「また明日」
なおも笑顔で語っている琅惺と然流を見て、茗凛はそっと珂惟の袖を引くと、
「いつの間に、そんな仲良くなったわけ?」
小声で訊いた。珂惟は、
「俺は毎日、一緒に寝起きしてるからな。琅惺だって講義のお供で何度か話す機会はあったし、まあ何となく?」
珂惟ににこやかにそう言われたので、茗凛は「ふーん」とだけ答えた。
そのまま、「遅くなるとまた言われるから」という理由で、四人は揃って主要大路を北上する。
然流は二人に対してだいぶ警戒を解いているようだったが、それでも「二人を接触させるな」という使命は無にできないと思っているようで、二人が話をしようとするときには間に入ろうとする。そんな然流を見て珂惟は「真面目だな」と笑い、からかった。いじられることにムキになっている然流を笑いながら、珂惟はふとこちらを見て片目を瞑ってみせる。
ああ、そういうことね。
茗凛は小さく頷くと、琅惺に目配せして揃って歩を遅くした。そして、もともとは行者の住まいだった建物について、然流から聞いた話と、珂惟の推測を話してみる。琅惺は時々頷きながら話を聞いていたが、
「――確かに、老朽化が激しいからあの建物には近寄らないようにと最初に言われた。そうは見えなかったけれど、やっかいになっている立場上、言われるがままに近寄らなかったけど……幽霊騒ぎっていうのは、にわかには信じられない話だ。だけど珂惟の想定どおりだとすると、私たちへの異常な警戒にも説明が付く。何かよろしくないもの――それも相当な――を隠しているって。今度、人気のないときを見計らって、近づいてみることにするよ」
「気をつけてね」
茗凛の心配げな言葉に、琅惺は穏やかに頷いた。
大路の半ばあたりで二人と別れ、茗凛は珂惟と一緒にあの焼餅屋に向かう。二人は店主に礼をいい、いつもの焼餅を頼んで長椅子に座る。たわいのない話しをしているうちに焼きたての焼餅を手渡され、二人は揃ってかぶりついた。
「やっぱうまい! こんなうまいの、ここでしか食えねえよ」
振り返って声を上げる珂惟の言葉に、店主は嬉しそうである。照れたように、
「いやでも、長安にはもっとうまいのがあるだろう」
「そんなことねえよ。俺、焼餅がこんなにうまいなんて知らなかったもん」
言うなり、大きな口を開けてかぶりつく。それは満足そうな顔で、茗凛は思わず呟いてしまう。
「珂惟って、ホント誰とでもうまくやれるよね」
「あ? 何言ってんのおまえ」
珂惟は口をもごもごさせながら茗凛をチラリと見た。そしておもむろに往来に目を移し、
「こっちの人たちが、いいからだよ。余所者に対して、みんな寛大だ。旅人に優しい城市だよな。キツイなと思ってたこの強烈な日差しも、過ごし方が分かると結構どうにかなるもんだし。向こうに帰っても、きっと懐かしく思い出すんだろうな」
知っていたことだけど、いつか来る珂惟との別れの日を思い知らされる。明日かもしれないし、来月かもしれない。だけど少しずつその日は近づいているのだ。茗凛は口元にあてた焼餅で隠しながら、そっと唇をかんだ。
その後、二人は揃って大路に出たところで別れる。
珂惟は宿に、茗凛は沙州賓館で舞台の練習と雑用だ。
「じゃあまた明日!」
背後に、さきほどより少し伸びた影を引き連れて、珂惟が手を振る。手を振り返しながら、あとどれだけ「また明日」という言葉を聞けるのだろうと茗凛は思った。




