第3話 芽? 目!
見渡す限りの荒野。その荒野に生える小さな芽。そしてその近くに浮く小さな右目。
そんな傍から見ればまるでホラーのような、気の弱い人なら気絶してしまうであろう奇妙な光景が今の俺の姿の全てだった。
あー、もう無理。頑張ったけど無理!
あの、どちらも傷を負う無益な言い争いの後、とりあえずおれは、幼女神様、改めアリアの話に従い、精霊体とやらの固定化を行うことにした。そして、なんか色々、半月近く悪戦苦闘した結果、出来上がったのが、本体の近くに豆粒のような片目だけが浮く、この光景である。
うん、ホラーだ。間違いなくホラーだ。
何故こうなった……
さて、ここで一つ唐突に質問するのだが、あなたは自分という存在をイメージしてくださいと言われてまず最初に何を思い浮かべるだろうか。
これがボクサーだったらよく使う利き手の腕なのだろうし、マラソン選手だったら足を思い浮かべるのだろう。中にはこだわりのあった髪型や、自慢の腹筋を思い浮かべる変人もいるかもしれない。
ともかくも、それはその人にとって、自分を象徴するものであり、自分のアイデンティティでもある物であるのだろう。
そして、俺の場合はそれが目であった。
何故と言われても明確な答えは無いのだが、あえて言うなら、目が片目だけやや細くアンバランスであることがコンプレックスだったからであろうか。他人からは気になるほどでは無いと言われるのだが、俺は毎朝、鏡を見るたびに何とか無理やり開かして大きさを合わせれないものか悪戦苦闘したものである。
さて、そんなわけで、アリアのアドバイスをもとに、なんとなく、まず目を、正確にはコンプレックスだった右目を周りの目元ごと作り、次に左目を作ろうとした段階で俺は違和感を覚えた。
それまで何の問題もなくすんなりと作れた右目に対し、左目に入った途端、イメージはできているのに、それを実際に姿として形成するのが難しくなったのだ。
何度かはかろうじてそれらしい物ができたのだが、しかし左目に意識を注ぎすぎるせいか、その時は今度は右目の方が薄れてしまい、全身は愚か両目すら満足に揃えることはできない。
何とかならないものかと半月近くも挑戦し続けたのだが、どれだけ経っても、いやむしろ時間が経つほど、右目以上の精霊体の具現化は出来なくなっていく。
そして遂に集中力と気力を使い果たした俺は諦め、今現在、この光景が浮かんでいるのである。
うん。なんかむなしい。目が浮かんだところでメリットはあまりないし。目だけに。
……
…………
………………
……はあ、あまりにも傷つきすぎてしょうもないことしか考えられなくなってきた。
この傷心を癒すには光合成しかない。
もう夜でとうの昔に日は沈んでるけど、そんなのは関係ない。
俺は光合成をするんだ。
よし、やるぞぉ。Zzz……
Zzz……
Zzz、Zzz…………
Zzz、Zzz、Zzz………………
……バキッ!!
「痛っっ!」
なんか後頭部に衝撃が走った。それも走ってはいけないレベルで。
なんとなくデジャヴを感じつつ、後ろを振り返ると。
やっぱり居た。やつだ。アリアだ。
「なんでまたサボってるかなぁ」
「サボってないです。光合成をしてたんです。夜だけど」
そう、サボってなどいない。自らの肉体の休息とともに、世界の酸素濃度の増加にも寄与しているのだ。
ビバ地球温暖化対策! である。
まあ、そもそもここは地球じゃないし、下手をすれば、この世界が球体ですらない可能性もあるのだが。異世界だし。
「ふーん、まあ、いいけどね。それで、そろそろ精霊化できた?」
「精霊化?」
「あー、例の精霊体の固定化のこと」
「略さないで下さい。無精ですね」
「やっぱり口が悪いね、君。まあ、いいや。見る限りできてなさそうだしね」
「見て分かるなら、聞かないでくださいよ。意地悪ですね」
「ははっ、意趣返してやつなんだよ。わたしのことをからかってばかりの人間には天罰が必要だからねー」
人間ごときの軽いジョークを根にもつとは心の狭い神様だ。いや、まあ、冗談なんだが。
しかし、まあ何だかんだいっても、この片目だけ浮いている姿を、人間的な姿の再現が出来ていると思う人は、よっぽどの変人か目玉に固執する猟奇犯くらいだろう。
