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誰が為にピアノは響く  作者: 神崎葵
7/20

そして、また少年は立ち止まる 弐

菅野の様子が可笑しいものの、長谷部涼平は心中穏やかではなかった。

それも亡くなった自分の元恋人の家族がいる京都に旅行に行くからだった…。

涼平視点で描く京都修学旅行編 1、2日目。

 修学旅行の前日に眠れないというのは、本当は期待や希望で溢れている夜の事をいうのだろうが、俺の場合は例外だった。

 正直、不安が多かった。

 きっと自分は、その場所に行けば何かが変わると期待しているのかもしれない。

 自分はどうしたいのだろうか、許されたいのだろうか。

 そんなことばかり、ここ数日考えてばかりだった。

 自室の天井をベッドに横になって見上げる。

 まだ寝るには少し早い時間だが、もう明日の準備が終わっていて、あとは気持ちを整理させることだけだった。

「旅行とか楽しんでいる場合じゃないだろう」

 また、あいつが声をかけてくる。

 まったく、プライバシーもあったもんじゃない。

「入るなら、ノックくらいしろ」

「それは失礼、恥ずかしい場面だったら気まずいもんな」

 そういうことじゃない、と言いかけて止める。

 こいつと言い合っている気分じゃなかった。

 起き上がると、黒のキャップに顔を隠した、黒のジャケットに黒のスカートを履いた少女が扉に寄りかかっていた。

 こいつはモトと言って、自分の事を死神と名乗る。

 それだけで怪しいが、色々な経緯で信じなければいけない状況にある。

「君はそろそろ生き返る為の努力をしたほうがいい」

 彼女の言う努力とは、菅野を幸せにする努力ということだろう。

 確かに、彼女を幸せにしないと俺の来年は来ない。

「人生最後の修学旅行ぐらい楽しんでもいいだろう」

 モトは、深く溜め息をする。

「君は馬鹿か?」

 この態度はいつも殴りたくなる。

「修学旅行だからこそ、彼女と接する機会も多くなるのだ…この機会に彼女が望んでいる事を聞き出すのが先決だろう」

 彼女の言っている事ももっともだった。

 しかし、自分としてはそういう気分じゃなかった。

「どうした、急に黙って?」

 確かに今は自分が生き返る事を考えるべきだと、分かっていても明日のことを考えてしまう。

 文化祭以降、俺は菅野と仲は良くなっているが、彼女の願いを聞き出せずにいた。

 行き詰まっていて、どうするか悩んでいたのも事実だった。

「モト、一つ聞きたい…」

「なんだ?」

 そう言って、また溜め息を吐く。

 俺はずっと気になっていた事を口にするか迷った。

「いや、良い…」

 そうだ、それを知った所で何一つ今を変えられない。

 そう思い、俺は不貞腐れた様に布団に潜り込んだ。



「涼平、食べるか?」

 新幹線の中、通路を挟んで反対側の席に座る菅野がスナック菓子の袋を差し出してくる。

 まだ、菅野に名前で呼ばれるのに馴れない。

「お、おう」

 咄嗟に袋に手を入れる。

 誤摩化す様に、何か別の話を切り出す。

「新幹線も久しぶりだな」

「新幹線が嬉しい年齢でもないだろう」

 冷静ぶる戸松が涼しい顔をしていると、いつもの事の様に日高が入ってくる。

「香澄は、実は修学旅行を凄く楽しみにしていたんだよね」

「な、な…なんで言うのー!」

 一瞬にして、戸松の顔が真っ赤になる。

 こう言うときだけは可愛い女の子の顔になる。

「へー、さっきから文句製造機だった戸松が、ねえ…」

「う、五月蝿いぞ!」

「可愛いところもあるんだな」

「リョウ、殺す!清水の舞台から突き落とす!」

 あまり揶揄うと、年末の前に命を落としかねないので止める。

「ボクは雪乃や悠木さんみたいな、女友達と旅行出来るのが楽しみなんだよ」

「か、香澄…ありがとう」

 感動している菅野。

 確かに戸松と菅野の相性は凄く良いと思う。

 ある意味、二人が仲良くなってクラス内のヒエラルキーの頂点が手を組んだような気がしたていた。

「リョウや裏切り者と遊ぶのが楽しみなわけじゃない!」

「ツンデレなんだから」

 更に戸松を茶化すと、今にも殴り掛かりそうなポーズを取る。

 それを止める様に、菅野は彼女を落ち着かせようとする。

 ふと、一瞬だけ菅野の顔が暗くなった気がした。

