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生まれ変わるなら木になりたい!  作者: 神の狸
幼木の章 生まれる世界
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第29話 ただ赤く燃える

※主人公以外の視点です。

 視界は赤く染まっている。

 目の前に浮かぶ全てが赤い。 

 赤く。どこまでも赤く。

 

 僕はただ燃える。燃え盛る。


 考えることすら止めて。

 生きることすら諦めて。


 弱さを燃やし、世界を燃やし、自分すら燃やして。

 ただ、彼女の為に、皆の為に、そして、あの人の為に。


 ただ僕は燃える。

 燃えて、燃えて、燃えて。

 そして――


 





 僕は生まれてくるべきじゃなかったんだと思う。



 僕がそのことに気がついたのは、僕が生まれてすぐのことだった。

 僕が静寂に満ちた暗闇から初めて目覚めた時、そこには僕と同じで違う三つの存在と、全てを飲み込むような強大な彼女と、そしてあの人がいた。

 巨大で、そして孤独なあの人。

 彼をはじめて見た瞬間、僕を襲ったのは驚きでも、愛しさでも、感動でもなく、ただの恐怖だった。

 僕はあの人を見た瞬間直感してしまったのだ。

 

 僕は、火の精霊ソラは、あの人の天敵であると。

 僕の生みの親にして、僕の愛する父を僕自身が傷つけ、そしていつか殺してしまうのだと。

 

 そして僕は恐怖した。

 愛する人を殺すというその事実を、そしてそれを行うであろう僕自身を。

 恐怖し、そして疎ましく思った。


 僕は、生まれた瞬間、生まれたことを後悔したのだ。

 僕は生まれるべきじゃなかった。

 僕の心が、本能が確かにそう告げていた。

 


 でも、父であるあの人と母の、僕らの誕生を祝福する笑顔と、そして兄弟達の姿を見ている内に、僕は自分がこの感情を抑えるべきなのだということに気がついた。

 彼らは僕が生まれてきたことを肯定してくれた。

 生まれてきて良かったと思ってくれた。

 だから僕は、僕自身を苛むこの感情を抑えようと思った。抑えなければと思った。

 時間が経てば、時間という波はきっといつかこの感情を消してくれる。

 僕はそう信じることにした。

 僕は生きていける。そう思い込むことにした。

 

 それが僕の、――火の精霊ソラの始まりだった。







 燃える。ただ燃える。

 僕は何をしているのだろう。

 僕は何のために生まれてきたのだろう。

 分からない。

 分からないけど、今はただ燃えよう。

 それが、彼女と、そしてあの人のためになると信じて。


 





 時間は流れるように過ぎていく。

 僕と、兄弟と、母と、そしてあの人との暮らし。

 その一瞬一瞬が手のひらからこぼれ落ちる黄金の雫のように、儚くそして尊いものであることを僕は知っている。

 僕たちはいずれ旅立つ。

 その時には、もうこのような関係ではいられなくなるから。

 僕は、この瞬間を大事にしていたいと強く思う。

 でも、それはできなかった。

 

 僕が、あの人を傷つけるという予感。

 それは時が経てば経つほどに強まっていた。


 最初はただの直感であったその感覚は、僕が僕という存在を理解し、そして自らの力を扱えるようになるにつれて、確かな確信に変わりつつあったのだ。

 僕は他の兄弟に比べて内向的な性格である。

 それはあの人とのことから来ているものだけでなく、僕自身の生来のものであることは、僕自身がなにより把握しているつもり。

 でも他人と上手く関われないからといって、何も考えていないわけじゃない。

 むしろ内向的な分、表面には出さなくても、他の兄弟達よりもずっとずっと色んな事について深く考えてきたつもりなのである。

 そう! 他の兄弟達なんて屁でもないくらい色々――



 ……………………



 ――あっ、でも、やっぱりノンの冷静さには負けちゃうかもしれない。

 ノンは皆の考えを全て理解して、その上で色々考えてくるから正直僕には勝てないと思っちゃう。

 でも、それ以外の皆には――

 


