第23話 創造前夜
「まずは、創造とは具体的に何なのかについて説明するよ」
創造前日。
思い残すことのないように、最後の最後まで遊びつくした俺たち。
全員が遊び疲れて、世界樹の根元に寄りかかるようにして倒れている中、アリアがおもむろに立ち上がって、そう言った。
どうやら、明日の創造についてやっと説明する気になったらしい。
一週間前。創造することが決まった日から、俺は、いや俺たちは、アリアに対し、具体的な手順や、そもそも創造とは何をするのかについて尋ね続けてきた。アリアを除いて、俺たちの誰ひとりとして、創造について何をするのか知らないのだから当たり前だ。
いや、もしかしたらシルはある程度知識があるのかもしれなかったが、しかし、やはりアリアがどう考えて、具体的に何をするのかまでは掴めていないようであった。
俺たちは、そういった知識のなさを鑑みて、事前に覚悟を決めようと、度々アリアと問い詰めていたのだが、アリアは一切答えることはなく、ただ口を閉ざすばかりであった。
それは、俺たちが、具体的な手順を知ることで、僅かに残った時の間にまで、悩んでしまうこと避けるためのアリアからの思いやりだったのかもしれない。ただ、共にいられる日を何も考えずに楽しめというアリアからの忠告だったのかもしれない。
でも、俺には何故か、アリア自身がその方法に関して、何かまだ悩んでいるように思えてならなかったのである。アリアが笑っている中で、気が付けば時折見せていた微かな躊躇いのようなものが、それを示唆しているようであった。
ともあれ、そんなアリアが遂に創造について話す気になったのである。
創造前夜だということを考えれば少し遅すぎる気もしないが、まあ、いいだろう。
つまるところ、やっとアリアの中で決心がついたということなのだから。
しかし、まあ、そんな重要でずっと聞きたかったことであっても――
「すみません。今は少し休ませてください……」
「うむ。我も今は何も考えたくないのじゃ……」
「もう、無理ですわ」
「疲れたぁー、疲れたぁー」
「無理、です……」
――今このタイミングで言うのは間違っていると思う。
いや、皆最後だと思って死ぬほど遊んで、疲れ果てているからね!
今話されても、何も覚えられないからね!
「えー、折角ギリギリまで待ったのにー」
「なんであなたはそんなに元気なんですか……」
「神様だからね!」
神様の無駄遣いである!
遊んでも疲れない神様って何なんだ。
ともあれ、アリアには悪いが少し休ませてもらおう。
俺の場合、肉体ではなく、精霊体での運動だったわけだが、しかし、精霊体を操作するのにも思考力や集中力といった体力を使うのである。肉体面の疲労というよりかは、頭脳面での疲労というべきか。
いや、まあ、木だから脳はないんだけどね。
しかし、もう何も考えたくない。しばらく、体を休ませたいのは同様である。
子供たちも同じように、マナで作られた精神体であるが、しかし彼らは動くのにその体内のマナを消費するらしく、普通に疲れている。
昔に比べて、体が大きくなったことで動かす時のマナの消費量も増えたのだろう。
普段は精霊として、微かに宙に浮いていることが多い彼らだが、今は地面にへたり込んでしまっている。
それに、体も普段より少し小さめになっているようだ。
節約しているのか?
それに比べて、アリアは。どうしていつもこう元気なのかね……
こいつが、俺たちの体力を吸い取っているんじゃないのか。
「そもそも、アリアの体はどうなっているんです? 疲れを感じない構造かなんかですか?」
「うーん、わたし達、創造神の体は特別製だからねー。精神体でもあるし、同時に肉体でもある。まあ、わたし自身が一種の概念だと思ってくれればいいんだよ」
概念?
なんだっけそれ?
ああ、疲労で思考力が奪われていく。
何も、考えられない。
とりあえず、聞いてみるか……
「すみません、アリア…… その概念というのは何でしたっけ……?」
「あれ、前に説明しなかったけ? ああ、していないのかー うん、概念というのはね……」
ああ、何か喋っている。
でも、なんだろう。その話を聞いていると段々意識が遠のいていく。
ああ、なんか子守唄でも聞いているみたいだ……
…………
「……すいません、アリア。その話、長くなります……?」
「そりゃあ、まあ、ねー」
「じゃあ、後にしてください。今はもう無理……」
それだけ言うと俺はもう考えるのをやめた。
ああ、意識が遠のいてく。
おやすみ。
「えー、自分から聞いておいてそれはないよ! ……って、カエデ? もー、寝てるし!」
その後、アリアが何か言っているみたいだったが、俺の耳には何一つ届かなかった。
ZZZZZZzzzzzz…………
◆
「じゃあ、アリア。さっそく、創造について説明してください!」
「…………」
一時間後。少し寝たら、元気になった俺は、早速アリアに創造についての話の続きを促していた。
ああ、実にいい目覚めだ!
