ショタ(0歳)
「お嫁さんとは、ずいぶんと人界にかぶれているようだな」
魔界に夫婦の制度はない。子を欲しければ作ればいい。女が欲しければ奪えばいい。それが魔界だ。
「子に余計な知識を付けるなと言っておいたはずだが、貴様に人界について話したのはどこのどいつだ」
「先代様。先代様はすでに魔王ではございません。先代様に答える義務は僕にはありません」
「だが我が貴様よりも強者であることは変わらん。弱者は強者に従うのが魔界の掟だ。違うか?」
「……姫様」
潤んだ瞳が王女に向けられる。
王女は鬼ではない。子供が涙くんでいたら慰めたりする程度の優しさを持ち合わせている。
ただしそれは、人界に限ってのことだ。魔界にいるのなら魔界の掟に従うべきと王女が考えるのは、当然である。
「王の命に逆らうような者がいるのは問題ね。どこのどなたかしら」
そして何よりも、王女は王家の一員である。王の命は絶対であり、逆らうなど許されるはずもない。
苦言を漏らしたり忠言するのはいいが、裏でこそこそするのは反逆の意思ありち思われてもしかたない。
「……僕の母様です」
「ふむ、貴様の母は……勇者との戦いにおいて命を落としていたな」
魔界に生ける者はすべて戦闘員である。力ある者は有事の際には戦う義務が課せられる。
魔王の子の母は最弱種ではあっても、人を惑わす力に長けていた。そのため、勇者たちの士気を下げ、疲弊させる役目を負っていた。
だが上手く進んだのも最初だけ。何かがおかしいと気づいた賢者により彼女の存在は明らかとなり、勇者に討ち取られた。
「ならば罰することもできんか」
これといった感慨もなく呟く魔王に、魔王の子は目を伏せた。
人界について話したりと、それなりに親子らしい時間を育んでいた魔王の子にとって、母親はまさしく母親だった。
「さて、お前の処遇だがどうしたものか」
本来ならばすでに失われていたはずの命。本来の用途に従って活用するのが一番ではあるが、魔王にその気はない。
だが王女に託そうにも血の繋がりがあるわけでもなく、そもそも人間が魔力を取り込めるのかどうかすらわからない。しかも王女は元々魔力のない存在だ。
たとえ人間が魔界に住む者同様に魔力を取り込めたとしても、魔力のない王女の場合はまた違った結果になるかもしれない。
「城から出すべきだろうな」
「そんな……!」
魔王の住む城はそれなりの強さを持つ者しか留まることを許されていない。そのため現在魔王城にいるのは魔王軍だったり、四天王だったり、あるいは一芸に秀でた知恵ある魔人のような者だけとなっている。
そこで力がどれほどのものかわからない者を置いては他に示しがつかない。
悲痛な叫びを上げる魔王の子を一瞥もせず、魔王は王女に目を向けた。
「だが魔界を統べているのはお前だ。お前のしたいようにしろ」
あえて魔王という単語を使わず、王女に決定権を託す。不用意に魔王だなんだと言って無駄なやり取りをするのを嫌ってのことだ。
「あら、あなたの子供なのにいいの?」
「我の子と思ったことはない。所詮は血の繋がりだけだ。」
「それを子供と言うのだけど……まあいいわ」
魔界には魔界の掟がある。柔軟な王女は即座に切り替えて、涙目になっている魔王の子を見下ろした。
髪色は魔王と同じ赤、瞳も赤色だが、魔王のものよりも少し濃く見える。
魔王があれほどの強さを持つなら、もしかしたら大人になればそれを上回る強さを得るかもしれないと考え、王女はひとまず色々聞いてみることにした。
「あなた何歳?」
「0歳です」
どう見ても七歳ほどに見える魔王の子の言葉に、王女は頭が痛くなった。