 ………………



 ――あ、待って! やっぱり、ウィズの他人への考えの深さにも敵わないかも。

 ウィズは、自分のことはともかく、他の人のこととなると、すごい観察力と洞察力、思考力を発揮するから。僕も、色々お世話になったし、ウィズには勝てないことは事実なんじゃないかな? 正直、それは認めなきゃいけない気もする。

 いや! でも、だけど、きっとシルには――



 …………



 ――うん……。ごめんなさい。調子に乗ってました……

 シルは何を考えているのか僕には分からないけど、でもそれがすごいことなのだけは僕にもわかるから、正直言うと、僕が負けてることは最初から知ってた……



 ……



 お母さんは、ああ見えて、もう全てを見通しているようにしか思えないくらい色々知ってるし、やっぱり僕が一番何も考えれてないのかな?……

 一番内向的なのに何も考えれない僕って一体……


 あっ、でも! それでもお父さんよりは色々考えれていると思う!

 

 もうこれだけは断言してもいい。

 お父さんは色々考えが足りなさすぎるんだから。

 もう少し、色々考えてくれてもいいのに!

 本当に、考えなしだと思う。



 ……少し話がずれちゃったかもしれない。


 とにかく、僕はみんなには負けちゃうかもしれないけど、いろいろ考えていたのだ。


 特に自分自身についてはより深く考えていた。

 自分の存在。自分の特性。

 僕が火の精霊として強く成長し、そして自分について考えていく内に、僕はいつしか自分が何故あの人、お父さんを脅かすのかについて答えを得ることができた。

 それは簡単な事だった。

 そして当たり前のこと。


 僕は火である。木を燃やす火である。

 あの人は木である。火によって燃やされる木である。 


 僕にその単純な真理を教えてくれたのは、それは皮肉にも僕が生まれる際にお父さんから、その意識の欠片とともに分け与えられた知識だった。


 ――本当、これだけ単純なことなのに、お父さんが今まで気付いていないのは、本当にバカなんだと思う。僕がこれだけ気を揉んでるのに平気で近寄ってきて! 少しは考えてくれてもいいのに……



 まあ、ともかくも、事実は単純でそして残酷だったのだ。


 僕は火だった。あの人は木だった。


 ただそれだけの事実が、親子という関係や愛情を無視して、僕とあの人を引き裂いていた。

 それは単なる存在の相性の問題であり、そしてそれ故に克服することの叶わない、どうしようもない事だった。

 そのことをはっきりと理解したとき、僕は正直悲しかったし、悔しかった。

 僕とお父さんの絆がそんな物なんかに負けるなんて本当に悔しかった。

 でも、それは覆せない事だった。

 もっと、どうにかなることだったら良かったのに、それはどうにもならないことで、僕はやっぱり死にたくなった。


 でも、死ねなかった。

 死ぬつもりもなかった。


 僕には支えてくれる家族がいたから。

 隣にいてくれる兄弟がいたから。

 僕は生きてこられた。



 ウィズには本当にお世話になったと思う。

 僕がシルにいじめられている時も、うじうじしている時も、泣いてる時も、言いたいことが言い出せない時も、どんな時でも一番に気づいてくれたのはウィズだったから。

 一番に気付いて、そして支えてくれた。

 押し付けるのでも代わりにやるのでもなく、僕が動き出せるまで待って、そしてゆっくり話を聞いてくれた。

 正直、ウィズが落ち込んでいる時に、相談に乗ろうとしたら逆に相談してしまっていたことまであったくらいだ。うーん……、そう考えると僕はやっぱり情けないかもしれない……

 ともかくも、僕はウィズに助けられて今日まで生きてこれた。

 ウィズには本当に頭が上がらない。

 いつか僕もウィズに恩返しをしたいと思っている。

 ウィズが僕に頼ることなんてないとは思うけど。



 シルはいつも意地悪だった。

 僕の髪の毛をいじるし、色々いたづらしてくるし、正直あんまり好きじゃない。

 でも、それでも、どこか一番大事なところで常に何かを教えてくれるのはシルだった。

 僕が僕の存在を悩んで、ウィズに相談して、それでも答えがでなかった時に、僕を前に押してくれたのはシルだった。何だかんだ、僕はシルを信頼していたのかな?

