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使い魔との出会い

 勇者も賢者も真面目だった。

 勇者は魔王との戦いでどうなるかわからないので無責任なことは言えず、賢者は王女と結婚するから身を引こうと心に決めていた。

 だがなんの因果か、愛し合うふたりの思いは決戦前夜にして昂り、互いの心のうちを曝け出すほどとなってしまった。


「言いなさいよ! そういうことは、もっと早く!」


 穏やかでいられないのは、傷心となった王女ただひとり。



 次の日、思いを打ち明けあった勇者と賢者だが、魔王を討伐するまでは今までどおり接しようと約束を交わした。

 剣士は勇者と賢者の関係には気づいておらず、報告を受けていない王もなにも知らない。


 ただ僧侶だけが時折視線を絡み合わせては慌てて視線を外すふたりになんとも言えない表情をした。それでも追及しないのは、決戦を前にして剣士の心を乱すようなことをしたくはないからだろう。


 剣士は剣一筋で生きてきたような男だ。

 仲間内で男女のあれこれが発生しているとなれば、荒むかもしれない。あるいは勇者と賢者を守ろうと無理をするかもしれない。

 どちらに転ぶかわからない爆弾を考慮して、僧侶は口を閉ざす道を選んだ。


 僧侶とて妙齢の女性。秘かに恋仲になっているふたりに思わぬところがないわけではないが、前途ある男女を祝福しようと心に決める。


 五年も会っていない王女のことは忘れていた。



 そして魔王を見事打ち倒した勇者は、王に賢者との婚姻を求めた。

 元より別のものを求められれば応じようと決めていた王は、勇者の申し出を快く受け入れた。愛する娘を手放す日が遠のいたと心の中で喜んでいたのだから当然だ。


 王である父親の決定に反対できるはずもなく、王女は心の中で「ふざけるな」と罵倒しながらも微笑みを浮かべて勇者と賢者を祝福した。



 ――そして、その日の夜。


 王女は寝台を破壊した。


 荒れ狂う心のままに寝台を叩き割り、羽のつまった布団を破り、あらん限りの力で床を叩いた。

 これほど騒がしくしても王女の部屋に誰もこないのは、特別な結界を張っているからだ。

 音も衝撃も通さない結界は王女がどれほど暴れようと朝まで気づかれることはない。呼びにきた侍女があ然とするかもしれないが、そんなことは王女にとって知ったことではなかった。


「だめだわ。暴れたりない」


 寝台を破壊してもなお、王女の心は鎮まらなかった。

 五年も思い続けた相手を横から掠め取られたのだ。これまでに作成した勇者を象ったぬいぐるみを引き裂いても、怒りがこみあげてくるだけだった。


 だがこれ以上城で暴れれば、結界すらも破壊して城を壊滅状態に陥らせるかもしれない。

 王に仕える臣下のひとりである王女は、城を破壊するなどという不敬を働くわけにはいかない。


 王女の使役する使い魔も同意見だった。

 王女が破壊した寝台は時戻りの魔法で元あった状態に戻すことはできる。時戻りの魔法は希少で使い手も少ない魔法だが、室内に納まる程度の物体にしか効かず、生き物や大きすぎるものには効果がない。

 使役されるようになってからの四年間、覗きのために水鏡を通して勇者の様子を見せることしかしていなかった使い魔は、寝台の破壊に心躍っていたが、さすがに対象が城ひとつとなれば話は別だ。


「姫様姫様、人界で暴れては被害が甚大なものとなってしまいます」


 これまで黙して語らずを決め込んでいた使い魔だったが、もはや黙っていられるような状況ではない。

 蝙蝠の姿となって寝台から飛んでくる木片を避けていたせいで疲労困憊ではあるが、それでもかろうじて忠言するだけの気力は残されていた。


「暴れるのなら魔界でお願いします」


 だが理性は残されていなかった。




 単身魔界に乗り込むべく城を旅立った王女が門にたどり着いたのは、明朝になってからのことだった。

 魔王を討伐したことによって、門の前を陣取っていた兵はすでに引いている。野営の跡が残っているのは、すべて潰すと再度設営するときに大変だからだろう。


 そして兵は今、人界に乗り込んできた魔物を掃討するべく動いている。

 つまり、王女を止められる者は誰もいなかった。



 魔界に立ち込める瘴気は、魔力が濃縮化したものだ。

 魔力を持つ生き物に干渉し、その身を魔性のものに変化させる。そのため、人界で生きるものは魔界に足を踏み入れることができない。


 しかし、王女はできそこないな人間だった。

 生まれつき魔力のない失敗作――それが王女だ。


 たとえ失敗作であろうと、父である王は娘を愛し、兄である王太子は妹を可愛がった。周囲の者も蝶よ花よと王女を愛でた。

 馬鹿な子ほどかわいいとはよく言ったもので、できそこないな王女を誰もが愛し、慈しんだ。


 愛されて育った王女が魔界に足を踏み入れようと、その身が瘴気に侵されることはない。侵されるべき魔力が王女には備わっていないのだから当たり前だ。

 理性の残っていない使い魔ではあったが、王女に魔力がないことを知っていた。

 本来当人の脳に直接映像を流す魔法を、水鏡を通して見せるなどという回りくどい手法を取ることになったのも、魔法の影響を受けることのできない王女が対象だったからだ。


 強き者が正しいとされる魔界で育った使い魔にとって、王女は仕えるに値する強者だった。

 自分の生まれ故郷を売るぐらいに、王女に心酔していた。


「今からですと、魔王城に赴くのがよろしいかと」

「勇者さまの取りこぼししかいないんじゃないの?」

「いえ、まもなく魔王が真なる姿となって復活するはずです」


 その心酔具合はかつての主人を売るほどのものだった。



 使い魔と王女が出会ったのは、今から四年前。

 魔王の命によって王女を攫いにきた使い魔は逆に返り討ちにあった。

 魔力のない人間に負けた――という屈辱は使い魔にはなかった。むしろ心の底から仕えることのできる相手を見つけられたと歓喜に震えていた。


 だが、与えられたのは勇者の姿を追うという、とても微妙な気持ちにさせられるものだった。

 だんまりを決め込んでいたのも、自分はもっと色々できるという無言の訴えだった。無言だったので王女は気づかなかった。


 そしてついに魔王城に案内するという大役を任され、使い魔は浮かれに浮かれていた。

 破壊神のような王女を魔王城に連れていくとどうなるか――冷静に考える頭脳は残されていなかった。

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