一時間でもぐっすり眠れた。
頭脳面での過労は、少し寝るだけでも元気になる。
それに対し、肉体的疲労である精霊たちは、一時間休んだ程度では、まだ少し疲れているらしく、やや寝ぼけまなこだ。
後で、疲労回復用に樹液でもあげようか。
うん? それにしても何故だろう? どことなく、アリアが不機嫌な気がするぞ?
俺が元気に尋ねているのに、ムスっと黙り込んで、ジト目でこちらを見上げている。
どこか俺を責めるような目だ。怒ったときは、すぐ爆発する直情型のアリアにしては中々、珍しい表情である。
しかし、なんだろう? 幼女にジト目で見上げられるのって少しゾクゾクするなぁ。ちょっと、気持ちいい?
……はっ!
ヤバイ、ヤバイ! なんか、一瞬、新しい性癖に目覚めそうであった。
その扉は二重の意味で開いてはいけない気がする。
都条例とかに抵触しそうだ。
……まあ、とにかく、このままでは埒が明かない。
俺に心当たりがない以上、アリアにどうしたのか聞くしかないだろう。
「あのー、アリア? なんか怒ってます?」
「怒ってないように見える?」
「それは、まあ…… えーと、俺何かしました?」
「……それ、本気で言ってる?」
ヤバイ。何かしたらしい。
何をしただろうか。
俺は必死に昨日の記憶を探る。
あっ、もしかして!
「あのー、もしかして、昨日話の途中に寝ちゃったことを怒っていたりします?」
「…………」
図星らしい。
あー、あれか。いや、でもあれはしょうがないのである。
睡魔とは強力な存在なのだ。特に、疲れているときは。
意志の弱い俺には、とても抗えない。
「…………はぁ。もういいよ。君はそういう性格だしね。時間もないし、話をするよ」
そう言って、アリアは諦め混じりにため息をついた。どうやら許してくれるらしい。なんか呆れの感情の方が強そうだが。
でも、まあ、話が進むんだから善しとしよう。
多分こういうところがいけないんだろうな……
「じゃあ、話をするけど…… その前に、あの子達を起こそうかな」
アリアは、精霊たちの方を見て、そう言う。
精霊たちは、いまだに疲れが抜けきらないのか、寝ぼけまなこでこちらをボーッと見ている。
一応、起きてはいるらしいが、多分話は聞こえていないだろう。
とりあえず、俺は疲労回復も兼ねて、樹液を与えることにした。
多分、これで復活するだろう。
「あのー、アリアもいります?」
俺は、先ほどのご機嫌取りも兼ねて、アリアにも一応聞いてみた。
いやまあ、どうせ、何も言わなくても飛びついてくるだろうけど、一応こちらから勧めておくことで、相手の心証を良くしておく作戦だ。
まあ、これでアリアの機嫌も直るだろう。
「いや。今はいいんだよ。そんな気分じゃないから」
っ!!!!!
今なんてっ!? 何て言ったっ?
あの、あのアリアが、樹液を断っただと!
これは台風でも来るんじゃないか?
いや、この世界が今日滅んだとしても俺は驚かないぞ!
と、まあ、冗談はともかくとして、それほどまでにアリアは、この創造に真剣ということだろう。
樹液に飛びつく心の余裕すらないということだ。
先ほどの時間がないからと怒るのを諦めた件といい、今回の創造はアリアにとっても余裕が無くなるほどのものなのだろう。
ともあれ、今は、さっさと精霊たちに樹液を与えて、アリアから話を聞こう。
俺はそう すると、寝ぼけまなこの精霊たちを引きずり、無理やり樹液を飲ませて喝を入れるのだった。
◆
「さて、皆、意識はしっかりしたみたいだね。じゃあ、話を始めるんだよ」
精霊たちが樹液を飲んですっかり回復したところで、アリアが話を始める。
その表情は真剣で、今回の創造の難易度を示しているかのようである。
アリアのその剣幕に、俺は聞き逃すまいと、少し身構えた。
「今回の創造とは、ざっくり言ってしまえば、二つのことを指している。一つは前に話した、創造代理人の作成。すなわち精霊たちの神への昇華のことだね」
神への昇華。
それは、前にアリアが話していたボトムアップ式と、トップダウン式を混合した変則トップダウン式の創造。その第二段階に当たるものであろうか。いよいよ精霊たちを神へと昇華させ、創造を任せるのだろう。どう神格化させるのかは分からないが。
たしか、ボトムアップ式では自発進化を待つんだったけ?
