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生まれ変わるなら木になりたい!  作者: 神の狸
幼木の章 生まれる世界
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第26話 創造、そして……

「それじゃ、はじめるんだよ」



 夜が明けた。

 空に太陽はないが、夜の闇が消え、今日も青々とした大空が姿を現したその時、どこからともなくアリアが現れて、皆にそう宣言する。

 いよいよ、天地の物質化、そして海の創造が始まるのだ。

 これは、この世界が事実上、誕生する瞬間といっても過言ではないだろう。

 今、この瞬間、この世界の形が決まるのだから。


 ――長かった。

 この世界に俺が木として転生して、はや二百年。

 この世界が生まれた瞬間からでは、もっと長い時間になるだろう。

 その間、この世界には、俺がマナを還元したり、四精霊を生み出す以外にほとんど自発的変化は無かったのである。

 この創造が成れば、世界は形をもち、自発的な動きを持ち始めるだろう。今までのような、停滞と静止は終わり、万物の創造と流れが始まることになる。世界はやっと動き出すのだ。

 と、こんなことを言っていても仕方ない。



「はい。はじめてください」

「うむ。はじめるのじゃ」

「ええ。お願いしますわ」

「うん。はじめてぇー」

「……はい、お願い、します……」



 皆が一斉にアリアの言葉に頷く。



「じゃあ、いくよっ!!」





 創造が始まる。


 

 まず、アリアはそっと世界樹に歩み寄ると、その太い幹に向かい合い、しっかりと両手を押し当てる。

 そして、目を瞑り、深く深く息を吸い一気に吐き出すと、息を止める。


 空気が張り詰めていくのを感じる。


 辺り一帯のマナがピタリと動きを止め、少しずつアリアの方へと集まっていくのだ。

 そしてアリアは集まり膨大な量になっていくマナを圧縮し、圧縮し、その頭上に浮かぶ小さな小さな塊を作り上げる。

 そしてそれを振りかぶると、一気に世界樹の幹に――


 ――刺した!



 俺は微かな衝撃とともに、意識が少しずつ奪われていくのを感じた。

 アリアがかつて精霊を生み出した時のように、俺の意識と自分の意識を繋いだのだ。

 それも今回はマナの塊を介して強引に太いパスを通したのである。

 だから、これは俺の意識が奪われていくというよりは、俺の意識の一部が急激にアリアに侵食されたために、その衝撃で意識が揺らいだというほうが正しいだろう。

 

 ともあれ、これまで以上に強く深く繋がった意識は、世界樹の制御に少しずつ介入してくる。

 それはとても奇妙な感覚、(カエデ)彼女(アリア)であり、彼女(アリア)(カエデ)であるという感覚。俺と彼女の境界線が薄れていき、彼女はさらに深く深く潜り込んでくる。


 触れ合うより近い距離。

 抱き合うより敏感な感覚。


 彼女をすぐ傍に感じる。

 心が心と重なり合うのを感じる。


 俺はたまらず、世界樹(自分)から逃げ出し、薄い精霊体を出現させ、アリアと距離を取る。

 いや、創造のために無駄なマナ消費は節約しなければならないことはわかっているが、正直この感覚には耐えれそうにない。

 その微かな温かさと、暗い深淵を感じる意識に集中して触れ続けていることは、自分が奪われていくという、とても甘美な、そして同時に大いに恐怖を感じる感覚なのである。

 せめて、精霊体に意識を逸らすことくらい許して貰いたいものだ。


 しかし、それだけ距離をとってもアリアと繋がっているという感覚は俺の心に鋭敏に響いてくる。

 これは、前回の精霊創造の時が、鏡像である精霊体とだったのに対し、今回は直接世界樹の奥にある俺の精神体、すなわち魂と繋がっているからではないだろうか。

 言うなれば、アリアは俺そのものと繋がっているわけで、精霊体に意識を逸らそうが、俺が(カエデ)である以上、完全にはその影響下から抜けられないのだ。 



(カエデ、いくよ)



 突然、俺の心の中心からアリアの声が響いてくる。

 妙な感覚だ。

 自分の頭から自分じゃない声が直接脳内に響き渡るようなそんな感覚。

 意識が繋がることで常に微かに伝わってきている思考の残滓とは違い、もっと、明確な声としての意思。

 アリアは俺に語りかけている。



(マナを吸い上げるからね!)