神様でもそのへんの認識は変わらないらしい。
少し安心した。
アリアは現在会話できる唯一の存在だ。価値観の大きな相違は、円滑な会話を続けるのを困難にしかねない。創造神なんて存在はヘタをすれば、相手の肉体の有無にすら興味を持たないのではないかと考えていただけにその安堵感は大きなものである。
おっと、いけない。せっかくアリアが半月ぶりにやってきたのだ。精霊化?についてコツか何か聞けないだろうか。
正直、一人ではこれ以上は無理だし。かと言って、さすがに目だけの姿で過ごすのは心もとないものがある。いや、本体は芽なんだけどね。
「あの、精霊化ですか? これ何かコツとかないですかね? 右目だけは作れたんですけど、それ以上はどう頑張っても作れないんですが……」
「あっ、それ右目だったんだ。へー、右目と左目の区別って、こう目単体で見ると中々わかんないもんだよねー」
「いや、そういう話ではなくてですね……」
本当、この幼女神様と喋っているとすぐに話題がずれる。それはそれで楽しいのだが、こうして本題があるときはどうにも不便でしょうがない。どうにかしてもらいたいものだ。
「まあまあ、そうカリカリしないでっ。うーん、コツね…… でも、多分どんなに頑張っても、今はそれ以上は無理なんじゃないかな?」
「うん? 何でですか?」
「まあ、肉体を持つ生き物なんてのは、常日頃自分の体の形なんて気にしていないからね。意識してるとしてもどっか一部だけで、そんなに広範囲を正確に把握できないんだよね。でも、この精霊化で全身を表現しようとすると、全身全てに意識を広く注ぐ必要があるわけで。まあ、そんなのは普通の人間にはそう易易とできるわけないんだよね。後はまあ、慣れ、なのかな?」
「ああ、人間であるが故の習性てやつですか」
「いや、まあ、すでに君は世界樹だから人間じゃないんだけどね」
「ああ、そう言われてみれそうですね」
こうして荒野に一人でいると世界樹であるという意識はあんまり生まれてこない。することといえば、アリアとの会話くらいだけなのだ。世界樹であろうと、ニートと対して変わりないのではないだろうか。
「そもそも今の精度で作ろうとしても、マナの量足りてないんだよね」
「マナの量?」
「そうそう。前も言ったけど、精霊体は世界樹から溢れ出た余剰のマナを使ってるの。でも、まだ、君は芽だからあんまりマナが出てないんだよね。もっと成長しないと」
成長しないと、と言われても……
そんなに簡単に自発的に成長できるなら苦労はしない。
よく食べてよく寝れば成長できるのというか?
ん? それって光合成じゃないか?
よし、明日に向かって光合成だ。
寝る子は育つ!
「いやいや、そうじゃなくて! まあ、ともかく、今現在でのマナの量では、そんなに密度の高い精霊体を作るよりかは、もっとこう、薄く広く的にぼんやりと輪郭から捉えていく感じでいいと思うよ。また、マナが増えたら密度と精度を上げていけばいいし。そもそも全身に意識を注ぐいい練習になるしね」
うむ、どうやら自分は、初めから高度な物を求めすぎていたのかもしれない。
しかし、マナの量とか制限があるなら初めから言ってもらいたかった。
俺の半月はなんだったのだろうか?
いやまあ、半分位は光合成していたんだけどね。てへっ。
ともかくも、その後一日に渡る俺の必死の特訓と、二日間のアリアとの雑談(あれ?)、三日間の光合成(あれれ?)を経て、俺は精霊体(輪郭)を完成させたのであった。
うん、サボッテナイヨ。コレモ成長ノタメダヨ。
「いや、どう見てもサボってるから」(某幼女神)
んんっっ!
と、も、か、く、もっ!
かくしてこの大荒野に新たな彩が増えたのである。
さて、では早速、この素晴らしい新たな情景を描写してみよう。
まず、無限に広がるかのような雄大な大荒野。
青く突き抜ける、相変わらず雲ひとつ無い大空。
色鮮やかな緑が生命の息吹を感じさせる世界樹の芽。
……殆ど霧状のぼやけたような人間の男の輪郭。
その中にある、やや薄れたものの他の部位に比べてはっきりとした右目
(コンプレックスってすごい!)
……………………
………………
…………
……うん。新しく増えても、やっぱりその光景は、どう見てもホラーなのであった。
あれ? あれれ?