第3話 初めての魔物
崖の上に上った俺は、度肝を抜かれた。
そこには巨大な建造物が聳え立っていた。
古代エジプトにありそうな、砂でできたような黄色い建物だ。
(話手!これはなんだ?)
<これはダンジョンです。どこからともなく姿を現すことがあります。中は迷路のように入り組んでいて、魔物も生息しています。なお、最奥部には宝が眠っています>
ダンジョンか…。
やっぱりあるんだな、この世界にはそういうのが。
それにしても巨大な建造物だ。
相変わらず自分がどのくらいの大きさなのかは分からないが、仮に極端に2メートルだと仮定しても、この建物は20メートルはありそうだ。
(これって中に入った方がいいのか?)
<中には冒険者も多くいると考えられます。見つかればあなたは魔物だと見なされ、攻撃をされる恐れがあります。現段階での侵入は推奨しません>
それもそうか。そもそも俺がこの中に入るメリットがない。
というよりも、冒険者というものまで存在するようだ。
この世界はてっきり魔物だけが生息しているのだと思ったが、人間もいるらしい。
その時だ。背後から何やら物音が聞こえた。
俺が歩いてきた草原の方向からだ。
とりあえず隠れなきゃ!と思い、傍にあった大きめの岩の陰に身をひそめる。
「お、おやじ!ありましたッ!ダンジョンですよ!」
若い男が崖をよじ登ってきた。頭が悪そうな顔だ。
続けて、ひげ面の男と30代くらいの女、最後に若い金髪の男が登ってきた。
家族のようにも一瞬見えたが、どうも違う感じだ。
冒険仲間といった感じか。
「これは…第12ダンジョンだ。情報通りだったな」
ひげ面の男が地図を見ながら口を開く。やはりこの建物はダンジョンで間違いない様だ。
その後、何やら丸くなって会議を始めた。仲が良さそうだ。
しかし、その中で、あの金髪の男だけが会話に交じっていなかった。
(話手。なんであいつは話し合いに参加してないんだと思う?)
<推測の範囲で申し上げます。考えられる可能性は二つ。一つはあの冒険者集団の中でのけ者扱いされている。もう一つは、会議に参加する必要がない>
前者は考えられないだろう。別に仲の悪い感じはない。
だとしたら後者?確かにあの金髪の男、見た目はかなり強そうだ。
それなりにイケメンだし、なんかちょっと腹が立つ。
その後、会議が終わったようで、ひげ面の男は会議で出した結論を、金髪の男に話しているように見えた。
もしかして、あの金髪の男が親玉?
「ここら一帯は夜になるとニードルモンキーが発生する。一休みしていきたいところだが、夜になる前にはダンジョンに入りたい。ダンジョンの中では昼も夜も関係ないからな」
「おやっさんに任せるよ。俺はおやっさんに従う」
「では、さっそく入ろう」
おやっさん…ひげ面の男が親玉で間違いないようだな。
あれか?実力では金髪の男の方が上だけど、責任感とかリーダーシップとかではひげ面の男の方が向いているのか?
部活動でよくあるやつだ。
あの部長、強くないのに部長やってんだぜ?
部長は強けりゃいいってもんじゃないだろ!
…みたいな。
冒険者集団は俺の隠れている岩を通り過ぎて、ダンジョンへと向かう。
ゾクッ!
そのとき、俺の体に突然悪寒が走った。
ふとあたりを見回すが、誰も俺のことを見ていない。なんだ今の…。
風邪でも引いたかな…。
それにしてもニードルモンキーか。何やらめんどくさそうだな。
早く先に進んでここから離れたいと思ったが、俺はある重大なことに気付いた。
ここから先に、道はないいいいッッッッ!!!!
嘘だろ?ダンジョンの後ろにはもう道がない。
高すぎて上の部分が見えない岩壁が聳え立っている。
これでは浮遊状態もあてにはならん。
途中で落下したら、いくら俺がゴーストでも流石にやばい気がする。
「よし」
俺は思わず声を出す。
ダンジョンに入ろう。もうそれしかない。そうするしかない気がする。
ちょっと怖いけど、ダンジョンに入ったら何とかなる気がする。
俺は岩陰からあたりを見回す。
あたりには誰もいない。人間も魔物も見えない。
そっと岩陰から体を出す。その時だった。
「ヒャッホォー!!」
突然どこからかファンキーな声が響いた。
俺はとっさに非接触状態に切り替える。
その直後、俺の体を何かがすり抜けた。
思わず閉じていた目を開け、なんとなくダンジョンに目をやる。
すると、ダンジョンの柱の上に何かがいた。
「ありゃ、確実に捕らえたと思ったんだけど…!」
鳥…?
そこには巨大な生々しい翼を広げた巨大な鳥がいた。
「だ、誰…?」
「俺ァ、ガーゴイルだよ!見りゃ分かんだろ?」
ガーゴイル…確かにガーゴイルだ。
ゲームなんかで見たことがある。人の体に羽が生えたようなあれだ。
だがこの世界のガーゴイルに、人の要素はない。
怪鳥…と表すのが一番適切だろう。
「ガーゴイル…あんたは喋れるのか?」
「何言ってやがる!俺たちァ魔物同士だろうが!」
あ、そうか。
魔物同士が喋れるのは当たり前なのか。
<魔物同士、人間同士の会話が成立するのは当然です。あなたの場合は、人間とも会話が可能です>
(なに?そうなのか?)
