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生まれ変わるなら木になりたい!  作者: 神の狸
幼木の章 生まれる世界
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第24話 天地と精霊

「いや、天地って……? この天地ですか!?」


「そう。この天地」



 俺の困惑した表情に、アリアは少し得意げにニヤリと笑うと、再びそれを肯定した。 



 いやいやいや!

 待て待て!



 うん。確かに天地は大量のマナを保持しているとは思う。

 でも、まだマナに還元していないのである。そんなものをどうするつもりなんだろうか?


 まさかアリアなら、天地のままでもマナを使えるということか?

 いや、そんなことはないはずだ。

 そうであるなら、今まで俺が行ってきた還元作業がほとんど意味のない行為になってしまう。

 あれは、創造のためにマナを貯める行為だとアリア自身も前に言っていたはずだ。

 まさかそれは嘘ではあるまい。 


 では天地を使うとは一体……?



「まあまあ、そう焦らないの。そうだね、順を追って話をしていくよ」



 アリアは物言いたげな俺の表情を察したのか、少し制止して、皆に腰を下ろすよう手で指示を出す。

 ゆっくり話すために、まずは座って落ち着けということだろうか。

 

 正直な話をすれば、俺の精霊体は前にも言ったように肉体的な疲れは生まれないし、それに精霊たちもほとんどは宙に浮いているため、動かない限り疲労するようなことはない。

 だが、まあ気持ちの問題というやつだろう。

 実際、人間時代の癖か、落ち着いて話すときは精霊体を座らせたほうが、何かしっくりくるものがあることは否定できない。

 前は、木のまま精霊体を出さずに聞いていたんだが、最近では精霊体を出さないと木の緩やかな時間感覚になってしまうため、精霊体でいたほうが、効率がいい。


 ともあれ、俺や精霊たちはアリアの勧めに従って、腰を下ろすことにした。

 とは言っても、地面の上に座るのはなんなので、全員で、俺の枝の上に移動して、各々好きな枝に腰掛けただけんだが。

 前から思ってたが、俺の枝っていい椅子扱いされてるよな……

 いや、まだハンモックとかかけられてないだけマシなのか?

 まあ、これも木の宿命なのだろう。



「さて、何から話そうか…… そうだね、まず物の形態について話そうかな?

 世界の万物には通常、三つの形態があるんだよ」



 アリアは少し考えるように枝の上で首を傾げてから、そう言った。

 


「一つは万物の始まりの形態とも言える概念体。次が、意思の具現化としての精神体。そして、最後がいわゆる肉体、物質体だよ」



 概念や、精神、肉体。

 そういう言葉自体は、前にも少し聞いたことがある気もする。

 だが、しっかりと説明されたことはなかったのでは無かったと思う。

 しかし……



「あの、お母様? それは常識だと思うんですけども?」

 


 どうやら、その認識は俺だけだったらしい。

 ウィズが立ち上がって、説明しようとしたアリアに反論したのだ。


 え? これって常識なの?


 そう思って、周りを見渡してみると、他の子たちも皆一様に、何を今更といった顔をしている。

 どうやら、本当にこのことはすでに彼らの全員にとっての常識であるらしい。


 まあ、この子達はアリアと俺の両方の意識と知識の一部から生まれた存在である。

 そういった知識面ではアリアの常識を受け継いでいるのかもしれない。

 

 だが、俺は知らないのである。

 聞くしかない。



「すみません、ウィズ。俺が知らないので……」


「ああ、そうでしたの。まあ、それは、何とも……」


 

 俺がそう、主張すると、ウィズが気の毒そうにこっちを見てくる。

 やはり彼らからしたら常識なのだろう。


 でも、ヤメテ。そんな哀れんだ目で俺を見ないで!


 ――やはり、我が子に知識面で負けているというのは何かヤダな。

 悲しい気分になる。

 いや、まあ。そんな事を言っても知らないものは聞かざるを得ないんだけどね。

 聞くは一時の恥、聞かざるは一生の恥。



「すみません、アリア。説明してもらってもいいですか?」


「ふふっ、いいよー。元からそのつもりだったしね」



 そう言って、アリアは足をブラブラさせながら、再び説明を始める。



「まず、精神体だけど、これはまあ、この子達精霊のような物質としては存在しない形態を指している。いわゆる魂のような霊的と言われるものだね。別名、アストラル体とも言う。厳密には違うけど、カエデの精霊体もこれに近いものがあるかな?」



 まあ、これは理解しやすい。

 俺も見たことがある。というか、常に見ている。

 精霊体や精霊たちのような、肉体という殻をもたず、不定形の靄のようなマナで直接形作られたようなもの。

 それが精神体なのだろう。

 

 でも、あれ? 精霊体は精神体と違うのか?