 アリアの声とともに、俺の中からマナが、アリアの触れている両手を通して、ゆっくりとその体へと流れ込んでいく。

 最初はゆっくり、でも次第に流れは微かに早くなっていき、そして遂には渦を巻くように大量のマナがアリアの方へ向かって流れ込んで行くのを感じる。

 

 俺も、アリアの邪魔をしないように、そっとアリアのサポートに回ることにした。

 アリアが体内のマナを持っていくのにあわせて、体内のマナの流れを操作し、失われた箇所に次々に周囲の流れからマナを補填していくのだ。こうすることで、マナを俺の方からアリアに流れ込ませ、アリアの手間と余計な消費を防げるというわけだ。

 俺は意識の片隅で、そうした操作を行いながら、同時に感覚を精霊体の方に集中し、少し外の様子を伺うことにした。

 

 世界樹の根元。アリアのいる場所から百メートルばかり離れた位置に精霊たちは固まっている。俺はそこへ精霊体を移動させる。

 精霊達は、どうやら皆、地面に座り静かに瞑想しつつ、自分達の出番が来るのを待っているようだ。

 出番といっても、特に彼らになんの合図を送るとも打ち合わせていないのだが、なんでもアリア曰くその時が来ればそれは自ずと感じるものらしい。

 その後、どういう行動を取ればいいのかもだ。

 言うなれば精霊としての本能というべきものなのだろうか。

 何とも便利なものである。



(カエデ、小手調べはこれくらいにして、そろそろ本格的に始めるよ!)



 精霊たちの周りを飛び回っていた俺に、アリアが再び俺の中心からそう声を掛けてくる。

 それは問い掛けでも確認でもない。

 ただの宣言だ。

 アリアはその言葉を告げると同時に、俺の返事を待つことなく、一気に動き出した。


 アリアの存在が俺の中で急激に膨らんでいく。

 そして、世界樹からアリアへのマナの流入が、一瞬止まったかと思うと……




 その瞬間、世界が揺らいだ。




 いや、違う。

 世界樹からアリアが一気に引き出した、膨大な量のマナが俺たちの視界を瞬く間に埋め尽くしたのだ。

 アリアの体から溢れてなおあまりあるそれは、揺らぎ混ざり、ぶつかり合いながら少しずつ世界樹の周りに大きな大きな渦を描いていく。

 そして世界樹を中心に大型の台風のような巨大な巨大なマナの竜巻が生まれた。


 それは、世界樹の根元から頂上まで全てを覆い尽くすほどの高さ、そして無限の大荒野を覆い尽くすのではないかと思える程広がっていくと、さらに勢いを増していく。



 回る、廻る、周る、廽る、囘る、まわる、マワル


 世界が激しく踊り狂う。



 俺たちの視界はすでに荒れ狂う靄で覆われている。

 しかし、そうであっても不思議とそれぞれの居場所が感じられるし、また、このマナの大竜巻にも巻き込まれることなく、静かにその場に佇めている。

 このマナの大渦は荒れ狂ってはいても害あるものではないのである。

 その全体からアリアの意思を感じる。

 言うなれば渦そのものがアリアなのだ。

 これだけのマナを完全にコントロール下に置いているのは、流石にアリアといったところだろうか。



(マナに三つの輝きを!)



 さて、そうこういっている内にも俺のマナは次々に引き出されていく。

 そして、その白い大渦がその大きさと密度を増していく中で、段々ポツポツと別の色の輝きが混ざり出していく。

 緑色、茶色、そして輝きの中で圧倒的に多い青色の輝き。

 世界が少しずつ彩に満たされていく。


 渦の輝きは次第に白を飲み込んでいき、マナはやがて属性に染まっていく。


 そんな眩しい輝きを放つ渦の中、目を凝らし、その発生源であるアリアの姿を見ようとするのだが、絶え間なく輝く三色の光と、無限に湧き出るマナで覆い隠されており、その姿は視認することはできない。

 ただ、繋がった意識から流れてくるアリアの思念だけが、この現象が確かにアリアの意思の通りに行われている事を示している。




(集え! 固まれ! 練り集まれ!)