それは知らなかった。
ということは、さっきいた冒険者集団とも話そうと思えば話せたわけだ…。
「えっと…ガーゴイル…さん?」
「名前はギャーゴだ!」
「ギャーゴ…あんたさっき、俺のこと捕まえようとしたよな?」
ギャーゴは大きな羽についた巨大な爪で頭をポリポリと掻く。
「食ってやろうと思ったんだが…お前、見たところゴーストだな!ゴーストは食えねえ」
こいつ…堂々とカミングアウトしやがったな。
しかし、どうもゴーストは食えないようだ。
まあ、腹の中に入れられた瞬間、非接触状態に設定すれば、腹の中から透けて脱出することだってできるわけだし、当然か。
「俺はこれからダンジョンに入る…つもりだ」
「ダンジョンに?なんでまたお前みたいなヤツがダンジョンに入りたがるんだ!?」
「当てがない。…というより、俺はこの世界についてよく知らないんだ」
俺の一言に、ギャーゴは再び頭をポリポリと掻く。癖なのかな?
しかしなんだろう。
ガーゴイルの見た目は恐ろしいのに、こいつのこの仕草はどこか愛くるしい面を兼ね備えている。
「俺は、転生したんだよ。ゴーストに。元々は別の世界の人間だった」
「人間!?お前、人間だったのか!」
「おう」
ギャーゴは驚きを隠せないようだ。
「しかもお前…その感じだと前世の記憶を保ってるよな…?異世界から人間が魔物に転生されるだけでも珍しいのに、そのうえ前世の記憶持ちとは…!」
そんなに珍しいことなのか…。
なんかあれだな。前世で大したことなかった分、ちょっとうれしい。
中学教師の肩書で医者の愚痴を聞くよりも、異世界でゴーストとして珍しがられる方が気分が良い。
「おまえ、マブいじゃねえか!」
「…ん?」
「マブい奴ァ、俺ァ好きだ!」
なんか気に入ってもらえたみたいだ。
ん?待てよ。
どうせ俺はこれから何をすればいいかもわからないし、行く当てもない。
だとしたら、今こいつに気に入られたことに便乗して、何とかしてもらえそうじゃないか?
それに…こいつは空を飛べる!
「あのさぁ、ギャーゴ」
ちょっとわざとらしいか?
「俺はこれからどーすりゃいいのかな?」
「それは俺の決めることじゃねェ!お前が自分で決めな!」
「頼みがあんだけど」
もういい。変な芝居をするのはやめよう。
「俺をお前のところに居候させてくれない?」
「居候だァ?」
「もちろんただでとは言わねえ。雑用とかならやってもいいぞ」
ギャーゴは再び頭をポリポリと掻く。
悩んでくれているようだ。
どうもこの頭を掻く仕草は、悩んでいるということを示しているようだ。
「悪いが俺らの集落は今ちょっとあれでよォ、そんな余裕がねえんだよ」
「あれ…?」
「とある問題を抱えていてなァ…悪いが他をあたってくれねえか?お前を食おうとしたことは謝るからよォ」
ふむ、残念だ。
だが悪いな。こんなところで引き下がる俺ではない。
俺は人間だった頃も、そう簡単に引き下がったことはない。
モンスターペアレントになんか言われた時も、たびたび論破してやった。
「んー、そっかぁ」
「あぁ、悪ぃけど――――――――」
「じゃあ俺がその問題を解決してやるよ」
これなら文句はないだろう。
どんな問題かは知らんが、まあたぶん何とかなるだろう。
「…お前に何がァできんだ?」
「こう見えてもゴーストってのは結構便利だってことに気付いた。それに俺には、頼もしい仲間がついているからな」
「頼もしい…仲間だァ?」
そう、俺にはこの世界に来た時から頼もしい仲間がついている!
(な?話手)
<お役に立てるように全力を尽くします。私も完璧ではないですが>
そうと決まれば話はもう終わりに近づいてきている。
あとはギャーゴが了承してくれるかどうかだ。
「んー、でもなァ」
まだ押しが足りないか。それなら…
「何も今決めなくてもいいさ。とりあえず俺をその集落に連れて行って、どんな問題かを説明してくれてからでもいい。俺に解決できないような問題だったら、俺は集落から去るさ」
こうやって、迷惑を被ることはないと約束を交わしておくのだ。
この気の利いた一言で、大概のヤツは了承するのだ。
「分かった!お前はマブい!とりあえず集落に連れて行ってやる!」
ちょろいな。人間もガーゴイルも。
第12ダンジョン内。
人間の悲鳴が響き渡る。
それは、鳴り止むことはない。
「お、おやじ!やべえって!早く逃げようぜ!」
「ば、馬鹿か!ここまできて引き下がれるか!」
ひげ面の冒険者は、銃を魔物に構え、放つ。
しかし、銃弾は虚しく魔物を少しかすめる程度。
魔物はひげ面の冒険者の体を鷲掴みにし、持ち上げる。
「やっ、やめろ!やめてくれえええぇぇぇ!」
「おやじぃ!」
鮮血が飛び散る。
冒険者の一人は腰を抜かし、その場に倒れこむ。
そばには、すでに腹を抉られた女冒険者の姿があった。
やがて、少しの時間が流れ、その場には魔物の声も、人間の悲鳴を響かなくなった。
響くのは、一人の男の足音だけとなった。