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沙州遊行記~紅砂の城市~  作者: 天水しあ
巻の五「続く災い」
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「意外な理解者」

「お言葉ですが上座かみざ、今、琅惺ろうせい敦煌とんこうから姿を消しては、口さがない方々の格好の話題にはなりますまいか? まして彼は今、講義に通っている最中です。それを中途半端なまま、何も身に着けさせずに長安に返すことのほうが、あちらの上座に申し訳なく存じます」

 そう声を上げたのは、誰あろう思按しあんである。だが、

「おまえは黙っていろ!」

 思按の言葉を、上座は一喝する。「申し訳ございません」深々と頭を下げる兄の姿に、茗凛の気持ちは複雑だ。

 いつも居丈高なあの兄さんが、こんな蝦蟇蛙なんかに……!

「あとあれだ、珂惟かいとかいうのも問題だな。なまじ長安育ちだから、鄙びたこの地が退屈でならぬのだろう。毎日ふらふら遊び歩いておるそうではないか。あれが別の騒ぎを持ってこないうちに、早々に帰ったほうがいい。昨日の言動は、どこのならず者かと思ったわ」

 吐き捨てるような上座の言葉に、思按は頷きながら、

「確かに、若さゆえの思慮の浅い言動があったとは思います。――しかしながら、朋を思うゆえの振る舞いと思えば、分からなくもありません。そして、彼が暇を持て余しているのは、朝の掃除以外、やることがないからでございましょう。また『敦煌観光でもしていろ』という上座のお言葉を忠実に守っているとも聞いております。以前にも申し上げましたが、彼も他の行者と同じようにここで修行をさせれば、何事かを起こす時もなくなり、目も行き届くのではないかと思うのですが……」

「出すぎたことを言うな! 乱暴狼藉を働く者を断じてこの寺に入れるわけにはいかん!」

 唾を飛ばして怒号を飛ばす上座に、思按はまたしても「申し訳ございません」と頭を下げる。上座は乱暴に扇子を畳むと、

「まあよい。当面は講義に通いしっかり学んで来い。ただし、次に騒ぎを起こしたら、今度こそ荷物をまとめてもらうぞ。よいな」

 神妙な顔で頷く琅惺にぎょろりと目を向けると、上座はどすどすと先に進んでいく。

「思按さま、申し訳ございません」

 後を追おうとする思按に、眉間を曇らせた琅惺が声をかける。

 しかし思按は「いや」と小さく首を振ると、足早にその場を去っていった。

 ――今、兄さん笑ってなかった?

 茗凛は信じられない思いだった。確かに口角上がってた。前はあんなに、二人には冷ややかな態度だったのにいつのまに……。そういえば、昨日も……。

「思按さまは、とても気を配ってくださってるよ。ありがたいことに」

 茗凛の心を見透かしたように琅惺が微笑むと「じゃあこれで」と言い残し、琅惺も去っていった。


 門を出ると、待ってましたとばかりに霞祥かしょうと珂惟が駆け寄ってきた。

「茗凛、大丈夫だった?」

「なんか上座がブツクサ言ってたみたいだけど」

 その勢いに押されて思わず身をそらしながら、これまでの経緯を二人に説明する。話し終わると霞祥は胸前で緩やかに手を組みながら、

「それで思按さまが頭を下げられていたのね」

 眉を寄せ、それは心配げに言う。珂惟も人気のない境内に目を向けながら、幾分難しい顔をして、

「頭に血が上ってたから気づかなかったけど、今にして考えると、あの人がうまいこと収めてくれたようなもんだからな。感謝しないと」

 それから「じゃあまたあとで」という珂惟の言葉を契機に、茗凛たちは帰路に着く。

 二人でゆるゆると歩いていると、ふと思い出したように霞祥が言う。

「昨日、宿のお客さんが少なかったみたい。今日は、身を入れて踊らないとね」

 その言葉に、茗凛はここしばらくの自分を思い出す。

 確かにそうだ。心を他に奪われながら踊っていた。そんな生易しい気持ちは、やっぱりすぐに伝わってしまうんだ。お金をいただいて踊っているのに、いい加減な「商品」を売りつけていたなんて――自分の行為を反省した茗凛は、力強く頷いた。



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