王女の宣言
蝶よ花よと育てられた王女にとって、より良い夫を娶ることは義務であった。
だから、強く健やかで強靭な、世界の頂点に立てるような男を求めるのは王女にとって当たり前のことだった。
そして人界において最強になれるのは勇者で、魔界において最強なのは魔王だ。
「どうして振られるのかしら」
主不在となった玉座に座りながら王女は思案に暮れていた。
王女の容姿は悪いものではない。それどころか絶世と謳われるほどのものだ。輝くような金の髪に、海原を思わせる青い瞳。整った顔立ちは微笑むだけで殿方の頬を染めることができる。
それなのに王女の恋は二連続で散ることとなった。
真魔王は瀕死の重傷を負っていたので、適当な部屋に放り込んで療養させている。復活すれば再度求婚する心づもりではあるが、なおも振られては魔界全土を破壊しないと気が済まないかもしれない。
使い魔は憂う王女の心を思ってそっと涙をぬぐった。心酔する使い魔にとって、真魔王の安否も魔界の行く末もどうでもいいものだった。
「ねえ、私のどこがいけないと思う?」
「いえいえ、姫様に悪いところなど! その強さ、可憐さ、美麗さ、どれを取っても一級品。姫様を振る男の気が知れぬほどです」
物心ついたころから可愛い綺麗ともてはやされてきた王女にとって、その程度の賛辞は聞き飽きたものである。
たとえその性格が駄目なのだと窘められようと王女は頷かなかっただろう。
世界の頂点に立つ男の妻が、慎ましく淑やかで庇護欲を掻き立てるような女であってはいけないとの思いが王女の中にはあった。
そのような女は夫の隙にしかならない。人質に取られようと自ら脱出できる強さがなくては夫の隣には並び立てない。
そのため、王女は自分が間違えているとは微塵も考えなかった。
使い魔に聞いたのも、自分に足りない強さはなにかと問うたにすぎない。
「……一級品では足りないということね」
だからこそ、使い魔の言葉をそう捉えた。
「特級品とならなくてはいけないわ」
真魔王に打ち勝つほどの力を持ちながら、王女は更なる高みを志す。
修行の旅にいざ行かんと立ち上がった王女を制したのは、玉座の間に押し入ってきた何十人もの魔物と、魔人であった。
「魔王様、あなた様を歓迎いたします」
膝をつき首を垂れる魔人の姿に王女の目が白黒と変わる。
「魔王は療養中よ」
「いいえ、先代魔王を討ち取ったあなた様こそ我らの新たな王でございます」
王女は思案に暮れる。
魔界は弱肉強食、より力のある者が頂点に立つ。真魔王も先代の魔王を滅ぼすことによって玉座を我がものとした。
使い魔から話こそ聞いていたが、人界で育った王女にとってその習慣は馴染みの薄いものである。
「――私は魔王ではないわ」
王女は玉座から降り、靴音を鳴らしながら魔人に近づいた。
「私のことは姫と呼びなさい。これは最初の命令よ」
だがそれが魔界のしきたりならばある程度従うだけの柔軟さを王女は持ち合わせていた。
そしてそこには打算も含まれる。
力ある者を求める魔界のあり方は真魔王を作り上げた。
ならば自分を振った相手よりも強い男がこの先出てくるかもしれない。
そのときまで玉座を守り、夫となる相手を見極め育てようと、王女は新たな目標を立てる。
「魔界に住むもの全員に伝えなさい。勝負はいくらでも引き受けてあげるわ。そして私に勝ったものには褒美として、私を与えることを約束するわ!」