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第2話 霊体ならではの

 そこには何もないように感じられた。


 佑都は目を開けた。目の前は、何やらぼやぼやしている。光景はあるが、一つ一つの物の輪郭がハッキリとしていない。まるで、視界に油が浮いているようだ。もちろん、油の匂いなどしないが。


 とりあえず、起き上がってみよう。

……ん?


 これは既に起き上がっているのか?ぼやぼやしている視界を頼りにするならば、たぶん寝ているとすれば仰向けだ。ならば、腹筋に力を入れれば起き上がれるはずだ。

 しかし何だろう。不思議な感じだ。腹筋が…動かせない。


 手は動いている感覚がある。うん、たぶん動いている。とりあえずと思って、体を触ってみるが、どこを(まさぐ)っても何にも触れない。明らかに腹部に手を当てているのに、何も触れない。

 

 それに、歩けない。いや、歩けてはいるのか?歩こうとすると、前に進んでいるのが、ぼやぼやした視界で見ると分かる。しかし何だろう。”歩行”している感じがしない。

 …足がない??


 そして、どうしたものか、声まで出ないではないか。発声しようとするが、そもそも喉が正常に機能しているような感じがない。確かめたくても触れないし、目も見えない。


 憶測だが、顔と手しかないんじゃないか?今これ。

 いや、憶測だけどね?憶測は憶測のままであってほしい…。







 15分ほどが経った。目を瞑ってじっとしていた。なんとなく目を開けてみると、視界が圧倒的にクリアになっていた。見える!見えるぞ!

 今までと同じ、何の以上もなく光景が目に入る。先ほどのぼやぼやの視界が嘘のようだ!

 

 それにしても、ここは…草原のようだ。草原といっても、牧場みたいに広大な感じというよりは、背の高い草が生い茂っている感じだ。その中に、いる。


 ふと、自分の体を確認してみる。

 



――――――え?



 知らない。こんな体知らないぞ…!

 佑都の目に映ったのは、青白い体。足はなく、体が徐々に細くなって伸びている感じだ。伸びきった先端部分は、クネクネとしていて、後ろに折れ曲がってしっぽのようになっている。

 手に指はない。人形みたいな手だ。青白い。


 これじゃあまるで……幽霊じゃないか。



 やはり死んでしまったのだろうか。佑都は、記憶をさかのぼる。

 確か吉田と酒を飲んでいて、女性が大男にセクハラされているのを見て、助けようとして……そして…


 急に腹が熱くなったんだ。そしたら吉田の声が飛んできて…それで…。



 死んだのか、俺。



 佑都は改めてそう解釈してみる。そうなれば、自分の体が霊体になったのも分かる。いや、分かるっつーか、まだ分かる。

 しかしこれでは、幽霊!というより、お化けって感じだな。アニメとかゲームに出てきそうな感じだ。こういうお化けは大概、舌が長いんだ。


 佑都は何となく舌を出してみる。すると、視界を下から一刀両断するように、赤い舌が伸びた。

 うわっ!なんだこれ…完全に舐め回す用じゃねえか…。

 佑都はすぐに舌を仕舞う。こんなところをほかの人に見られれば、一瞬でアウトだ。


 いや違うか。自分は今幽霊なんだ。人に見られるわけがない。人には幽霊の姿は肉眼では見えない。写真とかに写ることはあっても、絶対に目視は出来ない。

 

 そのはずだった。








 自分の体が幽霊もといお化けになったことに気付いて2時間ほどが経過していた。少し歩を進めた(といっても足はない)。しかし、背の高い草が続いていて、一向に景色は変わらなかった。

 何より嫌なのが、物が触れないこと、そして声が出ないことだ。こんなにもストレスになるとは…。

 その時だった。


<対話状態設定完了しました>


 急に脳裏に響く声に、驚く。霊体がピクリと波打つのが分かった。思った以上に柔らかいのかもしれない。といっても実体はないんだろうけど。


 って!お前誰だ!


<私は”話手(ガイド)”>


 うおっ!会話が成立した…のか…?

 とはいっても、声は出していない。佑都はその場であたふたする。傍から見たら、お化けがビクビクしているだけの、ただの可愛い絵だ。絵本の表紙にでもされたら困る。ベストセラーだ。そんなことはどうでもいい。


<発声状態設定完了しました>


「え?」


 あれ?今度は声が出たぞ!?


「声だ!声が出た!」


 声は、人間だった頃と変わらない声だ。やや低くて癖のある声。ちなみに、ビブラートは美しいと自負している。佑都は試しに、その場でビブラートを噛まして見せた。

 うむ、いつもと変わらぬ、ちりめんビブラート。


「んで、俺は一体どうなってしまったんだ?」


<声に出さずとも私とは思念によって会話をすることが可能です>


 む、そうなのか。

 せっかく喋れるようになったのだから、小一時間ビブラートをしていたいところだが、流石に疲れる。声に出さずとも会話ができるのなら、それに越したことはないだろう。


(俺は…生まれ変わったのか?それとも成仏できなかったのか?)

