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誰が為にピアノは響く  作者: 神崎葵
2/20

彼女と彼女の事情 後編

修学旅行に行く菅野は、涼平たちと同じ班になる。

しかし、この旅行前に悠木の告白から菅野はある悩みを抱えていた…。

 私、菅野雪乃という人間が、突然の告白には対応しきれない事を思い知らされる。

 十月の中旬の中間テスト最終日、いつものようにクラス委員としての仕事を終えて、教室に戻る。

 そこには、それもまたいつも通りに結花が、文庫本を読み耽って私を待っていてくれた。

 集中する様に、彼女は誰もいない教室にページをめくる音だけを響かせている。

 教室に私が入っても、気付かないほどに集中していた。

 結花とは、高校からの親友だ。

 たまたま一年の時に行った校外学習の班分けで一緒になり、そこから何となく一緒にいる。

 窓から一列挟んだ彼女の席に、時折カーテンの隙間から差し込む光に横顔が照らされる。

 その横顔に、少し見とれながらも声をかける。

「結花」

 親友は表情を変えずにこちらを見ると、少し優しく微笑む。

 こう見ると、本当に綺麗な顔立ちをしている。

「お待たせ」

 私が笑って近付くが、そこで彼女の様子がいつもと違う事に気付く。

 いつもなら、彼女は私が近付くと、帰る準備を始める。

 しかし、今日は本を閉じはしたが、立ち上がる素振りも無い。

「結花?」

「雪乃」

 真っすぐこちらを見つめてくる。

 その真剣な表情に後ずさりする。

「何?」

「うん…」

 少し溜める様にして、彼女は一度視線を窓の外に逸らす。

 小さく深呼吸をすると、「相談があって」と言葉にする。

 流石にここまで来ると、心配になる。

 こんな様子の彼女を知らない。

「どうしたんだ?」

「私…」

 また視線を逸らす。

 今度は逸らすというより、俯く形でゆっくり口を開く。

「…長谷部君が好きみたいなの」

 彼女の予想外の発言に停止する。

 長谷部君とは、涼平の事だと理解するのに十秒以上の時間が必要だった。

 しかも、できたリアクションは一言。

「…おう」

「雪乃?」

 不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。

「いや、凄く驚いて…」

 あまりに突然の話に、どうリアクションしていいか分からなかった。

 この一年以上で恋愛の話など、私から以外は出なかった。

 そこに来て、いきなり好きな人が出来たという報告。

 しかも、その相手があの長谷部涼平と来た。

「一緒に遊んでから何度か話す機会があって、それで私…」

 珍しく彼女は、恥ずかしそうに言葉を振り絞る。

 そもそも、こんな結花の表情一つ一つにすら戸惑ってしまう。

「何か意外な展開すぎて」

「そうかな?」

「アイツの何処が好きになったんだ?」

「どこだろう…言葉には出来ないけど…」

 結花が少し優しい表情になる。

 まるで、「私には分かる」と言われているようだった。

「でも気付いたら、いつも目で追いかけていたの」

 こう言うのもなんだが、結花の発言とは思えない言葉が多すぎて思考の処理が追いついていなかった。

 まるで恋する乙女だ。

 いや、恋をしているのだろうけど。

「もうすぐ修学旅行もあるし、これを機会に仲良くなれたらって…」

 そして、そのアグレッシブさにも驚かされる。

 いつまでも手招いていた自分とは、大違いだ。

「告白するのか?」

「簡単に言わないでよ」

 それもそうだ、涼平と遊んだのも先月の話だ。

 自覚して一ヶ月も経っていないのだろう。

「でも、雪乃…」

「どうした?」

「長谷部君と近くにいるという事は、自然と日高君も一緒にいるんだよ」

 そうだった、こういう気遣いをする人間だった。

 私が日高君を好きだった事を、結花は気付いていたらしく、失恋した後に話したら『知っていたわ』とサラッと流された。

 しかも、涼平に協力してもらっていた事も気付いていたという。

 私は、こういう性格だから彼女と親友でいれるのだと、再認識させられる。

「そんな事気にしていたのか?」

 私は「ははは」と、少し声に出して笑って見せる。

「雪乃」