 それに同じ男の兄弟ということもあって一番一緒にいた時間も長く、色々孤立しがちな僕をかまってくれること自体は僕も嬉しかったんだと思う。

 ……でも、そういうことをシルに言うと、シルは余計に色々してくる気がするから、やっぱり嫌いだということにしておこうと思う。

 いたずらされるのはイヤなんだもん!



 ノンは、兄弟の中では一番関わりの少なかったかもしれない。

 積極的に構ってくるシルや、いつも気にかけてくれているウィズに比べるとどうしても接する機会は減ってしまいがちだったと思う。

 ノンも僕とは違った意味で受身がちだし、同じ受身がち同士では中々話す機会もなかったから。

 でも、それでもその少ない機会からでも僕はノンに救われてきたんだと思う。

 話すことは少なくても、いつも見ててくれることは知っていたし、それにその正しいことは正しいという冷静な判断力は、僕をウィズとは違った形で安心させてくれた。

 ついつい不安になりがちな僕を冷静にばっさり切り捨てて、僕が僕であることを肯定してくれた。

 僕は何だかんだ、そんなノンを頼りに思っていたんだから。それに僕の意見もよく取り入れてくれたし、本当は懐が広いことも知っている。

 僕はノンといることで安心していたんだと思う。

 


 お母さんは、正直最初は怖かった。

 その存在が僕たちからしたらあまりに強大すぎたからだ。何か深い深淵。見てはいけない物を見ているみたいだった。

 そして、そんなお母さんを平気で叩いたり、命令したりしているお父さんを見て、最初はすごく驚いたし、バカだと思った。お父さん自体も僕たちからしたらずっとずっと強大な存在だったけど、でもそんなお父さんが僕たちと大して変わらなく見えるくらい、お母さんはず遥か雲の上の存在だったからだ。

 正直お父さんなんか、お母さんの機嫌を損ねて、すぐにプチっと潰されるんじゃないかと思っていたんだけど、でも何だかんだお母さんがお父さんに心を開いて大切に思っているのを見て、僕は本当にすごく驚いて、それからお父さんが潰されないことにホッと安心して、そして最後にずっとずっと余計に怖くなった。

 だって僕は、お母さんがそんな風に大切に思っているお父さんを、脅かしてしまう存在だから。

 僕は生まれてすぐの頃は、何時か僕はお母さんに始末されるんじゃないかって思ってビクビクしていたんだけど、でもすぐにそれが勘違いだと気づいた。お母さんは、お父さんへ程ではないけど、それでもそれに近いくらいの愛情を僕たちに注いでくれていたからだ。

 それでもしばらくは、お母さんへの本能的な恐怖は消えなかったけど、お母さんもお父さんと僕のことで悩んで、そして迷っていることに気がついたとき、僕はお母さんをずっと身近に感じるようになった。同じ問題に頭を悩ませている同士ということを知ったから。でも、そのことがお母さんを僕とお父さんのことで余計に葛藤させていたのだとしたら少し申し訳ない気もするかもしれない。

 とにかく、お母さんは僕にとって少し怖い存在でもあり、身近な存在でもあり、まあ、お母さんとしか表現できない存在だったということだ。

 


 そしてお父さん。

 お父さんは、僕にとってとても大切な人であり、そして僕を憂鬱にさせる存在でもある。

 木と火。親子でありながらこんな関係に生まれてきてしまったのは、本当に何の因果なんだろう。

 でも幸いというべきなのかなー? どうやら、お父さん自身は僕とお父さんの関係に気づいていないらしい。

 母と、そして多分シルはこのことに気がついているし、ノンやウィズも詳しくは知らなくても、何か事情があって僕がお父さんに近づけないことくらいは察してくれているみたいだけど、当の本人であるお父さんだけは全く気づいていない。だからこそお父さんは、僕に対してなんら偏見を持つことはなく、他の兄弟と変わらずに接してくれるし、同じように僕のことを愛してくれているようだった。

