第5話 舐め回す用の舌
ガーゴイルの集落に来て二日くらい(夜が二回来たからたぶん)が経った。
ギャーゴから未だに集落が抱える問題については話してもらえてない。
もうすでに居候状態みたいなところはあるのだが、それでも問題を話そうとはしてくれないのだ。
まあ食事も睡眠も必要ないし、迷惑はかけていないつもりだ。
ガーゴイルの集落は、思ったよりも怖い雰囲気がある。
岩山に巨大な鳥の影が無数に止まったり、空を飛んだりしているわけだからまあ怖くないわけない。
岩山で立って遠くを見てたり、森へ行って動物を捕まえてきたり…。
家らしい家はなく、岩山に空いた穴の中で生活をしている。
驚いたことに、ガーゴイルは魔法を利用して火を使っていた。
話手によれば、魔物はそれなりに魔法が使えるらしい。魔力が体内に流れているからだ。
その流れだと俺にも魔法が使えてもおかしくない。
話手によれば、今現在使える魔法は皆無だが、練習すれば使えるようになってもおかしくはないそうだ。
そうそうそれで。
俺のこっちの世界での名前が決まった。
ズバリ”ザキュ”だ。
あまり響きは良くないだろ?覚えづらいだろ?
そう思ったのであればこちらの計画通りだ。
由来は本名の宇崎佑都。
ギャーゴがウザキユウト→ウザキュート呼びになってから、ウザキュート→ザキュート→ザキュー→ザキュの流れで決まった。
あとは、サキュバスっぽくてなんかかっこいいだろ?
まあ俺はゴーストなんだけど。
ある時、ギャーゴとガガイルが俺のところへとやってきた。
どちらもあまり機嫌が良いとは言えない面持ちだが、別にすごく重い雰囲気でもない。
「ザキュ。俺たちはお前を信じてみようと思う」
そう口を開いたのは、意外にもガガイルだった。
初対面で尻尾ぶつけてきた奴からこんな言葉が聞けるとは…。
「突然どうしたんだ」
「今俺たちが抱えている問題は、半年以上も解決できていない。解決の糸口すらも分からない。だから、一か八か、可能性が少しでもあるなら…お前に頼んでみてもいいと思っただけだ」
なるほど。
物は試し。頼れるものには頼っていくスタイルか。
よほどの難題に直面しているようだな。
「まあいいや。話してくれ」
すると今度はギャーゴが口を開く。
「一言で言えァ、俺たちの抱えてる問題は…”呪い”だ」
「呪い…?」
「うちの集落の頭の、ガゴロスさんが、ある日呪いにかかっちまった」
ガゴロスはこの集落で一番強く、一番巨大なガーゴイルらしい。
なんでも半年前、北の方へ飛んで行ったっきり帰ってこなかったらしく、ギャーゴとガガイルが様子を見に行ったところ、森の中で倒れているのを見つけたらしい。
ガゴロスの息は荒く、顔色も悪く、憔悴しきっていた。
医学に多少詳しいガーゴイルが、これは呪いだと断言。
そして半年間、呪いを解除する手段を探っていたが、未だに解決策は見つからない。
「それだったら、人間に頼んでみればいいんじゃないか?人間だったらたぶん、教会とか行けば呪い解けるやついるぞ?」
「もちろんそれァ考えた…だが俺たちァ人間と会話をすることァできねェ…。それに例え会話をできたとしても、ここから人間のいる町へは、最短でも結構な距離がある。そんなところへ、巨大なガゴロスさんを運びながら大人数で空を飛べば…町に着く前に人間の標的にされちまう!」
なるほど、いろいろ考えているんだな。
俺だったら人間と喋れるし、いざ狙われても非接触状態でやりすごせる。
だが、それでは非合理的だ。今ここで解決してしまいたい。
<状態異常回復舌設定完了しました>
突然、話手の声が響いた。
ジョータイイジョーカイフクジタ?
