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初めての失恋

 人魔戦争より幾百年。人界と魔界を隔てる門が開かれた。

 魔王を頂点とする魔物や魔族が人界へと歩を進める中、人界を制する王もまた、魔界に対抗するべく加護を持つ者を城に集めていた。


「そなたらの血には加護が備わっておる。魔界には瘴気が立ち込め、到底人が生きてゆけるような環境ではないが――加護を持つそなたらにとってはただの澱んだ空気にすぎぬ」


 厳かな王の言葉を加護持ちの者たち、総勢四名は(こうべ)を垂れて聞いていた。王の傍らに立つ王女は、彼らの頭頂部を眺めながら、この中の誰が勇者なのだろうと考えている。



 集まっている彼らは下は十三から上は二十まで、ばらばらな年齢の者たちだ。それぞれが先祖代々から伝わる称号を持っている。

 勇者、賢者、剣士、僧侶。魔界と人界を隔てる門を作り、自らの血に加護を与えし英雄たち――それが彼らの先祖だ。



「――して、勝利の暁には勇者には我が娘を。賢者には古の魔法が書き記された書物を。剣士には名だたる鍛冶師が手掛けた名剣を。僧侶には教会への寄付を約束しよう」


 段々と報酬の品がしょぼくなっているのは、与えられるものがないからではない。人界を制する王の元にはありとあらゆるものが集められ、逆になにを与えればいいのかがわからなくなったせいだ。

 四人で魔界に乗り込む未来の英雄になにを与えればよいかと眠れぬ夜を過ごすこと一週間、睡眠不足と疲労と心労が重なった王は、最終的にはもうこれでいいか、と無の境地に達した。

