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誰が為にピアノは響く  作者: 神崎葵
6/20

そして、また少年は立ち止まる 壱

菅野の様子が可笑しいものの、長谷部涼平は心中穏やかではなかった。

それも亡くなった自分の元恋人の家族がいる京都に旅行に行くからだった…。

涼平視点で描く京都修学旅行編 1、2日目。

 俺らは文化祭という一大イベントを終えて、次のイベントに期待を膨らませていた。

「文化祭も終わったし、次は修学旅行か」

 昼休みに、俺はいつも通りに日高と戸松と食事を終え、俺の席の周りで話していた。

「京都だっけ?」

 俺の何気ない言葉を、横に立っている日高が拾う。

 向かいの席で椅子をこちらに向けて、戸松は俺の机でゴロゴロしている。

「そうそう、北海道行きたかったな」

 挙げ句に文句ばかり言う。

 こういうイベントごとになると、戸松は極端にわがままになる。

 大概、こういうネガティブな戸松の意見には、日高がフォローをする。

「俺は京都も好きだけどな」

「ボクは海外のが良かった!」

「香澄は前からずっと言っているね」

「ヨーロッパとか贅沢は言わないから、せめてグアムとかが良かったな」

 そこから我侭を言い続ける戸松と、ポジティブな意見を言う日高。

 この光景は、俺らが小学生の頃からのお決まりである。

 しかし、最近二人が付き合いだした事もあって、このやりとりがバカップルの戯れにしか見えなくなった。

 二人のやり取りにも、正直付き合いきれないので話を変える。

「そう言えば、今日は班分けするんだっけ?」

「うん、自由に四、五人で班を作って良いらしいよ」

 昨日、ホームルームで沢城が言っていたのを思い出す。

 自由に一組を作って良いという。

「ボクら、三人と…」

 当たり前の様に、戸松は俺もメンバーに入れる。

 別に嫌ではないが、女子だけでグループを組むという選択肢は彼女には無いらしい。

 周りを見回して、彼女は誰かを探す。

 親交が深いクラスメイトの豊崎や千原あたりだろうか。

「ねえ、雪乃!」

 そして、戸松が呼んだのはよりによって、菅野だった。

 菅野は席で弁当箱を片付けながら、悠木さんと話していたようだった。

「おい」

 咄嗟に戸松の肩を掴んで、小声で止めようとする

 しかし、もう菅野は戸松の声に反応して、こちらを向いていた。

 よりによって、彼女を選ぶとは…。

 そして、彼女は俺らのもとに歩いてくる。

「どうしたの?」

「雪乃と悠木さん、もう修学旅行の班を組む人を決めてある?」

 戸松の質問に、菅野は首を横に振る。

「まだ決まって無いよ」

「じゃあ、ボクたち三人と一緒に組まない?」

「おい、戸松…」

 流石に、俺も割って入る。

 菅野は以前、戸松の彼氏である日高に告白している。

 言うなれば、元恋敵だ。

 そんな相手を班に誘う、戸松の意図がまったく読めなかった。

「うん、良いよ」

 まさかの二つ返事だった。

 俺の心配を他所に、彼女たちは笑顔で話し合う。

「良かった」

「一応、結花にも聞いてみるね」

「うん」

 笑顔で菅野は、元居た場所に戻ろうと歩き出す。

 それを追いかけて、俺は菅野に小さく声をかける。

 ちょうど、戸松たちには聞こえない距離で会話をする。

「おい、菅野」

「どうした?」

「良いのかよ?」

「何が?」

 不思議そうに菅野は、表情でも同じ質問を投げる。

 本気で理解していないみたいだった。

 でも、きっと彼女は辛いに違いない。

「だった、お前はまだ…」

「長谷部って優しいよね」

 俺の言葉を、笑顔で遮ってくる。

 俺が口にしようとした一言は、きっと今は聞きたく無いのだろう。

 それもそうだ、彼女の中でどう諦めるかを整理している最中なのだろう。

「茶化すなよ」

「ありがとう、でも私は大丈夫だから」

「そうか…」

 自分の事でもないのに、彼女の顔を見ていると何故か凄く辛くなる。

 こうやって無理をしていても笑うのは、彼女なりの気遣いなのだろう。

 俺はその繕った笑顔を見送って、自分の席に戻る。

 そして、何故か戸松のテンションが下がっていた。

「どうした?」

「リョウ、そう言えば京都って…」

 彼女が何を言おうとしているか分かった。

 具体的な言葉を躊躇する姿に、俺は「ああ」とだけ返す。

 それは自分が会ってはならない人間、自分の事を一番に憎んでいる人が京都にはいることを知っていたからだ。

