最弱じゃない最弱種族
玉座の間から颯爽と去る勇者の背に、王太子は激励の言葉を贈る。大切な妹を救えない我が身を恨みながら。
王女の安否を心配している騎士たちもまた、か弱い身ながらも剣を握り気丈に振る舞う王女の姿を浮かべて、目頭に涙がたまる。
その中で、王女に指導していた幾人かは微妙な顔をしていた。
王女に剣を教えたのは近衛騎士を取り仕切る団長だ。
王女の剣の稽古は最初は中がくり抜かれた木剣からはじまった。
それというのもか弱い王女が怪我をしたり体を痛めてでもしたらと思い、同時に万が一があれば王女を溺愛している王が激怒すると考えた。
そのため、軽い剣で少しでも負担を減らそうと企んだ。
だが王女は日々稽古に勤しみ、素振りの速度が増した。軽すぎる剣では釣り合わなくなり、これはこれで怪我をするかもしれないとと団長は悩み、少しずつ、少しずつ、木剣の重みを足していった。
そうしていつの間にか、団長ですら持つのが一苦労な木剣を扱うようになっていた。
王女がおかしいと思いつつも、騙すような真似をしたことが発覚すればどれほどの罰を与えられるかわからない。
団長は悩みに悩んで、黙っていることにした。
王女が体力を増やしたいと教えを請いた副団長もまた、どうしたものかと頭を抱えた。
長い距離を走らせて倒れてもしたら、王が黙っていない。それにか弱い王女を長時間走らせるのは心が痛む。ならば短い距離で済ませられるようにと「重りをつけて走りましょう」と綿のつまった布を足に巻いた。
短い距離とはいえ王女は毎日走りこんだ。そして足が速くなっていくにつれ、この距離ではものたりないと王女は不満を漏らすようになる。
副団長は悩んだ。距離を伸ばすのは容易だが、そうして伸ばし続ければいつまで走らせているのかと王が激怒するかもしれない。
悩みに悩んで、重しを少しずつ増やすことにした。
結果は、団長のときと同じだ。おかしいと思いつつも、騙したことに気づかれたらただでは済まされない。
副団長もまた、自分の心のうちに留めるだけにした。
王女に教えた者は他にもいる。ある者は持久力を、ある物は跳躍力を、ある者は耐久力を――
そして彼らは一様に同じことを考え、一様に黙っていることにした。
無事かもしれませんよ、と言えばどうしてそう思うのかと問い詰められる。
それに、相手は魔王だ。本当にさらわれていた場合、一大事になる。ただ腕力、あるいは俊足、あるいは持久力、あるいは跳躍力、あるいは耐久力が優れているだけで魔王に勝てるなら苦労はしないだろうと――それぞれ多少異なりつつも似たような胸中を抱いている。だが騙したのは自分だけだと思っているので口にはしない。
そして勇者を見送りながら王女の安否を心配することに熱心な他の者たちは、彼らのそんな微妙な表情に気づかなかった。
若芽の頃から日々飛び越えることによって、いつしか大木すら飛び越えることができるようになるという逸話がある。それと同じように鍛えられた王女は今、魔王城で優雅な夕食時を過ごしていた。
同席しているのは部屋から連れ出された魔王だ。
「どうして我が……」
ぶつくさと呟きつつも食事を口に運ぶ所作は綺麗なものだ。王女は魔王の食事姿に少しだけ目を瞠る。
魔界にテーブルマナーのたぐいがあるとは思っていなかったからだ。なにしろ魔界には知性どころかフォークを握るための手すらない生き物がいる。
マナーというものは、相手に不快感を与えないために存在すると言っても過言ではない。だが多種多様な種族が存在する魔界で不快感云々などと訴えようものなら、まずは力で勝負をつけようとなるのが常だ。
勝った者が正しい。使い魔と知恵ある魔人から、王女はそう教わっていた。
「ねえ、あなたの出自を聞いてもいいかしら」
「……どうしてそんなことを聞く」
不機嫌そうに眉をひそめ、ぷいとそっぽを向く魔王に王女はこれまた優雅な微笑みを返した。
「あら、だってあなたは私の有力な夫候補だもの。夫の出生からこれまでについてを知るのは妻として当然のことでしょう」
魔王が気力やらなんやらを取り戻し、真魔王となった場合の話ではあるが、王女が生きているうちに王女の理想である強さにまで到達できる最有力候補が魔王なことには変わりない。
魔王の子も育ち方次第では可能性があるが、王女が適齢期の間に到達できるか――そもそも、成人姿になるのに何年かかるかわからないので、今はまだ対象外だった。
「我の種族がなにか知っているか?」
魔王は魔界で最弱と言われている種族だ。
ちなみに、この最弱と言われている種族は二種類いる。そのどちらもが相手を最弱だと罵っているので、どちらが最弱なのかいまだに勝負がついていないせいだ。
「最弱種としか聞いていないわ」
「そうか」
魔王は手に持っていたナイフとフォークをテーブルに置き、皮肉げな笑みを浮かべた。
魔界で最弱と呼ばれているのは、妖精種と夢魔種だ。
そのどちらもが、他者に頼らなければいけないため、他の種族から見下されている。
同様に、血液が必要な吸血種もはるか昔には侮られていたのだが、他者を隷属させることができると発覚してからは一目置かれるようになった。
「我は夢魔種だ」




