第2話 世界樹(の芽)
そこは、見渡す限りの大荒野。
生物の姿は一切無く、あるのはただ乾ききった薄赤い大地と、それを覆うような突き抜けるような蒼い空だけ。
そんな、ただただ平坦に広がる赤い荒野の中に存在する、唯一の鮮やかな色彩。ぽつんと頭を出しているまだ小さな緑の芽。
それが俺だった。
……そんなわけで、気が付いたら転生してました。
あの幼女神様の言うことを信じるなら、おそらく立派に成長したあとには世界樹とやらになるであろう芽に。
……うん。確かに木って最初は芽から始まるよね。
間違ってない。間違ってないけど、せめて若木から始めてほしかった。
いや、まだ、種状態からの開始じゃなかったことを喜ぶべきなんだろうか。
どちらにせよ、俺が望むような立派な大樹になるのはずっと先のようだ。数十年、数百年、もしかしたら数千年かかるのかもしれない。
まあ、木の寿命は長い。ましてや世界樹だ。きっと途轍もなく長生きすることだろう。気長に成長を待とう。
じゃあ、まあ、転生初日だし、あまり焦りすぎても良くないから、今日は光合成でもしながらのんびりしますか。
木になるなら一辺、やってみたかった光合成。とはいっても、特に何かをするわけではないのだけれど。呼吸みたいなもんですから。まあ、だらだらしながらゆっくりしますか。
おやすみー。
転生二日目。晴れ。
今日は、とてもいい天気だ。
周りが荒野ということもあって、障害物もなく青い空がはっきりと見える。
これはいい光合成日和だな。
仕方がない。今日は光合成でもしてゆっくり過ごそう。
うん。これは仕方ないことだ。
転生一週間目。晴れ。
初日から今日に至るまて、ずっと晴れ続けている。
最初は違和感を覚えたが、よくよく考えてみたら納得できた。ここは日本ではないのだ。気候風土も変わっている。これは、恐らくこの荒野に水が少ないため、雲がなかなかできないためなのであろう。
しかし、こう光合成日和が続くようでは、毎日光合成だけしてだらだらしてしまっていても仕方ない。悪いのはこんなに気持ちいい空模様だ。俺ではない。
よし、今日も元気に光合成だけして過ごそう。
おやすみー。
転生一ヶ月目。晴れ。
さて、光合成でもするか。
まさか、今日に至るまで、一日も雨が降らないとは。
ふむ。これはまだまだ光合成の必要性があるな。
んっ、水がないのに光合成が出来るかって?
そこは世界樹補正が効いてると信じよう。
さて寝るか。おやすみー。
と、いつも通り俺が光合成という名目でだらだらしようとしていると……
「いい加減にそろそろ働けよ!! このニート野郎!」
「痛っ」
頭頂部に懐かしい衝撃が走った。そう、何者かによって殴られたのだ。
しかし、木に転生して、誰かに触れられるのは初めての感覚であった。木って感覚あるんだな。何か、叩かれた感触が転生前と変わらない感じがする。木としての体に走った衝撃というよりは、もっとこう人間らしい感覚に近い。これはなんなのだろう?
そう思いながら、おそらく叩いた人物?がいるであろう後ろに注意をやると、そこには想像通りの人物?がいた。
「何か用ですか幼女神様」
「いや、薄々、皆からそう思われてるとは思ってたけど、面と向かって幼女神と呼ばれたのは初めてなんだよ!!」
「そうですか。それはおめでとうございます」
「別に喜んでるわけじゃないからね! むしろあきれてるからね!」
「元気ですね。この幼女」
「あれ? ついに神様が外れた!?」
本当に元気な幼女神様である。
しかし、なんでだろう。ごくごく自然にしてしまったのだが、なぜ俺は木なのに普通に話せているのだろう。さっきの殴られた感触といい、人間時代と比べて違和感を覚えないことが違和感というか。なんとも言えない不思議な感覚である。
これは一体、どういうことなのだろう。
「ああ、そのこと。まあ、端的に言えば、さっきわたしが叩いた、そして今、私と喋ってるのは、いわゆる君の精霊体なんだよねー」
「精霊体?」
「まあ、なんというか、君の魂とか、精神体みたいなもの? 正確には、君の本体である世界樹から溢れでたマナの一部が君の自我に影響を受け変質した君の分離体、ないしは自我の投影体といったところかな。基本的には本体の世界樹から一定以上離れることはできないし、あくまで本体は世界樹の方だから、まあ、他者とのコミュニケーションツールの一種だと思っておけばいいんだよ。物質に触ったり影響を及ぼしたりはできないしね。なんか、かっこよく言うなら世界樹の精霊みたいな?」
「それは、中二ネーミングですね」
「うぐっ! ……いいもん、わたし神様だからこういうこと言うのが普通だもん!」
「そういう割には焦ってますけど」
「うるさい。まあ、そういうもんなんだよ!」
「そういうもんですか。しかし、精神体とか投射体とかいう割には声だけで、姿はないですけどね」
「ああ、それは君の自我が、君自身の姿を規定できてないからなんだよ。自分の姿に対してイメージが薄いから、姿が投影されないんだね。転生前の君自身の姿を思い浮かべてごらん。その姿が反映されるから」
「どうせなら、かっこよくしたいですけど。違う姿じゃダメですか」
「――それはやめた方がいいかな。自我が姿を規定するように、逆に姿も自我に影響を及ぼすんだよね。あんまり自分の本質とかけ離れた姿を出すと自我が崩壊しかねないんだよ。変えるなら、細部を少しいじる程度か、服装とかをイメージするくらいにしときなよ」
前世の自分は主観的に見てもイケメンとかは言えない顔つきだったので、せっかくならと思ったのだが、さすがに自我が崩壊するのとは引き換えにはできない。
まあ、どうせ他に見る人もいない訳だし、本体は木なので顔なんてどうだっていいのだけれども。
「わかりました。幼女神様」
「ねえ、その幼女神ていうのいい加減止めない? そろそろ心が折れそうなんだけど」
「いや、でも名前知りませんし」
「アリア」
「はい?」
「だからアリアだって! 私の名前」
なんか名前を教えてくれた。別に催促した覚えはないのだが。しかし、神様がじきじきに名前を教えてくれたのだ。これは、喜んだ方がいいのだろうか。うむ。どうでもいいや。
「ああ、そうですか」
「反応軽っ!? もう少しこうリアクションとか無いの?」
「やったー。幼女の名前を手に入れたぞー。万歳ー(棒)」
「なんか今度はどことなく変態の香りがするんだよ!」
だからノーリアクションでいたのに。そもそも、幼女神様という字面からして犯罪臭しかしないし。幼女と二人っきりで話をして名前聞き出すとか、転生前の世界だったら一発でしょっ引かれる状況だし。わたくしは紳士ではないのですが。
「まあ、リアクションはそれでいいや。じゃあ、お前は麗しの女神アリア様とでもお呼び、この愚民」
「じゃあ、話を戻しますが、麗しの女神アリア様。さっきの精霊体についての質問なのですが麗しの女神アリア様? 転生前の姿を思い浮かべろと申しましたが麗しの女神アリア様! しかし、そんな詳細に明確に自分の姿を思い浮かべられないのですが麗しの女神アリア様~ その場合はどうなるのでしょう? 麗しの女神アリア様☆」
「……ごめん。やっぱ麗しの女神は無しでお願いします」
「最後のはやってたこっちも少しダメージが……」
何とも不毛なやり取りであった。両者共に得るものはなくただ精神に大きな傷を負うだけの悲しい結末であった。うう。むなしい。