 やがて、渦が完全に彩に染まる頃には、渦の勢いは次第に衰えていき、色々は互いに同色の元へと集まっていく。


 緑の風のマナは風のマナと寄り集まり。

 茶の土のマナは土のマナと凝り固まり。

 青の水のマナは水のマナに練り込まれる。


 アリアからのマナの排出と属性の付加は止まらず、ペースも変わらないが、すでにあまりに膨大と化したマナの前では、その増加量はもはや微量にすら見えてくる。

 渦は完全に止まり、集まったそれぞれのマナは、各々別の動きをし始めた。




(風は天へ! 土は地へ! 水は世界へ!)


 

 風のマナは、ひたすら上へ上へと昇って行き、その無限の青空の中に消えていく。

 土のマナは、逆に下へ下へと潜っていき、広大な赤茶けた大地と一体化していく。

 そして、三つの中でも飛び抜けて多い水のマナは、周囲一体に広がったかと思うと勢いよく弾け、さらに広い範囲へと飛び広がっていく。


 揺れ動く大地、湧き出る水、降り注ぐ豪雨。

 

 見れば、水のマナが触れた大地からは水が湧き出、天からは雨が降り、それらの水は流れとなって、外へ外へと広がりはじめている。

 そして、それとともに、土のマナが触れた世界樹の周囲の大地が次々に隆起しはじめた。

 いや、周囲だけじゃない。もっとずっと遠くまで。

 大地はとどまる事を知らず、揺れ動き、跳ね上がり、沈み込んでいく。

 いく筋ものの地割れがヒビの如く大地全体に走り、砕け、崩れながらも、大地はその変容を遂げていく。


 これにより、俺からはほとんど知覚できないのだが、大地全体に高低差が生まれ、山や谷、窪地などが出来上がるのだという。


 ある場所にはそびえ立つ巨大な山脈が生まれた。

 ある場所には地の底まで続くかのような深い大穴が生まれた。


 世界樹付近の土地も全体が持ち上がり、すでに以前よりも高い位置の高原と化している。

 

 そして、残された外側の広い平野は、まるでここから見れば窪地の如くなり、そしてそこに水のマナが変じた雨や湧水から生まれる激しい水の流れが勢いよく流れ込むことで、そこに海のような巨大な水の塊が出来上がるのだ。

 そうして集まった膨大な水と水のマナはアリアの手によって一度解かれ概念と化し、その後再び物質化することで海が生まれるのである。

 水に関連する被造物を生むには無色のマナからより、水のマナだけから生む方がずっと効率がいい。

 故にアリアは、一度水のマナだけを抽出し、それを固めることで海という概念を作りやすくしているのである。



 さて、土と水のマナによって、大地が激しく変貌していく中で、一方の風のマナは天を生みだしていた。


 これまで二百年。

 俺の目からでは、青以外に全く他の色を見いだせなかった空が、次第にその色合いを変じていく。


 無限の如く透き通った一面の青の中に、白く、靄がかった物体が所々に湧き上がり、蠢き出した。

 それは、まるで青い紙に飛び散ったインクの如く、天の各所に湧き出すと、段々青を侵食していく。


 雲だ。白い雲が生まれたのだ。


 雲は成長し、ぶつかり合いながら次第に大きくなっていくようである。

 そしてやがて雲が空全体を覆いつくし、その突き抜けるような青が姿を完全に隠したその時。



 それが一気に爆散した。



 下から吹き抜ける一筋の風。

 とても強大で広いその風の直撃を受け、雲が吹き飛ばされたのだ。

 雲が拡散させられた場所からは再びあの青がこちらを覗いている。

 しかし、また風が止むと同時に、広がり世界を覆い尽くさんとする雲がそれらを埋めてしまい、空は再び白く染まり、そしてまた風が吹き拡散する。


 風は、雲を流し、拡散させては、また集め、天上にも新たな流れを生み出している。

 青と白が混じり合い、常に流動する空。

 些か荒ぽく、流動的すぎるが、それは確かに俺がかつて見慣れた空の姿だ。



 風は天を舞い、

 土は大地を隆起し、

 水は世界を潤す。



 世界は、少しづつ潤いと彩を増し、空の青と大地の赤茶色だけだった世界は鮮やかなマナで満ちていく。




(宿れ、我が子達よ! その器を汝らの身で満たせ!)