 有り様的に、あれ自体も精神体のようなものだと思っていたのだが。



「まあ、近いといえば近いんだけどね。

 君の精神体自体は、世界樹の中に魂として存在しているんだよ。精霊体はその影響を受けたマナが変質したものに過ぎない。だから、有り様というか見た目の形態としては非常に近いんだけど、それそのものではない、ということだね」



 つまり、精霊体は結局、俺の魂のコピーに過ぎないために、一応分類上、精神体という形態には位置づけられるが、実際は本物ではなということだろう。

 言うなれば鏡の像。本物の写し身に過ぎないということだ。もしくは本体と影分身の関係といってもいいのかもしれない。

 まあ、だから複数の精霊体を出せるわけか。

 

 多重影分身! ――なんちゃって。



「まあ、とにかく、それが精霊体だよ。この精神体は、いわゆる意思あるものにのみ存在し、むしろ意思そのものであると言ってもいいかもしれない。その為、それは形としては非常に揺らぎやすいものなんだよ」



 つまるところ、精神体としての本質は、意思そのもの、思考能力そのものであり、靄のような形そのものはおまけといったようなものなのだろう。

 まあ、どんなに精霊体を増やそうが、所詮考えているのは本体内にある俺の精神体だけだからな。

 精神体は一つの生命体に一つしか存在し得ないのだろう。

 多重人格者とかは知らないが。



「対して、物質体とは、いわゆる肉体、つまりカエデ、君の本体である世界樹のような物を指す。これは、すでに形として強く固まっていて、揺らぎにくいのが特徴かな? 別名、マテリアル体とも呼ばれるね。現状、この世界には、世界樹やもしくは精霊たちが起こした火や水、風や土しか存在していないんだよ」


「あれ? 天地は入っていないんですか?」


「天地。それは、まだ厳密には物質にはなっていないんだよ。あれは、いわゆる概念体に分類されるからね」



 どうやら、天地はまだ物質としては存在していないらしい。

 じゃあ、今俺が立っている、そして見ている天地は概念体ということか?

 概念体は、精神体と違って、実際に世界樹に触れて支えることができたり、はっきりとした形で見たりできるのに、物質とは違うらしい。

 なら、どういう物なのだろうか? 



「概念体は、少し説明が難しいかな。その物をその物として認識するための本質、というのが一番正しい言い方ではあるんだけど、多分理解できないだろうね」



 いや、本当に理解できないんだが。

 もう少し何か説明はないのだろうか。

 なんか哲学的な香りがして頭が痛くなってきたぞ。



「まあ、そうだろうねー

 実際哲学的だしね。

 うーん、そうだね。物質体や精神体が、いわゆる形として存在しているのに対して、概念体は厳密な形は存在していないんだよ。ただ量としてだけ存在しているんだ。

 でも、何故かそれを見た者は、直感的に――いや、直観的といった方が正しいのかな? ともかく、それが「何か」だけは認識できる――分かるんだよね。

 つまるところ、物質体や精神体といった形以前に存在する、その物の前提条件となる固有性。それをそれと認識できる理由。それが概念体なんだよ」



 なかなか理解しがたいものではある。


 なんでも、概念体は、まだ固定されたいわゆる形というものを持っておらず、それを見たものによってその認識は大きく変動するものらしい。

 例えば、この世界の天。これは概念体である。

 それ故に正確には形や色というものが存在しておらず、俺がこの空を青いと認識しているのは、それは俺が天というものは青いと固定概念を持っているからだそうだ。

 精霊たちにも、空は青という認識が共有できているのは、基本的に俺の固定概念を継承しているかららしい。

 他にも、太陽がないはずのこの世界に夜があるのも同じ理由だそうだ。


 だから、もし、ここに空は赤いという固定概念をもつ者が現れたら、その者にはこの天は赤く見えるはずだし、夜というものを知らない人間がいたら、その者には夜は訪れないらしい。

 なんだか、分かるような分からないものである。


 やっぱり哲学的だ。



「まあ、例えば君が粘土でイヌを作ろうとしている時、必要な粘土をより分け、「イヌ」とタグを付けた状態が概念だと思えばいいよ。このタグがあれば、君やそれ以外の人間はそれがイヌになる物だと認識できる。でも、まだそれは具体的なイヌの形を、持っていないよね。まあ、そもそも「イヌの形」とは何かという定義自体が概念体の産物なんだけどね」



 ああ、もう余計に訳がわからなくなってきた!

 もういい! 

