて移動して」


 メイリンは手本を見せるとばかりに廊下の側面に生えたレバーに手を掛け強く握ると、レバーが前方に動いて床から離れた彼女の体を運んだ。見よう見まねで時矢もやってみるが、移動しきったところで勢い余って体が投げ出されてしまった。


「うわぁ、また浮いちまってるぅ」

「私の手を握って」


 差し出された手を時矢は握り、体勢を立て直す。しょうがないわねとメイリンは言って手を握ったままグイグイ前に進む。少年はまるで恋人繋ぎみたいじゃないかと少し興奮したが、相手は気にしていない風だった。

 しばらく移動すると二人は広い空間に出た。戦闘機ハンガーだ。青と赤のツートンカラーの腕付き戦闘機が並ぶ姿は壮観だ、と時矢は思った。


「あれ、メイリンが乗ってきた奴だよな」

「XENO-07cゲイボルグ。全ての試験を終えてそのまま301に採用された機体よ」

「ケルトの英雄クーフーリンの槍か」

「へぇ……よく知ってるわね。他のことは何にも知らないのに」


 メイリンは感心して異世界人の少年を見た。この異世界だか夢の世界でも神話は共通なんだなと時矢も思う。


「XENO戦闘機はベイダーと戦うために開発された人類解放軍の主力兵器よ。二本のアームによって汎用性を高めているけど通常はバルカン砲を装備する。ベイダーの装甲を破ることは出来ないけどベイダーは攻撃を受けた相手を攻撃する特徴があるから誘導するのに使えるわ」

「ふーん、じゃあどうやってベイダーを倒すんだよ」

「特殊な力場を生成してエネルギーを凝縮させ発射する波動砲によってベイダーの外殻を貫通し中枢部分のコアを破壊する。波動砲の最大の特徴は砲門を必要としないところなの。だからXENO戦闘機は一見丸腰なんだけど、それが兵器として非常にスマートなの」


 メイリンは少し熱に浮かれたように話した。自らが乗りこむ戦闘機に愛着を持っているか、技術試験隊員らしく兵器そのものに興味があるのか――その両方と言えた。

 手すりから身を乗り出し、宙に浮くメイリン。彼女に時矢は振り回される。整備中のゲイボルグ一号機を通り過ぎて、彼女は説明を続ける。


「あの試験管型コックピットブロックは緊急時に本体から切り離すことで生存性を高めているの。もっとも疲弊したパイロットごと交換して出撃させることもできる非人道的な機構だと批判する人もいるけど……ハヤミ君もあれのおかげで助かったのよ」

「はぁ、そっすか」

「興味なさそうな顔ね……」

「まぁ、俺にはあんま関係ないし」

「あら、そんなことないわ」


 メイリンはこのコックピットブロックだけが台の上に置かれたような装置の前に降り立つ。無論、手を繋いだ時矢も一緒に。この装置を前にしてようやく彼女は手を離した。


「これはXENO戦闘機の仮象訓練装置。ハヤミ君。今から君はこれに乗ってもらいます」

「えっ、なんで?」

「なんでって、隊長命令だから……」


 そう言うメイリンも内心納得がいってなかった。得体の知れない少年をいきなり訓練装置に放り込むなんて。

 ともかく彼女は時矢を装置の中に押し込み、操縦席に座らせた。


「ペダルで加速と減速、左右のレバーで機体を制御します。レバーのトリガーを引けばアームに装備した火器を使用します。波動砲は右レバーのスイッチを押せばエネルギーの充填を開始し左レバーのスイッチで発射。一度波動砲を撃てば次の発射までにタイムラグが生じるから注意して。VBF下でベイダーはカメラで捉えます。つまり、目が頼りよ。目標に照準を合わせてセンターに入ったらスイッチを押す、いいわね」

「いや、いきなりそんなこと言われても……」

「後は音声ガイダンスに従って。ハッチ、閉めるわね」

「え~ちょっと」


 文句を言う前に時矢は訓練装置に閉じ込められた。また密室か、とウンザリした気持ちになる。モニターにすぐさまシミュレーションの内容が表示される。


「まぁいいや。どうせ夢だし」


 なるべく気楽に考えるのが時矢という少年だった。体感的なゲームをプレイする気持ちで彼は仮象訓練に挑む。軽い気持ちでアクセルを全開にすると、加速の衝撃を受けた。


「うわ、本格的……」


 思わず減速するが彼はすでに飛び込んでいた。ベイダーのVBFの中に。暗闇の宇宙に(ほの)かに色がつく。そして少年は見た。VRとはいえ、敵の姿を。


「すっげぇ、エイリアンじゃん」


 生理的嫌悪感がこみ上げてきて時矢は気分が悪くなる。本能的に理解する、こいつはゴキブリと同じで生かしちゃいけないと。少年はトリガーを無造作に引くがバルカン砲は虚空に放たれるだけであった。波動砲の照準を合わせようとするもまるで合わない、逃げるようにベイダーも高速で動いていた。視界から消える。


「どこ行った……うわ」


 モニターの一面に真っ赤な警告が表示される。知らず知らず被弾したのだった。そのアラートが消えた時には訓練装置の天井が開いてしまっていた。


「まぁ、こんなものでしょうね」


 ハッチの開いた装置を覗き込むメイリンが呟く。その見下したような視線に苛立って、時矢は思わず頼み込んだ。


「今のナシ! もう一回、もう一回やらせてくれね」

「別に……構いませんが。もう一度だけよ」

「よし!」


 再び訓練装置が閉じて、時矢は一人レバーを握る。そのやりとりをこの後も繰り返すのだが。何度も、彼の気が済むまで。

 少年は夢中になって仮想空間でXENO戦闘機を走らせる。次第に敵の熱光線を巧みに避けるようになり、次々と目標を照準の中央に収めていく。

 しばらくすると時矢は訓練装置に入ったまま出なくなった。時同じくして、それを見守るメイリンの下に顎髭を生やした中年の士官が訪れていた。


「どうだ異世界人君は、使えそう?」

「ギア隊長……彼は今マックス少尉のスコアを塗り替えトップを更新しています」

「そ」

「でも……使うんですか? 本気で?」

「そりゃ、溺れる者は藁をも掴むね。それがビート板なら尚更」


 ギアは歯茎を見せて笑ってみせる。だが彼の眼差しは冷徹に訓練装置に注がれていた。それに中の時矢は気付く由もなかった。

新連載です。よろしくお願いします。

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