王女の理想パート2
王女が真魔王を倒してから三日が経ち、魔王城は今や長蛇の列ができるほどの人気スポットとなっている。
列に並ぶのは挑戦者たちだ。多種多様の魔物や魔人が、王女を我が物とするべく行儀よく並んでいるのは一見の価値ありとされ、屋台が立ち並び、観光客まで現れるほど。
そうして今日もまた、玉座の間で一匹の魔物が地に伏せる。固い石畳に頬を押しつけて這いつくばるのは泥によって構成された種族である。
天井や床、それから壁に張りついた泥を清掃するために、魔王軍の騎士が掃除道具片手に玉座の間を走り回っている。
「こんなのばかりで嫌になるわ」
玉座に座り頬杖を突く王女のぼやきに、横でお茶を飲んでいた魔人が首を傾げる。王女に勝てないという点では、最初の挑戦者から今の挑戦者までなにも変わらない。だからなにが王女の琴線に触れたのかわからなかった。
だが王女からしてみれば今日はよりいっそうひどかった。王女は今倒したばかりの魔物を思い出し、地団太を踏む。
「そもそも泥ってなによ、泥って! そのひとつ前は目玉が百個もあるし、もう少しまともな男性はいないの?」
騒ぐ王女の姿に魔人の目が見開かれる。強き者を求める王女にまさか強さ以外の好みがあったのか、と驚いたせいだ。
「好みがあるのでしたら触れを出して選別いたしますが、どうされますか?」
「あら、そんなこともできるのね。じゃあお願いしようかしら」
王女が求めるのは世界の頂点に立てる男だ。
闘気はもちろんのこと、目をそむけたくなるような風貌では頂点に立つのは難しい。人を惹きつけられるだけの美貌が必要となる。
なにも神にも匹敵するほどの美貌を求めているわけではない。さすがにそこまでを求めるのは理想が高すぎると王女も理解していた。
だがそれでも、泥はない。一体どこの誰が泥の前にひれ伏したいなどと思うだろうか。
子供に対する求心力はあるだろう。だがそれだけでは足りない。
王女が求めるのは、世界中の人間がひれ伏すような美貌だった。
「……それは、難しいかと」
王女の要望に魔人は顔を引きつらせた。
「優先するべきは闘気だからある程度は妥協するわ。でも、美貌なき者に挑戦権を与えないでちょうだい」
王女の新たな法に魔界全土が沸いた。
見目のよい種族が狩られるようになるのに、そう時間はかからなかった。
そして、見目のよい種族が奴隷のように売買されていると聞いた王女は憤慨した。玉座の間の床を踏み抜くほどの勢いで。
ひびの入った床を慌てて使い魔が修復し、魔人は振動によって散らばった書類を急いでかき集めた。
「奴隷? 奴隷を使い潰してるですって? 冗談じゃないわ!」
「人界の姫君には刺激が強すぎましたか」
魔界において奴隷制度は普通のことだ。力なき者は力ある者に従うのは当たり前のことだった。
人界でも奴隷制度はあるが、魔界ほどひどくはないだろう。
なにしろ魔界では奴隷は使い潰すものだ。使えなくなればすぐ次、となるのが魔界での奴隷の扱いである。
「即刻奴隷制度を廃しなさい」
「しかし――」
「文句は私に勝てたら聞いてあげるわ」
これまで根付いてきた習慣を即座になくすのは難しい。上がる不満をどうやり過ごすかを魔人は急いで考える。
そして王女がすべて倒せば問題なし、と結論づけた。魔界はあくまで弱肉強食の世界である。
王女が奴隷制度を廃したのは人道に反するから――などというものではない。
柔軟な思考を持つ王女は、これまでは魔界のやり方に従うつもりで行動していた。
それに人界にも奴隷はいる。奴隷のひとりやふたりで目くじらを立てるほど狭量でもない。
だが魔界での奴隷の扱いが王女の気を変えた。
真魔王は魔界では最弱に分類される種族の生まれだ。それでもあれだけの強さを得られるとなれば、奴隷狩りによって価値なしとされた者が処分されるのや、買われた先で数日もせず潰されるのをよしとできるはずがない。
第二第三の真魔王のような、いやそれ以上に強い者を育てるためには、いかなる種族だろうと繁栄し、自己を高めるべく切磋琢磨することを王女は望んでいた。
「そういえば彼はどうしているのかしら」
適当な部屋に放り込んだまま放置している真魔王のことを思い出した王女は、真魔王のいる部屋に足を向けた。