「香澄は部活忙しいの?」

「ううん、部活とは別にバンド活動もやっていて、そっちのが忙しいんだ」

 戸松を落ち着かせる為に、菅野が話題をすり替えたようだ。

「バンドもやっているんだ…」

「まだ結成したてだけどね」

「またライブ来てよ」

「うん、是非!」

 こういう時、菅野は凄く純粋に相手と会話をする。

 そんな所が、きっと俺は応援したくなったのだろうと思う。

 そして、戸松と仲良くなって日常が楽しくなったのも事実だ。

「リョウは来てくれないんだ…本当に薄情だよね」

「お前、そういう所あるよな」

 そして、この二人が組むと倍以上に面倒になったのも事実だ。

「俺、酷い言われようだな…」

「最近遊びに誘っても、忙しいの一点張りだしさ」

「それはお前らが…」

 へこんだポーズをする戸松に反論しようとして止める。

 その先の言葉は、今は言うべきじゃないと判断した。

 日高と戸松はもう少し、自分たちが恋人であることを自覚してほしい。

 そして、俺も菅野が日高を好きだった事を忘れそうになる。

 彼女の中では、今ではどんな状態か怖くて聞けなかった。

「なんだよ?」

「何でも無い」

 ふいと、違う方向を見て逃げる。

 それを察してか、菅野が俺を揶揄ってくる。

「涼平は反抗期だね」

「生徒会一の問題児に言われたくないわ!」

「雑務のくせに、大きく出たな。帰ったら夥しい数の書類整理を押し付けてやる」

「お前、それを職権乱用と言うんだぞ」

 菅野の意地悪に、俺も自然と笑顔になる。

 こういうやり取りを、最近多くしているが、不思議と楽しく感じる。

「相変わらず、二人は仲が良いね」

 俺らのやり取りを見て、戸松が茶化してくる。

 まだ彼女は俺を疑っているのだろうか。

「こ、今回は多めに見ておいてやるか」

「上から目線過ぎるだろう」

 不自然に菅野が会話を切って、視線を窓に向けてしまう。

 俺はそれを追う事もなく、自分も視線を前に向けて少し考える。

 自然と溜め息が出てしまう。

 特に深い意味は無かったが、どうしても京都に足を向けるのに不安があった。

「京都って…涼平は大丈夫なのか?」

 溜め息に反応してか、日高が小さく声をかけてくる。

「何が?」

「京都って、今井さんの実家があるよね」

 恍けて見せたが、日高が分かっていないわけがなかった。

 智と日高は実際二人だけで話している場面は、ほとんど見た事がなかった。

 ただ同じ様な波長を持っていたので、二人して俺や戸松の揚げ足をよく取って笑っていたのを覚えている。

「今は、家族で実家に戻っているはずだな」

「今井さんの妹もあっちにいるだろう?」

「大丈夫だろう」

 強がりだった。

 多分、日高もそれ分かっているのだろう。

「ま、広い京都で偶然会うなんて事ないだろうけど…」

 気休めの言葉を最後に投げて、それからその会話は終了した。



 京都に着くと、すぐに班に分かれて各自の目的地に向かう。

 俺らは最初の目的地である清水寺を目指した。

 そこで何故か菅野に絡まれて、ムキになって相手したら戸松に凄く怒られた。

 その理不尽さに苛立を覚えながら、俺は日高と悠木さんと清水寺の門前にある清水坂のお茶屋さんで休憩していた。

「ごめんなさいね」

「何で、悠木さんが謝るんだ?」

「雪乃は絡まってしまうの」

「知っているよ」

 彼女が理由も無く、人に何かを押し付ける事は無い。

「誰かの為になると、周りが見えなくなるんだよね」

「それが分かっている…だからこそ、だよ」

 菅野という人間は暴走しがちだが、それは自分ではなく他の誰かの為のケースが大半だ。

 日高の時もこれくらいアグレッシブだったら、俺の助けなど必要なかったと思う。

 それに今回は、その相手が誰か薄々気付いていた。

 明らかに俺が新しく恋愛をするように勧めてくる。

 これで意図が分からないほど、俺は鈍感ではなかった。

 しかし、こういう場合は漫画や小説の主人公みたいに、好意に気付かない鈍感さが羨ましく思う。

 知らなければ良かった事など、山ほどある。

「涼平は恋愛の話が苦手だからね」

 今の日高の言葉が、俺ではなく悠木さんに向けられたものだろう。

 日高も多分気付いている。

 だからこそ、今彼女に警告したのだ。

 今はまだ駄目だ、と。



