特にその映画が見たい訳ではないけれども
夜中にテレビを見ててすごい良いドキュメンタリーがやってた。そのあとのちょっと変わったバラエティも面白かった。テレビっていいなぁ、って思った。
そんなもんでなんか勢いで書きたくなった。内容はそれと全然関係ないけど。
だからクオリティーは気にしないでほしい。
何か特に用事がないとき。
そんな時に、映画館に行きたいなと思う。
いや、映画館と言うには少し間違いであるが、完全に違うわけでもない。
出かけるのは大きな商業複合施設。
日用品から日々の食材を取り扱うスーパーにファストファッションの数々、すこし高めのアパレルショップがぽつぽつとあり、びかびかとひかるゲームセンターに本屋に雑貨、花屋に内科眼科に調剤薬局。ファストフードのチェーン店や回転ずしにラーメン、中華にイタリアン。
言ってしまえば、行けゃ何かしらある、そういう施設だ。
それ単体だけでなく道を挟んで大型電気店やホームセンター、温浴施設にガススタンド。時にはタイヤセンター。
もう一度言う、行けゃ何かしらがある。
そんな地方のよくある大型店というのはそういう構造をしている。
さて、とはいえ積極的に“ああ映画が見たい”というわけではないのに、シネコンのあるそんながやがやと人の溢れる店に出かける。要するに暇なのだということに気付かれたかもしれない。
まあ取り繕う必要もない。
暇だ。
だから、ふらりと出かける。そういう目的のない時にはちょうどいい場所なのである。
時にはいい感じの小物が見つかる事もある。偶然スーパーに併設されたパン屋がちょうど焼きあがったガーリックフランスを持ってくるときもある。まだふかふかのチーズ入りのバゲットが出てきたときには夕飯のことも忘れて、買ってしまうこともある。
本屋の新刊コーナーに思いもしなかった馴染みの作家の新作が平積みになっていることも無いわけではないし、百均で役に立つのか立たないのかノリで微妙な物を買ってしまい家で後悔したりもする。
だが、そんな時にもひとまずは映画館には立ち寄る。
駐車場から車を降り、そこに向かう一番近い出入り口から店内に入り込むと、目の前に有名なハンバーガーチェーンが。
ぷん、とフライドポテトを揚げたあの油の香りが一番先に鼻をくすぐる。
一歩二歩歩くと奥の方から甘い匂いが混じる。
甘いドーナツチェーン店からの匂いだ。
その方向に向かって歩くとエスカレーターがあるホールにでる。そこを囲むようにして飲食店が置かれている。寿司にトンカツ、ラーメンにバイキング形式のファミレス。
それらの誘惑を振り払い、エスカレーターに乗る。
ぐんぐんと二階へと上がっていくときに下を見たときに目に入る、トロトロな見た目のオムライスの看板に注目してしまうのは仕方ない事だろう。
二階に上がりきると、目の前に映画館が現れる。
チケット販売の端末が数台並び、その上の液晶表示には今流している映画が時刻と空席状況と共に表示されている。
その時刻と、映画の内容への興味、座席状況を見てどうするか、と悩む。
まあ、結局のところ何かしらを観るには観るのだが。
基本的に映画の時刻を調べるときは新聞で確認している。
その開始時間の前にたどり着くわけだが、すこし余裕を持って行く。
実を言うと、その映画館の横のスペースにいわゆる「フードコート」がある。そこで飯を食うためだったりする。
正直に言おう。
ポップコーンだけで約二時間はもたん。
いや、わかる。わかるよ?
ポップコーン美味いじゃん、とか。目的はポップコーンじゃないよね、とか。
映画館のフードメニューには他のメニューもあるし、とか。フライドポテトとか、チュロス的な、ホットドックとか。
異論は認める。みんなの思いは正しい。どこまでも正しいと思う。
……でも、二時間。短いのだとしても一時間半よ?
一通り満ち足りた気分で映画を見たいと思うのだ。こう、ちょっとお腹すいたなーとか、何か摘まみたいなーとか感じずに。
ドリンクもフライドポテトもポップコーンも頼む。
でも、それが上映中に無くなっても大丈夫なくらいには満たしておきたい。
何か欲しいなと感じてしまい、爪の先ほどのフライドポテトの端を箱についた塩と共にじんわりと口の中で舐るのもいいだろう。
ポップコーンでうまく弾けずに、滅茶苦茶異常なほどに硬いままのタネを、暗い中で指先で感じ、口の中でどうにか噛み砕けないかとするのもまた映画の楽しみの一つでもあるとは思う。
腹が膨れていると眠くなる?