「もう私は大丈夫だよ、フラレたらスッキリした」

「無理しないで」

 無理はしているわけではなかったが、やはり彼女にはそう映るのかもしれない。

 自分でも不思議なくらいスッキリしていた。

 一ヶ月も経ってないのに、今では日高君と香澄とは本当に仲の良い友人として接する事が出来る。

 しかし、そんな事を言っても彼女は理解してくれないだろう。

 そこで、少し強がっていることにする。

「確かに辛くはないわけじゃないけど、私の事は気にするな」

「気にするよ」

「それに意外と元気なのも事実なんだ」

 そうだ、どこかの馬鹿が失恋してから無意味に気を遣ってくる。

 放課後も何か「楽しいことしようぜ」とか、「皆で遊ぶぞ」とか提案してくる。

 挙げ句に、「幸せって何だと思う?」とか、どこかのセミナーの講師みたいな励まし方をして来て、本当のところの真意が読めない。

「生徒会の新人がお節介焼きでね、ずっと話を聞いてくれたから」

「何か嫉妬しちゃうな」

 自分の失言に気付く。

 それもそうだ。

 好きな人が違う女性の世話を焼いていれば、良い気分ではないだろう。

「ごめん、たまたま近くにいたから、話を聞いてもらっただけなんだ」

 深く反省する。

 そんな私に彼女は、「そういう所が、好きになったんだと思うわ」と笑って見せてくれる。

「それにしても、涼平か…」

「…おかしい?」

「ううん、ただアイツって凄く意地悪だろう?」

「それって雪乃にだけじゃないの?」

「そうかな…?」

 確かに、私に対しての扱いは他の生徒会メンバーとは大違いだ。

 そもそも、私と香澄にだけ意地悪すぎると思う。

 しかし、あまり意識して考えた事はなかった。

「そうだよ…それにけっこういい加減だしさ、時々偉そう。この前も私が貸したゲームで、私の記録を破ったって、自慢…」

 ハッとする。

 少し結花が羨ましそうにしている。

 何故だか、この話をしている時の結花は表情がいつもより分かりやすい。

「あ、ごめん」

「ううん、長谷部君って雪乃の前だと凄く自然だよね」

「そうか?」

 よく分からなかった。

 それだけ、自分と接している時以外の涼平を見ていないのかもしれない。

 そういう意味では、結花は彼の事をよく見ていた。

 ここで、本当に結花が恋をしているということが、ハッキリとわかった。

「うん、見ているから分かるんだ」

 そして、彼女は嬉しそうに話しだす。

 自分だけが知っている、自分の好きな人の話を。

「戸松さんと日高君以外には少し距離を取って話してるみたいなんだ。だけど、雪乃の前でも二人と同じ様に本音をぶつけているように感じるわ」

「気にした事ないな…」

「私、思うんだ」

 楽しそうな表情から、少し寂しそうな顔になる。

「長谷部君って雪乃の事が好きなんじゃないかって…」

「は?」

 そこで出た親友からの、推理に驚いて聞き返してしまう。

 涼平が私を好き?

「知っていた?長谷部君は、雪乃の前だと凄く楽しそうに笑うんだよ」

 結花は、切なそうな瞳で私を見ている。

 私は、自分に対する涼平の態度を意識した事はなかった。

 彼が自分をどう思っているも、深く考えた事が無かった。

 日高君に片思いしていた時に、疑問を何度も感じたが、そもそも彼はそういう打算的な行動で他人を傷つける人間ではないと後で知った。

 確かに、色々と疑問は多いが…。

 しかし、ここは結花を安心させる事を一番に考えるべきだと思った。

「文化祭の時も雪乃を探していたのもあるし」

「ないと思うけどな」

「最近急に仲良くなったのも、生徒会に入ったのも辻褄が合うわ」

「生徒会は先生の命令らしいよ」

「文化祭の夜、どうでも良い相手が失恋したからって探さないと思うわ」

 やはり、そこは疑問を抱く場所でもあった。

 なにより、私は涼平の好きな人を知らなかった。

 本人からは「今は居ない」という話しか、聞いた事が無かった。

「あれは私の気持ちを知っていたからだよ…長谷部はそういう奴なんだ」

 確信はなかったが、こういうしかなかった。

「私、長谷部君の気持ちを知りたいの」

 真剣な眼差しで親友は私に、一つのお願いをしてくる。

「協力してくれない?」


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