 でも、それは僕にとって嬉しいことでもあるけど、同時に辛いことでもあった。

 お父さんが無邪気に僕に近づいてくるから、僕は自発的にお父さんから離れなくちゃいけなかったからだ。

 お父さんに触れたいのに、触れられない。

 そんな葛藤の中、お父さんが残酷にも僕に接するたびに、お父さんが傷つくことを分かっていながら、僕は距離を取り続けた。 

 その結果、他の兄弟よりも成長が遅れてしまったみたいだけど、これは仕方のないことだろう。

 僕は、お父さんに近づくわけにはいかなかった。

 それが一番危険なことだと知っていたから。



 ともかく、僕はそんな風に皆に支えられながら、僕たちの楽しい時は百年続いた。







 燃える。赤く燃える。

 炎は僕自身であり、僕は僕すらも巻き込んで燃え上がる。

 もっとだ。もっと燃えなければ。

 そうしなければ僕は誰も救えない。

 誰にも恩返しできない。

 僕は燃える。

 ただひたすらに燃える。

 過去を糧にして、未来を犠牲にして、僕は燃える。

 自分と、そして皆のために――







 ある日、お母さんが唐突にそれを告げた。

 いや、これは嘘だ。本当は僕たちだって気づいていたから。

 別れの時が近いことくらい。この楽しい時が終わってしまう時が来たことくらい。

 当の昔に気づいてたから。


 うん。お父さんは自分の動揺を隠しているみたいだったけど、正直アレはバレバレだったと思う。

 誰が見ても、あれは何か隠し事があるんだとわかるんじゃないかな?

 お父さんは自分が隠し事に向いていないタイプだともっとよく理解したほうがいいんじゃないだろうか。

 態度があからさますぎるんだから。

 それにお母さんのお父さんを気遣う態度や、そしてシルの推測を加えれば自ずと答えは出てきたのだ。

 

 ともかく、僕たちはそれを知って、お父さんやお母さん、そしてお互いにずっと甘えることにした。

 僕も、少しだけお父さんに甘えてみた。

 危険なのは分かっていたけど、近くに僕と相反する属性のウィズがいれば少しぐらいはどうにかなるんじゃないかと思ったから。それにお母さんも近くにいる。まだそれほど強くない僕なら、どうにかなるんじゃないだろうか。

 結果的に、その考えは上手くいったらしい。

 僕はお父さんにずっと甘えることができて少し嬉しかった。



 でも、やっぱり予想していたこととはいえ、別れの話を聞いたときは少し辛かった。思わず泣きそうになってしまったけど、僕はぐっと堪えて我慢した。僕も独り立ちするのだ。いつまでも泣いてちゃいけない。そう思った。

 でも、実は、あとで誰もいないところで少しだけ泣いちゃったけど、それは仕方ないよね?


 ともあれ、それから一週間、創造の日まで僕たちは、お父さんもお母さんも一緒になってより一層近くにいることにした。戯れ、からかい、そして甘え倒した。最後の一週間はとても楽しく、そして寂しかった。




 そして創造の日の前の晩。

 それは、その現実は、お母さんの口からはっきりと告げられた。


 僕は、僕だけがまだ独り立ちする力がないこと。

 僕だけが仲間はずれだということ。

 僕だけが無力だということ。

 僕だけが無能だということ。

 僕だけが、――僕だけが、無能で無力で仲間はずれだということ。


 僕はそれを知った。

 悲しかった。悔しかった。寂しかった。辛かった。

 でもそれ以上に怖かった。

 僕は、僕はまだお父さんを身近で脅かし続けるのだと。

 無力ゆえに、無能ゆえに、お父さんに害を与え続けるのだと、僕は思った。

 久しぶりに死にたくなった。


 でも、お父さんが庇ってくれた、ノンが考えてくれた、ウィズが一緒に残ってくれると言ってくれた。

 僕は、やらなきゃと思った。頼ってはいけないと思った。

 僕は僕一人だけで残ることを決意した。お母さんは僕の決断を尊重し、皆も渋々納得した。そのことに僕は、僕の決意が決断が理解された様で少し誇らしくなっていた。でも、やっぱり寂しかったし、お父さんが最後まで食い下がってくれていたのは、少し嬉しかったけんだどね。