 アリアが俺の心の奥底から叫ぶ。

 その叫び声が届いたのかは分からないが、精霊たちが瞑想から覚め、ゆっくり動き出す。



「いくよぉ~」

「いくのじゃ」

「いきますわ」

「…………」



 それは旅立ちの時だ。


 我が子達は俺の根元で生まれ育ち、ずっとずっと大きく成長して、今世界へと旅立つ。

 俺は、その光景をただただ見守り続けるしかない。

 俺にしてやれることはただ一つ。


 せめて盛大な旅立ちを。


 俺はアリアに引き出されているマナの流れに力を入れ、意識を移す。

 マナは俺から引き出されたものだ。

 属性によって、意識の残滓は薄れているものの、それでもまだすこしは言う事を聞く。


 俺は、マナをまるで舞いの如く激しくそして優美に舞わせると、まるで花火の如く盛大に飛び散らせた。



 精霊たちはその光景に目をやり、しばしお互いに顔を見合わせると、微かに頷きあった。

 そして、飛び散るマナに合わせるかの如く、弾け散るようにそれぞれの目的地へと向かい素早く動き出した。


 風の精霊シルは、風のマナの流れに乗って、未だ青と白が激しく不規則に流動し続ける天へと昇っていく。

 土の精霊ノンは、土のマナと共に沈み、隆起と沈没で形を変え続ける揺れ動く大地へと潜っていく。

 水の精霊ウィズは、水のマナの膨らみと流れに浸り、新たに生まれようとしている海の方へと流れていく。


 そんな中、ただ唯一残された、火の精霊ソラだけは、所在なさげに世界樹から少し離れた位置から、皆が新たな地へと旅立つのを寂しげな表情で見送っていた。そして、マナの流動が僅かに収まった隙を見計らって、そっとアリアの傍へ寄っていった。


 皆がいなくなって寂しかったのだろうか。

 それにしても、俺はここにいるというのに、やはりソラは、俺と二人きりになろうとはしないんだな……

 俺は嫌われでもしているのだろうか?

 普段の様子ではそうとも思えないんだが……



 そんなことを考えているうちに、いつの間にか、マナの流れが安定し、この大いなる変動と流動も次第に終わりが近づいてきていた。

 天地それぞれが、はっきりと物質化し、そして精霊たちが、それぞれの役割を果たし始めたのだ。




 まずはじめは、シルである。

 シルが天の中心にたどり着き、荒れ狂う風の流れの中にその姿を溶け込まし消えていく。

 すると、空でおこっていた激しい流動は次第に緩やかになっていき、そして遂には青い空の中を白い雲がゆっくりと流れる穏やかな姿へと変じた。


 シルが天と結びつき、天の精神体となったことで、流れが完全にシルに制御されたのだ。


 天は物質として形を成し、そしてシルはその膨大な力と一つになることで、それを寄り代に神となった。

 風の精霊シルは消え、天空神シルが現れる。



 こうして、世界に天が生まれた。




 また、シルの動きとほとんど同時に、ノンもまた俺が知覚できないほどに大地の奥深くに沈み込んでいた。そして、その気配がゆっくり薄れたかと思うと、大地の揺れは次第に収まり、隆起と沈没でその平坦な形を様々に変えた新たな大地だけがそこには残っていた。


 ノンが大地と結びつき、大地の精神体となったことで、大地の変動がノンに抑えられたのだ。



 大地はその有り様を物質と変え、そしてノンはその広大な領域を手中に収めることで、それを肉体として神となった。

 土の精霊ノンは死に、大地神ノンが生まれる。


 こうして、世界に大地が生まれた。




 最後に水の精霊ウィズである。

 ウィズは水の流れにのり世界を巡る。


 天から降り注ぐ雨。地から湧き出る水。

 それらが集まり、流れとなって、外へ外へと流れゆく。

 水の流れは、やがて集い川と呼ばれるほどとなり、さらに窪地へと流れ込んで多くの水を湛える湖となり、そして、それはさらに次第に肥大化して海へと変じていく。

 また、同時に水を受けた大地はその赤茶けた色を変え、潤い、染み込み、そして泥へと姿を変えていき、それもまた流動をはじめていた。



 水は流れる。



 流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れ、流れていく。



 世界に満ちた水は天地を、世界全てを巻き込み、巨大な循環、流れを生み出していく。

 