 それから旅館に戻り夕食を取り少しの時間をボーッとして過ごす。

 そこから思い立った様に、制服にもう一度着替える。

 同じ部屋のクラスメイトには、適当な嘘を吐いて抜けだす。

 少し遠回りして、旅館のエントランスに出ると、一度隠れて教師がいないか出入り口を覗く。

 私服を持ってくればと後悔するが、出発までは行かないと決めていたのだ。

「涼平、どこか行くのか?」

 飛び上がりそうになって、後ろを振り返ると日高が立っていた。

 胸を撫で下ろす。

 教師よりも、見つかってはいけない人間がいる。

 そして、そいつは必ず俺を止める。

「ちょっと出るから、点呼を適当に誤摩化しておいて欲しい」

「風呂とかどうするんだ?」

 そういえば、この後は部屋ごとで大浴場で風呂に入るのだった。

 しかし、この時間に出ないと点呼までに戻れない。

「8時までには戻る…部屋ので済ますよ」

「何処に行く気?」

 確信を迫る質問をされる。

 日高はきっと分かっていて聞いているのだ。

 先日まで気にしていない素振りをしていただけに、後ろめたかった。

 しかし、ここで嘘を言っても何の意味も無い。

 俺は少し躊躇いながら、本当の事を言うことにした。

「…墓参りだ」

「涼平…」

 大きい声を出す日高が、ハッとして周囲を見回す。

「今行っても、まだ何一つ答えは出ていないのは分かっている」

 そうだ、智の墓参りに行っても、何一つ解決しない、何一つ変わらない。

 今まで一度も俺は、彼女の墓参りに行かなかった。

 しかし、何も変わらないと分かっていても、どうしても彼女の墓前に行きたかった。

 項垂れる俺を、日高は優しく笑顔で返す。

「涼平は、行くって言い出す気がしていたよ」

「すまん」

 そんな時、後ろで足音がして振り返る。

 教師かと思ったが、その人物は俺が気付いたと思い隠れる。

 しかし、バレていると思って、すぐに出て来て、俺らの元に近付いてくる。

「長谷部君と日高君」

「悠木さん」

 彼女は何か言いたい素振りをして考えると、少しして俺に質問を投げる。

「今の…墓参りって…」

 言葉に一つ一つ踏み込みながら、彼女は最後には言葉を切る。

 やはり、そこから聞かれていたか。

「知り合いの墓参りに行ってこようと思ってね」

 我ながら苦しい言い訳だが、嘘ではない。

 しかし、さっきからの様子を見ていれば、ただの墓参りに行くだけではないと思っているだろう。

「以前、長谷部君が恋愛したくないって言っていた理由?」

 意外と的確な推理をしてくる。

「どうして、そう思うの?」

「長谷部君は無理している時は、少し引きつった笑顔をするんだよ…遊園地で私の質問に答えていた時と同じ顔を今もしたから」

 驚いた。

 自分でも気付かなかった。

 確かに家族に、愛想笑いが下手糞と昔言われたのを思い出した。

 しかし、それを日高ではなく、最近話す様になったクラスメイトに指摘されると思いもよらなかった。

 そして、こうやって俺が何も言い返さないのが、返事となっていた。

 彼女が俺の表情を見て、少し寂しそうな顔をする。

「やっぱりそうか…」

「皆には黙っていてくれないか?」

 俺の言葉に、彼女が「え?」と聞き返す。

 悠木は真っ先に菅野に相談しそうだし、それが一番耳に入れたく無い人物に届いてしまう可能性もある。

「特に戸松には知られたくない」

「俺が言うかもよ」

 意地悪そうに、要注意人物に一番近しい人間が笑う。

 しかし、秘密にしておくのは止められるからだけではない。

 戸松という人間はきっと、俺以上に俺の心配をする。

 彼女が俺の立ち直る事を、誰より望んでくれている事を知っていたからだ。

「これだけは秘密にしておいてくれ」

「彼女に隠し事させる気?」

「すまん」

「分かっているよ」

「ありがとう」

 二人の口止めを確認すると、俺はそのまま出入り口を目指した。

 その矢先、悠木から背中に「ねえ」と声をかけられる。

「長谷部君は、まだその彼女の事が好きなの?」

 彼女の問いに俺は振り返る事なく、こう答える。

「正直、分からない」

「そっか…」

 顔を見ていないから分からなかったが、彼女の声は凄く寂しそうだった。


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