いや、昔から思うのだがそんな眠い映画ってあるものだろうか。たまに上映中にいびきをかいて爆睡してる人がいるけれども、あれは何のために金を払って映画に来てるのだろう?
映画館で寝たことがないもので、一度本当に聞いてみたい。
さて話を戻そう。
映画前に腹ごしらえをする。
これがマイルールだったりするわけだ。
さて、そんなフードコートで何を食べようか。
と、言ってはみたものの決まっている。
正面入って右奥、その定食系のお店に直行だ。他にもクレープ屋やらうどん蕎麦にラーメンとあるにはあるが馴染みのそこへと行く。
別に店員と顔見知りと言うことも無い。そもそも店の名前すら知らないレベル。
自分の中では「映画館の横のフードコートのいつも行く定食屋」だ。
そこのカウンターにある最近流行りのキャッシュレスなど知ったことかと言わんばかりの少し汚れて見える券売機に千円札を入れ、ぴ、とボタンを押す。
印字された券をカウンターにいる店員に渡す。
「肉野菜ひとつー!」
「はいよー!」
元気のいい声が響く。
それと同時にすい、とカウンターを滑るようにして呼び出しブザーが差し出され、いつも通りにそれを受け取り、場を離れる。
ぽつぽつと、位の埋まり具合の座席を見て、移動しながらご自由にどうぞ、コーナーから水をコップに一杯と、温かいお茶を湯呑に一杯汲んで行く。
ちびちびとそれを飲みながら出来上がるのを待つ。
周囲を見渡すと、少しお年を召した夫婦に、高校生のグループ。三歳くらいの子供を連れた若い夫婦がいる。自分と同じように一人でいる者もちらほら見かけるがそれぞれの席は少し離れており、あまり周りを気にしなくてもいいくらいだ。
そんなことを考えていると、ブザーがブーッブーッと震えながら鳴る。
止まる、のボタンを押して呼び出し音を止めて、カウンターに向かう。
そこには黒い盆の上に味噌汁、ライス、香の物、そして注文した肉野菜炒めの皿が置かれている。
「おまたせしましたー」
元気のいい店員のおばちゃんにブザーを渡し、盆を受け取る。
戻るついでにカウンター横の七味を肉野菜の上に一振り、二振り。
小さい小皿にマヨネーズをむにっ、と盛って持ち帰る。
「いただきます」
ぱんと手を合わせ、割りばしを割る。
品質の悪い割りばしだと、変な割れ方をするので注意が必要だ。
ゆっくりと心を落ち着けて割る。
ぱきん、ときれいに真っ二つに別れてくれるとこちらも気分がいい。
まずは味噌汁。
箸の先を突っ込んで軽く底に沈殿する味噌だまりを揺らして攪拌。
全体に馴染んだところで、ずずっと一啜り。
外食の店のあるあるだが、異様に味噌汁の濃い店があるとは思わないだろうか。
敢えてそういった店の方に意見するのだが、むしろ薄めの方が良いと思うのだ。なんというか台無し感が一発目に来る気がする。
煮立ち過ぎてなのか、規程されたグラム数で調整しているのかもしれないが、濃いなぁと思う店に当たることは多々あれど、逆に薄いなぁと思う店にそうそう出会うことが無いので。
あくまで個人の意見であるので、聞き流してくれて構わない。
とはいえ、この店は程よく薄い。というか絶妙にずずずっ、と飲める濃さがちょうどいい匙加減である。
具材は特に変哲のない厚揚げとワカメ。
汁と共に口に入れて磯の香りと、厚揚げのくにゅくにゅした食感を楽しむ。
それが終われば今度はメイン。
肉野菜炒めの皿に移る。
豚コマにざっくりと切った玉ねぎとニンジン、キクラゲに彩ようにパプリカとピーマンを入れて炒めたもの。
味付けは醤油とショウガベース。
生姜焼き定食、という名称で売り出しても別に問題なさそうな一品である。
付け合わせに千切りキャベツと、小さくポテトサラダが置かれている。
とはいえ、あくまで肉野菜。
豚コマと野菜をがっ、と箸で掴んで一気に口の中に。
そうすると、熱い醤油とショウガの香りが鼻を抜けていく。