 ともあれ、僕が一人残ることは決まってしまった。

 僕は、もっと強くなろうと決意していた。







 燃える燃える燃える。

 赤く赤く赤く。

 燃えて燃えて燃えて。

 ずっと世界を包み込んで。

 燃やそう。皆を救うために。

 燃やそう。僕が強くなったことを証明するために。

 怖くなんかない。

 いや、本当は少し怖いかも。

 でも、そんな気持ちすら燃やしてしまおう。

 僕は今この瞬間ここに生きている。

 ずっとずっと生きている。







 そして創造が始まった。最初はとても綺麗な光景だった。

 マナが、風が、土が、水が。鮮やかに世界に満ちていく。

 それだけの力を貯めたお父さんに、そしてこれを為しているお母さんに、僕はただただ陶酔した。


 綺麗だ。美しい。素晴らしい。


 そんな言葉じゃ片付けられない、そんなありふれた言葉じゃ表現できないくらい、僕の目には、その光景は幻想的で魅惑的で、輝いて見えてた。

 そう、僕はただ見蕩れていた。

 自分のことも、お父さんのことも、皆のことも。全てを忘れ、ただただ見蕩れていた。



 そうしている内に、兄弟達との別れの時が来てしまった。

 皆との別れは夜が明ける前に、もう済ませてある。

 今はただ皆の門出を一人で見守るだけだ。

 本当は僕も一緒に行きたかった。僕も一緒に旅立ちたかった。

 でも、それはできないから。だからせめて僕にできる最大の笑顔で見送ろうと思う。皆に心配をかけないように。一人でも大丈夫だと安心させれるように。笑顔で。


 皆が飛び立つ瞬間、お父さんがマナを激しく打ち光らせた。それぞれの属性のマナは激しく弾け飛んでいく。それはとても綺麗な風景。お父さんから受け継いだ知識の中にある、花火というものに似ているかもしれない。でもそれはもっとずっと大きく、派手で美しいものなのだ。

 青、緑、茶。三色の色が絡み合い、弾け合い、まるで舞っているかのように見える。その中に僕の赤が無いことだけが本当に寂しいが、それでもそれはお父さんからの愛情のこもった門出のプレゼントに見えた。

 僕たち精霊は何も物なんて持っていけない。でも、それでも、こうした思い出の贈り物はいつまでも記憶に残り続ける。

 いつか、僕が一人で旅立つ日にも、お父さんはこうして門出を祝ってくれるのかな? 

 僕一人だからって適当に送り出さないよね? 

 相手がお父さんだけに少し心配だけど、でもきっと祝ってくれると思う。僕はその日を楽しみに待っていようと思った。

 いつかそんな日が来ることを祈って……







 燃える。ただ激しく燃える。

 願いは叶わなかったけど、皆のようにはいかなかったけど。

 でも、これが僕の門出だ。

 最初で最後の門出だ。

 みんなは、祝ってくれるかな?

 ああ、そんなに悲しまないで。

 僕は立派に独り立ちしたんだから。

 僕は一人で生きている!

 この一瞬を生きている!







 僕がそれに気がついたのは、皆が旅立って少し経ってからだった。

 天と地は未だに胎動を続けている。

 あれがシルとノンなんだと思うと、ただ感動だけがこみ上がってきてしまう。

 でも、僕は同時にそれ以上にウィズのことが気になっていた。

 僕を一番気にかけてくれた存在。一番、一緒に居てくれてた存在。

 彼女の門出を見守りたかった。

 僕も、ウィズがノンへと向ける想いは知っていたから。だからこそ、彼女がその思いを繋げる一瞬が見たかった。

 僕の願いは叶わないけど、せめてウィズの願いは叶って欲しいから。叶えて欲しいから。だから僕は彼女を見ていた。世界にはまだ使われない火のマナが溢れている。水のマナが荒れ狂っている傍は僕にとっては危ないけど、それでもなんとか見ていられた。