(なんだよそれ)
<主に、舐め回した対象の解毒や呪詛解除に利用できます>
解毒…呪詛解除!?
え?いけるんじゃないのこれ。
「と、とりあえず!そのガゴロスって奴の所に連れてってくれ!」
「ああ、わかった」
こんなに都合よく能力が手に入るなんて…。
(おい、今のはタイミング良すぎないか?)
<それがあなたの力、そして私の力です>
ん?どういうことだ?
意味がよく分からないが、とりあえずまあ俺は最強ってことで。
よく考えてみれば、俺はゴーストなんだ。
毒はともかく、呪いとかは通用するはずもない。
だとしたら、呪いを解くことも出来るっていうのは、おかしな話ではない。
しかしまた…最初に気付いた自分の舌の長さ…このためのものだったとは…。
足場の悪い岩山を進むこと2分。
巨大な岩山を切り崩して、平らになったような場所には、巨大なガーゴイルが横たわっていた。
俺が2メートルだと仮定すると、5メートル弱くらいか。
ほかのガーゴイルたちと比べても、やはり巨大だ。
「ガゴロスさん!」
「待てギャーゴ、ガゴロスさんは今寝ている」
ガゴロスの傍らにいたガーゴイルが、ギャーゴを注意する。
もちろん、ガーゴイルはガゴロス、ギャーゴ、ガガイル以外にもいる。
さて、本題だ。
「俺は、この…ガゴロスを舐め回せば、助けてやることが出来る」
「あァ?お前、何言ってんだ?」
「ふざけんのも大概にしろ!」
「殺すぞ!」
まあ、そうなるよね。
だがまあ物は試しだし、お願いしてきたのはそっちだろう?
「俺には…というかゴーストにはなのかもしれないけど…。舐め回したヤツの毒とか呪いを解くことが出来る…らしいんだ」
「舐め回すっていうな!なんかキモいわ!」
「そこは許せよ!」
おっと、思わず突っ込んでしまった。
「と、とりあえず。やってみないことには分からない」
俺はギャーゴと、ガガイルの顔を見る。
二人は爪で頭をポリポリと掻いて、そのあとにうなずいた。
「よし」
俺は浮遊状態に設定し、巨大なガゴロスの腹の上まで移動した。
呼吸はしているようで、腹が膨れたり引っ込んだりしている。
確かに顔色は悪く、呼吸も荒い。
それに、なんというか嫌なオーラが漂っている気がする。
「じゃあ…やるぞ」
俺は舌を出した。
久しぶりに自分の舌を見たが、本当に長い。
暇なときに、どこまで伸びるのか試してみよう。
<状態異常回復舌に設定>
まず、腹を舐め回す。
うっ…なんか変な味がする…。
躊躇ってたら地獄だ。
どの程度舐め回すのが正解だか分からないが、とりあえず、上半身だけど舐め回してみる。
周りの視線がつらい。
「くせぇぇぇぇえ!!!」
突然だった。
突然、ガゴロスは大きな声を上げて起き上がった。
そして、何が起きたのか分からないような様子で、あたりをキョロキョロと見まわす。
「…ガゴロス……さん?」
「おう。お前ら、なんだ。どうした?」
「「「「ガゴロスさぁぁぁぁぁん!!!!」」」」
ガーゴイルたちはいっせいにガゴロスの元へと向かっていく。
俺はすっかり忘れられ、岩山の隅でチョコンと…。
そしてどうも、俺が舐め回した後のガゴロスの体はちょっと臭いらしく、みんなして顔をゆがめている。
それにしても、ガゴロスはさっきまでの様子が嘘のように元気になった。
顔色も戻り、なんか至って元気な様子だ。
数分間に及ぶ喜びの時が過ぎ、ガーゴイルたちはやっと俺の存在を思い出してくれた。
ギャーゴが代表して口を開いた。
「ガゴロスさん!こいつが、あんたの命を救ったんだ!」
「こいつは…ゴーストか?なんでこんな奴がここに…」
