採取の旅路 〜サリシャの苦悩、アリスの妄想〜
サリシャの突然の質問にアリスはどう答えたら良いのか困惑してしまった。
「わ、私は産まれたばかりでサリシャさん達のような恋愛感情と言う物をまだ良く知りません。
しかし、主様に対する敬愛の気持ちは持ち合わせているつもりです。
子が親を慕う様に、人が神を祀るように、もしかしたら私のこの気持ちは恋愛と言うよりも、信仰に近い物なのかも知れません。」
誠実に嘘偽りの無いその言葉に不躾な質問をした自分が恥ずかしくなる。
造物主である旦那様はアリスさんにとって正に神のような存在なのだろう。
可愛く優しく微笑んでくれる彼は、彼女にとって親の愛情を一身に受ける子供の様な幸福感を感じる存在なのだろう………私には欲しくても手の届かないモノ。
サリシャは魔法使いだが、別に貴族と言う訳でも無い。
偶々魔法の才能があって、其れを見つけてくれた魔導師に師事出来て冒険者位ならやって行ける程度に習熟出来たに過ぎないのだ。
それまでは犯罪にこそ手を染めてなかったが、スラムに屯する孤児たちと変わらない子供だった。
師匠は万人に誇れる程凄い魔導師ではなかったが、余命短い事を悟って弟子を探していただけだったと聞かされている。
其処に師と弟子以上の気持ちは介在せず、毎日淡々と魔法の修練に明け暮れる日々であった。
正直に言うと羨ましい、しかし、けして言葉には出せなかった。
言葉にしてしまえば、自分が惨めになる気がしたから。
他人が聞いた所で惨めな気持ちになることは無いと言うかも知れないが、いや、優しく微笑むアリスは間違い無く優しく慰めて同情するだろう。
けれど、それが一番惨めになるのだ、理屈では無い。
持たざる者の気持ちを理解出来るのは、同じ境遇の者だけなのだから。
だから言葉にしない、だからこう返事をするのだ。
「そう。」
この話はここで終わりとばかりに短く素っ気ない態度で締め括る。
アリスも空気を読んだのか、それ以上突っ込んで聞いては来なかった。
才女とは彼女の様な者を指すのだろう。創られた存在だとしてもその有り方には嫉妬を覚えずにはいられない程。
ふと考える、旦那様はこんな自分でも一人の女性として意識してくれているのだろうかと。
実際旦那様とは呼んではいるが一度呼び方も却下されているし、もしかしたら呆れて無視しているだけなのかも知れない。
仕方無いじゃない、自分でも十歳やそこらの子供に惚れるなんて考えもしなかったんだから。
あの手この手で外堀を埋めようかと思ったが、そもそも外堀すら無かったのに気付いて結局旦那様呼びしか出来なかったのはナイショである。
「サリシャ、あまり考えるな。その内良い変化もあるさ。」
カイルがサリシャの内心を読み取ったかのようにフォローを入れてくる。
「顔に出てた?」
「付き合いもそろそろ長いからね、ゲイズは前に集中してるから分からないかもだけど、傍から見たら丸わかりだよ。」
カイルの言葉で顔が熱を持つのが自分でも分かる。多分耳まで真っ赤になっている事だろう。
カイルもこれで気の利く男ではあるのだが、何故かモテないのが不思議である。
多分運がすこぶる悪いのだろう。見た目イケメンなのに、何処か幸の薄そうな印象を受ける。
等と思いながら哀れんだ視線を向けていると、また心を読んだのか。
「すっごい失礼な事考えているだろう。」
怒られた。
取り敢えず何時もの遣り取りらしく惚けておこう。
「いえいえまさか、気の所為でしょ。」
苦しい惚け方だが、そっぽを向いて置く。
「そろそろ休憩しようか?」
丁度良さそうな広場を見つけ昼食の準備を始める。気持ちを落ち着けるには別の事に集中するに限る。
明日には登山だ、モヤモヤした気分でこの森を行軍するのは命がいくつあっても足りない。
気持ちを切り替えて見事アンブロシアの根瘤を持ち帰って良い所を見せよう。
等と考えを切り替えたら少しは前向きな気持ちになれた気がする。
〜アリス脳内サイド〜
サリシャさんったら、いきなりな質問でしたね。
流石の私も生まれて数日で恋愛感情がどうとか理解出来る程の経験を積める訳ありません。
一応色々と考えて見て信仰心と言う落とし所で納得して貰えた様ですので、これ以上突っ込んで話をする愚は無いでしょう。
それにしても、主様の可愛さといい、強さも聞いた限りでは相当な御様子、それでいてお世話のし甲斐のあるチョット隙だらけな生活態度。
これで夜泣きでもしてくれれば抱き締めて毎夜寝かしつけて差し上げるのに………。
アリスのそれはガチで恋愛感情だったのだが、理解していないのは本人ばかりとはこの事だろう。そんなアリスの妄想をサリシャが聞けば、"私の苦悩を返せ!"と憤る事請け合いである。
しかも、現代日本なら速攻で通報されそうなヤバ目のお姉さんにカテゴライズされるのは必至だ。異世界でも王都辺りなら巡回の衛兵に問答無用で連行されるのだが。
サリシャが悶々と考え事をしている後ろで、主の事を考えて腰をクネクネさせていたのを誰も気付かなかったのが不思議なくらいである。
そんな少々何処ろでは無い程の妄想に浸っている間に本日の休憩地点に着いたようだ。
あまり妄想に浸っていると、思わぬ不意打ちに出会しそうなので、ここで思考を切り替える事にする。
今日の夕方迄には山の麓に到着する筈、明日には登山なので早めに休める様にテキパキと昼食の準備を終わらせる。
明日も何事も無く朝を迎えられますようにと祈りを捧げて気分のリフレッシュを謀る。
けど、彼女の姉妹がこの後また一人目覚める事を知らずに居た。




