鳥切り時計
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ん、もうこんな時間か。だいぶ長いこと話しこんじゃったかな。
ああ、あの時計が気になるかい? 少し前に親戚からもらったものでね。毎時間ちょうどに、文字盤のあちらこちらにいる、楽器持った人形たちが踊るんだ。
一緒に、有名な洋楽のフレーズも流れるからさ。あたかも、人形たちがそれらを演奏しているかのような体なんだよ。流れる曲のほとんどが好きな曲っていうのも、気に入っている理由のひとつさ。
この手の時報を活かしたエンタメ。時計はそれに、最高に適した道具だと思わないか?
鳩時計なんかは、その最たる例だろう? 時間ちょうどに時計についている窓から小鳥が顔を出し、時刻の数だけ喉を鳴らす。
本来はカッコウがモデルらしいけど、日本じゃ閑古鳥の意味合いもある鳥。誰もいない時に鳴く姿が、妙に縁起が悪く思えるんで、鳩と呼ぶようになったとか。
僕がこの手の時計に興味を持ったのは、祖父の家にあった時計がきっかけなんだ。その時の話、聞いてみないかい?
祖父の家の時計は、「鳥切り時計」ともいうべきものだった。
当時の僕の背が届かない、高い位置に掛けられていた壁時計。時間になると時計盤の手前の円いプレートが回り出し、時計の裏側に隠れていたものが出てくる。
現れるのは、切り株に頭を乗せ、残りの身体は地面にくてっと放り出された鳥の姿。えらく首が長かったから、ダチョウみたいだなと思ったよ。その首の根っこには、はっきりと継ぎ目が浮かんでいる。
鳥の左右に立つのは麦わら帽子をかぶり、両手で持った斧を大きく振りかぶった木こりらしき男たち。そうなると、ここから先の展開も予想通りだ。
男たちは斧を、鳥の首根っこに振り下ろしていく。ぽーん、と長く鐘がなるたび、左右交互にひとうち、ふたうち。二人の斧は同じタイミングで重なることは決してなく、杵でもちをつくかのようにリズミカル。
そして、時間に応じた回数分だけ斧が振り下ろされると、継ぎ目の部分がぱっくり割れる。それと同時にハッカのような香りをあたりに漂わせつつ、プレートはくるりと回って元通り。彼らは時計の裏に引っ込んでいくんだ。
小さいころから見慣れていたせいで、当初は鳩時計ってこんなものかと思っていた。けれど他のものを知るにつれ、祖父のものはちょっと残酷なデザインだということを知ったよ。
まるで童話の原作っぽいなと、僕は思った。
白雪姫のラストは、悪い女王様が焼けた鉄の靴をはかされ、死ぬまで踊らされる。
さるかに合戦は、集団リンチにあった猿がウスにとどめをさされる。いかにも重そうな描写だったから、肉も骨もばらばらのぺしゃんこだろう。ナムナムだ。
かちかち山はもうひどいね。タヌキへのウサギの仕打ちもさることながら、冒頭でタヌキがおばあさんを叩いて殺害。それをタヌキ汁代わりにおじいさんへ食べさせるんだから「うわー……」でしょ、もはや。
この鳥切り時計も、きっと同じだ。
斧で叩かれたら、切れる。ケガをする。取り返しのつかないことになる。
そういう道徳めいたモチーフを取り入れた、一品なのだと僕は思っていた。
ある日、祖父の家でたまたま僕が、やむなく留守番を任されるときがあった。
祖父は僕に、天井まで届きそうな長い竹の竿を渡したうえで、奇妙な注意ごとを授けてくれた。
「夜の8時に、ここへ客がやってくるはず。そのときにな、ガラス戸を何度叩くか、よく聞いておけ」
朝から僕以外、誰もいなくなる家の中。僕は適当にテレビを見たり、うたたねしてみたりとぐうたらしながら過ごしていた。
作り置きしてあるカレーに火を入れ、昼ご飯、夕ご飯にしつつ、そろそろお風呂に入ろうかなあ、と畳の上で大きく伸びをしながら、むにゃむにゃとまどろんでいたよ。