 そしてだからこそ、僕はすぐに、誰よりも早くその異変に気づいたんだと思う。



 ――水のマナは、いや海はウィズを苦しめていた。

 ウィズは溢れる水の前に何もできなくなっていた。



 その光景を目にした瞬間、僕は完全に固まってしまった。

 思考は停止し、体は固く強ばった。

 ただただ、信じられなかった。


 なんでウィズが。ウィズがあんな目に合っているのだろう。

 あんな目にあうべきは僕のはずだ。苦しむのは、苦しむだけの罪があるのは僕のはずだ。

 

 僕にはその光景が理解できなかった。


 僕は心のどこかで思っていたのだ。

 罪があるのは僕だと。そしてその罪はいつか僕を、僕だけを苛むのだと。

 僕はそれを当然だと思っていたし、全ては僕が背負うものだと思っていた。

 僕の中で全ての悪は僕だった。全ての罪は僕の物だった。全ての罰は僕の物だった。全ての苦しみは僕の物だった。

 だからこそ、その光景を信じられずに、僕はただ停止した。

 助けようと考えることも、動くことせず、ただ停止した。

 僕はどこまでも弱かった。





 どれだけの時が経ったのだろうか。

 突然、お父さんからの強い呼びかけがあった。

 そこで僕の意識は、思考は、時間は、再び動き出した。

 僕は、必死にお父さんに伝えようと、でも言葉は言葉にならずに焦りだけが飛び出ていく。

 でも、そうしている内に、段々落ち着いてきたように思う。

 そして、落ち着いてお父さんに伝えようとしたその時、僕は不意に喋れなくなった。喋れなくなってしまった。

 それは簡単な理由だった。

 自分には伝えることは何もないと気づいたから。何も伝えられないのだと気がついたから。

 だから僕は喋れなくなった。


 お父さんが僕に連絡をしてきたのは、すでにウィズのことに気がついているからだと思う。

 でも、僕はお父さんより早く気がついていたとしても、ただ思考停止しただけで何もしてこなかった。

 そんな僕がお父さんに何の情報を与えられるだろうか。

 

 僕はどこまでも無能だった。

 でも、お父さんはそんな僕に、知りうる限りの情報をくれた。

 そして、僕に果たすべき役割をくれた。

 お父さんをお母さんの元へと誘導する役割。

 お母さんから溢れ出るマナはすでにお父さんすらも阻んでいた。

 何もできず、寂しくて、作業をしているお母さんの傍にただ蹲っていた僕に、意味が与えられたのだ。

 僕は舞い上がった。


 僕にもまだできることがあったのだと。

 やれることがあったのだと。


 僕は、考えて考えて考えて考えた。

 そして、それを実行した。


 火流は上手くお父さんを誘導できたみたいだ。

 必死に考えたことが上手くいき僕はホッと息を吐いて、そこでふと気づいた。



 僕はいつの間にか、ウィズのことを考えるのを止めていた。



 必死に考えたのも、ウィズの為なんかじゃない。

 自分の為だ。自分の為に、自分に意味を見つける為だけにそれを行ったのだ。

 僕は、やっぱりどこまでも僕だった。

 僕はいつもいつまでも自分のことだけに精一杯で、何一つ誰にも与えれていないのだ。 

 

 僕は全てが嫌になった。

 自分が。自分が本当に嫌になった。



 ――お父さんがここに来る。あとは全て任せればいい。



 そして、自らへの嫌悪感の中、その考えが微かに頭をよぎった瞬間、僕は全ての思考を放棄した。







 燃える。

 それは本当に燃えているんだろうか?

 僕は本当に燃えているんだろうか?