<転生しました。あなたは死んだのです>


 死んだ…やっぱりそうだったのか。

 なんとなく、予想は出来ていたが、やはり死んでいたのだな。

 そう考えると、死ぬときになると、自分が死ぬことってのは意外と意識できないものなのかもしれない。ただ単に鈍感だっただけかもしれないが。


<あなたの魂と、もう一つの魂を重ね合わせることで、あなたはゴーストへと転生しました>

(もう一つの…魂…)

<もう一つの魂が消滅すれば、あなたも消滅します>


 だめだ、スケールが違いすぎる。なんだかこの話手(ガイド)とかいう人は、生き死にのスケールでものを話すから、ついていけない。

 ただ話には妙な説得力がある。あれだ。スマホとかについている…Siri?とかいうやつみたいだ。


<あなたはゴースト。魔物です。他の者にもあなたの姿は目視できます>


 なん…だと…!?

 それでは一体何のための霊体なのか分からないではないか!なんだ?姿が見える幽霊ってなんだ?

 いいか!?幽霊というのは姿が見えないからこそ恐れられるものなのだ!そして、普段見えない姿が、時折画面越しに映り込む!それこそが!幽霊が幽霊たる所以なのだよォォォ!!!


<接触状態設定完了。状態切り替え設定完了>

(え?なんだって?)

<物に触ることが出来るようになりました。しかし、この状態のときは、あなたに対しての接触も可能となります。この設定は任意で設定できます>


 なんだか難しいことを言っているようだが、ものを触る状態でいたいときは、相手からも触れるってことだ。そしてその状態のON/OFFは自由…そういうことだと思う。

 この設定も、おそらく思念とやらで可能なんだろう。まずは頭の中で、触る!触りたい!と強く意識をする。

 瞬間、体中がチクチクと痛む。イデデデ!すぐに設定をOFFにするよう意識した。すると、再び非接触の状態へ切り替わった。

 たぶん、ここは草原だから、体中に草が刺さったんだろう。まあいわば、触覚と同時に痛覚まで設定できるというわけだ。


 


 やがて、目の前に巨大な岩が立ち塞がった。かなり巨大だが、具体的な数字は見当もつかない。

 そもそも今、ゴーストである自分がどのくらいの大きさなのかが分からないんだからな!滑稽滑稽!


 さて、どうやって超えるか。

 こういうのって大概、透けるんだろ?

 佑都は強く非接触を意識し、岩をすり抜けようとした。

 やはり予想通り、すり抜けることが出来る。だが、いつまで進んでも一向に光は見えてこない。ずっと岩の中にいるようだ。視界は暗い。


(ま、まさか…)


 佑都はそのまま後ろへバックし、岩から元の場所へ出る。そして、その岩をじっと見る。

 やはり、これは岩ではない。巨大な崖だ。すり抜けて通ろうと思えば、しばらくの間岩の中を彷徨うことになる。岩の中は正直、前も後ろも上も右も下も左も分からない。


<注意 個体の中で非接触の状態から接触の状態へ切り替えると、個体の中に閉じ込められ、死に至ります>


 ぬ!?


(それは本当か?)

<個体の中で接触状態になれば化石同然です。その状態では、脳が正常な判断を下す前に圧死します>


 確かに…よくよく考えてみればそうだ。個体の中が空洞でなければ、生き埋め状態だ。一瞬で圧死…そういうことは岩をすり抜けようとする前に言ってほしかったな。


<申し訳ありません。私も完璧ではありませんので>


 ああ、いや、そんな、謝らなくて良いよ。


 となるとやっぱり、賭けに出るしかない。

 ゴースト系のキャラは、ゲームなんかではプカプカと宙に浮いていることがほとんどだ。実際、今の俺もそうだ。足はなく、常に浮いている状態だ。

 であれば、その状態を保ったまま、プカプカと風船のごとく浮かんでいけるはずだ。


<浮遊状態設定完了>


 そら見ろ。


<この設定をONにすると、どこまでも浮かんでいくことが出来ます。ただし、非接触の状態と併用は出来ません。また、浮遊設定ONの状態では、魔力が消費されていきますので、ご注意ください>


 魔力か。まあ、話手(ガイド)曰く、ゴーストは魔物の一種らしいし、そういうのも存在するようだな。

 

 さて、非接触状態解除。浮遊状態ON。

 頭の中で宙に浮くように意識すると、体は見る見るうちに上へ上へと浮かんでいく。おぉ…!これはすごい!空を飛んでいるではないか!!

 スピードはさほどない。本当に、ぷかぷか…といった感じだ。

 


 崖の高さは思ったよりもなく、あっという間に崖の上へとたどり着くことが出来た。


 この体、思ったより使い勝手が良い。


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