しかし、ぱっと見、精霊たちは、この百年程度の時間じゃあ、たいして進化したようには見えないのだが。いや、確かに大きくなったけども。マナの保有量も増したけども。しかし、世界樹である俺にすら届かない程度の微量な量である。
これで神と言えるのだろうか?
それとも、自分で気づいていないだけで、俺もすでに神だったとか?
なにそれ、気づかない内に神とか中二心がくすぐられるんだけど!
「――いや、それはまだ違うけどね」
残念。
どうやら俺はまだ神ではなかったらしい。
ちぇっ!
折角、まさに「僕は新世界の神になる」とか言えるかと思ったのだが。
世の中そう甘くないか。
「まあ、そうだねー。神とは、前にも言ったけど、これから精霊たちを昇華させる世界内神と、わたしのような世界外神の二種類があるんだよ。まあ、私たち世界外神はまた別格として、世界内神の条件とは、ざっくり言ってしまえば、何かを司り、そして世界全体に一定以上の影響力を持っていることなんだよね。そしてその基準の程度まで世界樹の君はまだ達していない」
まだまだ神と呼ばれるには力不足らしい。
やはり俺は、もっと木として成長しなければ!
目指せ!大樹!
目標はさらに先へ!
しかし、話している内にアリアも段々緊張が和らいできたようだな。
少しずつ表情や声の調子がいつもと同じに戻ってきている。
それは、他の者では気づかないような、ちょっとした変化であったが、俺にははっきりとわかった。
多分、これに気づけるのは、俺くらいのものではないだろうか。
実際、精霊たちはまだ気付いてなさそうだし。
ふふん。二百年一緒にいれば、色々お互いわかってくるものなのだ。
百年ではまだ気づけないだろうがな!
…………
…………
……いや、ちょっと待って。
やっぱり今の発言無しでお願い。
いや、なんか、冷静になって考えてみると、これってすごくアレな発言だよね。
なんか分かり合っている的な。息のあった長年連れ添った夫婦的な。
いやいや。
それちょっと恥ずかしいから。
そんなにアリアと息が合っているとは思いたくないから。
よしっ! なかったことにしよう。
記憶抹消!
――と、そんなことはどうでもいいのだが、……どうでもいいんだが! さっきのアリアの発言には少し疑問がある。
それは――
「じゃが、母上。父上でも神ではないというのに、それ以下の力しか持たぬ我らが神なのか?」
――そうまさにそれだ!
どうやら、俺以外の者も気づいていたらしい。
先にノンが言ってくれた。
そう。確かに、この百年で精霊たちの大きさそのものは何倍にも増え、保有するマナの量も大幅に増した。しかし、それでも、世界樹である俺自身の保有しているマナ量などに比べてほんの数パーセントに満たない程度なのだ。
それに、俺は世界樹として世界に影響を与えている。まあ、まだ、成長しきっていないため、世界全体とはとても言えない範囲ではあるが。しかし、それでも精霊たち全体を合わせたより、よっぽど影響力は大きいはずだ。
しかし、それでも俺は神とは言えない程度だという。
それで、精霊は神と言えるのだろうか。
「そうだね。今の君たちじゃあ、とても世界内神のレベルには達していないね」
「なら、どうするんです? もう百年ばかり待ちますか?」
「いや、それは無いよ。というか、その程度時間があったところで、精霊が自発進化で辿り着けるほど神は甘い基準じゃないんだよ。そうだね。今の成長ペースなら、早くて一万年。遅ければ数十万年かかるだろうね」
いやいや。それはかかり過ぎである。
そんなにかかったら、俺は干からびてしまう。
「いやいや、世界樹は数十万年程度じゃあ枯れないから!
