第7話 訓練と異変
さて、大樹への気持ちも再確認して、気合も十分。
ゆっくりしている暇はない。
早速訓練に入ろうとしたところで、アリアが急に何かに呼び出されたように反応して、どこかに急いで帰っていった。
携帯とかを持ってるように見えないのだが、何か遠距離でも伝える手段はあるのだろうか。
まあ、相手は神様だしな。何でもアリだろう。
実際、俺とアリアは、心話?というもので喋っているらしいのだ。実感はあんまりないのだが。違和感が無いということが逆に違和感になるほど、俺はこの木での体で自然に物を見て、自然にお喋りすることができている。
もともと俺の魂が木という体に親和性があったのか、それとも転生段階でアリアが何かしたのかは分からないが、まあ不便を感じるよりはいいことなんだろう。
さて、アリアはいなくなってしまったが、訓練にでも入ろうか。
しかし、アリアが去り際に少し変なことを言っていたな。
何でも、「まだ、あんまり張り切りすぎちゃダメだよ」とか。
俺の体調でも心配してくれているのだろうか。いや、あのアリアに限ってそんなことはあるまい。大体、この世界樹の体はそう疲れないし、そもそも訓練内容自体も、あんまり肉体を酷使するものでもないしな。むしろ精神力の問題だ。
それとももしかして、最初張り切りすぎた末の尻切れトンボ。三日坊主の心配か?
うん。それならありそうだ。何しろ今までの行動に前科があるだけにな。
恐らく働くことへの俺の現在の信用は、最低値なのではないだろうか。
これからしっかりと信用を取り戻していく必要があるだろう。
よしっ、頑張ろう。さあ、やるぞー!
それから俺の特訓の日々が始まったのであった。
俺の主な訓練は二つである。
一つは基本となるマナの操作の訓練。これは今までの精霊体の練習とたいして代わり映えはしない。
とにかくマナで構成された精霊体を正確に、そして精密に動かせるように訓練するのだ。
精霊体を操るのは、慣れないうちはまるで糸繰り人形を動かすかのようなものであるのだが、まずはここから先の段階を目指す。
基準となるのは、あの、マナの還元をした時の感覚。
自分の感覚をマナと一体化させ、マナを自分の手足のように動かせる様にする。
これを普段の精霊体の操作でも自然に行えるようにするのが目標だ。
手順としては、まず、これも訓練の一つなのだが、本体から意識してマナを均等に染み出させ、上手く周囲に漂わせる。そして、そのマナを精霊体として形づけると、少しづつそれに自分の意識を沈めていく。
ここで注意しなければならないのは、完全に沈めきってはいけないということだ。
精霊体の方ばかりに意識を集中させすぎると、本体への意識が薄くなる。
しかし、それではいけないのだ。
重要なのは、広く俯瞰的な視点と、深く沈み込む感覚を同時に持つこと。
これが一番難しい。
そしてもう一つの訓練。これが新たな訓練兼世界樹の仕事でもある、マナの還元作業だ。
だが、俺の予想を超えて、これが意外と難航した。
最初の還元作業で、かなりスムーズに上手くいったので、俺はてっきり、もう還元作業はマスターしたものだと思っていたのだが、どうやらそう甘くはなかったらしい。
実際に一人でやってみると、これが中々上手くいかない。マナに意識を沈めることまではできるのだが、マナを溶かし、ほどき、還元することが難しく、失敗ばかりしてしまうのだ。
最初の時の半分の量ですら、当初の成功率は半々といったところだろうか。ましてや最初の時の量やそれを越えた量となると成功率は一気に減少する。
最初の時は、アリアが隣からアドバイスをしながらやったものだが、あの時の感覚がどうしても再現できないのだ。
あの時がどうにも上手く行き過ぎていたことを考えると、どうやらあの声にでも一種の暗示がかかっていたのではないだろうか。
今の俺が、最初の時の感覚を頼りに練習していることを考えると、アリアは最初に成功の理想の感覚を掴ませて、それを基に練習させる計画だったのだとも考えられる。
そう考えると、自分の行動が、どこまでもアリアの手のひらの上のように思えて、少し恐ろしいものがある。いや、頼りがいがあるといえばあるんだが、ここまでお見通しだと、むしろ恐怖のほうが勝るのである。
ともあれ、数をこなすうちに次第に最初の量程度は八割程度の確率で還元できるようになったのだが、そこで更なる壁を迎える事になる。
それは意識を広げる範囲の限界である。
マナの還元のためには、その還元する範囲に自分のマナを拡散させ、浸透させる必要がある。
これは当初から、一定の範囲までは簡単であるのだが、それ以上がどうしても広げられない。具体的には最初の時、広げた果てにマナが破れそうになって限界を迎えたあの範囲である。
