第5話 これまたテンプレ的なアレ
人生とは挫折の連続である。
思いがけない挫折。そういうものを積みさねる中で人は強くなり、荒波のような人生を生き抜くことができるのである。
しかし、そうだと分かっていても、辛いものは辛い。そう、今みたいに。
「ああ、死にたい。今すぐ死にたい」
俺は、半年経っても、相変わらず靄のようなぼやけた姿から一向に変わらない精霊体を操作し、膝を抱えた格好にさせた上で、かれこれ二時間はそう呟き続けていた。
まあ、実際には声は出てないんだけどね。本体に口は無いし。
しかし、精霊体の操作は、こういう役に立たない小ネタのような格好は器用にできるのに、手を動かしたりだとか、走ったりすることなどの基本的な動きはイマイチ上手くならないのはなぜなのだろうか。
……まあ、性格かな。あとは用途の使用頻度。
練習の最中、暇つぶしがてら、アリアとの話のネタとして、変な格好させまくってたしな。人文字とか。
……うむ。あそこまで完璧な「あ」の人文字が作れたのは、俺が人類史上初なのではないだろうか。
あれは、比較的自由な関節を作れる精霊体ならではだろう。
きっと他の人間には誰一人真似できまい。
まあ、そもそも真似したいとは誰も思わないだろうけど。
うーん、受けたんだけどなー、あれ。あの時のアリア、三時間は笑いが止まらなかったし。
…………
はあ。
それにしても憂鬱だ。これ以上ないほど憂鬱だ。
寝るか。そうだ寝よう。
かくして俺は再び眠りに就くのであった。
いや、まあ、植物に睡眠は必要ないんだけどね。
気分の問題?
さてさて、あの衝撃的な事実発覚から、早いもので、もう三日の月日が流れた。
ああ、衝撃的ってのはまだ世界に何もないことの方じゃなくて、まだこの世界では光合成ができない、ひいては俺がずっとニートだったっていうことの方ね。
まあ、とにかく三日。
この間俺が何をしていたのかというと……、まあ、何だ、寝てました。
……はい、そうですよ! 三日間ずっと、ふて寝してましたよ。何か文句ありますか。悪かったですね。
ふんっ! いいもん。すぐにニートなんて脱出してやるんだから。
大体そうだよ。働いていなくたっていいじゃないか。
今の俺は、別に誰かに頼って生きている立場なわけじゃないんだし。
自然の中で一人で生きてるんだしー。
一応、自立しているのですよ。
そもそも、俺はまだ世界樹としては生後半年なのです。
そう。まだ、子供なんだよ。
子供は働いてはいけないんだ。労働基準法で決まっているんだ。
うん。そうだ。そうに違いない。
………………
…………
……
……よしっ! 現実逃避終了。
さて、そろそろ前を向いて歩き出そうか。
よくよく考えてみれば、こうしてふて寝しているほうがよっぽど情けない。
今までのは、そう、前世の大学生活のやり残しの精算だったと思えば問題ない。
大学生なんて半分ニートみたいなもんだし。
今までのことは今までのこと。これから、その分も働けばいいだけのことなのだ。
ニートだって、社会復帰は許されるのだから。
さあ、やるぞ~!!!!!!!
俺はふて寝している姿をさせていた精霊体を立たせると、空に向けて高く拳を振り上げる格好をとらせる。
今の俺は今までの俺とは違う。やる気に満ち溢れた新しい世界樹。そう、NEW世界樹なのだ。
……とは言ったものの、まあ、実際何をやるかとかはまだ全然決まってないんだけどね。
世界樹が何やればいいのか知らないし。何ができるのかも謎である。でもまあ、探せば一つぐらい何かやることはあるだろう。
何も無かったら、その時は精霊体の操作訓練でもしよう。それでも、ふて寝してるよりはよっぽど生産性があるだろうし。
とは言っても、人文字や、今回の無駄な格好付けからも分かるように、あれ自体は一種の趣味みたいなもので、あまり何かの役には立たないんだけどね。正直、とても、仕事とは言えない程度のものなのです。
まあ、やってて楽しいけど。
「さて、じゃあ、やることでも探すか……」
そう俺が気合を入れ直して、ぐぅっと伸びをしている(精霊体にさせている)と……、
「あれ? ふて寝はもういいの? 意外と立ち直るの早かったね~」
……何かいた。
とは言ったもののも、この場合、考えるまでもなく、いるのはただ一人しかありえないんだが。というか、他にまだ生き物いないし。
一度それから意識を逸らしてみる。戻してみる。
やっぱり、アリアだ。どう見てもアリアだ。
「……いたんですか?」
「いたよー」
マジか。
「……いつから?」
「三日前からずっと」
ヤバイ。これヤバイ。
超恥ずかしい。
三日前から、ずっと帰らずにここにいたってことは、あれだろ。見られてたってことだろ。
この三日間で、あれこれ悩んだり、ふて寝したり、精霊体に変な格好させたり、精神統一のためお経を唱えたり、それが意外と楽しくなって妙にハイテンポなリズムに乗せてお経を歌ったあげく、精霊体での振り付けを考えて、最終的に15分のブレイクダンスまで完成させたりしたのが、全部見られていたってことだろ?
