肝試し
夏だ、というので、肝試しをしようという話になった。
あたしの友達は、大半が怖いもの知らずだ。あたしもまぁ、そうである。
ただ、肝試しの開催場所を聞いたとき、あたしはちょっと驚いた。
その会場っていうのが、まぁ、つい最近一家惨殺の殺人事件が起きたばかりの一軒家なのだ。
あたしも、そこの奥さんとは何度か言葉をかわしたことがある程度の関係である。まぁ、みんなはそれを知らない。
不謹慎じゃない? とは思ったけど、最終的には、仲間たちに付き合うことにした。特に不満があったわけではないのだ。
その一軒家は、いま、廃屋になっている。肝試しにはもってこいなのだろう。
生真面目で家族思いの旦那さん、優しい奥さん、小さい子供が2人。いい家族だったな。
最後にお邪魔した日のことを思い出しながら、あたしは、肝試しの準備をした。
あたしが準備を整え、集合場所までやってくると、既に美樹、優奈、神崎くん、あとあっきーがいた。
「若菜ぁー、おそーい」
「いやぁー。たははー、ごめんごめん」
苦笑いしながら頭を掻くと、あたしが背負っているバックパックを指して、みんなが笑う。
「若菜、なにそれ。そんなに荷物持ってきてどうするの?」
「んー? まあ、なんか備えあれば憂いなしかなって」
「そんな緊張するタマじゃないでしょー? あ、でも肝試しは初参加だっけ?」
「うんー」
そう、あたしは肝試しは初参加だ。だから、実は勝手というのはよくわかっていない。
まぁ、きっと廃屋を歩き回って、お化けが出るかを確かめて、自分の勇気を試して、って、そんな遊びなんだろう。
お化けなんて、いないと思うんだけどなぁ。
まぁ、そう思いながら、あたしの心はちょっぴり浮かれていた。
このイベントは、ちょっぴりチャンスだと思うのだ。来ていた男子の片方に視線を向け、にっこりと笑ってみせると、彼は少し顔をヒクつかせて目を逸らした。
「なぁ、優奈知ってるか?」
「何を」
街灯の照らし出す住宅街を歩きながら、神崎くんが優奈に話しかけていた。
「これから向かう家、この間、例の殺人事件が……」
「知ってるわよ。だから、あなたたちが余計なことしないようについてきてるんじゃない」
優奈の発言はつんけんしたものだ。こりゃあ、脈がないな、とあたしは神崎くんに同情してやる。
「だいたい不謹慎よ。まだ事件から、そんな経ってないじゃない」
「ていうか、警察に見つかったら怒られない?」
「それ僕も気になってた。どうなの?」
美樹とあっきーも、相次いで神崎くんに尋ねる。
「いや、その……大丈夫、なんじゃねぇの……?」
「なにそれ、適当だなぁー」
神崎くんは、思ったより冷たい優奈の発言にダメージを食らっているようで、その発言は妙に頼りない。
「でも、怖い事件だったよねー。凶器とか、死体の一部とか、まだ見つかってないんでしょ?」
「みたいだねー」
美樹が今度はこちらに話を振ってきたので、あたしも相槌を打った。
そうなのか、知らなかった。あたし、あんまニュース見ないからなー。
最近は、家にいるときはだいたい部屋にこもってフィギュアとか作ってばっかりだ。こういうのは、あんまりよくないね。
まぁ、ちょうど材料もインスピレーションも足りなくて行き詰まってたところだから、そうした意味でも、この肝試しへのお誘いはありがたかったのである。
真夏の夜は、じっとりと蒸し暑い。ここは海も比較的近い土地柄だから、湿度が上がって不快指数も高い。
街灯には虫が集まり、公園からも、やはり虫の声が聞こえてくる。
「死体の一部が見つかってないってことは、やっぱ刃物なのかな」
列の最後尾で、あっきーがぽつりと呟いた。
「わかんねぇぞ。別の方法で殺してから、ノコギリとかでバラバラにしたのかも……」
「神崎くん、悪趣味よ」
「ま、中で幽霊が出てくれば、それに聞いてわかるかも」
神崎くんは相変わらず調子がいい。優奈はふんと冷たく鼻を鳴らしていた。
話をしていると、美樹があたしにそっと寄り添ってくる。
「どうしたの? 怖い?」
「こっ、怖くなんかないし! 怖かったら若菜みたいな奴に抱きついたりしないし!」
「ほお?」
ちょっぴり心外である。確かにあたしは背も低いし、肉付きも貧相なので、やや頼りないかもしれないが。
口の割に微妙に臆病な美樹と、クールな優奈、お調子者の神崎くん、そしていまいちキャラの薄いあっきーの4人に、あたしを加えたのが今のあたしの友達だ。
みんな、すごく良い子なので、あたしは結構、彼らのことが好きである。
だからこそ、こうして肝試しにも参加している。
「着いたぜ。ここだ」
神崎くんが言うと、あたしのよく知る、例の一家のお屋敷があった。
キープアウトのテープと、ブルーシートに覆われてはいるが、警察の人やマスコミの人は見当たらない。
「で、どこから入るの?」
優奈が尋ねると、神崎くんは自信満々の笑みを浮かべる。
「心配すんな。確か、こっち側に回り込むと、鍵の壊れた扉があって……」
そう言って、神崎くんが塀沿いに移動をはじめた。
あたしが後ろから、強烈な視線を感じたのは、その時だ。思わず、姿勢をびくんと正してしまう。
「あ、あー……ごめん」
あっきーが、おずおずと手をあげて話を切り出した。
「やっぱり、今回の肝試し、やめない?」
「今更何言ってんだ明人。びびったのか?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
神崎くんの問いに、あっきーは曖昧な笑みを浮かべたまま答えない。
「と、とにかく僕は用事を思い出したから帰るよ。みんなも、できればやめといたほうが良いと思う。そ、それじゃあ!」
口早にそれだけまくし立てて、一気に背中を向けて来た道を走り出すあっきー。
みんなは不思議そうに首を傾げていた。
もしかしたら、あっきーは見たのかもしれない。アレを。
「……どうする?」
美樹が、恐る恐る尋ねた。
確かに、あっきーにあんな態度を見せられたら、戸惑うかもしれない。
「どうするって、そりゃあ……なあ?」
神崎くんも、さすがに戸惑っている様子だ。
しょうがないなあ。
あたしは笑顔を浮かべて、神崎くんにこう言った。
「気にすることないよ。一緒に行こう?」
「……美樹と優奈はどうする?」
「まあ、若菜が行くなら……」
「私も、2人が行くなら……」
当然、神崎くんも優奈が行くと言うなら首を縦に振る。
最初の勢いは若干くじかれたものの、すぐに、肝試しの再開がなされる運びとなった。
「じゃ、行こっか」
あたしは、3人の背中を押すようにして、鍵の壊された扉の方へと向かう。
あたしがみんなを元気づける言葉を吐くと、彼らも徐々に、勢いを取り戻してきた。
一方、あたしは、
「うーん……。3個か、足りるかなぁ……」
「若菜、なんか言った?」
「ううん。なんでもなーい」
まぁ、インスピレーションの補完には十分でしょう。
この家に最後にお邪魔した日のことを思い出しながら、あたしはバックパックから飛び出した鉈の柄を、ぐいと中に押し込んだ。