息継ぐ暇もないくらいの愛を下さい
ギリギリと締められる感覚。
酸素が足りなくて喘ぐ私。
飲み込めない唾液が唇の端から流れていって、喉からは、かひゅっ、と変な音がした。
「ははっ、締まった……」
視界いっぱいに広がるのは、見慣れた薄暗い天井と恍惚とした彼の顔。
薄暗い部屋の中でも分かってしまうくらいに、肌が色付いていて、うっとりとした吐息を漏らす。
楽しそうな、顔。
酸素が足りない頭は、ぼんやりとしていて、体は体で酸素を求めて喘ぐ。
目がチカチカして、黒とか白の光が見え始めたら意識が飛ぶ寸前。
やけに重たく感じる腕を動かして、私の首へと伸びている彼の手に触れた。
しなやかな筋肉の付いた腕に触れると、凄くドキドキして、胸の辺りがきゅうっとなる。
そんな胸を締め付ける腕に触れながら、私は伸びたまま放置している爪を立てた。
ガリッ、顔を顰めることはなかったが、目を丸めた彼が、あぁ、と言うようにゆっくりと腕の力を抜いていく。
腕が離れた瞬間に、一気に入ってくる酸素。
大きく噎せれば、萎えた、と言わんばかりに溜息を吐き出す彼。
「ごほっ、はっ……はー、ごめん」
自分で自分の喉を撫でながら謝罪をすれば、もういいの?というように腕が伸びてくる。
まだダメ、そう言ってその手を掴めば、眉間にシワが寄った彼の顔が代わりに近付く。
生命の危機的状況に陥った時には、子孫を残そうとするためにそういう動物的本能みたいなのが働くのは知っているけれど、今は私の方が生命の危機だと思う。
だから、そんなに性急になる必要はないんじゃないかな、そう言いたい――言えないけれど。
言葉を探すように彼から視線を逸らせば、降りてくる唇。
腕は熱いくらいなのに、何故か唇はヒンヤリとしていて私の唇の熱を奪う。
互いの唇をなぞるように這わせていると、歯が突き立てられる。
マジかぁ、マジなのかぁ、相変わらず酸欠状態らしい頭でそんなことを考えながら、唇に突き立てられた歯の感触に眉を寄せた。
柔らかな肉を噛みちぎるように力が加えられると、口内に広がる鉄の味。
加虐趣味、そんな単語が出てくる。
血液混じりの唾液を飲み込めば、突き立てていた歯が引っ込められて、彼の顔がゆっくりと遠ざかっていく。
楽しそうに歪められた口元は、三日月型だ。
「首輪みたいだ」
「え?……あぁ」
うっとりと独り言のように呟いた彼は、私の首を撫でる。
撫でながらさり気なく私の手を払っている辺り、本当に自分勝手だとも思うけれど。
自分で言うのも何だけれど、そんなにアウトドア派じゃないから、肌の色は白い方で、きっと彼の手の跡がくっきりと浮かび上がっていることだろう。
それを嬉しそうに見つめる彼の目は、黒々と光っている。
あぁ、はい、嬉しそうで何よりです。
彼が嬉しそうならば私も嬉しい。
最早擦り込みにも似た愛情は、ほぼ無制限かつ無償だ。
まるで我が子に注ぐもののようで、私達の関係性がほんの少し揺らいでしまいそう。
「あっ……はぁ」
ぐっ、と声帯を潰すように首を締められる。
前置きなしの行動はいつものことなので、今更過ぎて文句を言う気にもなれない。
ただ、突然のことに眉を寄せた私を、獣みたいに光る目で見下ろして笑う彼を見られるのは幸せ。
下半身を締めて、体の奥を叩かれる度にお腹の辺りがきゅんと鳴る。
はぁ、と艶っぽい吐息を漏らす彼を見上げる私は、相変わらず酸素を求めて喘ぐ。
流れる唾液を舐め取られながら、二人で欲を吐き出すためにひたすらに快楽を貪る。
ギリッ、と彼の爪が喉に突き刺さって、目の前が白く弾けた。
温かい液体を感じながら、酸欠状態の頭のまま目を閉じれば、締められていた喉を撫でられる。
汗やら何やらでベタつく体を、ベッドに沈めて泥のように眠ろう。
私の中から出ていく彼を感じながら、軋むスプリングを聞きながら、隣に落ち着くであろう温もりを待ちながら、ゆっくりと意識を手放していく。
目が覚めた時には隣には、同じく泥のように眠る彼がいて、行為の証拠として私の首には、首輪のような痣が残っているのだろう。