俺はガゴロスに、自分が転生されたこと。ギャーゴに出会ったことなど、これまであったことのすべてを話した。
「お前って奴は…ほんとに……いいやつなんだなァァ!!」
ガゴロスは泣きながら俺を抱きしめた。
巨体すぎてどういう状況なのかよく分かんないけど、ものすごく感謝されているようだ。
「わ、分かったから放して…」
「俺ァ、一生あんたについていくぜ!ザキュさん!」
その言葉に、俺の何かが反応した(いやらしい意味ではない)。
やがて、岩山では宴が行われた。
内容は、まあガゴロス復活の祝福と、俺への歓迎パーティだ。
みんな火を囲って肉やら何やらを食っている。
もちろん俺は食事には参加しない。
そんな中、ガガイルが俺の元へと近寄ってきた。
「ザキュ。最初にあったとき…いきなり攻撃して悪かった」
「んあ、いいよ別に。俺がお前だったら、ああするし」
「本当にガゴロスさんが復活して良かった。ガゴロスさんがいれば、みんなの士気も上がるし、これからの仕事にも力が入る」
「仕事?」
どうやらガーゴイルたちは、仕事をしているらしい。
仕事といっても、他種族との貿易のようなものだ。
空を自由に飛べるガーゴイルは、物を運ぶのに適しているらしい。
「誰と貿易してんの?」
「コボルトという商才を持つ魔物だ。頭が良いんだ」
コボルト、聞いたことがある。
ゴブリンとかそういう系統のあれだろ?
「コボルトとゴブリンは違うのか?」
「違う違う。見た目は似ているが、コボルトの方が圧倒的に知能も技量も上だ。ただ、数は圧倒的にゴブリンの方が多い」
なるほどなるほど。
なんか段々この世界のことが分かってきたけど、魔物同士って意外と仲が良いんだな。
しかし商才ね…。
俺の目的には必要になってくるだろうな…。
よし。
「みんな!ちょっといいか!?」
俺は全ガーゴイルに向けて声をかけた。
皆が一斉にこっちを見る。
「今から、俺の野望を発表します!」
「俺の野望は、国を作ることだ!!!」
その言葉に、ガーゴイルたちは真剣な表情のまま変わらない。
ザワつくこともない。
「そのために、俺一人では当然できないことの方が多い!そこで、みんなの力を借りたい!」
「当たり前っすよ!」
「ザキュさんに言われたことなら俺らなんだってするさ!」
「そうよ!」
急にガーゴイルたちが歓声を上げた。
うっ、うれしくてちょっと泣きそう。
そして、ガゴロスが口を開いた。
「俺ァあんたに感謝している。命を救ってもらった。そのためにァ、あんたに協力する。あんたの為に戦ってやるさ!」
やべえ、こうもうまく物事っていくものなの?
翌日。
早朝に俺は置き、ガゴロスと色々と話していた。
話していたといっても、ガゴロスの大して面白くもない話だ。
まだ独身だとか、最近便秘気味だとか…。
誰が聞きてえんだよ!!!
「それより、お前に聞きたいことがある」
「なんだぁ、ザキュさんよ」
「お前はなんで…呪いに掛かったんだ?」
一番気になっていたところだ。
北の方へ飛んで行ったところ、呪いに掛かって倒れているガゴロスを見つけたと、ギャーゴとガガイルは言っていた。
「それが…俺にも分からねぇんだ」
「貿易相手のコボルトってのは、ここから西の方向にいるんだろ?なんで北に向かったんだよ」
「ああ、それは……そうだ。確か、怪しいやつを見つけたんだ」
「怪しいやつ…?」
「あァ…巨大な何かだ…。集落が襲われるといけねェと思って追いかけた…そしたら、呪いに掛かっていたんだ」
これは如何にも…。
後を追っていたら返り討ちにされたということか。
北の方角…。
ちょっとだけ興味がわいてきた。
得てして俺の国家設立計画に使えるかもしれん。