 偶然でも俺は、その人間に会う事はあってはならないだろう。

 その相手は昔の彼女、今井智の家族だ。

 彼らは家族を失った現実から逃げる様に、この地を後にした。

 その失った時に傍に居た俺の事など、顔も見たく無いだろう。

 それに、俺は彼らから彼女を―――――。

「大丈夫なのか?」

 戸松の言葉に我に返る。

 また、何か思いに耽ってしまったらしい。

「近くに行くだけだろう」

「お墓にも行かないのか?」

「そのつもりだ」

 俺は彼女が亡くなってから、一度も墓参りに行っていない。

 勿論、行きたかったが失くした家族の心境を考えると、どうしても自分は行くべきではないと足踏みしてしまう。

「ボクは行かない方が良いと思うな」

「行かないよ」

 珍しく、戸松はこの話題では消極的だった。

 いつもなら、無理矢理にでもポジティブな方向にゴリ押しするくせに、この事になると俺の意見を尊重してくれる。

「辛くない?」

「広い京都だ…知り合いにも会う事はないだろうし、大丈夫だろう」

「それなら良いけど」

 戸松は智とは仲が良かった。

 本当なら、この三人に智は必ずと言っていいほど一緒にいた。

 彼女と戸松はまったく別の性格だったが、「力の戸松、技の今井」と呼ばれるくらいコンビネーションは抜群だった。

 そんな戸松も俺に遠慮して、墓参りに行っていない。

 この話題になると、いつも暗い雰囲気になる。

 そこで、俺は無理矢理話をすり替える。

「それより、お前らは二人っきりで行きたい場所とかないのか?京都でも雰囲気のある場所とか多いんだろう?」

 日高と戸松は、俺の急ハンドルに目を丸くしたが、その意図を汲んでか話を合わせてくれる。

「ボクらは皆で行きたいんだけど」

「そうだね」

「相変わらずだな」

 文化祭以降も、この二人は俺を休日も普通に誘ってくる。

 誘うのはいいのだが、その頻度は二人が三割、三人以上が七割と比較的に少ないままだった。

 ある意味、本当に二人とも納得して俺を誘っているのかが心配だった。

「ところでリョウも、相変わらず雪乃と仲良いよね」

「そうか?」

 変な話の切り返しに、反応しきれなかったが嫌な流れだった。

「うん、リョウがボクたち以外で必要以上に絡むのって、珍しいと思うよ」

「確かに、信頼関係がある感じするしね」

 日高が追い打ちをかけてくる。

 正直、自分でも菅野と近い距離で話をするようになっていた事に、周囲の視線を気にしていなかったわけではなかった。

 特にこの二人は、この不自然な距離に違和感を感じるだろう。

 だが、俺はこの関係を断ち切ってしまうわけにもいかなかった。

 何故なら、俺はこの『菅野雪乃』という人間を幸せにしないといけないらしい。

 話せば長くなるのだが、夏休みのある日に俺は命を落としたらしい。

 その事実が事故らしく、今は一時的に生き返らせられている。

 生き返る資格があれば、俺は無事にこのまま生を全う出来る。

 この話も、いきなり現れた自称、死神のモトとか呼ばれる少女から聞かされた話なのだが、色々あって信じないわけにはいかなかった。

「普通だよ」

「後夜祭も一緒に何処か行っていたらしいし…」

 こいつ、知っていて…。

 こういう時に戸松の情報網は厄介だ。

「少し生徒会とかで話す機会が多いだけだよ」

「それなら平野さんも同じじゃないの?」

 躱そうとする俺を追随するように、日高が挙げ足をとる。

「それは…」

 流石に下手な言い訳をすると、自分の首を絞めかねないので言葉を選んでしまう。

 それさえ、彼らからすれば、こちらを責める材料になる。

「変な勘違いをするな!」

「ボクは何も言っていないよ」

 恍けた様に戸松は、微笑んで一歩下がる。

「確かに少しは他の女子よりは話しやすい…とは思う」

「あらやだ、急に素直になって」

「五月蝿い」

 あまり変な言い訳をしていても、無駄な気もする。

 別に誤解でない範囲で、話した方が良いと判断した。

 それに、菅野と話していて、不思議と楽な気分になる事も多かった。

 自分ですら戸松と日高以外で、ここまで自分の話をしても良いと思わされたのは沢城以来では初めてだった。

 元々は生き返る為に近付いたのもあったが、彼女の真っすぐな姿勢に信用に値する人間と思ったのだと思う。

「恋のバックアップをするくらいだしね」

 日高がろくでもない追い打ちをかけてくる。

 しかし、こいつらには俺を玩具にしたいという狙いがあった。