 理解したと理解しよう。

 哲学なんてものはそう対処するのが一番だ!



「ふふふっ。まあ、それがいいかもねー。

 まあ、つまるところこの世界の天地は、まだ正確には天地ではないということなんだよ。いや逆に、普遍的価値観における天地ではあるが、固有の形を持っていないというべきなのかな? とにかくただの概念でしかなく、これを物質体に変える必要がある。これが、今回の目的のもう一つ。天地の物質化なんだよ」



 と、ここまで説明して、アリアは喋るのを一端止め、俺たち全員を見渡した。

 暗に何か、質問がないかと言っているのだろう。

 

 うん。

 正直な事を言えば、ここまで理解するので精一杯で、質問なんて考えつかない。

 よくある、何が分からないのかすら分からない状態というやつだ。


 ちょっと、二十分くらい待ってくれるかな?

 もしくは今までの所、文章にしてください。もう一回読んで理解するから。


 まあ、俺はそんな学生の授業中もかくや、といった状態であるが、今までの話をすでに常識として知っていた精霊たちはそうでもないらしい。

 ノンやウィズ、ソラは三人で集まって何やら少し話し合っている。

 まあ、そんな中でも、シルはすでに今回の創造の流れを大体すでに予想しているらしく、そんな空気もどこ吹く風といった様子なのであるが。



「あの、母上? しかし、神になることと、天地を物質化するのに何の関係があるのじゃ?」



 少しして、三人は考えがまとまったらしい。

 他の二人も含めた代表なのか、ノン一人前に出てアリアにそう尋ねた。

 

 この質問に関しては話を理解していない俺でも意味が分かるくらい根本的な質問だ。

 確かに、そういえば天地を使って、どうやって神になるかの話をしていたはずなのに、気が付けば天地を物質化する話になっているのだ。

 天地を物質化することが、精霊を神にすることとどうつながるのだろうか?

 それともアリアが調子にのって、変に話しすぎただけか?

 


「そんなことはないんだよっ! 全く失礼だねカエデは」


「でも、アリア。実際、天地の物質化は神と何の関係があるんです?」


「大きく関係があるんだよ。天地を物質化すれば、それを肉体として使えるんだから」



 ???

 何が言いたいのだろう?

 俺にはよく理解できない。


 しかし、ノンやウィズはこの言葉だけでも、ある程度察しが付いたらしい。

 ああ、と納得したように頷いている。


 ヤメテ! 遂に知識だけじゃなくて、理解力まで負けてしまったようじゃないか。

 いや、まあ、彼らの方が知識があるから理解出来るだけなんだろうけど。


 それでもやっぱり何か悔しい!

 唯一の救いは、ソラだけはよくわからないらしく、小首を傾げて考え込んでいることだ。

 ああ、ソラ。君だけが俺の癒しだよ。

 分からなくったっていいんだよね!


 そう、俺が「馬鹿な子の方がかわいい」という父親としてアレな境地に達していると、そんなソラの様子を見かねたのかウィズが何やらソラに耳打ちし始めた。

 すると少ししてソラも理解したらしく、しきりに嬉しげに頷いている。



 ちょっ! ウィズ?

 その耳打ち、ついでに俺にもしてくれません?



 そんな思いを込めたアイコンタクトはウィズには届かなかったらしい。

 ウィズは、すぐにまた、元の位置に戻ってしまった。


 ああ! これは、やっぱりまた、俺だけ理解していない構図ではないだろうか?


 しかし、聞かざるを得ない。

 俺は渋々アリアの方を向き、目で問いかける。


 あっ、アリアには伝わったらしい。


 アリアはため息をつくと、俺の傍に寄ってきて小声で耳打ちをする。



「やっぱりカエデはまだ理解できていないの?」


「わかっているなら教えてください。あっ、他の子たちには気づかれないようにお願いします。俺だけ理解していないとか恥ずかしいんで」


「もうバレてると思うけどね……」


「それでもです」



 例えバレてたとしても堂々と聞くのと、ヒソヒソ聞くのとでは後者のほうがまだマシなように思う。

 理解していないことを恥じている点でまだ自覚があっていいと思うのだ。



「しょうがないね、君は。

 ――うーん、そうだね。例えば、君自身を考えてみるといいんだよ。

 君には、世界樹という物質体の肉体。カエデという元人間の魂という精神体。その両方を持っているでしょ?

