「意外な理解者」
「お言葉ですが上座、今、琅惺が敦煌から姿を消しては、口さがない方々の格好の話題にはなりますまいか? まして彼は今、講義に通っている最中です。それを中途半端なまま、何も身に着けさせずに長安に返すことのほうが、あちらの上座に申し訳なく存じます」
そう声を上げたのは、誰あろう思按である。だが、
「おまえは黙っていろ!」
思按の言葉を、上座は一喝する。「申し訳ございません」深々と頭を下げる兄の姿に、茗凛の気持ちは複雑だ。
いつも居丈高なあの兄さんが、こんな蝦蟇蛙なんかに……!
「あとあれだ、珂惟とかいうのも問題だな。なまじ長安育ちだから、鄙びたこの地が退屈でならぬのだろう。毎日ふらふら遊び歩いておるそうではないか。あれが別の騒ぎを持ってこないうちに、早々に帰ったほうがいい。昨日の言動は、どこのならず者かと思ったわ」
吐き捨てるような上座の言葉に、思按は頷きながら、
「確かに、若さゆえの思慮の浅い言動があったとは思います。――しかしながら、朋を思うゆえの振る舞いと思えば、分からなくもありません。そして、彼が暇を持て余しているのは、朝の掃除以外、やることがないからでございましょう。また『敦煌観光でもしていろ』という上座のお言葉を忠実に守っているとも聞いております。以前にも申し上げましたが、彼も他の行者と同じようにここで修行をさせれば、何事かを起こす時もなくなり、目も行き届くのではないかと思うのですが……」
「出すぎたことを言うな! 乱暴狼藉を働く者を断じてこの寺に入れるわけにはいかん!」
唾を飛ばして怒号を飛ばす上座に、思按はまたしても「申し訳ございません」と頭を下げる。上座は乱暴に扇子を畳むと、
「まあよい。当面は講義に通いしっかり学んで来い。ただし、次に騒ぎを起こしたら、今度こそ荷物をまとめてもらうぞ。よいな」
神妙な顔で頷く琅惺にぎょろりと目を向けると、上座はどすどすと先に進んでいく。
「思按さま、申し訳ございません」
後を追おうとする思按に、眉間を曇らせた琅惺が声をかける。
しかし思按は「いや」と小さく首を振ると、足早にその場を去っていった。
――今、兄さん笑ってなかった?
茗凛は信じられない思いだった。確かに口角上がってた。前はあんなに、二人には冷ややかな態度だったのにいつのまに……。そういえば、昨日も……。
「思按さまは、とても気を配ってくださってるよ。ありがたいことに」
茗凛の心を見透かしたように琅惺が微笑むと「じゃあこれで」と言い残し、琅惺も去っていった。
門を出ると、待ってましたとばかりに霞祥と珂惟が駆け寄ってきた。
「茗凛、大丈夫だった?」
「なんか上座がブツクサ言ってたみたいだけど」
その勢いに押されて思わず身をそらしながら、これまでの経緯を二人に説明する。話し終わると霞祥は胸前で緩やかに手を組みながら、
「それで思按さまが頭を下げられていたのね」
眉を寄せ、それは心配げに言う。珂惟も人気のない境内に目を向けながら、幾分難しい顔をして、
「頭に血が上ってたから気づかなかったけど、今にして考えると、あの人がうまいこと収めてくれたようなもんだからな。感謝しないと」
それから「じゃあまたあとで」という珂惟の言葉を契機に、茗凛たちは帰路に着く。
二人でゆるゆると歩いていると、ふと思い出したように霞祥が言う。
「昨日、宿のお客さんが少なかったみたい。今日は、身を入れて踊らないとね」
その言葉に、茗凛はここしばらくの自分を思い出す。
確かにそうだ。心を他に奪われながら踊っていた。そんな生易しい気持ちは、やっぱりすぐに伝わってしまうんだ。お金をいただいて踊っているのに、いい加減な「商品」を売りつけていたなんて――自分の行為を反省した茗凛は、力強く頷いた。