 不満があればその都度言うだろうと、思考を放棄した結果である。


「姫様を、俺に……ですか?」


 顔を上げたのは十三歳の少年だった。幼い顔立ちは将来的には美男子となることが予想できるほどに整い、瞳の奥には正義の炎が燃え上っている。

 だが、その顔は予想外の報酬に鳩が豆鉄砲を食ったような呆けた表情になっている。王と王女とを交互に見て、数度目を瞬かせた。


「うむ。親馬鹿かもしれんが、よくできた娘でな。戦いに疲れたそなたを癒してくれるだろう」


 根っからの親馬鹿発言に、少年は慌てて顔を下げ「光栄です」と恭しく返した。

 勇者と崇められようと、十三歳の少年。思春期真っ盛りの彼にとって、見目麗しい王女との結婚は頬を朱色に染めるほどの衝撃だった。


 そして、白い肌を染める少年を見た王女もまた、目を伏せながら頬を薔薇色に染め上げた。


 王女は今年十三となる。貴族やらなんらやの裏があったりなかったりする腹の探り合いに齢十三で疲れ果てていた王女にとって、この初々しい反応は好ましいものだった。

 そしてなによりも、少年の秘める才覚に魅了された瞬間だった。




 ――それから早五年、勇者一同は決戦の場である魔王城を目前に控えていた。


 魔界は瘴気立ち込める魔境。唯人(ただびと)が足を踏み入れれば瘴気に侵され魔性と変わる。そのため、魔界に入れるのは選ばれた者のみ。

 補給品などを門のそばに用意しているとはいえ、敵しかいない場所で魔王を討伐するべく進撃するのは、若い身空であった彼らにとって険しく厳しいものだった。


 だがそんな旅路も明日には終わる。

 魔王を倒した後にどうするかを語らう彼らの手には杯が握られている。なみなみと注がれた酒は、この日のために取っておいた一級品だ。


 酒をあおり頬を染める勇者は五年前よりも精悍な顔つきになった。辛い旅路、険しい戦い、そのすべてが勇者を成長させた。


 二十五になった剣士が思い出話を朗々と語り、二十一になった僧侶がそれに相槌を打つ。十九になった賢者がしみじみと懐かしみ、十八になった勇者は彼らを見て微笑んだ。



 ――そしてそれを眺める王女もまた、相好を崩した。


 使い魔を使役して勇者の旅路を覗き続けて四年。王女は毎日のように勇者の動向を見守っていた。

 魔王を倒せば勇者は国に戻り、王女と結ばれる。将来の伴侶である相手について調べることは当然の責務だと、王女は考えていた。


「早く戻ってこないかなぁ」


 王女は勇者たちと同じ気分を味わおうと、用意させていた酒を口に含んだ。

 勇者は真面目な男で、人の法など関係ない魔界であろうと、酒の飲める十八になるまで一滴たりとも口に含もうとはしなかった。

 悪い大人な剣士が勧めても頑なに断っていた姿を見て、王女も十八になるまでは酒を封印していた。

 そして先日十八になった王女は、めでたく勇者たちの酒盛りを眺めながら酒を飲む権利を得たのであった。


「ふたりで飲める日が楽しみ」


 うふふ、と零れる笑いに応える者はいない。

 水鏡を通して勇者たちの様子を眺め、声を聞くことはできるが、王女の姿や声を届けることはできない。

 だから勇者が戻り、酒を飲み交わせる日を今か今かと心待ちにしていた。王女の頬が酒とは違う熱によって赤く染まる。


 酔いつぶれて眠った剣士を僧侶が介抱している間、賢者と勇者は明日に備えて作戦会議をはじめていた。剣士を起こさないようにと離れ、ふたりで語らう姿はこの旅路において何度も見てきた光景だった。


『……いよいよだね』


 不意に賢者が神妙な顔つきで呟いた。


『ああ。俺たちに魔王が倒せるだろうか』

『大丈夫だよ。ずっとあなたを見てきた私が保証するんだから』

「私だって保証するわ。勇者さまなら絶対に倒せる」


 言葉が届くことはないとわかっていても、不安に揺れる勇者を励まさずにはいられなかった。

 賢者同様、王女はずっと勇者を見てきたのだから。


『……魔王を倒したらあなたはお姫様と結婚するんだよね。なんだか遠い人になっちゃうみたい』


 王女と結婚すれば、勇者は自動的に王家の一員となる。

 玉座は王女の兄が座るとはいえ、王妹の婿となればそれ相応の待遇が約束されている。

 対して賢者はかつての英雄が貴族位を望まなかったため、身分としては平民だ。代わりに魔法に関連する場所であればどこだろうと自由に出入りできる権限を持っているが、王族と肩を並べて酒を飲むことは叶わない。

 無論、褒美としてその権利を求めれば話は別だが。


『あ、ごめん。気を悪くしないでね? ちょっと寂しくなるなって、そう思っただけだから』

『……あのさ』


 慌てて今の失言を撤回しようとする賢者の手を勇者が握った。

 賢者の肩がぴくりと跳ね、赤い月明かりに照らされる勇者の真剣な顔を直視できなかったのか、視線を地に落とした。


『俺は……俺は、姫様よりもお前の方が――』

『えっ』


 だがその下げた視線はすぐに上がることになる。

 勇者の言葉に信じられないとばかりに目を見開き、そのまなじりにうっすらと涙が浮かんだ。


 そして、王女の口もぽかんと開き、水鏡を凝視している目は信じられないとばかりに見開かれている。


『魔王を倒せるまでは言わないつもりだったんだけど……はは、情けないよな』

『……そんなことない。嬉しいよ』


 そっと身を寄せる姿は初々しいものだった。

 それを眺める王女の心は、初々しさの欠片もないほどに荒れ狂っていた。


「いやいやいや、ちょっとまって! なにこれ、なんなの!? こんなの聞いてない!」


 無論、王女の声は部屋に木霊するだけで、誰の耳にも届かない。


 唇を重ねる男女の姿に、王女の手が水鏡の張られた盆を叩き割った。

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