 その答えは僕しか知らない。

 だからただ燃える。

 燃えることしかできないから。







 それから色んなことがあったみたいだ。

 お父さんがたどり着いた。お母さんが倒れた。お母さんが僕のことをお父さんに話した。シルが現れた

シルが話した。そしてお母さんが世界の真実を話した。


 でも僕は、それをそこにいながらただただ無感動に聞いていた。

 考えることは何もない。

 どうせ僕には何もできない。


 全てお父さんがなんとかしてくれる。

 全てお母さんがなんとかしてくれる。

 シルがなんとかしてくれる。

 ノンがなんとかしてくれる。

 ウィズが自分の力でなんとかして――



 ――そこで僕は気づく。



 自分がいつの間にか泣いてることに。

 無表情の筈の僕の目に一筋の涙が流れていることに。


 涙という水は僕を伝い、そっと大地へと還っていく。

 そして、その雫は土の中にそっと消えていく。



 ああ、この涙に意味はあったのだろうか?

 ただ流れるだけの涙に何の意味があったのだろう?


 意味なんてないかもしれない。

 でも、意味があるのかもしれない。


 結局、そんなことわからないのだ。


 でも、涙は流れた。

 その事実は確かに存在する。



 それは、その事実は意味という曖昧なものなんかよりずっと価値があることじゃないだろうか。


 

 僕は思い出す。

 僕はいつも、いつまでも無力だったのだ。

 ただ、嘆いて、悩んで、悔やんで。

 僕は傷つけることを恐れて、でもそれを自分の中だけに閉じ込めた。

 何にもできないと思って。

 どうにもならないと思って。

 全てを諦観の中に捨てた。


 そうして、僕は思考を停止していたのだ。

 考えるのを止めることだけが思考停止なんじゃない。

 表面上で考えるだけで何もしないことも立派な思考停止なのだ。


 いつかの時、生きる意味を訪ねた僕に、シルは言った。

 火は強く燃えていなければならない、と。


 僕は火だ。

 燃え上がらなければならない。

 火に意味なんて必要ない。

 ただ燃えることだけが火の意味だ。


 もう考えるのは止めにしよう。

 思考を停止するんじゃない。ただ行動を起こそう。

 猪突猛進。

 それが火にふさわしいことじゃないだろうか。


 燃える。

 そう、燃えるんだ。

 ただ燃えればいい。

 全てはそこから始まる。


 さあ、世界よ燃え上がれ!


 種火として燻っていた時はもう終わりだ。

 燃えよう。どこまでも。燃えよう。火であるために。


 ああ! こんなにも世界は単純だったんじゃないか!

 ああ! こんなにも僕は単純だったんじゃないか!


 これが僕の本当の幕開けだ!

 火の精霊ソラは、今ここに新たに生まれ直すんだ!



 ――その時、僕は何を思っていたのだろう?

 僕の思考は曖昧で。周りの風景さえも僕には見えず。

 僕はただ燃え上がっていた。


 それが何故なのかは僕には分からない。


 ただ、その時、僕の中にある何か大切なものが少しだけ溢れ出てきた気がした。

 それは僕の中にある呪縛を破るもの。

 それは僕を本来の僕たらしめる因子。


 それがほんの少しだけ僕の中に溢れ出た瞬間、世界は――





 ――そして、不意に、赤く弾けた。







 燃える。皆のために。

 燃える。自分のために。

 燃える。世界を燃やして。

 燃える。自分を燃やして。


 燃えて燃えて燃えて。

 そして世界を正常に戻そう。


 ねえ、ウィズ?

 聞こえてる?

 僕はここで燃えている。

 君の傍で燃えている。


 水すらも蒸発させ、海すらも干上がらせ。

 燃えて燃えて燃え続ける。


 だから、ウィズ目を覚まして。

 君はまだ生きなきゃ。

 君にはまだ意味がはずだから。


 だから僕が燃える。

 僕の本来の役割を果たす為に。







 ――僕はただ赤く燃える。

というわけで、今章の真の主人公ソラ君の視点でしたとさ。

ソラ君は引っ込み思案にありがちな、心の中では意外とそこそこ能弁タイプです。

もしもイメージにそぐってなかったら申し訳ない。

次回からは普通にカエデ視点に戻ると思います。

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