 通常生物は、精霊のような特殊な例を除いて、皆、物質体と精神体の両方を持っていることが多いんだよ。そして重なるようにその二つは存在し、互いが互いに影響を与え合っている。

 物質体と精神体がだよ?」


「????」 


「ああ、もう! 察しが悪いね、カエデは。

 天地を物質に変換するといっても、純粋な概念の塊に肉体という殻を与えるのと大して変わらない。つまり表面だけ固めたようなもので、内部が概念であることには変わらないんだよ。

 まあ、概念が全て失われたら、そもそもその物をその物として認識できなくなるんだから当然だよね。

 でも、とにかく内部は未だ揺らぎやすく、マナに変換しやすい概念で満ちているわけだよ。それも世界のマナの大半を占める程大量のね。

 そして、それは物質体であるのに、特定の精神体をまだ持っていないよね?

 つまり……」



 ああ、そうか!

 そこに精霊をその精神体として送り込むわけだな!



「その通り!

 つまり物質化した天地を肉体に見立て、そこに精霊を精神として送り込むことで、天地を生き物に、そしてさらに神にまでしてしまおう、ということなんだよ」



 アリアは、生き物の精神体と肉体は互いに関係を及ぼしあっているといった。

 それは、互いの量に大きな差があってもその力関係は変わらないのだろう。

 いや、むしろ力関係なんてものは無いのではないだろうか。

 生き物は二つで一つ。

 俺のような例外を除けば、それはほとんど分離できない関係なのだから。


 そして、俺が二百年還元したところで未だ全く減る気配を見せず、世界の大部分のマナを保持している天地であれば、神を生み出すくらい容易いことだろう。



「その通りだよ。

 だから、精霊たちが天地の精神体となれば、彼らは精霊として神に至るのではなく、天地という神として神に至ることになる。いや、具体的に言うなら、大地という神と、天という神の二つなんだけどね」



 天という神――いや、もうここは天空神とでも呼ぼうか、それと大地という神――大地神の二柱の神が生まれるというわけだ。

 しかし、精霊たちは四人いるんだが、二つにどう分かれるんだ?

 というか、二つの体に四つの魂って、そもそも可能なのか?

 まあ、多重人格者という例もあるから不可能じゃないんだろうけど、少しバランスが悪い気がする。

 それなら、初めから二人だけ精霊を生めば良かったんじゃないだろうか。



「んー?

 ああ、天地の精神となるのは、各々一人ずつだけだよ。

 まあ、普通は頑張れば一つの肉体に二つの精神を入れれないこともないんだけど、精霊たちの場合、属性的な反発があるからねー。一つの肉体に二つは無理なんだよね。というか、そもそも肉体と精神の属性的相性が良くないと一体化しないというのもあるしね」



 やはり一つの肉体に二つの精神は無理らしい。

 属性的な相性か……

 かたや風土水火の四属性。

 かたや天と大地。

 こう来るなら組み合わせはやはり――



「まあ、天には風の精霊であるシル、大地には土の精霊ノンといったところが適正なところだろうね。

 元々二人の属性はそのために作った属性だしね。二人もそれでいいだろ?」


「うむ、わかったのじゃ」


「んー、わかったんだよぉー」



 アリアの言葉に、ノンとシルが頷く。


 ――うんうん。

 まあ、確かに、天といえば風だろうし、大地といえば土だからな。

 そのつもりでこの二つの属性を生んだのだと言われれば、納得できることだろう。

 つまり天空神シルと大地神ノンのが誕生するということになるわけか。


 まあ、それはそれでいいのだが、それならば――



「では、残ったわたくし達はどうなりますの?」



 そうウィズが不安そうな顔で尋ねる。

 

 ――そう。俺が思ったのも、まさしくそれだ。

 

 すでに天と地はシルとノンの二人で埋まってしまった。

 でも、まだウィズとソラの二人残っているのである。

 未だ現在、他にその寄り代となって神になれるような大量のマナを持っているものはこの世界には存在していない。

 普通に考えれば、二人は神にはなれず、精霊のまま残ることなる。

 それでもまあいいのだろうが、しかしノンに寄り添いたいウィズとしては、ノンだけ神になって、自分は遥か各下の精霊のままというのは複雑な心境なのであろう。

 それにソラのことも考えると、やはり二人だけが神になるのは少し不公平な気がしてしまう。

 かわいい俺の子供たちだ。できる限り平等に扱いたいというのは、親心ではないだろうか。



「アリア、やはり二人だけというのは……」


「ん? いつわたしが二人だけと言ったかな?」


「でも、他に何もありませんし……」


「んー、まあ、無いね」


「じゃあ、やっぱり……」



「何言っているんだよ、カエデは。無いなら作ればいいんだよ。それが神ってものでしょ?」



 そう言って、アリアは得意げにニヤリと笑った。

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