 ちゃんと話しても結末は同じだった。

「そうだぞ、コイツにはボクという彼女がいると知っておいて…」

「す、すまん…」

 確かに、あの時は二人の気持ちも考えられていなかった。

 菅野は日高の事が好きだと、偶然知ってしまった。

 そして、俺は菅野の恋の応援をしていたのだが、その最中に日高が戸松と付き合っている事を知らされる。

 どうする事もできずに、結局は菅野の背を押してやる事にしたのだが…。

「そんな真剣に謝るなよ」

 急に戸松が慌てる。 

 それなら、最初から弄るなよと思うが。

「どうせ、涼平は俺たちが付き合う前から菅野さんの気持ちを知っていて、彼女の気持ちを考えて諦めさせるのじゃなくて背中を押したんだろう?」

「お前はエスパーか…」

 時々、日高の察しの良さは異常だと思う。

 むしろ、読心術の心得でもあるのではないかと思う。

「遊園地に行こうとしたのも、バレバレだっての!」

「別にお前らを別れさせたいとか、そういうのじゃなかったんだ…」

 遊園地に行ったのも、確かに日高と菅野を近づけさせるためだったが、その時はまだ二人の関係を知らなかった。

「分かっているよ!リョウがそんな誰かを傷つけるような選択肢を選ぶ人間ではない事も、ボク達の事を祝福してくれていることも…だから、人一倍悩んだんでしょう?」

「ごめん」

「香澄も俺もリョウに一番祝福してほしかったんだ」

 日高のその一言で、戸松が真っ赤になって小さく「ああ…」と肯定する。

「だからって、新キャラとして登場した菅野さんを応援したのは、少し傷ついたけどね」

 何も言い返せなかった。

 最良だと思って、俺は菅野に玉砕覚悟でも日高に告白する事を勧めた。

 だが、戸松からすれば、自分より菅野を応援しているように映っていたのかもしれない。

「それだけ、菅野さんの気持ちが真剣だったんだろうって、リョウをこれだけ一生懸命にさせるくらいだから…だからボクもそれに向き合わないといけないと思ったんだ」

 こちらの心境を説明しなくても、ある程度理解してくれる。

 この二人と何年も一緒に居て、居心地の良さを感じている大きな理由の一つだろう。

 甘えだとしても、俺はこの関係が智を失った時の唯一の支えだった事も事実だった。

「ありがとう」

「それにしても、普段の涼平ならそこまで踏み込まないような気もするよね」

 俺の感謝の言葉など無視するかの様に、日高は攻撃を仕掛けてくる。

 勿論、相方はそれに便乗する。

「それ!それが気になっていたんだ」

「何がだよ?」

「何で、リョウが菅野さんの気持ちを知る事になったんだ?」

 菅野の立場もあるので、具体的な話を避けて来たが、まさかこうやって具体的に責められると話さないといけないだろうか。

「たまたまだよ」

「本当かな?」

 疑問の眼差しで、戸松は疑ってくる。

 上手くいったと思った、矢先に相方はフォローを入れてくる。

「涼平が好きだったけど、菅野さんの恋する相手が別にいたっていう…よくあるパターんじゃやない?」

「それだ!」

「『それだ!』じゃない!」

 これは誤解を招くと思い、強く否定する。

 二人はこういう話題では暴走しやすい。

「違うのか?」

「当たり前だ」

「面白くないの」

 俺の否定に、戸松は面白くなさそうにする。

 その次の瞬間に後ろから、別の声が届きドキッとする。

「どうしたの?」

 振り返ると菅野が立っていた。

 菅野は不思議そうに首を傾げる。

 その様子だと、どうやらたいした話は聞こえていないようだった。

「修学旅行の話をしていたんだよ」

 戸松も咄嗟に嘘で誤摩化す。

 それに俺も乗る様にして、話を切り返す。

「悠木さん、どうだった?」

「うん、是非一緒に行動したいって」

「やった!」

 戸松がガッツポーズをする。

「早速、来週に班行動で行く場所決めようよ」

「一応、ホームルームで発表されてからね」

 日高の一言で皆が我に返るが、まだ班決めは始まっていなかったのだ。

 それから、少しして戸松と菅野が名前で呼び合う様になる。

 そして、誤解を加速させる様に菅野が俺を「涼平」と呼ぶ様になった。

 最初は『リョウ』と呼ぼうとしていたが、何となく戸松のイメージが強かったので『涼平』にしてもらった。

 何故、いきなり呼び捨てなのか理由を聞いた。

 彼女は少し考えて、こう答えた。

「なんとなく」

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