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沙州遊行記~紅砂の城市~  作者: 天水しあ
巻の四「秘されたもの」
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「無垢の危うさ」

 珂惟かいは歩を緩めて茗凛めいりんに並ぶと、声をひそめて、

「実はあの建物に、なんかヤバい代物を隠してるんじゃないか。たとえば――密輸品、とか」

 ありえない話ではなかった。敦煌とんこうは国境の城市まちであり、異国との交流が盛んなのだ。しかも異国の品は長安みやこでは高く売れるのだから、法を破る者は少なくはない。 

 しかし。

「まさか。だってそんなの出し入れしてたら、さすがに分かるじゃない。寺ぐるみってなら分かるけど、少なくとも兄さんは、そんなこと許さないわよ」

「それはそうだけど……。じゃあ地下に秘密通路があるってのはどうよ? そこから品物を出し入れすれば、人目にはつかない」

「ないでしょそんなの。だって地下道なんて掘ってたら、それこそ気づくでしょ。いくら行者や寺人が追い出されてるからって、沙弥や比丘は今でも寺に住んでるんだから」

「もともとあったとしたら? 秘密通路の存在は、寺外の人間には隠すものだろ。おまえの兄さん、確かに正義を曲げるのは大嫌いだと思うけど、鈍そうだからな。意外と気づいてないのかも」

 ……反論しようと思ったけれど、やめた。確かに。いちいちもっともだ。

 二人はしばし黙って歩いたが、茗凛はふと思いつき、

「……。分かった、じゃあ兄さんに探りを入れてみるわ」

「――あの人口堅そうだけど」

「堅いけど、隠し事してるかどうかはすぐに分かるから大丈夫!」

「あー、あの人もそうだよな」

 なるほど、確かに「も」だわ。茗凛はひそかに納得する。

「その建物に俺が近づけるといいんだけどな。そうしたらいくらでも探ってやるのに。でも俺はあの寺じゃ犯罪者並に監視が付いてるからな。下手に動いて、今以上に警戒されてもやっかいだ。どうするかな……」

 そう言って珂惟は思案顔だ。茗凛はそんな珂惟を覗き込むようにして、

「じゃあ私が近づいてみようか?」

「部外者の茗凛が動いちゃ、かえって怪しまれるだろ。俺とおまえがつるんでいるのは知れてるし、何より、もしおまえに何かあったら、俺はまた兄さんにどやされちまう。――ヤツに頼むしかないな」

「ひょっとして、琅惺ろうせいさんのこと?」

「そ。なんたってあそこに住んでいるんだからな。それに、あれだけ徹底的に近寄らせてもらえないんだから、まさか俺と繋がってるとは思わないだろ。それを逆手にとってやる――とはいえ、寺内を探るようにどうやって頼むか……講義帰りに捕まえることはできるけど、あの沙弥がくっついでるだろうし」

「分かった。それも任せて!」

 茗凛はとんっと薄い胸を叩いてみせた。

 しかし珂惟はにこりともせず、「まあ、それがいいとは思うんだけど……」言いながらも随分と真剣な顔をして、言う。

「でも……ちょっと気をつけろよ」

「大丈夫よ。琅惺さんが私の恩人だってことは寺の誰でも知ってるわ。朝の参拝時に挨拶がてら二言三言言葉を交わすことくらいなら、そう不自然じゃないわよ」

「それもそうだけど……」

「――そうだけど、何よ?」

 言いよどむ珂惟を、茗凛は不審げに見上げる。珂惟はしばし逡巡してみせたが、

「おまえたち今朝、胡楊樹の下で話してただろ」

「やだ、知ってたの?」

「そりゃ気づくだろ。あんな樹皮の隙間から、おまえらの姿が見え見えだった。おまえの兄さんは気づいてなかったけどな。お小言が終わりかけたとき、彩花さいかさんが来た道を戻ってくるのが見えた。――確実に見てたぞ。おまえらが楽しげに話してるのを」

「た、楽しげってそんな……」

 慌てて否定しようとする茗凛の声に被せるように珂惟は声をあげ、

「まーおまえは客商売だし、琅惺も元々は愛想がいいヤツだからな。でも……」

「――でも、何?」

 余りに続く沈黙に、茗凛は隣の珂惟を睨みあげ、続きを促す。珂惟は視線を外し、「はあ」とため息をつくと、「おまえらって、自分に関することには揃って鈍いからなあ」と誰に言うともなく呟く。「それどういう意味?」と目を吊り上げる茗凛の言葉に、珂惟はまた被せるように、

「俺もちょっと迂闊だった。まあとにかく、気をつけろよ。――さて、そろそろ戻るか。夜の公演の準備、しなきゃだろ」

 そう言って珂惟は足を速めた。慌てて後を追いながら、茗凛は思い出していた。そう言えば霞祥かしょう姉さんも、彩花のことを言ってたっけ……。



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