 雨が降り、泉が湧き、川がながれ、湖となり、そしてそれら全てが海と呼ばれるものへと帰結していく。



 すでに、海という概念は生み出されている。

 膨大なマナのうねりに比べて、その誕生はあっけなかった。

 その場所に寄り集まった膨大な水のマナが一度大きく輝き、一瞬弾け飛んだかと思うと、次の瞬間には再び凝縮して、すでにそこには海とわかるナニかがあった。

 そして、そのナニかにさらに膨大な水のマナが流れ込んでいくにつれて、それはそのマナの奔流の中で、瞬く間に俺のよく知る水の塊の海と化した。

 そして爆発的に増えた物質としての水が、その中へと注がれだしたのである。



 だが、その巨大な水溜りともいえる海は、未だ青くはない。

 流れる過程で巻き込んだ土が、流れを焦げ茶色に染め、絶えることなく流れ込むその水で、内部は常に攪拌され続けている。


 うねり、波立ち、渦巻き、荒れ狂う海。


 それでも、水の流れは止まず、大地は次第に海に削り取られていく。

 


 広がり、広がり、そしてさらに広がり続ける海。


 今や、天と地は既に成っている。しかし、天から降り注ぐ雨も、地から湧き出でる泉もとどまる事を知らず、天地そのものを削り取るかのように、海に注ぐ水の勢いは増していく。

 

 やがて世界は、次第に海に飲み込まれていき、それでもその流れは留まることなく、さらにずっと大きく、無限に肥大化していって――――

















 ――――っ! おかしいっ!



 海の肥大化が止まらない。

 本来は、今頃にはもうそれは止まっていなければいけないはずだ。


 世界の三分の一を海に、そして三分の二が大地に。それが当初の計画だったはずなのである。

 しかし、すでに海の領域は世界の三分の二を越えようとしている。

 そして、なおもその勢いは増しており、その拡大は未だ収まる気配が少しもない。


 それに、この海からはウィズの気配が、ほとんどかすかにしか感じられないのである。

 海が未だウィズの制御下にないのだろう。

 

 ウィズがまだ海の精神体になれていないのか?

 いや、そもそもあれは本当に海と呼べるものなのか?



 俺は確かにあれを海と認識しているが、しかし、それはまるでうねり狂う濁流そのものであり、海と呼ぶには些か荒っぽすぎる気もする。

 

 流れ込んだ水はぶつかり合い、打ち返されて再び河口の方へ波となって押し寄せる。

 しかし、そこからはさらに勢いを増した激流が流れ込んでおり、波はさらに打ち返り、より大きくなって再び海の方へ打ち寄せ、それがまたぶつかり合い……


 無限に続くかと思えるような水と水のぶつかり合い。

 それは海を混沌の坩堝(るつぼ)へと変えていた。

 その荒れ狂いようは台風など目ではないだろう。


 あんな物を本当に制御できるのだろうか?


 少なくとも俺には不可能としか思えなかった。



「ウィズ! 無事ですかっ! ウィズ!?」



 俺は、必死の形相で、ウィズに呼びかける。

 これまでないくらい強く、強く。

 普通の言葉と違い、心に直接話しかける心話はこれだけの距離があっても確かに届くはずだ。


 しかし、ウィズからの返事が帰ってくる気配は少しもない。


 聞こえてくるのは微かな(うめ)き声と思われる物だけ。

 

 ウィズは、本当に無事なのだろうか?

 そもそも意識があるのかすら疑わしい。



 これは、もしかしたら、失敗したのではないのか?



 一瞬、そんな言葉が俺の脳裏をよぎり、俺の不安は留まる事を知らないあの海のように、深くそして急激に広がっていくのであった。

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