あれから何度か、マナの量を増して練習してみたのだが、どうやらあの範囲はマナの量の問題ではなく、意識を広げる限界の方であったらしい。どんなに量を増やしても、あれ以上大きく広げることはできなかった。
しかし、そこで諦める俺ではない。毎回の訓練の度に、ほんのわずかずつではあるが、範囲が広がっているのを見ると、これもまた、慣れと訓練の問題なのだろう。
毎日、少しずつマナの量を増やしながら、本当にギリギリまで意識を広げて、限界を突破していった。
勿論、上手くいくばかりでなく、失敗することも多く、意識を広げすぎた結果、何度気絶し、マナが制御下から外れてしまったかはわからない。
それでも俺は諦めず、新たなマナを染み出させるとこれを何度でも繰り返した。
その結果、訓練を始めて一週間後には、最初の範囲の倍近く還元できるようになった。
まあ、成功率は五分五分なんだが。
しかし、それでも大いなる進歩であろう。
さて、こういった訓練を大量に同時並行していく中で問題になったのが、マナの量の管理である。
精霊体を作るにも、マナの還元を行うにも、元手となるマナが必要になる。マナの還元作業後は確かにマナが数倍から数十倍に増大するが、失敗しマナが制御から離れる回数はその増大した量を上回っているのだから、話にならない。
ましてや、その還元作業の元手となる、世界樹が無意識的に行う還元作業で一日に得られるマナの量は限られており、当初は思う存分訓練することが難しかった。
勿論、俺もいくつか対策を考えた。例えばマナを消費する順番である。
今までは、アリアに言われこともあって、精霊化の後のマナは一度体内に吸収して、成長の為の養分としていた。
しかし、新たに、まずは精霊体の訓練をし、十分な訓練をしたところで、それに使われているマナを還元作業に利用する。こうすることで、マナを再利用することが可能になったのだ。
しかし、それでもまだ、限度がある。だから俺はさらに、使えるマナを求めた。
もともと、最初の還元作業のあとのアリアからのアドバイスで、還元作業を行ったあと、還元されて生まれたマナの半分近くを本体内に、成長用の貯金としてストックしていた。
しかし、そのせいで訓練に使えるマナが減り、訓練を行う回数が減ってしまうことを憂慮した俺は、一端成長が遅くなるのを覚悟の上で、まずは技量を高めるべく、そのストック分も外に出し利用することにした。
そうして膨大な量になったマナを、取り込む手間をかけず、外に精霊化の形で常に維持しておくことで、精霊化の訓練と、余計な手間を減らすことに成功したのだ。
考えてみれば、生存用のわずかなマナだけを体内に取り込んでさえいれば、それ以上のマナを取り込む必要なんてないのではないだろうか。
それならば、ほぼ全てのマナをずっと外に出しておいたほうが、よっぽど効率的なのである。
こうして、俺は一ヶ月に渡りマナの操作、そしてマナの還元の訓練を行った。
それによって、還元の方もそうだが、それ以上に操作の技術では、一ヶ月前とは比べ物にならないほどの精密さを手に入れた。
そして本体に意識をしているのと同時は勿論、集中してマナの還元をしている時でさえ、自然に精霊体を操作、制御し続けることのできるマルチタスク的な能力さえも手に入れたのである。
この訓練をしている間、アリアが一度も姿を見せない事は少々気がかりであったが、俺はきっとアリアは忙しいのだろうと勝手に納得していた。
まあ、前々からも、ほんのたまにだが、アリアが一ヶ月近く姿を見せないときはあった。
その上、考えてみると、この訓練前の俺が落ち込んでいた三日間、アリアはこっちにずっと居たのだ。
それまで、どんなに短いスパンでこちらに来ても、半日以上滞在したことのないアリアがそれだけの休暇を取ったのである。
その分の仕事が溜まってしまっているのではないだろうか。
だから心配するには及ばない。
逆に一ヶ月ぶりに出てきたところに、俺の成長ぶりを自慢してやろうじゃないか。
俺は、得意げにその時が来るのを楽しみに思っていた。
そう、何の問題もない。
訓練は順調に進んでいるのだから。
しかし、俺は気づいていなかったのだ。
それがゆっくりと、でも確実に始まり、進行していることを。
ヒントはあった。
前々からのアリアのセリフ。まだ説明されていないこと。
それらをしっかり覚えており、そして、アリアが最後に残していった言葉の意味をしっかり捉え、深く考えていれば、気づけたはずなのだ。
そう。それが便利なだけのものではなく、相応のリスクを伴うものであるということを。
全てを知っており、導いてくれるアリアがいない危険性を。
目に見える異変は訓練開始から、一ヶ月と三日目に起きた。