「本心」
安心した茗凛は、思い切って訊いてみた。
「珂惟のお母さんって、どういう方なの? もう亡くなったって珂惟は言ってたけど」
目を上げた琅惺が不思議そうな顔をする。聞いてないのか? という反応だと茗凛は受け取った。だが、
「それは自分で直接訊いてみるといい。きっと珂惟は教えてくれるよ」
琅惺は穏やかな笑みを浮かべたままそう言った。茗凛は俯くと、呟くように、
「……。私なんかが訊いても、教えてくれないと思う」
あんな、一人で勝手に怒ってしまうような、かわいげのない私なんかに。
すると琅惺はゆるく首を振り、
「――珂惟は誰にでも打ち解けてるように見せてその実、本心はいつも隠してばっかりだ。でも君になら、それを見せてくれるはず。というより、もう実際に見せているよ」
「そうかな。そんなこと、ないと思うけど」
だってきっと私のこと「ヤなヤツ」だと思ってるに決まってるし。
本心を聞かせてくれるどころか、雑談だってもうできないかもしれない。もしかしたら挨拶だって! ホント、自分で自分が嫌になる。
なんだか目がじんわりしてきた。すると琅惺は茗凛に笑いかけ、
「私と珂惟が知り合ってから、もう八年になる。だけど彼の父親の事を聞かされたのは、つい最近のことなんだ。それもたまたま聞いてしまったのであって、君みたいに打ち明けられたわけじゃない。ま、あの頃は犬猿の仲だったから、仕方ないと言えば仕方ないんだけど。だから――よっぽど珂惟は君に心を許しているんだなあ」
思いも寄らない言葉だった。
「あ、思按さまと珂惟が戻ってきた。あの様子は……今は静かに帰ったほうがいいと思うよ」
琅惺がそう言ったのをきっかけに、二人は思按たちから身を隠すように胡楊樹の周囲を巡ってその場をやり過ごし、門の前まで来て「じゃあ」と別れた。
ずっと悩んでいた珂惟の言葉の真偽はあっけなく分かった。だけどまだ混乱している。『よっぽど君には心を許しているんだな』という琅惺の言葉が頭をぐるぐるするからだ。
そんなことはともかく、あんな気まずい別れ方をしちゃって……どうしたら、いいのかなあ。後悔と困惑と……その他もろもろの思いでいっそう混乱しながら、茗凛はため息をついて門をくぐる。
すると。
「やだ、びっくりした!」
そこには、彩花が立っていた。こわばった顔は少し青ざめている。
「遅いから、迎えに来たの」
そう言って踵を返す彩花の声は尖っていた。
もしかして見られた? 琅惺さんと話している姿を。珂惟と兄さんが境内に入った後の僅かな時間、その時なら境内を覗けたはず。
そういえば琅惺さん、笑顔で手を振ってくれてたっけ……。
やましいことはないけれど気まずい。何か言わねば、と思うものの、何を話したかを言うわけにもいかない。結局言葉を見つけられずに、茗凛は静々と彩花の後についていった。
「ふう」
もはやため息ばかりだ。
その日の午後。
茗凛が毛氈に立つと、観客の奥には珂惟がいた。ちいさく手を振るその姿は、昨日となんら変わりはない。これで元通り、ってことなのかな?
ほっと息をついて、茗凛は鼓に合わせ、ダン! と力強く地を踏んだ。




