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勇者に振られた王女は魔界に君臨する  作者: 木崎優


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7/13

真魔王× 魔王〇

 魔界の生き物は瘴気に侵されている。

 それは動植物すべてに適用されている。


 隙あらば指を噛みちぎろうとする赤い果実を片手に真魔王が療養する部屋を訪れた王女は、寝台の横に置かれた椅子に座り、うなされている真魔王を見下ろした。


 そして汗の浮かぶ額にそっと果実を置く。


「っ――!?」


 額を噛みちぎられそうになった真魔王は慌てて飛び起き、果実を床に払い落すと恨みがましい目を王女に向けた。

 憎しみや敵意がこめられた視線を向けられても王女が動じることはない。絶対なる強者というものは、いついかなるときも動じてはならないからだ。


 勇者と賢者の恋路を見て動じていたことは、王女の中ではなかったことにされていた。


「もう、お寝坊さんね」

「最悪の目覚めだ」

「最高の間違いではなくて?」

「最悪だ……」


 優雅に微笑む王女を前にして真魔王の目は遥か遠くを見つめている。

 無論、そのような不作法を王女が許すはずもない。床に転がった果実を握りつぶし、(さかずき)にその汁を注ぐと視線を取り戻すために真魔王に差し出した。


「……それを飲めと?」

「手作りよ。光栄に思いなさい」


 目の前で作られたのだ。手作りであることを疑う者はいないだろう。

 だが王女は知らない。世の中には手作りというだけで敬遠する者がいることを。そして真魔王はその(たぐい)だった。

 手作りなど言語道断。職人が作り上げたものしか口にしないし身につけない。


「貴様のような女が作ったものを誰が口にするものか」


 だがなによりも、憎い相手の手作りだということが真魔王の思考を鈍らせる。

 弱肉強食の魔界において、自分よりも強い者に逆らうのがどういうことか、目覚めたばかりの真魔王は忘れていた。


 王女は魔界のやり方に従うほど柔軟な思考の持ち主だ。

 今回も、魔界のやり方に従い真魔王の頭を押さえつけ、その口に杯を押し当てた。飲まなければ頭を潰すとばかりに力がこめられ、だがそれでも真魔王は頑なに口を開こうとはしない。


「ころ――」


 しかし悪態を吐こうとしたのが運の尽き。無情にも、開かれた口に果実が流し込まれた。



「……殺すのならば殺せばいいだろう」


 仕切り直した真魔王がふてくされたように言うと、王女は目を丸くして小首を傾げた。


「あなたを殺したら誰が魔界を統治するのよ」

「貴様がいるだろう。我に勝った貴様は名実共に魔王だ」



 項垂れながら答える魔王に以前のような覇気は感じられない。

 敗北が彼の自信やら色々なものをへし折ったのだろう。王女の目にもか細く燃え尽きそうな闘気(オーラ)しか映っていない。


 ――これではもはや真魔王などとは呼べない。ただの魔王である。


「私は魔王ではないわ」


 王女が目指すのは、世界の頂点に立つ男の横に立つことだ。

 魔界の王程度で満足できるものではない。だからこそ人界の王を兄に託している。


「だから――」

「こちらですわね!」


 あなたが魔王よ、とそう続けようとした言葉は突然の乱入者によって阻まれた。

 ノックもせず突入してきたのは吸血種を統べる族長の娘である。背中に蝙蝠のような小さな羽を持つ彼女は、かつては魔王の側に侍る者として選ばれ、城に滞在することを許された身分だった。

 だが王女が現れたことにより、彼女の立場は宙ぶらりんとなってしまっている。


「▼〇◆※●様を降したのはあなた?」


 余談だが、人界と魔界では言語が違う。魔界の言葉は人界の者には発音すら難しく、逆もまたしかり。


 それを解決したのが数百年前の人魔戦争で活躍した英雄たちであった。


 当時魔界に突入した英雄四人は、言葉の壁に苦しんだ。

 敵将である魔王を倒そうと魔界に来たはいいものの、どこにいるのか見当もつかず、どこにいるのか聞き出そうにもなにを話しているのかすらわからない。意味のある言葉を発しているのかどうかすら怪しい。


「なあ、お前、なんかこう、すごい魔法でなんとかしてくれよ」


 勇者と呼ばれることになる少年の無茶振りに、賢者と呼ばれることになる少年は頭を抱えた。

 発音の仕方すら違う相手と意思疎通を図れる魔法は存在しない。

 しかも人界ですら国によって言葉が変わり、言葉の壁に苦しむことがあるというのに魔界はその域を超えている。なにしろ魔界は発声器官があるのかどうかすらわからない生き物が多数存在していた。

 生物なのかと疑いたくなるような種族も含めて意思の疎通が図れるようにするという、誰もなしえたことのない魔法を一から作り上げないといけない苦境に、少年は悩み、苦しみ、同時に高揚した。壁が高ければ高いほど燃える性格をしていたせいだ。


 そして一週間後、自動翻訳魔法を開発した。

 世界最高峰の魔法の使い手である少年に超えられない壁はなかった。


 少年の魔法は人界と魔界を隔てる門にかけられた。それ以来門をくぐる者は自動的に自動翻訳魔法を受けることになる。

 その効果は魔力のない王女にまで影響を及ぼすほど――と言えばどれほどのものかよくわかるだろう。

 だがさすがに個々の名称までは翻訳できず、それぞれの世界で当てはめようのない人名などは本来の言語のままとなっている。


「なんの話かしら」


 つまり、王女は吸血娘の言いたいことがまったくわからなかった。



 紆余曲折の末、王女は吸血娘が魔王の苗床候補の一人であり、その夢が潰えて憤慨していることを突き止めた。

 吸血娘が頑張って説明した成果である。


「あなたは彼の子を生みたかったの?」

「もちろんですわ。魔王様の子を生むのは魔界に住む者にとって誉れですもの。魔王様の力を高める糧となれることを夢見ていましたのよ」

「……子を生むと強くなるの?」


 王女は柔軟な思考の持ち主である。

 そして目の前には覇気も闘気(オーラ)も失われた魔王がいる。


「彼はまだ魔王だから問題ないわね。存分に励んでちょうだい」


 男女を部屋に残し、王女は玉座の間に戻った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 少年…? それで美しい王女様では駄目だったんですねえ [一言] 苗床は名誉なのかー 国や種族や文化が違うと、価値観も違いますね
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