「いたいけな男心」
姿が見えなくなるまで彼らを見送った茗凛が踵を返すと、珂惟が立ち上がるところだった。茗凛は彼に近づき、
「やっぱり起きてたのね。お茶飲む?」
そう声をかけるが、珂惟はせわしく腰や足の砂を払い続けた。「ちきしょー、どいつもこいつも好き勝手なことばっか言いやがって」などと呟きながら、目を伏せ、一心に衣服を叩き続ける。
――確かに、ちょっと言い過ぎちゃったかもね……茗凛は肩をすくめる。
ようやく身を起こした珂惟は、今度は手を何度も叩き合わせた。そしておもむろに茗凛に目を向けると、
「やるじゃん、おまえ。霞祥姉さんみたいな女らしさがカケラもなく、無垢と若さと元気がウリですって感じで踊ってるくせに、ちゃーんと女の武器も使えるんだ。イタイケな男心を弄ぶなんざ意外だったな」
カチン! と来た。
「何なのその、いやらしい言い方! あんたが琅惺さんと話したいっていうから、こっちは色々心を砕いてやったってのに」
「へえ、そう。まさかそんなに気を使わせてたなんて、全然気がつかなかった。でもどうすんの? あいつ今度は一人で来るってさ。社交辞令を本気にしてたみたいだけど。ま、誤解されても仕方ないか、あれだけ媚売ってたら。世間知らずの坊主なんていちころだよなー。ああ気の毒。で、来たらどうすんの? 相手してやるの?」
「ちょっと――ふざけないでよ!」
「そこまで怒ることじゃなくね? まあ、気に障ったんなら謝るけど」
おざなりな謝罪の言葉は、茗凛の怒りに油を注いだ。一昨日から溜め続けていた、言いたいけど言えない悶々とした思いが大爆発する。茗凛は珂惟を睨みつけ、
「結構よ! もういい、じゃあね!」
「ふん!」と鼻を鳴らして彼に背を向けた。そのまま天幕に入る。
「なんだい大きな声を出して、みっともない」
天幕に戻ると、眉をしかめたおかみが茗凛と、外とを見比べるように見ていた。
「珍しいわね、珂惟さんと何かあったの?」
と柔らかく訊いて来たのは霞祥である。彼女は穏やかに笑うと、
「どうせ犬も喰わないなんとやら……なんでしょうけど」
「関係ないでしょ、二人は黙ってて!」
声をあらげる茗凛に、「おおこわ」と大人二人は笑い合う。
ああ腹が立つ、どいつもこいつも、人の気も知らないで!
茗凛は奥に置かれている大きな壷に大股で、乱暴に蓋を外して叩きつけるようにして柄杓で水面をすくうと、無作法に柄杓から水を飲んだ。当然おかみにはどやされたが、構いやしない。
「もう茗凛ったら。およしなさい」
と思っていたら、霞祥が横から柄杓を取り上げた。そうして改めて柄杓で水をすくい、傍らに置かれた竹の杯子にそれを注ぎ、茗凛に差し出した。
「……まあ、たまにはいいわね」
「何がっ?」
ぽそりと呟く霞祥を、茗凛は睨みつける。すると霞祥はその目を避けるようにして顔を横に流しながら、
「あんまり仲が良すぎても、ね」
そう言う霞祥の目は、暗い表情で繕い物をしている彩花を捕らえている。
琅惺の出現で幾分落ち着いたと思ってたのに、まだ前の失恋の痛手からは抜け出してはいないんだろうか。いや、正しくは失恋したのではない。相手がいなくなってしまっただけ――。
「……意味分かんない!」
茗凛は心のざわめきをも振り払うように、そっぽを向いた。




