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勇者に振られた王女は魔界に君臨する  作者: 木崎優


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12/13

魔王の過去

 夢魔種とは、その名のとおり他者の夢に忍び込む種族である。

 他者の精気を糧としており、吸血種と違って誰かを隷属させることはできない。

 また、精気さえあれば永遠に近い生を得ることができる。そのため子を持つことに意義を見出すことなく、自身の欲だけを優先させることも多い。

 だが夢ではなく現実でことを成し子を孕むのは、夢魔種の中では侮蔑の対象とされている。


 自身が肉欲に溺れるとは何事か、ということだ。


 魔王の苗床となる場合は例外だが、それ以外で子を孕んだ者は弱者として虐げられる。そして、王女の前に座る魔王はその弱者から産まれた存在だった。


 しかしそのことは今は関係ないことなので省略しよう。

 魔王も自らの出生について語る意義を見いだせず、そこには触れず別のことを口にした。


「我を夫にするということがどういうことか、わかっているのか?」


 口角を上げ、挑発するような笑みを王女に向ける。

 王女はそれに眉をひそめながらも、ナイフで一口大に切った肉を口の中に入れ、飲みこんだ。


「夢魔種と夫婦になると困ることがあるの?」


 そしてゆるく首を傾げる。

 人界に魔界に関する情報はあまり多くない。有名な種族に関してはそこそこ情報が残されているが、夢魔種については最弱とまで言われているためそういう名前の種族がいるとしか知られていなかった。


「人の子であるお前が夢魔種の責めに耐えられるとでも?」


 いくら腕っぷしが強くても、王女の身は人間だ。他者の精気を絞ることを生業としている夢魔種と寝所を共にして、耐えきれる保証はどこにもない。


 魔王がそういう意味を込めて嘲るように言うと、王女はナイフとフォークをテーブルの上に置き、腕を組んだ。


「夫の欲を受け止めきれないわけがないでしょう」


 王女が目指すのは世界の頂点に立つ男の妻だ。たかがその程度の理由で、諦めるわけがない。

 胸を張り偉そうに言い切ると、形のよい唇が弧を描く。


「伽のことまで考えてるだなんて、積極的ね」


 ガチャンと魔王の前に置かれた皿が割れる。

 魔王が叩き割ったわけではない。イラっとしたせいで溢れた魔力が勝手にやっただけだ。


「誰がいつ、貴様とのことを考えていると言った」

「あら、だって私が耐えられないかもしれないと心配してくれたのでしょう?」


 ふふんと勝ち誇った笑みを浮かべる王女に対して、魔王は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 魔王は王女が言っているような意味で夢魔種であると教えたわけではない。


 王女の発した「美貌(カリスマ)を備えた相手じゃなきゃ嫌」という言により見目よい狩られたりはしたが、本来夢魔種はその性質から苗床候補には適していなかった。

 それというのも、夢魔種が真価を発揮するのは夢でのことだ。現実世界に影響を与えにくいことから、夢魔種の血を引く子供を作ったところでしかたないとされている。

 魔王の子の母親が夢魔種なのは、同種のよしみとして与えられただけで、魔王の苗床として提供されることは稀だ。

 最弱の名は伊達ではない。薬にも毒にもならず、他者に寄生しなければいけない種族として侮られている。



 ――ということは一切関係なく、年若い人の子に赤裸々な話をすれば引くだろうと愚直に考えたからだ。

 なにしろ人界の姫君は蝶よ花よと大切に育てられる、と魔界では言われている。たとえ伽の作法は知ってはいても、実際にしたことはないだろうと予想してのものだ。


 だが頬を赤らめることもなく、むしろ勝ち誇った顔までされてはイラっとするのもしかたないだろう。


「だけどあなたは私の夫候補であって、夫ではないわ。私との情事を描いても、それを叶えることは今のあなたでは無理よ。伽について考えるのなら、私にふさわしいと証明してからになさい」


 王女が言い切った瞬間、皿どころかテーブルが割れた。


「貴様のような女など願い下げだと言ったはずだが」


 隠しきれない怒りが魔力となり魔王の周囲に漂う。それは次第に水の形を取り、宙にいくつもの水球が浮き上がった。


 魔王は数多(あまた)の魔法に精通している。水や風、それどころか黒闇すらも生み出すことができる。

 だがそのどれも、王女との戦いでは役に立たなかった。なにしろ王女には魔力がない。

 魔法の影響を受けない相手にどう対応すればいいのか――色々なものがぽっきりと折れ腑抜けた状態で寝台に転がっていた間、そればかりを考えていた。


「わかっていないのならば、いいだろう。今この場で貴様に引導を渡してやる」

「私の夫になりたいから力を示すだなんて、やっぱり積極的ね」


 噛み合わない会話が終わった瞬間、いくつもの水球が王女に飛び掛かる。だがそれは王女になんの影響も与えることなく、触れた瞬間消えうせた。


 魔力で作られたものに意味はない。防御壁も王女の前では空気も同然。

 だが、たとえば魔力で作り出した炎が飛び火し燃えた家具ならばどうだろうか。


 瓦礫で作り上げた石礫をぶつけても、王女は怯むことなく突進してきた。しかし、燃え盛る家具相手ならば火傷を恐れるかもしれない。


 いくつかの魔法を放つ合間に火を生み出し、割れたテーブルに火が灯るのを確認し、王女に差し向けた。






 ――結果として、魔王はそれから三十分もせず地に伏せた。玉座の間よりも狭い食堂だったことが災いしたせいだろう。

 距離を取るだけの空間はなく、肉薄した王女の拳によって力なく倒れている。


 たとえ魔力で作られた炎が飛び火したところで、魔力で作られた炎だということに変わりはない。

 当然の結果である。

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― 新着の感想 ―
[一言] > なにしろ人界の姫君は蝶よ花よと大切に育てられる、と魔界では言われている 魔王よ……そろそろ現実を見ようぜ 目の前にいるのが人界の姫君だなんて常識から離れないと それは姫じゃなくゴリラだ…
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