ヤバイ。死にたい。
誰も見られていないと思って、大声で「YО」とか連発しちゃってたよ。恥ずかしい。
「……ひ、暇なんですね」
「うん。君ほどじゃないけどね」
死にたい。本当に死にたい。もういっそ殺してくれよ。
人間だったら今頃穴を探して這いずり回っている所である。
まあ、今は俺の精霊体が実際にそれをやっているのだが。
ああ、あいにく穴は見つからなかったようだ。見つかっても本体は芽だから入れないんだけどね。
「いたなら、声かけません? 普通は」
「何か取り込み中だったしね。いや、楽しそうで何よりだよー」
楽しかったよ。たったさっきまではな。
「もう、なんなんですか! 神様なんてのは暇なんですか!? ここにもちょくちょく来ますし。暇なんですね!」
「いや、まあ、そうでもないんだけどね。でも、まあ、最近はだいぶマシになったのかな?」
「本当ですか? また、俺の時みたいな不注意を起こすんじゃないんですか?」
これは嫌味だ。羞恥心からの八つ当たりの嫌味だ。
「それは、まあ、大丈夫。一応、対策したから」
「そうですか……」
「あれ? もしかしてまだ恨んでる感じ?」
「そりゃあ、まあ、ほどほどに」
恨んでないとは言わない。正直、せめて大学生活くらいはエンジョイしたかったから。
「うん。まあ、そのことは正直申し訳なかったとは思ってるんだよ」
でも、こう正面から謝られたいほどかというと、実際はそうでもないのだ。
ずっとなりたかった木になれた。まして世界樹なんて望外な代物だ。
過程はどうであれ、このこと自体は、前世の未練、家族や友人を悲しませることへの罪悪感や、まだやり残したことを惜しむ気持ちなどを差し引いたとしても、それこそ余裕でお釣りが出るほどに嬉しいことだったのだから。
それに、こうしてアリアを駄弁っているのは存外楽しいことなのである。
「そう、正面から言われるとこっちもアレなんですけど。まあ、本当の所を言うと、それほど恨んでもないんですけどね。まだ、芽ですけど世界樹になれましたし。あと、まあ、何ですか、こういう風にアリアとお喋りしてるのも楽しいですし」
「そう…… うん、ごめん。ありがと」
そう言って、いつものからかうような笑顔とは違う、少しはにかんだような笑顔で笑うアリアの姿は、何というか、その、まあ、可愛かった。
「……」
「……」
「……」
ああ、もうなんなんだこの空気は。
別にアリアの笑顔が意外と可愛いな、なんて思ってないんだからね。俺はロリコンなんかじゃないんだし。
だが、しかし、この空気はいただけない。
そう、よくある、別に普段はそんなつもりもないのに会話の流れでそういう雰囲気が生まれて、なんだか流されそうになっちゃった、という感じのアレである。
うん。アレはいかん、アレは。
俺はこんな感じの空気は苦手なのである。普通に人嫌いだし。できれば一人でいたい派だし。
だから悪いが話と空気を変えさせてもらおう。うむ、悪く思うな。
「ああ! そういえば!」
「うん? そういえば何?」
空気が変わった。アリアも軽い感じで答えてくる。
どうやらアリアもそれほど流されていたわけではないらしい。
まあ、会って半年だしな。やはり、単なる会話の流れというやつだったか。
ふむ。動揺しなくて良かった。しかし、こういうのがあるから真面目に他人と話すのは面倒なのだ。
まあ、流れも変わったし、これで一安心かな。
しかし、話を切り出したのはいいが何を話そうか。ああ、そうだ。この前の話を聞いて疑問に思っていたことがあるんだった。いい機会だし、聞いておこうか。
「あー。そういえば、この間の話で、この世界がまだ、天と地しかないのは分かりましたけど、……「あ、あと世界樹もね!」……あー、はいはい、分かってます。一々揚げ足取らないでください。」
空気が変わったら変わったでアリアの反応がめんどくさい。しかし、まあ、こういうノリだけのやり取りは存外、楽しいものではあるのだが。少なくともさっきのような空気よりは好きだ。
しかし、今は本題がある。
「この世界がまだ、天と地と世界樹だけなのは分かりましたけど、他の物とかはいつ造るんですか?
山とか、海とか、生き物とか、人とか。
まだ造らないんですか?」
そうなのである。まだこの世界が、出来立てほやほやなのはいい。そういうものだ。
しかし、せっかくの異世界なのだから、やっぱりそれっぽくあって欲しい気持ちもどこかにあるのである。例え自分が望んで木という立場でそれに関わるのだとしても、元の世界とは違うものを見ているのは何となく楽しそうなのだから。マナとかあるから、魔法とか生まれそうだし。
なので、造るなら早くそれらを造ってもらいたいのだ。ぶっちゃけ造るところも見てみたい。
「うん? わたしは別に造らないよ?」
「え、造らない?」
予想外の答えであった。造らない? なんで? なんで造らないの?
嫌がらせか? 異世界を楽しみたいと思っている俺に対する嫌がらせなのか?
「というか、わたし一人じゃ造れないんだよねー、そういうのは。うん、無理」
……え? 造れない? 神様なのに?
「うん」
……じゃあ、だれが作るの?
「君」
……俺?
…………本当に?
「うん。君が造るの」
え?
えぇっ!?