ここに、一気にがつがつと白米。
もしゃもしゃと口の中でするたびに肉と米の相性の良さにうっすらとにんまり笑みが浮かびそうになる。
噛んでいるうちに後追いで振りかけた七味が香り、舌先をぴり、と刺激していくのも良い。
とはいえ、家の中ではなく外出先。
くい、とすこし温くなったお茶で緩みそうな顔と心に一息を。
「ふぅ」
落ち着く。
落ち着いたところで、香の物。
今日は野沢菜の漬物。
茎の部分を摘まんで口に放る。
くきくきとした食感と、単体では塩辛いかという絶妙な塩加減。
十二分に落ち着いたところで、皿に箸を伸ばす。
今度は肉、そして皿の添え物にどっさり置かれた千切りキャベツをセットに。
うっすらと肉野菜の汁を吸ったキャベツがしんなりしながらも、まだシャキシャキ感を残すぎりぎりのライン。
その辺りのキャベツはそれだけで飯が食える。
とはいえ賞味期限、数十秒といったところのそれを堪能するには、テイクアウトや出前では難しい。
やはり現地で出来上がったばかりのそれを頼むときにしか味わえない、一種の贅沢の一つだろう。
食べ進め皿の残りは約半分。
ここでマヨネーズを小皿からメインの皿の縁に移す。
箸についたマヨネーズを、皿の汁に少し溶かし、それをキャベツに吸わせる。付け合わせのポテサラもその頃には下部分が汁を吸っている。
このメインではない二つを同時に食す。
大きく分けて酢からくる酸味の強いタイプのポテサラと、芋の味を前面に出してくるタイプのポテサラがあるが、この店は前者。箸休めとしての思いが強いのだろう。
甘めの味付けの肉野菜炒めとのバランスが取れているのは高ポイントだ。
前半部分の“素の”肉野菜炒めから、インターバルとして挟んだそれらを経て、後半に移る。
あえて暴挙ともいえるくらいにべったりとマヨネーズに肉野菜炒めをつけて口に運ぶ。
それまでの醤油ベースの味付けから、一味変わったそれはまた別物の美味さを見せてくる。
美味いのであれば最初からそちらに行けばいいのでは、というのは無理なので。
マヨの有り無しは不可逆の関係にある。
前半にほんの少しでもマヨが入ると、“素の”肉野菜炒めには戻れない。
ほんのり風味でもマヨが入ると、最初の純粋な皿は楽しめないわけだ。
マヨありの味付けで徹頭徹尾行くならば止めはしないが、今回のように二種を楽しむならば、取り分け用の小皿は準備しておきたいところではある。
「んが……!」
大きく口を開けて一気に食らう。
ここで小さくちょんと踏み出すのではなく、あえて大股で一気に足を踏み出すのがポイントだ。
半分ほどとはいえすでに腹にたまっているのである。
その不利を覆すことのできるマヨネーズは偉大な調味料だと思う。だが、時折その脂が逆に食欲を減衰することも無いわけではない。
だからこそ、一気に踏み込むことが大切だ。
先ほどまでの味付けと変わり、肉とマヨ、しんなりし始めた野菜のハーモニーが素晴らしい。新しい感覚で飯を食い進めることができる。
がっがっ、と勢いよく皿を片づけると同時位に白飯が無くなるように調整するのが大切だ。その二つを同じくらいのタイミングで空にし、ふう、と一息。
程よく温いお茶を湯呑を掴んで、一気に煽る。
ぐびぐびと一気にそれを空にして、小皿残る野沢菜に箸を伸ばす。
とはいえ、もう小さな端切れくらいしかなくなってはいるが、それを箸先でちょいちょいと摘まむのが楽しい。
そしてそれを終えて味噌汁。
箸先でまた底にたまるみそだまりを上手く溶かし、少し濃いめのそれを啜る。
「ごちそうさま」
誰にも聞こえないようにぼそり、とつぶやき手を合わせる。
立ち上がり、最後に紙コップを傾げほんの数ミリほどの水を浚う。
カバンを持って返却口に盆ごと返して、わき目もふらずそこを出ていく。
映画の上映時間の表示からするとあと十分弱という所。
そういう感じで、映画に臨むのだ。
