家族の団らん
魔界に住む者たちは種族ごとに異なる姿を持つ。そして、その成長具合も種族によって違う。幼少期が長い種族もあれば、生まれたときのままの姿で育つ者もいる。
そして魔王とその子の種族は、生まれたときは赤子同然だがひと月もせず幼児となり、そこから青年期までの成長が早い。
その代わり、青年期で成長が止まる。
魔王の子は生まれてからまだ七か月だった。その七か月の間に母から人界についてを教わり、親子としての時間を育んでいた。
「じゃあ、あなたは何歳なの?」
その話を聞いた王女の視線が魔王に向く。年の頃は二十代半ばに見えるが、もしかしたらそれよりも若い、あるいはもっと上かもしれない。
「二百を超えたあたりで数えるのをやめた」
「十倍近く違うのね」
予想よりも大幅に上だった。
「……あら、そうすると……もしかして人魔戦争でもいたの?」
人魔戦争は何千年とかではなく、数百年ほど昔の話だ。人間からしてみればはるか昔だが、百年単位で生きる魔界に住む者たちにとっては、昔こういうことがあったと語れる程度に覚えている者は多い。
「我が生まれたのはその後だ。お前の補佐を務めている魔人はもうすぐ千を超えるはずだから、そのときのことが知りたければあいつに聞け」
紺色の髪をした二十代前半ほどの青年の姿が王女の頭に浮かぶ。
「……あれで千歳なのね」
人界と魔界の差に愕然とする王女だった。
「もう! そういうのどうでもいいから、ほどきなさいよー!」
もはや存在を忘れられかけていた吸血娘が寝台の上でわめきはじめる。ちなみに彼女はまだ百歳にも到達していない若造だ。
「ほどけばまた襲いにくるのだろう?」
「魔王様が魔王なら、当然そうするわ」
「我はもう魔王ではない」
「私も違うわよ」
「いや、お前は魔王だろう。我に勝ったのだから、魔王だ」
吸血娘から話をそらせるのなら、不毛な言い合いだろうと魔王は気にしない。
「私は夫を手に入れるためにあそこに座っているだけよ。だから私は魔王ではなく、姫なのよ」
女王ではなく姫なのは、王女なりのこだわりだ。なにしろ王女はまだ未婚で、年若い。
まだまだ姫と呼ばれたい年頃だった。
「だから、そんなのどうでもいいわよ! 私は吸血種の族長の娘として、栄誉をいただきたいだけなんだから!」
きー、と金切り声を上げる吸血娘に、王女ははてと首を傾げる。
「あなた、もう少し大人びた喋り方してなかった?」
王女の遠慮のないつっこみに、吸血娘の頬が染まった。
吸血娘は吸血種の中ではまだまだ若い。大人ぶりたい年頃だった。
「姫様姫様、彼女は少々ませてまして」
ふわふわと飛んできた蝙蝠、もとい使い魔が吸血娘の弁護にならない弁護に回る。吸血娘の頬がさらに赤みを増した。
「知り合いなの?」
「ええ、まあ……妹です」
「あんたを兄だなんて認めてないわよ!」
びったんびったんと光る縄に縛られた状態で、陸にあげられた魚のごとく吸血娘がのたうつ。王女はその様子に、どういうことかと問いかけるような眼差しを使い魔に向けた。
使い魔は少しの間悩むように黙りこんだあと、蝙蝠から人型に変身する。
「吸血種は髪の色が濃いほど力が強いのです」
使い魔がちらりと、黒い髪を頭の両側で結んだ吸血娘を見る。対して、使い魔の髪は真っ白、とまではいかないが白に近い灰色をしている。
「なるほど、そういうことね」
「同じ腹から出てきただけで妹なんて呼ばないでほしいわね!」
「それを普通家族と言うのだけど……まあいいわ」
魔界は力こそすべての世界だ。たとえ同じ親から生まれたとしても、家族だとは認めない。
それが魔界の理だと言うのなら、王女はそのままを受け入れるだけである。
魔界で王女が家族の団らんを眺めているとき、人界は騒然としていた。
王女が城を去ってからすでに数日が経過しているというのに、どこを探しても見つからない。しかも王女がいなくなった部屋は荒れ放題で、なにかあったとしか思えない有様だった。
「どこに、どこに行ったんだ」
さめざめと泣く王に、周囲にいる者はなにも言えなかった。
荒れた部屋、消えた王女――そしてまだ人界で活動している魔物がいること。そのすべてを照らし合わせれば、答えはおのずと見えてくる。
だがそれをはっきりと告げてしまえば、王はぽっくりと逝ってしまうかもしれない。
「陛下! 新たな文献が見つかりました!」
王女がいなくなってからというもの、初代賢者が残した書物が納められている賢者の塔で活動していた今代の賢者が、古い本を一冊持ち玉座の間に突入してきた。
「これによると、魔王は第二形態があるそうです。私たちが倒したのは第一形態で――」
その絶望的な知らせに、王は気を失った。
椅子の上でがっくりと力尽きる王に、そばに控えていた者が慌てて介抱をはじめる。賢者はおろおろとそれを眺めるしかできない。
「勇者! 今すぐ魔界に行き、さらわれた俺の妹を救い出してきてくれ……!」
王女の兄、王太子の悲痛な叫びに賢者と一緒に玉座の間に入ってきた勇者が背筋を伸ばす。
そして「かしこまりました!」と力強く答えた。
答えはおのずと見えてきていなかった。