けれど8時の一分前。玄関の戸を「トントントン」と叩く音がして、僕は一気に目が覚めたよ。
「続けて3回。間をおいて1回。更に間を置き11回。これをしない奴なら居留守を使って
も構わん」
音が止んだかと思うと、わずかな間を開けて「とん」。
またわずかに沈黙して、今度は戸を連打。緊張しながら、5つ、6つと数えていく僕は、カウント11でぴたりと音が止んだのを確認する。
僕は恐る恐る立ち上がると、テレビの後ろの壁に立てかけてあったものをとる。件の長い竹竿だった。
そしてちょうど鳩時計のからくりが動き出す気配。
「もし、この叩き方をする奴が来たら、いきなり戸を開けず、まずは時計のところへ向かえ」
すでに文字盤の前では、何度も見てきた公開処刑が、また始まろうとしていた。小さい鐘の音と共に、鳥の首の付け根めがけ交互に振り下ろされていく、きこりの斧。
その8回目の打ち込みで、首と胴が別れを告げる。数えきれないほど嗅いだハッカの香りが、今日はいっそう強く感じる。
「鳥の首が落とされたなら、そのつけ根に竿の先っちょをくっつけろ。できる限りたっぷりな」
僕はプレートが回って彼らがすっかり隠れてしまうまで、言われた通りに竿の先をあてがっていたよ。
手元に引き寄せた竿そのものにも、ハッカの匂いがたっぷりだ。思わず鼻をひくつかせてしまうけど、僕は竿を手にしたまま、そうっと玄関へ。
「柱の影から竿だけ伸ばし、戸にひっかけてすき間を開けろ。そこに竿の先を突っ込んだなら、後は流れに任せとけ。ただし竿はしっかり握ってな」
言われた通り、玄関手前の曲がり角。柱の影から竿を伸ばすも、なかなか戸に引っかからない。
先ほどまでさんざん叩かれた戸は、いまも黙りこくっている。あまりの気配のなさに、「もう帰っちゃったんじゃないか」と、僕はつい柱の影から顔を出してしまう。
ガラス戸越しにみるその影は、背格好こそ僕とたいして変わらない。けれど大きく広げたその腕は、明らかに背丈よりも長かった。
ガラス戸の端から端まで届くその腕と共に、左右にぶらーん、ぶらーんと大きく傾ぎながら、振り戻っていく。まるでやじろべえみたいな動きをする奴だったよ。
ただ違うのがそいつが傾ぐたび、脇にあたるところから「ぼとぼと」と何かが落ちていく影が見えるんだ。心なしか、流し忘れたトイレのような臭いが漂い出している。
方向は定まった。竿を戸とサッシの間に差し込み、ぐっと力を入れる。
戸は動かない。なおも力を込めたけど、どんどん竿はたわんでいき、みきみき悲鳴をあげ始めた。
折れるんじゃないかと思う直前、戸がわずかに開いたんだけど、すかさず僕の顔に飛んで来たものがある。
危うくかわして、家の壁に張りついたのは松やにだった。僕の顔ほどの大きさで、どろりと床に向かって垂れ落ちていき、ハッカを打ち消す独特の臭みを放ちだす。
その間、僕は竿をぐいぐい引っ張られた。祖父の言う通り力は込めたけど、もう玄関を見やることはしない。またやにを飛ばされてはかなわないからだ。
ぎしぎし、ちゅうちゅうと竿の先をきしませたり、吸い立てたりする音が延々と続いていたけど、にわかにふっと抵抗が消える。
たたらを踏みかけた僕の耳が、戸の閉まる音をとらえた。引き寄せられた竿はハッカの香りが消え、壁のものより数倍ひどいやににまみれていたよ。もう戸の前に、やじろべえのごとき影は残っていなかった。
しばらくして帰ってきた祖父に事情を話すと、ほっとした顔をしていたよ。
あの時計の鳥の首にあるハッカの香りがするあれ。実は薬になるらしいんだ。この世ならざるもののね。
薬に用があるとき、ああいう風な仕草で注文するんだってさ。
で、あの鳥の首の付け根にある薬。頻繁に空気に当てないと、すぐダメになっちゃうみたい。だから一時間に一度、からくりでカモフラージュしながら、鮮度を保っているとか。