これが映画に行く前の、満ち足りたルーティーンのひと時。
さて、そんな大型店があるとき店舗改装することになった。
地方のなんでもある大型店。
こういった施設は、土地があって、開発業者がいて、新しい交通網ができて、とかまあこちらがわからないようないろんな思惑が絡むと、短期間にポポポンといくつか出来上がってしまう。
そしてその施設は先のものよりも幾分広く、アパレル系や洒落た小物店は地域初出店で、言うまでもなく新しい。なにせ、先にある大型店より客を入れたいから。
となると古い大型店の取る道は結構単純。
段階的な撤退か、金を掛けたリニューアルか。
今回は後者だった。
新聞やニュースで全面改装、と報じられふーん、と思っていた。
改装に伴う一時閉店が行われ、リニューアルオープンします。それはこの日とこの日になります、と。
ふーん、と思っていた。
リニューアルの間は違う店に行ったし、ネットやレンタルビデオで家で時間をつぶしたり、本を読んだりゲームをしたり。やることは別にどれだけでもあった。
そんなこんなでリニューアルオープンの日。
地元ニュースの人ごみの多さに、しばらくは行かねえ、と決めて一カ月ほど。
映画を見たくなった。
そんな訳で映画館へ。
二階へ上がる映画館へのエスカレーターに乗り、ぐんぐんと上がっていく。
上がりきったときにぐるり、と見渡すと、フードコートがない。
いつものあの肉野菜炒めの、ちょっと寂れた感じのあのフードコートが、ない。そこにはコーヒーショップとケータイの店が新しく移転してきていた。
エスカレーターの前の案内板を見る。
フードコートは一階のエントランス近くに動いていた。
いつもの流れが、できなくなり少し残念に思う。
まあ、いい。
今日の目的は映画なのだから。
そう思って映画館に入っていく。
映画が終わり、ぐるり、と店内を一周して、すきっ腹を抱えたまま駐車場の車に戻ってきた。
運転席に体をどさり、と預ける。
……無くなっていた。
名前も知らない「映画館の横のフードコートのいつも行く定食屋」が、無くなっていた。
新しいフードコートは有名などこかで聞いたことのあるチェーン店が、何店舗も軒を連ねる、そんな場所に変わっていた。
人がわんさかわんさか、家族連れが楽し気に食事をとりながら、一方で空席が無いかとうろうろと惑う人の姿が溢れる。
ざわざわと騒々しく、回転も速い。せわしなく食事を終えたものはせかせかとフードコートを出ていき、空いたところがコンマ数秒で埋まる。
そんな場所だった。
その中心は活動的な比較的若い世代で、店舗側は確かにそういうものを求めたのだろう。
このスピードなら利益もお客の満足度もそれは高いだろう。美味そうな食事を提供する店が壁一面に並び、それに長蛇の列を作っている。
そう、これが正しいフードコートだと言われれば間違いなくそうだと言える。
「あーあ……」
車内に小さくつぶやいた一言。
頭を軽くぽりぽりと掻くと、すきっ腹を抱えて、エンジンをかける。
そしてそのまま駐車場を出ていった。
ぐい、と踏み込んだつもりのアクセルだが、車の動き始めは遅かった気がする。
恐らくそれも気のせいだろうが。
ゆっくりと映画が始まるまで腰を落ち着け、食事を楽しむ。
老夫婦が紙コップに入れた水で一息ついて穏やかに話している。
学生がスマホをいじりながらただただ時間を潰す。
そんな寂れた、利益の上がらない、昔から其処にあったフードコート。
きっと利益は然程上がっていなかったのは素人にもわかる。
いつかは無くなるだろう、そんな場所。
あの空間にいたあの老夫婦は、学生は、そして自分は。
新しい店でいったいどこに行ったのだろうか、そしてどこに行くだろうか。
あの名前も知らない「映画館の横のフードコートにあるいつも行く定食屋」は、もうどこにも無くなってしまった。
いや、無くしてしまった、が正しいのだろう。