でも、まあ実際、数十万年も待っていたら、君が先に大きくなりすぎて、それまでに君が還元してきたマナの量が、君の内外の循環を合わせても処理しきれない量に達してしまうのは確かだろうね。前に言った、世界樹の限界だよ」
その話は覚えている。
世界樹単体では、世界中に広がるマナを全て完璧に循環させきるのは不可能という話だったか。
世界の成長に伴ってという話だったが、それはマナの還元のことだったのか。
確かにマナが還元されることで、一度に循環させるマナの量は増していき、いつか魔化しない速度を保てなくなる日が来るのかもしれない。
しかし、その対策として精霊たちや属性を生み出したのでは無かったのか?
「ああ、それはこの子達が神になった後の話だよ。
今のこの子達だけで、君の生み出した全てのマナに属性付加できると思う?
マナの保有量や、処理能力が違いすぎるよ。現在だって、大部分のマナは属性化されていないんだから。精霊のままでそれを行うなら、あと数千から数万は必要だね。
それとも……今から二人で生む?」
とそう言って、アリアは少し恥ずかしげに顔を赤める。
それは、すごく艶のある表情で――
――って、ちょっ!? そこで意味深に顔を赤らめないで!
精霊たちが変な勘違いをして、楽しそうに嬌声を上げてるだろ!
いや、精霊生むのに疚しい事は何もしてないからね!
くそー、アリアめ。
わざとか、わざとなんだな、わざとに違いない。
大体、シル、ノン、ウィズ、ソラ。
お前たちも、精霊を生むのにやましい行為はないはずだと何回言えばわかるんだ。
もう数十回は説明したはずだぞ。
全く……
精霊だから関係ないはずなのに、そういう知識をどこで身につけたんだか。
えっ、俺の意識から受け継いだ知識?
くっ、まさかのブーメランだったとは……
と、まあ、くだらない冗談はともかく、
……おい、冗談だからな! ウィズ、そう残念そうな顔をするんじゃありません!
まあ、冗談はともかく、俺はそんな数万も子育てはしてられない。
四人育てるだけでこんなに苦労してるのだ。正直、アリアが四人に増えたようなものなので大変なのである。これがあと数万とか、つまり、アリアが数万ということで……
うん! そんなことになったら、俺は間違いなく、死を選ぶね!
「つれないなー。でも、まあ、実際、それを行うのはわたしでも辛いからね。だから、この子たちには是が非でも早く神に昇華してもらう必要があるんだよ」
「でも、数十万年かかるんでしょう?」
「それは自発進化すれば、の話だよ。内部での進化に任せるんじゃなくて、かわりに外部から神になるだけのマナを与えてしまえば問題ないんだよ」
「それは……」
確かに、アリアの言うとおり、自発的な進化だけでは時間がかかるというのなら、まわりからそれだけのエネルギーを与えてしまえば早くなるのかもしれない。
俺も、その方法は考えた。
しかし、当然それにも問題はあるわけで――
「ああ。なら、わたくし達は、お父様から神になるだけのマナをいただくということなのですわね」
「んー、それは無理だと思うよぉー」
「どうしてですの、シル?」
「だって、パパは神じゃないんでしょぉー。一人分のマナも持っていないのにぃー、四人も神にできるはずはないんだよぉー」
――そう。
まさに、その問題だ。
そもそも、俺が精霊を生んだ百年前の段階で、神を生み出すだけのマナがなかったから、彼ら精霊を生んだのだ。こちらに生まれてから百年で一人も生み出せない量だったのである。例え、世界樹が大きくなる事で、還元量が倍々式に増えていくとしても、さらに百年貯めただけで、神を四柱生み出せるほど多くは溜まっていないのである。
というか、二百年で、まだ俺一人分すら貯まってないとは、神恐るべし。
「うーん。誰が、カエデのマナを使うと言ったかな?
カエデのマナには、まだ違うことをしてもらわなきゃいけないし、そんなことには使わないよ」
「でも、他に、そんな神を生み出せるほどの容量を持ったものなんて……」
「あるんだよ。君達の目の前に」
「目の前? アリアですか?」
「いや、わたしじゃなくて。ほら、すぐ目の前にある」
すぐ、目の前?
俺の目の前にはアリアと精霊たちしかいないが……
まさかここまで来て、やっぱり精霊たちの自発進化に任せるとは言うまい。
しかし、そもそもこの世界に他にあるものといえば、世界樹と天地くらいしか……
んっ?
天地?
まさか……
「そう、この天地なんだよ!」




