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単価3千万の自己嫌悪

作者:もちごめ
男の付けたヘッドホンからジャズトランペットの旋律が聞こえる。そのステップのようなメロディーが、疲れ切った人を運ぶ電車の中で、彼の半径50cmに立っている僕を包んでいる。洒落たジャズバーで流れそうなそのトランペットは、先行き不安で死にそうな顔をしている僕を微睡みへと誘う。ここがバーなら飲めるのは苦渋だけだろ、なんてくだらない皮肉を考えながら、ふと目線を下げた先に座る人たちを眺めている。
これからどうなるのだろうかと考えた矢先、なんとなく登録した転職サイトから大量に流れてくる使い潰しの求人たちが届いた着信を無視し、目を通されることもなく、電気代と人の労力を無駄にしながら3G回線の僕の携帯電話で無駄な情報として目に見えない塵となっていく。
目の前の男は50代だろうか。端末で麻雀をしている彼は、横に座る浅い眠りに頭を揺らす女が、時々大きく揺れ男に寄りかかろうとするたびに不機嫌な顔になり、肘で押し返している。彼が嫌なのは自分だけの範囲を害されることなのか、体に触られることなのか、何にせよそんなに嫌がる理由もないだろうと眺めている私は、第三者的な視点で彼に一切の同情の余地もなく、自分の価値観を押し付け「それくらいいいじゃないか」と思いながら、薄目を開けて彼らを見ていた。

僕らが生きている世界は僕達を消耗品としか見えていないのだろうか。そんなことを少なくとも高校の時から薄っすらと感じてしまっていた。いや感じてしまわずにはいられなかったんだろう。だってたしかに悲鳴は聞こえていたからだ。まだ社会を知らない学生にだって、もしかしたら産声を産声上げたばかりの子供たちにだって、確かに聞こえていたはずなのに、それを当たり前のようにほったらかしたこの社会に、手を差し伸べる優しさがあればもう少し生きやすい世界だったのだろうか。自己責任で片付けられ、ようやく見つけた生きる道も、紙をかぶせた崖っぷち。私はその崖の端で、紙の下に地面がないことをつま先で確認しながら、確かに生きれる回り道を探し始めたのに、どこまで歩けど回れども、結局あるのは崖だけだった。
誰がこんな世界にしたなんて、そんなこと思いたくもなかったのに、思わずにはいられないほど僕の余命は短いのだろう。
ふと目線を落とす。男は誰かに肩を貸すことさえ出来なくなってしまうほど、心が壊されたのだろうか。それとも彼もこの国に壊されてきた人なのだろうか。もしかすると彼自身がこの国を壊してきた人なのかもしれない。そう考えると、このひどい世界で消耗品としてしか生きれない私は彼を殺さなくてはならない。たとえ違ったとしても彼が持つものを私のものにすれば少なくとも少しの間だけ生きていける。それは間違っているはずなのに、この男のせいではないのに、僕はこの男に殺意を抱いてしまった。

仕事帰りの電車の中で使い潰しに生きる僕は、疲れた顔しか見かけないこの電車で、何も見えない不安と早く来てしまうだろう終わりを見据えて、ただ恐怖することしかできない。助けてと声を出しても誰も助けてくれない世界で、生きなくちゃならないと誰かが言ったけれど、生きていても意味のない命はこの国には確実に存在して、それが無様に生きようとしている自分だと気づいた時に、僕の終わりは近づいた。僕、単価3千万の命は、ただの金の無駄でしかなく、真っ赤な色の羽田空港行き特急でバラバラにされ自己完結させる以外、生き方を知らなかったんだ。

また明日が訪れる。残念ながら訪れる。単価3千万の僕らの命はまら作られ、カイロのように使い捨てられる。
温もりを失くした僕は親がなく程度の身内だけの葬式で、気持ち程度に整えられた箱に詰められる。

ありふれてしまった僕みたいな命をお願いだから生み出さないで。

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